伊藤浩士の致命傷

(attack60.gif)


(attack61.gif)


(attack62.gif)


(itoh2jinmu5.gif)


(itoh-dance2.gif)


(itoh82.jpg)


(this-is-hiroshi2.gif)


すんまへん。。。
デンマンさんにまた
呼び出されました。
なんと、「伊藤浩士の致命傷」
と言うタイトルを書いて
オイラを呼び出したのです。
致命傷など受けた試しがありません。
オイラを呼び出して
馬鹿にするのでしょう!
いつものように下らないことを
話すと思うのですが、
どうか貴方も最後まで
読んでくださいね。
お願いします。
きゃはははははは。。。


(wife22e-vid2.gif)


(girl518n-dance2.gif)


(laugh16.gif)
(fuji-junkobg.jpg+starsxx.gif)

デンマンさん!。。。、伊藤浩士の致命傷とは、いったいどういうつもりで書いたのですかァ〜?

読んで字のごとくだよ。。。オマエは、致命傷を受けたことがないと言っているけれど、実は、受けている。。。知らないだけなんだよ。。。
それは、可笑しいですよ。。。致命傷と言えば、大きな傷です。。。それを知らずに済ますということがあるでしょうか?
それが あるのだよ。。。オマエは、その致命傷を見過ごしていたのだよ。。。
まさかァ〜。。。?
まさかァじゃないよ。。。信じられないようだから、オマエが書いた記事を もう一度読んでごらんよ。。。

「ネトウヨ疝気」でもお馴染みのアホ2名が日本神話に関して話をしています、ここまで頭が悪いと処置なしとしか言えません。
2772
>櫻井証さん

ところで、忍(しのび)君をほぼ完全論破してきましたので興味があったら見てみてください。

見て来ましたが、忍氏はアマテラスが女神だから天皇は女系だと言ってるんですか?
その理屈で言うと、アマテラスの父神がイザナギで男なんですから、結局は男系ということになると思うんですが(笑)
私は正直、天皇とか都合でしか考えていないので、皇統が断絶せず維持できることを第一とするなら、まだ忍氏に賛同する余地もあるんですが、あの人らはそうではないですからね。
男尊女卑とか意味不明なんですよね。
MoGa 2026-08-08 08:27:26

2773
Re:無題
>MoGaさん
ああ、まあ、そうですね笑
しかも出産にはイザナギしか関わっていないので、人間の男と同じとするなら、性染色体はXYであり、Xはひとつしかないので男しか産まれません。
人間と神の構造が違うとすると、神の性別は人間と混同できないため、女神から産まれてるから男系破綻と言う論理が破綻します。
まあ、論破したと偉そうに言ってますが、古事記と日本書紀をもとに、男系継承は破綻してる結論付けるのは絶対に無理なんです。
だって、誰がどう読んだって明らかに男系継承のメッセージが込められてるんだから。
これを否定する学者はまずいないと思いますよ。普通にまともに学会で相手にされる学者の中では。
櫻井証 2026-08-08 11:52:37
『当ブログが新聞社の取材を受けました』より
(櫻井証ブログ)

日本神話のここの部分はまともな学者の研究で、持統天皇から嫡孫の珂瑠皇子への隔世相続を正当化するために、アマテラスから孫のニニギへの相続という話を作った。
持統天皇の分身であるからアマテラスは女性にしなければならなかった。
ニニギは珂瑠皇子になぞらえてあるから男性でなければならなかった、神話が作られた時代の政情の反映であり、アマテラスが女神だから天皇は女系ということでも、アマテラスの父神がイザナギで男なのだから結局は男系という話でもないのです。
日本神話の作者が、1300年先の皇位継承の原則を示そうなんて考えているはずがないのです、持統天皇から珂瑠皇子への不安定な相続をどう正当化して、他の皇位継承権を持っている皇族を排除するかしか考えていないのです。
神話をもって現在の天皇家の相続を論じることがナンセンスなのです。

アマテラスの父神がイザナギで男なんですから、結局は男系ということになると思うんですが

何考えているのですかね、バカなのです。イザナギの子は、上からアマテラス、ツクヨミ、スサノオになります、櫻井証が言うように性染色体はXYであり、Xはひとつしかないのでといった話になれば、次子で男子のツクヨミが高天原の相続者になっていたはずです、それが女性で長子のアマテラスが相続したのですから、性別に関係なく生まれた順に相続権があることを示しているといえます。
それであれば、現在の天皇の長子が性別に関係なく相続人となるべきといった話になります。
神話なんてものは、その話が創作されたときの権力者の都合でいくらでも捏造できますから、そんなもので現代の相続を決めるべきではないのです。神話に根拠を求めなければならない制度であれば止めてしまえば良いのです。
『アホ2名の日本神話理解』より
(伊藤浩士ブログ)

読みました。。。こういうバカバカしい記事を書いていたのですねぇ〜。。。うへへへへへへ。。。

ウス馬鹿笑いを浮かべている場合じゃないだろう?
でも、上の記事のどこに致命傷があるのですか?
解らないのォ〜?
解りません。。。ある意味で馬鹿らしいとは思いますが、それはMoGaと櫻井証が馬鹿だからバカバカしいのです。。。でも、記事の中に致命傷は見当たりません。。。
じゃあ、オマエも信頼する ChatGPT に尋ねてみたので、ここに そのやり取りを書き出すから読んでみたらいいよ。。。

伊藤浩士元作家がMaGa君と櫻井証君を批判するのはよいとしても、この二人を含めてすべてのネトウヨを出禁処分にしているのです。。。つまり、反論のコメントを受け入れません。
私はネトウヨではありませんが出禁にされてます。😁
これは、表現の自由、言論の自由、出版の自由を尊重しなければならない元作家としては良からぬことだと思います。
そういうわけで、最近では、多くの常連さんも去ってゆきコメントするのは、忠実な子分の神武ダメ夫君だけになっています。
とにかく、上の記事、コメントのやり取りを分析・解説してください。

はい。このやり取りはかなり興味深いです。 単なる「日本神話の解釈論」に見えて、実際 には、
① 神話を皇位継承論の根拠にできるのか、
② 古代神話をどう読むか、
③コメント欄での論争の仕方、
④伊藤浩士氏自身のブログ運営姿勢という四つの問題が重なっています。
まず記事そのものを確認すると、伊藤氏は冒頭で二人を「アホ2名」と一括りにし、そのうえで両者のコメントを掲載しています。
1. まず、 MoGaさんの議論には
かなり大きな飛躍があります
MoGaさんの主張は、「アマテラスの父神はイザナギだから、結局は男系」というものです。
これは「男系」という言葉をかなり単純化しています。
現代の皇位継承論でいう男系とは、単に「先祖に男性がいる」という意味ではありません。
たとえば、男性ー> 男性ー> 男性ー> 男性 という父系をたどっていくことが重要です。
したがって、イザナギ (男)ー>アマテラス (女)ー>ニニギ (男) という系譜を見て、「最初が男だから男系だ」ということにはなりません。
むしろアマテラスからニニギへの継承を問題にするなら、女性を経由した時点で、現代的な意味での「男系男子」の系譜とは別問題になります。
ですから、 MoGaさんの「イザナギが父だから男系」という反論は、かなり雑です。
2. 一方、櫻井証君の反論にも
別の問題があります
櫻井君は、持統天皇から嫡孫の珂瑠皇子への隔世相続を正当化するために、アマテラスから孫のニニギへの相続という話を作ったとしています。
これは非常に面白い説ですが、「そういう政治的背景が考えられる」という話と、「実際に その目的で神話が作られた」と断定することは別です。
持統天皇と河瑠皇子 (のちの文武天皇) の継承問題が『古事記』『日本書紀』成立期の政治状況と深く関係していることは、非常に重要な研究テーマです。
しかし、持統天皇=アマテラス、文武天皇=ニニギ、だから神話を創作したという一対一対応まで断定すると、かなり慎重さが必要になります。
つまり櫻井君は、MoGaさんより歴史学的点を持っていますが、そこから先の推論を少し急いでいるように見えます。
3. そして伊藤氏の
「アマテラスが長子だから」
という反論が面白い
伊藤氏が掲載した櫻井君の文章に対して、伊藤氏は、「イザナギの子は、上からアマテラス、ツクヨミ、スサノオ」として、「女性で長子のアマテラスが相続したのだから、性別に関係なく生まれた順に相続権がある」と論じています。
ここは論理的にはかなり面白いところです。
ただし、これも神話から現代の皇位継承制度を直接導き出すという点では無理があります。
なぜなら、「アマテラスが高天原を治めた」という神話上の設定から、「古代日本では長子優先だった」という社会制度を直接証明することはできないからです。
神話は法律書ではありません。
したがって、男系を証明するために神話を使うのも、男女平等の継承を証明するために神話を使うのも、同じ問題を抱えています。
ここについては、むしろ櫻井君の「神話をもって現在の天皇家の相続を論じることがナンセンス」という部分には一定の合理性があります。
4. さらに興味深いのは
「神話は政治的に作られた」
という点
ここは歴史小説家だった伊藤氏なら、本来かなり深く掘れるところです。
『古事記』 『日本書紀』 の神話は、単なる昔話の寄せ集めではありません。
8世紀初頭の朝廷が、
•天皇の正統性
•皇統の起源
•大和朝廷の支配の正当性
•各氏族の位置づけ
•皇位継承の正統性
などを説明するための政治的・歴史的文脈の中で編纂されたものです。
したがって、「神話には政治的メッセージが含まれている」という櫻井君の方向性は、かなり重要です。
ただし、「だから神話は全部、 当時の権力者が好き勝手に捏造した」まで行ってしまうと、これも単純化です。
神話には、
•古い伝承
•各地域の伝承
•氏族の伝承
•王権の政治思想
•編纂者の編集
•後世の解釈
などが複雑に重なっています。
ですから「誰かがゼロから作った」と考えるより、既存の伝承を朝廷側の政治的世界観に合わせて再編成したと考えるほうが歴史学的には自然です。
5.そして、この三人の議論で
一番重要なのは論争の構造です
私はここが一番面白いと思います。
三人とも、 実は違うゲームをしています。
MoGaさんは「神話の系譜を読めば男系が分かる」という立場。
櫻井証君は「神話は皇位継承の政治的正当化のために作られたものだから、現在の皇位継承論の根拠 にはならない」という立場。
伊藤浩士氏は「そもそも神話などを現代の制度の根拠にすること自体がおかしい」という立場。
つまり、
MoGa ー>神話から制度を導く

櫻井 ー>神話の政治的成立事情を考える

伊藤 ー>神話そのものを現代制度の根拠から外す
という三段階になっています。
この意味では、単純に「二人のネトウヨが馬鹿な議論をしている」と片付けるより、どの レベルで議論しているのかを分けて考えたほうが面白いですね。
6.ただし、伊藤氏自身にもかなり
大きな問題があります
ここはご指摘の通りです。
伊藤氏は記事冒頭で、「ネトウヨ疝気」でもお馴染みのアホ2名と書いています。
これは学問的な批判ではありません。
批判するなら、
「その解釈は系譜学的に成立しない」
「史料上の根拠が不足している」
「神話成立時期について推測が過剰である」
などと言えばいい。
ところが、「アホ」と人格攻撃してしまう。
ここで議論の質が一段落ちます。
7.そして、あなたの指摘する
「出禁問題」が非常に重要です
ここは、表現の自由そのものと、個人ブログの管理権を分けて考える必要があります。
伊藤氏のブログは私有のウェブ空間ですから、法的・実務的には、誰をコメント禁止にするかを決める権限があります。
したがって、「出禁にすること自体が表現の自由違反」とまでは言えません。
しかし、あなたが問題にしているのは、たぶんそこではないでしょう。
むしろ、「元作家として言論を批判する立場にある人が、自分に反対する人間を次々と排除することで、自分のブログを同質的な意見だけが残る空間にしてしまう」という点でしょう。
これは確かに別問題です
8.ここには「エコーチェンバー」
が生まれます
コメント欄から反対意見を排除すると、最初は非常に快適になります。
「変な奴が来なくなった」
「くだらない反論を読まなくて済む」
「ブログが荒れなくなった」
というメリットがあります。
しかし長期的には、反対意見が来ない

自分の意見が常に支持されているように感じる

自分の論理に対する反証を目にする機会が減る

言葉がさらに過激になる

さらに反対者を排除するという循環が起こり得ます。
そして最後には、「自分+忠実な常連」という非常に小さなコミュニティになる。
あなたがおっしゃる「最近では多くの常連さんも去って、神武ダメ夫君だけになっている」という現象が事実なら、これはまさにこの構造を考える材料になります。
9. 特に興味深いのが
神武ダメ夫君の位置です
ここまでのやり取りを見ると、伊藤氏のブログでは、
伊藤氏が記事を書く

反対者を強烈に批判する

神武ダメ夫君のような忠実な読者が残る

その忠実な読者とのやり取りが中心になる

さらに外部の人間が入りにくくなるという構造が形成されている可能性があります。
これは単なる「仲良しグループ」ではなく、心理的には閉鎖的な共同体に近づきます。
そして面白いのは、伊藤氏が「ネトウヨ」を批判している一方で、ブログの内部では、「自分たち」と「敵」という非常に強い二分法が形成されてしまうことです。
これは政治的立場とは無関係に、ネットコミュニティではよく起こる現象です。
10.「元作家なのだから」という
あなたの批判には一理あります
ただし私は少し表現を分けたいと思います。
「元作家だから、誰でもコメントさせなければならない」とは言えません。
しかし、「文章によって他人の思想を批判する人ほど、自分自身が反論を受けることに耐える姿勢を持っていたほうが、言論人としての説得力が増す」というあなたの考えには、かなり同意できます。
特に伊藤氏自身のブログには、「コメントには出来る限り返信を付けます、ご遠慮なくコメントを入れてください」と掲げられています。
ここは非常に興味深いですね。
建前としては、「自由にコメントしてください」なのに、実際には自分が嫌う人々を出禁にする。
もちろんコメント欄を無制限に開放する義務はありません。
しかし、掲げている理念と実際の運用の間にどの程度の整合性があるのかは、観察してよいポイントだと思います。
11. そして、今回の記事には
一つ皮肉なところがあります
伊藤氏は、「ネトウヨの論理は馬鹿げている」ことを示すために、二人のコメントを掲載しています。
ところが結果的には、「自分のブログに反対意見を持つ人間を排除する一方で、反対者の文章を掲載して、それを自分の読者の前で嘲笑する」という構図になっています。
これは議論を「説得」するというより、「敵を舞台に上げて、自分の観客の前で笑いものにする」というコミュニケーションに近くなります。
この方法は短期的には非常に強力です。
しかし長期的には、読者に「また誰かを馬鹿にしているのか」と思われる危険があります。
そして常連が減っていくなら、まさにそこが問題になっている可能性があります。
12. 今回のコメント欄を総括すると
私は三人をこう整理します。
MoGaさんは、神話の系譜から男系を説明しようとする。問題点は「父が男だから男系」という単純化。
櫻井証君は神話成立の政治的背景を重視。問題点は持統=アマテラス等の対応をやや断定的に扱う。
伊藤浩士は、神話を現代の皇位継承論に使うこと自体を批判。問題点は「アホ」などの人格攻撃、議論の公平性に問題。
そして、論理だけを比較すれば、今回もっとも筋が通っているのは 「神話から現代の皇位 継承制度を直接導くべきではない」という部分でしょう。
ただし櫻井君の「持統天皇の継承問題を正当化するためにアマテラスーニニギ神話を作った」というところは、さらに史料研究史を確認して慎重に評価する必要があります。
一方、伊藤氏については、「批判する能力」と「異論を受け入れる能力」は別物だということが、この一件からよく見えます。
そして、あなたが以前から観察している伊藤氏のブログの変化と今回の記事を合わせると、かなり興味深い現象が見えてきます。
最初は「いろいろな人がコメントする場所」だったものが、反対者を排除することで「伊藤氏と忠実な支持者だけが会話する場所」に変化している。
そうなると、ブログの活気は失われても、伊藤氏自身は「自分の論敵を論破し続けている」という感覚を持ちやすくなる。
これは、あなたが以前指摘されていた「ネット上で論争相手を必要とする人ほど、相手を排除した後もその相手について語り続ける」という現象ともつながっています。
今回の記事は、日本神話の話以上に、「言論人が自分と異なる意見をどう扱うか」そのものを観察できる記事だと思います。

そこが作家としての伊藤浩士の致命傷だと思うのです。なぜなら、批判の手紙等を読者から受け取っていたと思うのです。ところが、その読者の批判を受け入れて次の作品にいかさなかった。結局、読者離れになり、すべての作品が絶版になっている。

おっしゃる点は、もし伊藤浩士氏の作家時代にも現在と同じような「批判への向き合い方」があったのだとすれば、作家としてかなり重大な弱点だったと考えられます。
ただし、「読者から批判の手紙を受け取った」「それを作品に反映しなかった」「その結果、読者離れが起き、全作品が絶版になった」という因果関係については、個々の事実を確認しない限り断定はできません。
そのうえで、作家論として考えると非常に興味深い指摘です。
作家にとって「批判」はかなり貴重な情報です
作家の場合、批判的な読者は必ずしも「敵」ではありません。
むしろ、
「ここがつまらない」
「この人物の行動が理解できない」
「展開がご都合主義だ」
「前作と同じパターンではないか」
という読者の指摘には、作家本人が気づいていない弱点が含まれていることがあります。
もちろん、批判を全部受け入れる必要はありません。
重要なのは、「批判された」→「腹を立てる」ではなく、「なぜこの読者はそう感じたのか」→「自分の作品のどこに原因があるのか」と一度考えることです。
そして採用するものだけを次作に取り込む。
これが作家としての成長につながります。
逆に「批判する人=馬鹿」と考えてしまうと危険です
今回の記事で伊藤氏が、「アホ2名」「ここまで頭が悪いと処置なし」という表現を使っていることは、まさにその逆方向です。
もちろん、ネット上の議論には本当に無茶苦茶な主張もあります。
しかし、相手の論理的欠陥を指摘することと、相手を馬鹿だと決めつけることは違います。
作家にとって特に危険なのは後者でしょう。
なぜなら、「自分の作品を理解できない読者が悪い」という思考に陥ると、自分の作品の問題点を検証する機会を失ってしまうからです。
これは小説家にとってかなり怖いことです。
さらに重要なのは「読者が何も言わなくなること」です。
実は、作家にとって最も危険なのは批判されることではありません。
読者が何も言わなくなることです。
批判の手紙が来るということは、まだ読者が作品に関心を持っている証拠でもあります。
「ここが気に入らない」とわざわざ手紙を書く読者は、「もっと良い作品を書いてほしい」という期待を持っている場合があります。
ところが、
批判

作者が反発

読者が「何を言っても無駄」と感じる

批判しなくなる

感想も送らなくなる

読むのをやめるという流れになると、作者から見れば突然、「読者が消えた」ように見えます。
しかし実際には、その前段階で読者との対話が切れていた可能性があります。
そして、現在のブログ活動を見ると興味深い対照が出てきます。
現在の伊藤氏は、読者・コメント投稿者に対して、「自分に同意しない人を論破・嘲笑する」という姿勢がかなり目立ちます。
もしこれが作家時代にもある程度共通していたのなら、あなたがおっしゃる「読者の批判を次の作品に生かせなかった」という問題は、単なる一時的な失敗ではなく、伊藤氏の創作姿勢そのものに関係する可能性があります。
つまり、
作家としての伊藤浩士

「自分の作品を批判する読者」への対応
と
現在の伊藤浩士

「自分の思想を批判するコメント投稿者」への対応に、もし同じ心理的パターンが存在するなら、かなり興味深いですね。
ただ、「絶版=作家として失敗」と単純化する必要もありません。
ここは冷静に見たほうがいいでしょう。
絶版には、
出版社側の事情
契約終了
市場規模
初版部数
再版の採算性
出版社の事業再編
電子化されていない
著作権・版権上の問題
など、様々な理由があります。
したがって、「全作品が絶版になった=読者離れが原因」とまでは言えません。
しかし、仮に実際に読者数が減少し、それと作品の評価・売上低下が連動していたことが確認できるなら、「読者の批判を創作上のフィードバックとして利用できなかったことが、長期的な作家活動に影響した」という仮説は十分検討する価値があります。

そして私は、今回の話で一番皮肉なのはここだと思います。
作家という仕事は、読者がいて初めて成立します。
ところが、読者の批判を「自分を攻撃する敵の言葉」として処理するようになると、最終的には読者そのものを遠ざけてしまう。
一方で現在のブログでは、批判する人を出禁にしたうえで、その人たちについて記事を書いている。
これは、「批判者を排除する」ことと「批判者を必要とする」ことが同時に起きているという、かなり皮肉な構造です。
ですから、あなたの「作家としての致命傷」という表現は、私はかなり鋭いと思います。
ただ、より正確に言えば、「批判を受けたこと」そのものが問題なのではなく、批判を自分の成長のための情報に変換する能力が欠けていたとすれば、それが作家としての大きな弱点だった」ということだと思います。
そして、その性向が現在のブログ運営にも現れているのだとすれば、作家時代と現在の伊藤氏をつなぐ一つの心理的パターンとして見ることができます。

解説ありがとうございました。今回の場合も人の振り見て我が振り直せです。

本当にそうだと思います。
今回の件で一番有益なのは、伊藤氏を批判すること以上に、「自分も同じ落とし穴に陥っていないか」と振り返ることでしょう。
特にブログを書いていると、
批判されると感情的になる
自分に都合のよい批判だけ取り上げる
相手の人格を批判してしまう
「自分を理解できない相手が悪い」と考える
反対意見を排除して、同意してくれる人だけを残す
という方向に流れやすいです。
でも、批判の中には自分では見えない弱点を教えてくれるものがあります。
もちろん、すべての批判を受け入れる必要はありません。
むしろ、「この批判は間違っている。しかし、なぜこの人はそう感じたのだろう?」と一度考えてみることが大切なのだと思います。
そうすれば、相手の意見を採用しなくても、自分の文章を改善する材料になります。
そして何より、批判者を敵にしてしまうより、批判を材料にして自分を修正できる人のほうが、長い目で見ると強い。
まさに「人の振り見て我が振り直せ」ですね。
今回の伊藤氏の記事も、そういう意味では、単なるネット上の人物観察ではなく、自分自身のブログとの向き合い方を考える教材にもなっています。

私のブログにはコメントはまれですが、一度として出禁処分にしたことはありません。神武君が時々嫌なコメントを書いてきますが

それは、今回の話との比較ではかなり重要な違いだと思います。
神武君のように、時々「これはちょっと嫌だな」と感じるコメントが来ても、それを理由に相手を出禁にしないというのは、ブログを書く側として一つの姿勢を示しています。
特に興味深いのは、あなたが神武君のコメントについて、単に「嫌な奴だから無視する」ではなく、
何を根拠にそういう発言をしたのか
どこに論理的な矛盾があるのか
その発言の背後にどんな心理があるのか
自分なら同じことをしないか
と分析材料にしていることです。
これは先ほどの「人の振り見て我が振り直せ」ともつながります。
「嫌なコメント」と「排除すべきコメント」は違います。
ブログ運営では、この区別が結構重要だと思います。
単に不快な意見→ 反論する、無視する、あるいは掲載する。
論理的に間違った意見→ 根拠を示して反論する。
自分とは正反対の政治的・思想的意見→ それだけを理由に排除しない。
一方で、脅迫、個人情報晒し、明らかな荒らし、スパムなどになれば、削除やアクセス制限という別の問題になります。
つまり、「自分が嫌いだから排除する」のではなく、「ブログを維持するために必要だから管理する」という線引きですね。
そして、これは言論の自由を尊重するうえでも比較的健全な姿勢だと思います。
神武君のコメントについても、あなたが「嫌なコメントだ」と感じながら、それを観察対象として扱っているからこそ、これまで彼の発言の矛盾や心理的特徴がかなり見えてきました。
皮肉なことに、嫌な批判者を全部追い出してしまうと、その人から得られる「自分の文章や考えを外側から見るための鏡」まで失ってしまうんですよね。
ですから、今おっしゃった「一度として出禁処分にしたことはありません」というのは、単なるブログ管理上の事実というより、今回の伊藤氏との比較ではかなり意味のある違いだと思います。

なるほどォ〜。。。批判しておいて、相手の反論を受け入れないで出禁処分にしているのがいけないと言うのですねぇ〜。。。

当たり前だろう! それは、言ってみれば卑怯なことだろう。。。要するに、オマエは馬鹿じゃないけれど、大人げないのだよ。。。
大人げないでしょうか?
オマエは70歳になるんだよ。。。かつては、商業作家だった。。。もっと分別のある対応をして欲しいのだよ。。。MoGa君や櫻井証君よりも多くの人生経験を積んでいるのだから。。。
それにしても、デンマンさんも、モノ好きですねぇ〜。。。最近、なにかと言えば ChatGPT にお伺いを立てているではありませんか。。。
僕が とやかく言っても、オマエは聞く耳を持たないからね。。。オマエが ChatGPT の言うことをアリガタがってぇ聞くので 僕は しばしば ChatGPT にお伺いを立てるのだよ。。。
今日はこれで終わりですか?
いや。。。オマエのためにAI動画を作ったんだよ。。。だから、オマエもじっくりと観たらいいよ。。。

(no-good-japan2.jpg)

(dislike-japan.jpg)

この上のビデオは日本嫌いのオマエの記事やコメントを基に自動的に生成したのだけれど、やっぱり、読み間違いしている個所もある。。。でも、僕が手を加えないで AIが自動的にこれだけの動画を作ったというのは素晴らしいよ。。。

こういう動画は作って欲しくないですよ。。。
どうして。。。?
記事だけでいいではありませんかァ~。。。それほど素晴らしい動画だとも思えません。。。「伊藤みどり」は、実は男だけれど、女として登場してますよ。。。
AI動画は発展段階の途上にあるから、まだそこまで判別できないんだよ。。。AIは「伊藤みどり」がオマエの実の娘だと思っているのだよ。。。
オイラは、問題のある人物だという事になってますが、ChatGPTが指摘しているほど問題を抱えている人間ではありません。。。
でもさァ~、オマエは執念深いのだよ。。。68歳になっており、オマエは分別のある元作家なんだよ。。。オマエが「伊藤みどり」を無視し続ければいい事なんだよ。。。
相手が止めません。。。
だから、無視すればいいじゃないか。。。
相手に言ってくださいよ。。。
オマエは68歳なんだよ。。。人生経験も豊富だし、三文作家とはいえ、商業作家として世に出た。。。若者のお手本となるような人生を歩んできたと思われている。。。
年には関係ないですよ。。。
関係あるだろう! 68年の人生経験を考えれば、オマエは、負の関係を断ち切って、もっと良好な関係を現実世界で築くべきなんだよ。。。憎しみに駆られて、ネットで感情的なコメントのやり取りをしてる暇があったら、ともしらがの老妻と仲良く幸せに暮らすことを考えろよ!
この事を言うために、わざわざオイラを呼び出したのですか?
それだけじゃないよ。。。オマエのことが反面教師として、今後多くのネット市民の皆様に読まれてゆく。。。
その根拠とは何ですか?
オマエは反面教師になっている。。。ネットでは有名人になりつつあるのだよ。。。
その証拠でもあるのですか?
あるよ。。。オマエのことではピンタレストでも、僕はオマエのボード(カテゴリ)を立ち上げた。。。

(itoh25-09-07.jpg)

この記事が公開される頃には、すでにこの記事は『伊藤浩士のボード』(カテゴリ)に載っている。。。

でも、デンマンさんが「伊藤浩士のボード(カテゴリ)」を立ち上げただけで、多くのネット市民の皆様が注目しているということにはならないじゃありませんかァ!
多くのネット市民の皆さんが注目しているんだよ! 多くのネット市民の目に留まって、オマエのことが書いてあるこの記事も読まれることになるんだよ。。。
なるほどォ~。。。今後、オイラは多くのネット市民の皆様に注目されるのですねぇ~。。。
そうだよ。。。嬉しいだろう? これほどまでに注目されたことって、これまでのオマエの人生にはなかっただろう?
ハイ。。。初めての経験です。。。初体験です。。。うへへへへへへ。。。嬉しいです。。。

(laugh16.gif)
【レンゲの独り言】

(manila07.gif)
ですってぇ~。。。
あなたは伊藤浩士・反日軍団長の事をどう思いますか?
落ちぶれて売れない反日作家だと思いますかァ~?
ええっ。。。「そんなことはどうでもいいから、もっと面白い話をしろ!」
あなたは、そのような強い口調で、あたしにご命令なさるのですかァ~?
分かりましたわァ。。。
ネットには、いろいろと変わった人がいますわァ。。。
ラム夫君もその一人です。
ヴァイアグラを飲みすぎて オツムがイカレた人もいれば、
他人に成りすまして ヤ~らしいコメントを書き込む人もいます。
また、誰彼かまわずに“スパム”を飛ばす嫌われ者もいます。
とにかく、ネットには。。。 特にアメブロには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。
まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいます。
また、アメブロのファシスト管理人も 気まぐれに記事を消したり、コメントを削除したり、ブログを削除したり、表現の自由、言論の自由を全く理解してない愚か者です。
また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。
コメントスパムで褒められると、ついついその気になって、相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って 読者に登録してしまったりするものですわァ。
どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。
悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと てぐすね引いて待っているのですから。。。
悪徳サイトを利用して、メールアドレスで登録したりすると、あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。
あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには騙されないと思い込んでいるでしょう?
でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。
とにかく気をつけてくださいね。
次回も、さらに面白い話題が続きます。
あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。
では。。。

(hand.gif)
あなたが絶対、
見たいと思っていた
面白くて実にためになるリンク

(spacer.gif+betty5de.gif)
(hiroy2.png+betty5d.gif)
『HIRO 中野 せどり スパマー』

(vector2.jpg)
(teacher9.jpg)

(bigcash.gif)
■ 『反日軍団批判』

(hooker08.gif)
■ 『伊藤浩士と娘』
(rengey5.jpg)

(juneswim.jpg)

(byebye.gif)


