2010年5月8日土曜日

愛と批判と歴史馬鹿

 

愛と批判と


歴史馬鹿








デンマンさん。。。今日のタイトルはいつもと違いますわね!?



実は、マジで、コメントらしいコメントをもらったのですよう。

『小百合物語』の記事にでござ~♪~ますか?

いや。。。卑弥子さんがマスコットガールをやっている日本古代史サイトの記事にコメントをもらったのですよう。

珍しい事もあるのもですわねぇ~。

そうなのですよう。僕は日本のゴールデンウィークの気分が乗り移ったようにウキウキしてきちゃったのですよう。うししししし。。。

でも、タイトルに“歴史馬鹿”なんて書いてあると、デンマンさんの喜びが伝わってきませんわ。

あのねぇ~、コメントらしいコメントとは、どのようなものなのか?。。。それを知ってもらうには、僕が以前受け取った「大阪の歴史馬鹿」のコメントも紹介しないとネット市民の皆様に良く分かってもらえないと思い、それで、“歴史馬鹿”をタイトルの一部として使ったのですよう。

分かりましたわ。。。で、その「大阪の歴史馬鹿」さんのコメントは、いったいどのようなものだったのでござ~♪~ますか?

ここに書き出すから読んでみてください。


投稿日時:Sep 15 2009 / 15:12:10

Pacific Daylight Saving Time

(日本時間:9月16日 水曜日 午前7時12分)

お名前: Akira Kato (a.k.a. デンマン)

Emailアドレス: barclay1720@aol.com

御評価: 空白

御感想:





まずは、コメント書いてくれてありがとう。

このサイトではコメントを書いてくれる人が極めて稀なのだよう。

実は、オマエのことを僕は、てっきり“成りすまし馬鹿”だと思ってしまった。もし、成りすまし馬鹿のことが分からなかったらGOOGLEで検索してみてね。

僕が書いた記事がたくさん表示されます。



ところで、どうしてオマエの事を“成りすまし馬鹿”だと思ってしまったのか?

理由は簡単な事なんだよう。

このサイトで、つい最近、成りすまし馬鹿が2度ほどコメントを書いてくれた。だから、オマエの短いコメントを見て、また成りすまし馬鹿が書いたのだと思ってしまった。(微笑)

でも、大きな違いにすぐに気づいた。

成りすまし馬鹿は、これまでに記事の内容について批判めいた事を書いた事が無い。

たいてい根拠の無い誹謗中傷か、非難めいた事を書くだけだったのだよう。

ところが、オマエのコメントは記事の内容についてコメントしている。

念のために、オマエのIPアドレスを調べたら、次のような事が分かった。



219.106.61.132

nt11-ppp2418.osaka.sannet.ne.jp

ネットワーク名: SANNET

プロバイダー: SANNETインターネットサービス

組織名: SANNET INTERNET SERVICES

上位情報:

株式会社エヌ・ティ・ティ・データ三洋システム

(NTT DATA SANYO SYSTEM CORPORATION)



成りすまし馬鹿の IPアドレスは次の通り。





成りすまし馬鹿の IPアドレス:

122.131.139.184

FL1-122-131-139-184.osk.mesh.ad.jp

プロバイダー: BIGLOBE




『成りすまし馬鹿のふるさと』より

(2009年8月6日)



見てすぐに分かるようにオマエの IPアドレスとは全く違う。もちろん、プロバイダーも違う。ところが偶然にも アクセスポイントが大阪。

オマエも、おそらく大阪市内に住んでいるのだと思う。

どうして、オマエの書いたコメントに対して、このように IPアドレスまで晒して返信を書いているのか?

オマエに分かるか?

オマエはコメントを真面目に書いてないのだよう!

理由は2つ。

まず第一に、僕はかなり真面目に記事を書いている。

その記事に対してオマエは、名前の欄にハンドル名を書かずに、おどけて“はぁ?”と書いている。

愚かなオマエが2ちゃんねるでネットを覚えたと言う事を自分で晒しているようなものだよう!(爆笑)

“文は人なり!”

オマエも聞いた事があるだろう?!

オマエの書き方から、オマエが真摯な態度でコメントを書いているようには全く見えない。

それで、僕は、オマエを“成りすまし馬鹿”のような立派な反面教師にしようと思ってこうして返信を書いているわけ。うししししし。。。

つまり、オマエのふざけたコメントの書き方が、僕にこのような書き方を誘発したわけ。

第2の理由は、オマエは、自分では歴史についてかなり分かっているつもりになっているけれど、文章の読み方も満足に理解していない。

オマエは、愚かにも次のように書いた。

「結局、半島系であるという根拠を

何も示してない」

僕はちゃんと根拠を書いている。

ところが、オマエには文章の読解力が無いために、その根拠を見逃してしまった。

そして、愚かにも上のような理解力の無さを自分で曝(さら)け出すようなコメントを書いてしまった。

オマエのコメントは、オマエの愚かさをはっきりと示している。

オマエは自分の書いたコメントに対して自信が持てないから、無意識のうちにオマエはハンドル名を書かずに“はぁ?”なんて、とぼけた事を書いている!

馬鹿丸出しになっているのだよう!(爆笑)

ここは2ちゃんねるではないのだよう!

2ちゃんねるで遊んでいるつもりになって、コメントを書いちゃダメだよう!

分かるよな?

オマエが僕の記事にコメントを書くのは、まだ10年早い!

歴史を勉強する前に、オマエは、まず人生勉強をする必要があるぜよう!きゃはははは。。。

でも、僕もふざけてばかりいては、この記事をここまで読んできた人に対して失礼だから、一応、根拠を示します。

その根拠とは次の箇所です。



「右京の人正六位上栗原勝子公言す。子等が先祖伊賀都臣(いかつのおみ)は、是中臣の遠祖、

天御中主命20世の孫,意美佐夜麻(おみさやま)の子なり。伊賀都臣、神功皇后の御世に、百済に使いして、彼の土の女を娶りて,二男を生み、名づけて本大臣、小大臣といふ。

はるかに本系を尋ねて聖朝に帰す。

時に美濃国不破郡栗原の地を賜ひて以て居らしむ。その後、居に因って、氏を命じて、遂に栗原勝の姓を負へり。

伏して乞らくは、中臣栗原連を蒙り賜はむと。
是に於いて子公等男女十八人請に依って、改めて之を賜ふ」

 




伊賀都臣、神功皇后の御世に、百済に使いして、その土地で現地の女と結ばれて、子供を作った。その子供たちがやがて成長して、日本にやってきた。

その者たちがやがて中臣栗原連と名乗るようになったと。
さらりと述べています。注意して読まないと、読み飛ばしてしまいそうな箇所です。


 


しかし、すでに述べたように、古事記において、中臣氏が、いかに古い氏族であるか、しかも天皇家と並ぶほど古い家系であるか、ということを、それとなく述べています。

しかし、具体的にどのようなことをしたかと言うことは、書きたくても書けなかったと言うのが真相でしょう。

変なことを書くと嘘がばれますから。それでも、そこ、ここで、それとなく、小出しに、日本古来の氏族であることを述べています。

ほとんど、くどいくらいに繰り返されています。20世と言うと、一世代が20年とすると400年、30年とすれば、600年です。

仮に私が、「400年前の私の祖先は加藤清正です」と言ったら、あなたは信じますか?

私の知る限りでは、それは事実ではないようです。

わたしの家には、家系図は伝わっていませんから。

しかし、誰が一体、確信を持って、私が、加藤清正の子孫ではないと言いきることができるでしょうか?

私の体の中には、400年という年月の間に加藤清正の子孫の血が、一滴か二滴ぐらいは混じっているかもしれません。



上の記述で延べていることは、言ってみれば、そのような程度のことです。それを、すでに見てきたように、くどくどと言っているわけです。

もちろん、それが、『古事記』、『日本書紀』、『続日本紀』の編集に携わってきた藤原氏の狙いです。

「ここまで書けば、もう大丈夫だろう。

我われが日本古来から連綿と続いている氏族であると認めてくれるだろう。

そろそろ本当のことを書いても、我われが、百済からやってきたとは、もう誰も思うまい」

そういう作為が感じ取れます。



大阪の歴史馬鹿のはぁ~ちゃん!

オマエは一体どこに目をつけているのだよう?

僕は上に示した通り、根拠を示している!

藤原氏は次のように後世の我われに語りかけたかったのだよう!

つまり。。。



藤原氏の祖先は、伊賀都臣の時代の500年前に生存していたと思われる天御中主命の血を引き継いでいます。

(建前で、このように藤原氏が日本古来の氏族と結びついているように書いている。でも、言っているだけで、根拠を示してない。)

伊賀都臣と呼ばれた我われ藤原氏の祖先が、神功皇后の時代に、百済に使いして、その土地で現地の女と結ばれて、子供を作った。その子供たちがやがて成長して、

日本にやってきた。この者たちが我われ藤原氏の直接の祖先です。

(本音で、このように藤原氏の直接の祖先が百済から来ていることを書いている。)

では、藤原氏は百済人を祖先に持つの?

このように尋ねられた時の用意に、

「いえ、違いますよう。藤原氏は、伊賀都臣の時代の約500年前に生存していたと思われる日本人の天御中主命の血を引き継いでいます」と書いた。



つまり、日本人の血など全く持っていなかったために、このようにクドクドと20世前の天御中主命を持ち出してきたのですよう。

大阪の歴史馬鹿のはぁ~ちゃん!

オマエは、僕に根拠を示せという前に、『古事記』、『日本書紀』、『続日本紀』の編集に携わってきた藤原氏に向かって



伊賀都臣(いかつのおみ)が20世前(約500年前)の天御中主命の血を引き継いでいる根拠を示せ!


そう尋ねるべきだったのだよう!



『藤原氏の祖先は朝鮮半島からやってきた』より

(2003年7月14日)





でも、デンマンさん。。。ムキになって反論したところで、藤原氏が朝鮮半島からやって来ようが、カムチャッカ半島から来ようが、あるいはフィリピンからカヌーに乗ってやって来ようが、現在、日本に住んでいる人にとっては、どうでも良いことでござ~♪~ますわ。



あれっ。。。「日本文化と源氏物語」を京都の女子大学で講義している橘卑弥子・准教授の言葉とは思えませんねぇ~。。。

あたくしが何か間違ったことでも申し上げましたか?

あのねぇ~、藤原氏がどこからやって来たのか?現在の日本国民にとってどうでもよい事なら、源氏物語だって、現在、秋葉でコスプレに現(うつつ)を抜かしているミーちゃんハーちゃんにとっては、どうでもいいことでしょう。

でも、少女コミックに載っている源氏物語はミーちゃんハーちゃんにも人気がござ~♪~ますわ。おほほほほほ。。。

つまり、卑弥子さんは源氏物語研究家から少女コミックの漫画家に転向するのですか?

どうして、あたくしが少女コミックの漫画家に転向しなければならないのでざ~♪~ますか?

だってぇ、最近のミーちゃんハーちゃんは源氏物語など読みませんよう。

あたくしはミーハーのために源氏物語を研究しているのではござ~♪~ませんわ。

誰のために研究しているのですか?

世界に散らばっている源氏物語愛好家でござ~♪~ますわ。

ほおォ~。。。世界に散らばっている源氏物語愛好家ですか?

そうですわ。デンマンさんだって次のランキングを見たでしょう?


世界一有名な日本人は?

2009年05月03日08時10分

「wikipedia」を元にした"世界一有名な日本人ランキング"が話題を呼んでいる。

ネット上の百科事典「wikipedia」は世界中の各言語に対応しているが、このランキングは「当該人物がいくつの言語で紹介されているか」を比較したもの。

そのランキングで、意外な人物がぶっちぎり1位の座に輝いているというのだ。

その人物とは、アニメソング界の"アニキ"こと歌手の水木一郎。

水木は、日本語も含めて91の言語で紹介されており、2位の映画監督・黒澤明に20ポイントもの大差をつけているという。

黒澤明のみならず歴史上の偉人やノーベル賞学者、天皇陛下、歴代首相を押しのけて1位を獲得している水木一郎。

インターネットコミュニティとアニメカルチャーの親和性は、どうやら世界共通のようだ。

ちなみに、この調査は2009年1月現在のランキングとされており、トップ10は以下の通り。

1.水木一郎(歌手) 91言語

2.黒澤明(映画監督) 71言語

3.昭和天皇 64言語

4.松尾芭蕉(俳人) 62言語

5.明仁(今上天皇) 54言語

6.小泉純一郎(元首相) 53言語

7.福田康夫(元首相) 51言語

7.葛飾北斎(江戸時代の浮世絵師) 51言語

9.安倍晋三(元首相) 50言語

10.紫式部(平安時代の作家) 45言語




『世界一有名な日本人は?』より

『おばさんパンツの誘惑』に掲載

(2009年6月4日)





もちろん、見ましたよう。



だったらお分かりになるでしょう?紫式部の名前が Lady Murasaki として世界中の文学者の間に知られているのでござ~♪~ますわ。日本の女性では、ただ一人トップ10に入っているのでござ~♪~ますう。さらに、500年以上昔の人物では紫式部女史ただ一人なのですわ。だから、あたくしは一生懸命に源氏物語を研究しているのですう。

それならば、藤原氏についても同じようなことが言えるのですよう。

でも、上のランキングには藤原氏のどの方もトップ10には入っていないのでござ~♪~ますわ。

あのねぇ~、藤原氏がトップ10に入っているかどうかが問題ではないのですよう。

。。。んで、何が問題なのでござ~♪~ますか?

歴史は繰り返す。

歴史を学ばない者は失敗を繰り返す。

温故知新

故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る。

つまり、歴史を深く追及することによって、

現代への認識を深める。

卑弥子さんにも分かるでしょう?歴史の中には真理が潜(ひそ)んでいるのですよう。

たとえば。。。?

僕が書いた藤原氏の記事のテーマは、権力者という者は自分を正当化する、と言う事ですよう。

藤原氏が何を正当化したのでござ~♪~ますか?

つまり、自分たちが日本の政権を担(にな)う正当な日本人であることを『古事記』、『日本書紀』、『続日本紀』を編集することによって正当化したのですよう。

分かりましたわ。。。。で、デンマンさんがコメントらしいコメントとをもらったとおっしゃいましたが、それはどのよなものだったのでござ~♪~ますか?

ここに書き出すから、読んでみてください。



Subj: Beaverland Net Form Processor

Date: 03/05/2010 7:45:39 PM

Pacific Daylight Saving Time

日本時間: 5月4日(火曜日)午前11時45分

From: asukanokaze@hotmail.com

To: barclay1720@aol.com


MESSAGE SENT THROUGH YOUR WEBSITE

This form was submitted:

May 03 2010 / 19:45:38

(Vancouver Time)

userid = barclay1720

FreeCity = oldhist-rikutou2-superb

Your_Name = 新藤 大吾 (仮名)

Your_Email_Address =

 asukanokaze@hotmail.com

(プライバシーを守るためにアドレスは変えてあります)

Comments :


藤原鎌足に興味のある私にとって非常に参考になりました。

よく調べていると感服しました。

藤原氏の氏寺である春日大社に鹿島神宮の主祭神建御雷神が祭られている所から、鹿島出身だと主張する人もいます。

私も千葉県に住んでいますので心情的に同調します。

ただ、鹿島の宮司さんに聞いても鎌足鹿島出自には否定的でした。

不比等の子の四兄弟が唱えたのかもしれません。

大陸の戦乱を逃れた弥生民族が先住民を追い、弥生人同士の権力闘争によりつぶし合いを演じて飛鳥文明を築いた。

鎌足不比等と二代続けて偉人を輩出した藤原氏が、蘇我氏の良い所を模倣し、武力を放擲して政治書である六韜の権謀術数を用いて戦前までその地位を保ったのでしょう。

いずれにしても私のアドレスに使うほど、飛鳥はロマン的な時代です。

新藤 大吾



Thank you for using Bravenet Email Form Processing!


 



Subj:バンクーバーの藤原鎌足です。(微笑)

コメントありがとうございます。



Date: 03/05/2010 11:52:16 PM

Pacific Daylight Saving Time

日本時間: 5月4日(火)午後3時52分

From: denman@coolmail.jp

To: asukanokaze@hotmail.com

CC: barclay1720@aol.com



新藤さん、コメントありがとうございます。

久しぶりでコメントらしいコメントを読ませていただきました。

10年程前には、新藤さんが書くようなコメントを書いてくれる人は結構多かったのですが、

最近は、やたらにスパムコメントが増えました。

まともなコメントをもらうことはまずありません。

『今、日本に住んでいる人は日本人でないの?』

http://beaverland.web.fc2.com/oldhist/rikutou2.html

新藤さんが読まれた上の記事は2003年7月17日に書いたものです。

歴史は繰り返す。

歴史を学ばない者は

失敗を繰り返す。

歴史に夢とロマンを感じながら、人生の糧(かて)になればと思いつつ時間のあるときに調べながら、コツコツと書いたものでした。

読んでくれる人が居ると知れば、書いた甲斐があると、さらに記事を書く励みになります。

また、新藤さんのような、まともなコメントを書いてくれる人がいると、さらに記事を書くのに励みになります。

最近、ネットをサーフィンしていて気づくことは、

はっきり言って歴史にロマンを感じている人が少ないですよね。(微笑 & 苦笑)

お互いに歴史にロマンを感じながら一度だけしか生きられない人生を大いに楽しみましょう!

5月8日のブログの記事に新藤さんのコメントを使わせてもらいます。

時間があったら次のサイトで読んでみてください。

http://denman705.wordpress.com/

日本は、GW の真っ最中ですよね。

歴史の本でもたくさん読んでください。

では、元気で。。。






『今、日本に住んでいる人は日本人でないの?』のコメント欄より

(2003年7月17日)





この上の新藤さんのコメントが、コメントらしいコメントなのでござ~♪~ますか?



そうですよう。。。卑弥子さんには、そう思えないのですかァ~?

新藤さんは、デンマンさんの記事をお読みになって、素直に感じたままを書いていらっしゃいますわ。

だから、それがコメントらしいコメントなのですよう。「大阪の歴史馬鹿」が書いたコメントと比べてくださいよう。

デンマンさんが名付けた「大阪の歴史馬鹿」さんだってぇ、デンマンさんの記事を読んで、素直に感じたままを書いたのでござ~♪~ますわ。

やだなあああァ~!んもお~~。。。あのねぇ~、卑弥子さんは「大阪の歴史馬鹿」も素直に書いたと言うけれど、では、コメントを書いた“動機”を考えてみてくださいよう。

新藤さんがコメントを書いた動機は何なのでござ~♪~ますか?

いずれにしても

私のアドレスに使うほど、

飛鳥はロマン的な時代です。

新藤さんは、このように書いているのですよう。歴史にロマンを感じているのですよう。少なくとも飛鳥時代にロマンを感じている。つまり、歴史にロマンを感じている者が僕の記事を読んで共感するものがあった。言わば、同志が同志に寄せるコメントですよう。

「大阪の歴史馬鹿」さんのコメントは動機が不純なのでござ~♪~ますか?

もちろんですよう!。。。不純だらけですよう。やり込めてやろうと言う悪意が先にある。だから、悪意だけが先走ってしまう。それで、僕の記事をじっくりと読まずに、悪意で書いている。それで、頓珍漢(トンチンカン)な下らないコメントを書いて歴史的な知識がない事を丸出しにしている。馬鹿丸出しですよう。(爆笑!)

そうでしょうか?

やだなあああァ~!んもお~~!。。。卑弥子さんには「大阪の歴史馬鹿」が書いたコメントを読んで愚かさが見えないのですか?

でも、「大阪の歴史馬鹿」さんだってぇ、せっかくデンマンさんの記事にコメントを書いてくださったのではありませんか!

あのねぇ~、悪意のコメントは書くべきではないのですよう。

でも、善意かもしれませんわ。

やだなあああァ~。。。!「大阪の歴史馬鹿」のコメントのどこに善意が潜んでいるのですか!馬鹿丸出しのコメントになっているだけなのですよう!

そうでござ~♪~ましょうか?

あのねぇ~、「大阪の歴史馬鹿」は自分が歴史馬鹿だと言う事をまったく認識していない!だから、馬鹿丸出しのコメントを書いてしまう!。。。卑弥子さんは、なぜ僕がこの記事を書き始めたと思いますか?

他に書くネタが無かったからでしょう?うふふふふ。。。

やだなあああァ~!。。。書くネタならば掃いて捨てるほどあるのですよう!。。。知らずに馬鹿丸出しするようなコメントだけは書かないで欲しい!と僕は言いたかったのですよう。



【卑弥子の独り言】



ですってぇ~。。。

このような事を書くから、ますますデンマンさんの記事にはコメントが付かなくなるのですわよう。

あなただってぇ、あたくしの言おうとしている事がお分かるになるでしょう!

気に喰わないコメントが付いたら、

デンマンさんは次のように言うのですわ。



“オマエは馬鹿丸出しの

コメントを書いているんだよ!”

あなただってぇ、絶対に、そう思うでしょう?

ええっ。。。?

あなたは、あたくしの考えに同感しないのでござ~♪~ますか?

だったらねぇ~、デンマンさんに反論するコメントを書いてみてよう!

そうすれば、あなたも馬鹿丸出ししている!と言われて「大阪の歴史馬鹿」さんのようにケチョンケチョンに晒されるのですわよう。

うふふふふふ。。。

とにかく、まだ面白い話題が続きますわ。

だから、あなたも、ぜひまた明後日、記事を読みに戻ってきてくださいね。

じゃあ、また。。。




メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

“百済” 

この言葉を初めて目にした時、

わたしは“ひゃくさい”と読んだのですわ。

もちろん、デンマンさんに笑われてしまいました。

日本人で歴史を勉強したら、

まず間違いなく“くだら”と読みますよね。

でも、どうして?

あなたは考えてみたことがありますか?

デンマンさんの説によると

百済は「くんなら」がつづまって

日本人に読み易いように

“くだら”になったと言いました。

“くん”とは大きな国、

“なら”とはやはり国だそうです。

つまり、「大きな国」を意味するそうです。

では、百済寺はどう読むと思いますか?

“くだらじ”ではありません。

“ひゃくさいじ”と読むのです。

このお寺は実際に滋賀県にあります。

今から1400年前の推古14年(606)に、

渡来人のために聖徳太子が建てたのだそうです。

お堂は百済の「龍雲寺」を真似て建てられました。

鎌倉時代には「天台別院」と呼ばれて

お坊さんが1,300人も住む

巨大寺院になったそうです。

ところが、織田信長に敵対する

戦争をする“僧兵”が居たために

天正元年4月11日に信長の焼討ちに遭いました。

お坊さんたちが住んでいた宿坊は

すべて焼けてしまいましたが、

往時の姿は「石垣参道」、「千年菩提樹」をはじめ

樹齢数百年の巨杉、山桜、椿などから

偲ぶことができます。



ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。

時間があったらぜひ読んでみてくださいね。

■ 『笑って幸せな気分になれるサイト』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。



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