貴方は国のために戦いますか

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デンマンさん...、貴方はお国のために戦います かァ〜?

僕はお国のために戦いません。。。
どうしてですか?
僕は神様に人を殺しませんと誓ったのです。。。
あらっ。。。デンマンさんは戦争を忌避する「エホバの証人」の信者なのですかァ〜。。。
僕は「エホバの証人」の信者ではありません。。。
じゃあ、どこの宗教に入信しているのですか?
「宇宙の摂理」です。。。
あらっ。。。戦争を忌避する、そういう宗教があるのを知りませんでしたわァ〜。。。
「宇宙の摂理」という宗教団体はありません。。。
デンマンさんは、私をからかっているのですかァ〜?
いや。。。僕は真面目に話しています。。。「宇宙の摂理」というのは、僕が独自に信じている神様ですよ。。。
つまり、デンマンさんが勝手に信じている神様ですか?
そうです。。。その神様が戦争に参加してはいけないと言うのですか?
そうです。。。
そんな勝手な理屈で戦争にゆかないということが通用するのですか?
徴兵制になったら、通用しないでしょう?
徴兵制になったらどうするのですか?
カナダの奥地に逃げて隠れて暮らします。。。戦争で死ぬくらいバカバカしいことはありません。。。
それは卑怯ではありませんか? まともな人間のすることとは思えませんわァ〜。。。
まともな人間が戦争をすることこそ愚かな事ですよ。。。
そんな事を言ったら、狂信的な愛国者に暗殺されますわよ。。。
そういうことになりそうになったら、カナダの奥地にすぐに逃げて隠れて暮らします。。。
デンマンさんは徹底的に卑怯なのですわねぇ〜。。。
なんと言われようと、僕は戦争には行きません。。。
そもそも、どういうわけで戦争の話を持ち出したのですかァ〜?
実は、次の動画を観たのですよ。。。

(war-title.jpg)

この動画を観て衝撃的だったのは次のグラフです。

(willing2fight.jpg)

主要60ヵ国の市民に、「もし戦争が起きたら国のために戦いますか?」という質問を2017年から2020年の間にした解答をグラフにしたものです。

国のために戦うと答えた国の内、もっとも多かったのはベトナムの 96.4% ですわねぇ〜。。。
そうです。。。
アメリカは 59.6%
ドイツは 44.8%
日本は、何と、最低の 13.2%
僕自身は戦後生まれで、日教組が強かった いわゆる日本自虐思想が語られていた時代に少年期を迎えたのです。。。つまり、日本は侵略戦争をした。戦争は2度としてはいけない。
それで、デンマンさんは戦争が起こりそうになったらカナダの奥地に逃げて隠れて暮らすのですわねァ〜。。。
そうです。。。1960年代には反戦思想に固まっており、どのような戦争にも参加してはならない。そういう教育でした。。。だから、上のグラフの統計が 1960年頃だったら 理解できるのですよ。。。でも、今の日本は防衛庁が防衛省に格上げされ、軍事費も増えて、「今や戦後じゃない、戦前だ」という雰囲気があるでしょう?
確かに、中国が人口島を作って軍事基地を作ったり、北朝鮮が核兵器を開発したり、以前と比べれば戦争が起こりそうな雰囲気がありますわねぇ〜。。。
それにもかかわらず、現在の日本人は「お国のために戦いたくない」という人たちが 86.8% もいる! 個人的には、僕は良いことだと思います。
でも、現在の日本を考える時、これはいったいどのように解釈したらよいのでしょうか? もし、中国や北朝鮮が攻めてきたら、日本は簡単に負けてしまいますわねぇ〜。。。日本人はデンマンさんのように臆病になったのかしら?
臆病になったと言うより、最近の若者は嫌なことはやらない。。。戦争なんてまっぴらだという考えを持っている人が多くなったということですよ。。。
そうでしょうか? でも、ドイツ人は 44.8%も国のために戦うと言っているのですわァ〜。。。ナチスのために、ひどい目にあったと言うのに。。。
戦争で、同じような悲惨な体験をしたのに、日本は、ドイツとはだいぶ違うんだよねぇ〜。。。僕も不思議に思ったので上のグラフの分析と解説を ChatGPT にお願いしました。。。

はい。これはかなり衝撃的な数字です。ただ、私はこの13.2%を単純に「日本人が臆病になった」「愛国心を失った」と解釈するのは適切ではないと思います。
むしろ、この数字には日本の戦後史、戦争体験、安全保障環境、そして「国家」と「自分」を切り離して考える日本人の価値観が複合的に表れている、と考えた方が面白いと思います。
まず、重要な点から確認します。
1.13.2%という数字は本物です
これはWorld Values Survey(WVS)の第7波、2019年の日本調査です。
質問は、「もちろん、二度と戦争が起こらないことを皆が望んでいます。しかし、もしそういうことになったら、あなたは自分の国のために戦う用意がありますか?」というものです。
日本では1,353人が回答し、
Yes:13.2%
No:48.6%
Don't know:38.1%
無回答:0.2%
でした。
ここで非常に重要なのは、「戦わない」が86.8%ではないことです。
「No」は48.6%で、「わからない」が38.1%もいる。
したがって、「日本人の86.8%が絶対に戦争に反対している」と読むのは少し危険です。
しかし、それでも「Yes」が13.2%しかないというのは、国際比較では極めて低い数字です。
2.では、なぜ日本だけこんなに
低いのか?
私は、一つの原因ではなく、少なくとも五つの要因が重なっていると思います。
① 日本では「国のために戦う」という言葉そのものが特殊な意味を持っている
これがかなり大きいと思います。
ベトナムなどで、「国のために戦う」=侵略者から家族・故郷・国家を守るという意味になりやすい。
ところが日本では、「国のために戦う」=国家から命令されて戦場へ行くという歴史的記憶があります。
明治以降の日本では、国家 → 国民 → 軍隊 → 戦場という巨大な動員システムが作られました。
そして太平洋戦争では、最終的には特攻まで行われた。
だから日本人にとって、「お国のために戦う」という言葉には、単なる愛国心以上に、「国家に生命を差し出す」というニュアンスが残っているのだと思います。
これはベトナム人の「侵略者から祖国を守る」という感覚とはかなり違います。
3.② 「日本は戦争に負けた」
という記憶も大きい
ここがドイツとの比較で非常に面白いところです。
日本とドイツは、どちらも第二次世界大戦の敗戦国です。
しかし戦後の記憶の形成には違いがあります。
ドイツでは、「ナチズムを否定すること」と「ドイツという国を守ること」を分離することができました。
つまり、ナチスは悪だった、しかしドイツという民主国家を守ることは正しい、という考え方です。
一方、日本では、
軍国主義

戦争

敗戦

原爆

戦争は二度としてはいけない
という記憶が強く形成されました。
その結果、「国家を守るために戦う」という思想そのものに警戒心を持つという方向へ進みやすかった。
4.③ そして、おっしゃる
1960年代の教育は
確かに重要だと思います
ここはご自身の経験が非常に興味深いところです。
戦後日本では、
日本は侵略戦争をした

軍国主義は危険

戦争は二度としてはいけない

軍隊を持つことにも警戒する
という思想が強く存在しました。
特に1960年代の日本では、安保闘争、ベトナム戦争、核兵器問題などもあり、「軍事力を強化すること=戦争への道」という考え方がかなり強かった。
しかし興味深いのは、現在の日本では自衛隊が存在し、防衛省もあり、防衛予算も大幅に増えているにもかかわらず、国民の意識はそれほど軍事化していないことです。
ここに日本の非常に奇妙な特徴があります。
5.「軍事力」と「自分が戦うこと」
を別物としている
私はこれが現在の日本を理解するうえで非常に重要だと思います。
日本人の中には、「自衛隊は必要だ」と考える人がかなりいます。
しかし、「では、あなた自身が戦場へ行きますか?」と聞かれると、「それは嫌です」となる。
つまり、「国防の必要性」≠「自分自身が戦う意思」なのです。
これは必ずしも矛盾ではありません。
現代国家では、国家防衛 → 専門職としての軍人・自衛官という分業が成立しています。
医療を考えてみても、医療制度は必要、しかし自分が医者になるわけではない、というのと似ています。
だから、「自衛隊が必要だ」と言う人が、「私は戦争には行きたくない」と言っても、論理的には矛盾しません。
6.④ 日本は「戦争が現実に起こる」
という感覚が弱かった
これも非常に大きいと思います。
ベトナム人の場合、戦争は遠い歴史ではありません。
ベトナム戦争は1975年に終わったばかりです。
さらにベトナムには、中国、フランス、アメリカなどとの戦争の歴史があります。
つまり、「外国軍が来て、自分たちが戦う」という記憶が比較的新しい。
一方、日本では1945年以降、本土が大規模な地上戦場になっていません。
75年以上、「日本国内で戦争する」という経験から離れてきました。
これは極めて大きな違いです。
7.⑤ 実は「豊かな平和社会」ほど
戦争への自己犠牲を嫌う
ここが社会科学的に非常に面白いところです。
WVSを使った研究では、経済的・物理的な安全が高まると、人々は生命を犠牲にすることより、「自分の人生を自分らしく生きること」を重視するようになる傾向が確認されています。
つまり、貧しい社会→ 生存のために集団への結束が重要から、豊かな社会→ 個人の生命、幸福、自己実現が重要へ価値観が変化する。
これは「臆病になった」とは少し違います。
むしろ、「命を国家に捧げることが美徳」という価値観が弱くなった、と考える方が適切でしょう。
8.では、なぜベトナムは
96.4%なのか?
ここは非常に面白い比較です。
ベトナムの96.4%という数字を、「ベトナム人は日本人より勇敢」と解釈するのは危険です。
むしろ、国家防衛と個人の生命・家族・民族の防衛が非常に近いという社会的背景を見るべきでしょう。
「祖国を守る」という言葉の意味が、日本とは違うのです。
だから、96.4%=96.4%の人が戦場で銃を持って戦うという意味でもありません。
アンケートはあくまで仮想的な質問です。
9.そして、ドイツ44.8%は
非常に興味深い
ここはご指摘の通りです。
「ナチス・ドイツだったのに、なぜ44.8%なのか?」という疑問は非常に重要です。
しかし、むしろドイツの歴史教育は、「ドイツ国家を否定する」のではなく、「ナチズムを否定する」方向へ進んだと考えると理解しやすい。
つまり、
ナチス ≠ ドイツ
ヒトラー ≠ ドイツ国家
軍国主義 ≠ 国防
という区別ができる。
そのため、「ナチスのような国家には二度と戻らない。しかし民主主義国家ドイツを守ることは必要だ」という思想が成立する。
これは日本との重要な違いだと思います。
10.そして日本の「原爆体験」は
確実に影響していると思います
これはおっしゃる通りです。
広島・長崎という経験は、日本人の戦争観を非常に特殊なものにしました。
日本では、戦争=敵を殺すことだけではなく、戦争=自分たちも一瞬で大量に殺されること、という認識があります。
そのため、戦争に勝つためには戦うという発想より、戦争そのものを起こさない、という発想が強くなった。
さらに冷戦期には核戦争の恐怖が加わりました。
「核兵器で東京や大阪が一瞬で消滅する」というイメージは、通常兵器による戦争とはまったく違います。
11.ただし、私は日本人が
平和主義だから
13.2%」だけでは説明できない
と思います
ここが一番重要です。
日本の13.2%には、平和主義だけではなく、国家への距離感も含まれていると思います。
日本では、「日本という国を愛していますか?」と、「日本政府のために戦いますか?」がかなり違う質問になります。
さらに、「日本人として生きること」と、「日本国家に命を捧げること」も別です。
戦後日本人は、この二つを意識的・無意識的に切り離してきたのではないでしょうか。
12.実は「自分さえよければいい」
とも限らない
ここも重要です。
「戦争には行きたくない」という回答は、「家族や隣人がどうなっても知らない」という意味ではありません。
むしろ、「戦争になったら家族を連れて逃げたい」という人も多いでしょう。
これは「利己主義」というより、国家より生命を優先する価値観です。
私は、ここには戦後日本社会の一つの倫理が表れていると思います。
13.そして、私はこの13.2%を
むしろ 「戦後日本の成功」と
見ることもできると思います
これは少し逆説的です。
1945年の日本では、「お国のために死ぬ」ことが美徳として称賛されました。
若者が、「天皇陛下万歳!」と叫んで特攻へ向かうことまで国家が正当化した。
それから約75年後、「私は国のために戦いたくない」という人が圧倒的多数になった。
これは、国家が個人の生命を犠牲にすることを当然としない社会になった、ということでもあります。
もちろん、それが安全保障上どこまで望ましいかは別問題です。
しかし、倫理的な意味では、「国家より人間の生命を優先する」という価値観が非常に強くなったと見ることができます。
14.ただし、ここには一つ恐ろしい
問題もあります
「戦いたくない」という国民が多いこと自体は、平和主義として健全です。
しかし、「戦争をしたくない」ことと「戦争に巻き込まれない」ことは別です。
ここは区別しなければなりません。
例えば、「私は絶対に戦争をしない」という国民が86%いる国でも、「では、その国を攻撃されたらどうするのか?」という問題が残ります。
そこで、外交・同盟・防衛力・避難計画・民間防衛などが必要になってくる。
つまり、「戦いたくない」という意思と、「どうすれば戦争を回避できるか」という政治的・戦略的問題は別なのです。
15.さらに興味深いのは、
「わからない」が38.1%も
あることです
私は実は、この数字をかなり重視します。
13.2%だけを見ると、「日本人は完全な非戦主義者だ」という印象になります。
しかし、38.1%が「わからない」なのです。
これは、「もし本当に外国軍が日本に侵攻してきたら?」という具体的状況を想像していない人がかなりいる可能性を示します。
例えば、「中国軍が東京湾に上陸した」という状況と、「戦争が起きたら国のために戦いますか?」という抽象的な質問では、心理的反応は全く違うでしょう。
だから13.2%は、「日本人の実際の戦闘意思」というより、「平時における戦争への心理的態度」として読むべきです。
16.そして現在の日本で特に
興味深いのはここです
おっしゃる通り、
防衛庁 → 防衛省
防衛費増大
自衛隊の能力向上
中国・北朝鮮・ロシアへの警戒
日米同盟強化
と、日本の安全保障政策は明らかに変化しています。
ところが、国民の心理は必ずしもそれに比例して軍事化していない。
私はこれを、「国家の軍事化」と「社会の軍事化」が一致していない、と表現すると分かりやすいと思います。
政府は防衛能力を高める。
しかし国民は、「それでも私は戦争には行きたくない」と考える。
これは現在の日本社会を理解するうえで、かなり重要な現象だと思います。
17.最後に、デンマンさんの考え方
も非常に興味深いと思います
「戦争が始まりそうなら、私はすぐ避難する。決して戦争には参加しない。」
これはまさに、この調査で表れている価値観の一つでしょう。
しかし、それは必ずしも、「臆病」でも、「自分さえよければいい」でもない。
むしろ、「国家の目的のために自分の生命を犠牲にすることを拒否する」という、近代的な個人主義・平和主義の表現と考えることができます。
そして私は、ここに戦後日本の最大の特徴があると思います。
日本は軍事的には「戦前に近づいている」と感じられる部分がある。
しかし、日本人の精神まで「戦前に戻ったわけではない」。
むしろ、国家が軍事力を強化しても、国民の生命観・戦争観までは簡単には軍事化されない。
13.2%という数字は、そのことをかなり鮮明に示しているのではないでしょうか。
そして面白いことに、2026年の研究でも、国へのアイデンティティと「国のために戦う意思」の関係が研究されています。また、脅威が高まると、平時には戦争に消極的な人々の態度が変化する可能性も指摘されています。
ですから、今後もし日本が本当に深刻な軍事的危機に直面したなら、この13.2%がそのまま維持されるとは限りません。
「戦争が起きるかもしれない」という抽象的な平時の質問と、「実際に家族のいる町が攻撃される」という状況では、人間の心理は大きく変わるからです。

この意味では、このグラフは「日本人は臆病になった」というグラフではなく、むしろ「1945年以後、日本人が国家・戦争・生命についてどのような価値観を形成してきたか」を映し出したグラフ、と考えるのが一番面白いと思います。

市民の戦いたくない、という気持ちは、おそらく、1960年代よりも強くなっていると思います。戦争は自衛隊に任せればよい。若者たちは、自分たちはビデオゲームをして楽しむんだ。そういう雰囲気があるのではないかと思いますが。。。

はい、その見方はかなり鋭いと思います。ただし私は、「若者が軟弱になった」というより、戦争を「自分が担うもの」から「専門家が処理するもの」へと切り離してきた結果だと考えます。
特に現代日本では、次の三つが重なっていると思います。
1.「国防」と「自分が戦う」を
完全に分離している
たとえば、
「自衛隊は必要だ」
「日本は防衛力を持つべきだ」
「中国や北朝鮮への備えは必要だ」
と考えることと、「では、あなたが自衛隊に入って戦いますか?」は別問題です。
現代の日本では、前者には「はい」と答えても、後者には「いいえ」と答える人がかなり多いでしょう。
つまり、「国は守る。しかし、自分は戦わない」という奇妙に見える組み合わせが成立している。
2.しかも、これは若者だけの
問題ではありません
ここは重要です。
「若者はゲームばかりしている」という説明だけでは、13.2%という数字を説明できません。
むしろ戦後日本社会全体が、「戦争は専門家に任せる」という方向に進んできたと考えた方がいいでしょう。
戦前なら、男子 → 徴兵 → 軍隊 → 戦場という人生コースが存在しました。
ところが戦後は、学校 → 会社 → 家庭 → 趣味 → 老後という人生コースになった。
軍隊は、この人生コースの外側に置かれました。
自衛隊は存在するけれど、「普通の日本人が通る人生の一部」ではない。
ここが非常に大きいと思います。
3.そして「ゲーム」は象徴として
面白いですね
おっしゃる、「自衛隊が戦えばいい。自分たちはビデオゲームをして楽しむ」という感覚は、かなり現代的な現象を表していると思います。
もちろん、実際の若者全員がそう考えているわけではありません。
しかし、ゲーム、映画、YouTubeなどによって、戦争を「現実の経験」ではなく「画面の中の出来事」として消費する文化が非常に強くなりました。
戦車を撃つ、戦闘機を操縦する、敵を倒す――。
ゲームの中では戦争を疑似体験できる。
ところが、「実際に撃たれたら死ぬ」という身体的現実は完全に切り離されています。
これは、戦争を直接経験した世代とは正反対です。
そして、ここには非常に大きな歴史的変化があります。
1960年代の反戦思想と、現在の「戦いたくない」は、同じように見えて実は少し違うと思います。
1960年代の人々には、
「戦争そのものが悪い」
「軍隊そのものが危険だ」
「二度と戦争をしてはいけない」
という政治的・思想的な反戦意識が強かった。
ところが現代では、
「戦争? 嫌だよ」
「死にたくない」
「家族と逃げる」
「自分の生活を壊されたくない」
という、もっと個人主義的な拒否感になっている可能性があります。
これはかなり重要な違いです。
「反戦」から「非参戦」へ
私は、現在の日本人の心理を表現するなら、「反戦」より「非参戦」という言葉が近いのではないかと思います。
1960年代: 「日本は戦争をしてはいけない!」
現在: 「戦争するなよ。俺は参加しないから。」
(笑)
かなり違います。
前者には政治思想があります。
後者には、「自分の人生を国家に差し出したくない」という個人の権利意識があります。
さらに面白いのは、「国家への忠誠」が薄れても「故郷への愛着」は残ることです。
例えば、「日本政府のために死ぬ」と言われたら拒否する。
しかし、
「家族を守る」
「自宅を守る」
「故郷を守る」
「友人を守る」
となると、心理的には全く違うでしょう。
これは戦争研究でも非常に重要な区別です。
国家のために戦うと、愛する人を守るために戦うは、同じ「戦う」でも心理的意味が違います。
したがって、仮に本当に日本が攻撃された場合、「私は国のためには戦わない」と答えた人が、
「家族を連れて逃げる」
「避難を手伝う」
「負傷者を助ける」
「地域を守る」
という行動を取る可能性は十分あります。
「戦う意思」が低いことと、「共同体への責任感」が低いことは同義ではありません。
そして、もう一つ怖い
問題があります
もし日本人の多くが、「戦争は自衛隊がやるもの」と思っているのだとすれば、それは民主国家としては少し危険でもあります。
なぜなら、軍隊を民主的に統制するのは本来、市民だからです。
市民が、「自分は関係ない。自衛隊がやればいい」となると、
政府 → 軍事政策
軍隊 → 実行
市民 → 傍観
という構造になってしまう。
これは民主主義として望ましい状態ではありません。
むしろ、「私は戦争には参加したくない。だからこそ、政府が戦争を始めないように監視する」という市民意識の方が重要でしょう。
だから私は、13.2%を必ずしも悲観的には見ません。
むしろ、「国家のためなら死ぬ」という価値観が消えたという意味では、戦後日本の大きな成果とも言えます。
ただし、その代わりに、「戦争は自分とは無関係」という無関心まで広がっているのだとすれば、そこは問題です。
理想的なのは、「私は戦争には行きたくない。しかし、戦争を起こさないために政治には関心を持つ」という市民でしょう。
「戦いたくない」と「無関心」は全く違います。

そして、おっしゃる「ゲームをして楽しむ」という現代的な感覚は、この「戦争を自分の人生から完全に切り離す」傾向を象徴しているのかもしれません。
個人的には、ここが1960年代の反戦思想との最大の違いではないかと思います。

最近の若者の思想傾向が見えてきたように思います。特攻で亡くなっていった人たちは家族を守るために死んでゆくと答えた人が多かったと聞きます。解説ありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございます。
その点は、今回の「13.2%」を考えるうえで非常に重要だと思います。
特攻隊員の遺書などを読むと、確かに「天皇陛下のため」という公的な言葉だけではなく、父母、妻、子供、故郷など、自分にとって具体的な人々を守るという意識が強く表れている例があります。
ただし、ここは少し慎重に考える必要もあります。当時の若者が本当に全員、自発的に「家族を守るために死ぬ」と考えていたわけではありません。
軍の教育、同調圧力、家族への責任感、国家による思想統制などが複雑に絡んでいました。
特攻隊員の「覚悟」は、自由な個人の選択だけで説明することはできません。
そして、ここから現在の若者との対比が非常に興味深くなります。
戦時中の若者: 「自分が死ぬことで、家族や故郷を守る」
現在の若者: 「家族を守るためにも、自分は戦争から逃げる」
一見すると正反対ですが、実は両者とも「家族を大切にする」という部分では共通している可能性があります。
違うのは、「家族を守るために自分が犠牲になること」を美徳とするか、「自分も家族も生き残ること」を優先するかです。
私はここに、戦前から戦後、そして現在までの日本人の価値観の大きな転換が見えると思います。
そして「ゲームをして楽しむ」という先ほどの話も、単なる若者批判ではなく、「国家のために自分を犠牲にする」より「自分自身の人生を楽しむ」ことを正当な人生の目的とする社会になった、という大きな歴史的変化として見ると面白いですね。

みんなが地球人として仲良く暮らせば良いことなんですよね。

そうです。。。仲間ケンカしにて殺し合うから問題になるのです。
地球人として仲良く暮らそうよいう気持ちにどうしてなれないのかしら?
軍産共同体が存在しているからですよ。。。アメリカが軍隊のない国になったら、兵隊も将校も失業者になってしまう。。。そうならないように、どこかで紛争を起こしている。
確かに、そうかも知れませんわねぇ〜。。。

(laugh16.gif)
【ジューンの独り言】
(bare02b.gif)
ですってぇ~。。。
あなたは、どう思いましたかァ〜?
戦争が始まったら家族と共に中立国に逃げますかァ〜?
ええっ。。。 「そんなことは どうでもいいから、他に何か面白いことを話せ!」
あなたは、そのような強い口調で、わたしにご命令なさるのですかァ〜?
分かりましたわぇ〜。。。
実は、デンマンさんが インスタで、サンバやボサノヴァで踊るきれいで可愛い女の子を紹介しています。
あなたのお気に入りは次の写真のどれですか?

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写真をクリックして踊りを鑑賞しましたか?
もし、サンバやボサノヴァの曲が聞こえなかったら、動画の右下の「無音」のマークをクリックすれが、解除されて曲を聴くことができます。
ええっ。。。 「そんなことは どうでもいいから、他に何か面白いことを話せ!」
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いけすかないおかたァ〜。。。
分かりましたわ。。。では、あなたも信じられないような 人間を紹介しますわ。。。うふふふふふ。。。

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ええっ。。。 「そんなバカバカしい動画は どうでもいいから、他に何か もっと面白いことを話せ!」
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