BC級戦犯

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ケイトー。。。、今日は BC級戦犯 の話をするのォ~?

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そうです。。。シルヴィーも興味があるでしょう?
もちろん、興味があるけれど、もう80年も前の話じゃないのォ〜。。。どうして、今頃になって そういう話をするのォ〜?
実は、つい最近、次の動画を観たのですよ。。。

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石垣島事件で非業に死刑でなくなった一人の人物を取り上げて事件の様子や、裁判の詳細について追跡した記録映画です。
石垣島事件は、太平洋戦争末期の1945年4月15日、沖縄県の石垣島で、海軍警備隊が同日撃墜し捕虜となったアメリカ海軍艦載機の搭乗員3人を殺害した事件。
1948年にアメリカ軍横浜裁判で海軍警備隊の関係者ら46人が起訴され、41人が死刑判決を受け、うち7人の死刑が執行された。
動画で取り上げられているのは、この7人の死刑囚の内の一人、藤中松雄さんです。
石垣島は、1944年10月の台湾沖航空戦後戦場となり、1945年4月の米軍の沖縄上陸後、連日米軍による空襲が行なわれ、米軍の上陸も噂されていた。
海軍の石垣島警備隊(司令官・井上乙彦大佐)は、連日の空襲で死傷者を出しており、玉砕覚悟で切込訓練を行なうなど、緊張状態に置かれていた。
1945年4月15日朝、沖縄県・石垣島の宮良飛行場を空襲した米海軍第97編成航空隊(Squadron VC-97、護衛空母「マカッサル・ストレイト」所属)のTBFが高射砲で撃墜され、3人の搭乗員(V・L・ティボ中尉、W・H・ロイド兵曹およびR・タグル兵曹)が落下傘により石垣島大浜海岸から200メートルほどの浅い海中に降りたところを、海軍警備隊により捕獲された。
海軍警備隊は、3人をバンナ岳の麓の海軍警備隊本部防空壕のある空地へ連行し、米軍に関する情報収集のため取調べ・訊問を行なった。
同日夜10時頃、海軍警備隊は、3人を警備隊本部建物から150メートルほど離れた照空隊附近の荒れ地へ連行し、殺害して遺体を同地で穴に埋めた。
海軍警備隊の井上司令官らが3名の殺害を決定し、震洋特攻隊員の幕田大尉がティボ中尉を、田口海軍少尉がタグル兵曹を日本刀で斬首・殺害、ロイド兵曹は榎本大尉の指示により、柱に縛りつけられ、20分ほどの間、50人ほどの兵士から殴打されたのち、藤中1等兵曹、成迫上等兵曹、榎本大尉ら、約40人に順番に銃剣で刺突され、死亡した。
敗戦後、警備隊員は米兵の遺体を掘り返して火葬にし、遺灰を西表島の北方3キロの海中に捨てた。
しかしその後、軍関係者がGHQに密告したことにより事件が発覚した。
アメリカ軍横浜裁判(米陸軍第8軍管轄)で海軍警備隊の司令官・井上大佐以下、将校11名、下士官8名、水兵27名の計46名が起訴された。
調査の初期段階で、井上司令官は自身が命令を下したことを認めず、副長・井上勝太郎大尉、榎本中尉らが互いに責任を回避・転嫁しようとしたため、命令者や責任の所在が不明確なまま、関係者多数が起訴されることになったとされている。
1948年3月16日に判決が宣告された。1名が途中で免訴となり、判決は死刑41人、懲役20年1人、同5年1人、無罪2人だった。
ロイド兵曹を大勢の刺突により殺害したことについて、全員が虐待致死・死体冒涜をしたと判示され、3人の殺害について41人が絞首刑を宣告される判決となり、宣告時には法廷が騒然となった。
絞首刑判決を受けた41人のうち、1949年1月28日に第8軍法務部による判決の確認(裁判記録の検討)手続きにより、命令に従って刺突を行ったものの、主体的に殴打や暴行を行わなかったとされた水兵31人が減刑となり、更に1950年3月18日に連合軍総司令部による死刑判決の再審査により3人が減刑となった。
井上司令と、4人の将校(井上大尉、幕田大尉、榎本大尉、田口少尉)および下士官2人(成迫上等兵曹、藤中1等兵曹)の7人については死刑が確定、最終的には絞首刑7人、終身刑8人、有期刑24人、無罪6人となった。
1950年4月7日に東京の巣鴨プリズンで7人の死刑が執行された。
7人が処刑されたのは朝鮮戦争勃発の2ヵ月前のことであり、巣鴨プリズンでの最後の死刑執行となった。
実は、司令官・井上乙彦大佐が3人のアメリカ兵を殺害することを命令したのだった。
しかし、初期段階で、井上司令官は命令を下したことを認めなかった。
副長・井上勝太郎大尉、榎本中尉らも互いに責任を回避・転嫁しようとした。
井上乙彦大佐は死刑が確定してから、初めて処刑される部下の前で自分が命令したと認めた。
動画の主人公である藤中松雄1等兵曹は、初期段階では、世話になった榎本中尉をかばうために、彼に命令されたとは言わなかった。
実は、榎本中尉が命令してロイド兵曹は柱に縛りつけられ、20分ほどの間、50人ほどの兵士から殴打された。
藤中1等兵曹は、最初に銃剣で刺突した。
20分ほどの間、50人ほどの兵士から殴打されるのを見るにしのびなく、この悲惨な状況から解放するために刺した、と供述した。
しかし、それは世話になったと恩義を感じていた藤中1等兵曹が榎本中尉をかばうために供述したことだった。
要するに、井上乙彦大佐が初めに、命令したことを認めていれば、彼だけが死刑になって済むことだった。
責任を回避・転嫁しようとする卑劣な行為は、こういう極限の状況では無理もないかも知れない。
そもそも、人を殺すのが当たり前の戦争でも、裁判になると、責任を回避・転嫁しようとする。
でも、結局、井上乙彦大佐は死刑になった。しかも、彼の卑劣な言動により 藤中松雄1等兵曹を含めて 6人をあの世に道連れにした。
藤中1等兵曹の遺書では二人の幼い子供に向け「戦争は絶対反対しなさい。戦争にはかかわらないようにしなさい」と書き留めている。
井上乙彦大佐が初めに、命令したことを認めていれば、彼だけが死刑になって済むことだったのよねぇ〜。。。

たぶん、そうなっていたでしょう。。。でも、誰だって裁判で有罪になり死刑になリたくないからねぇ〜。。。責任逃れをして嘘をつく気持ちも解りますよ。。。
でも、それって卑怯じゃない。。。男らしくないわよ。。。大佐なんだから、本来ならば、部下の責任を一身に受けて潔く死ぬ立場にあるのよ。。。
そういう将校もいたのですよ。。。でも、人間は弱いものです。。。井上乙彦大佐は、そういう弱い人だったのですよ。。。
それは言い訳にならないわよ。。。それにしても、藤中松雄1等兵曹は、可哀想よねぇ〜。。。彼は、初期段階では、世話になった榎本中尉をかばうために、彼に命令されたとは言わなかったのよ。。。初めから榎本中尉に命令されたと言えば、死刑にならなかったと思うわァ〜。。。
それは解りませんよ。。。ロイド兵曹は柱に縛りつけられ、20分ほどの間、50人ほどの兵士から殴打された。。。そのあとで、最初に銃剣で刺突したのが藤中松雄1等兵曹だったのだから。。。裁判官に与える印象が悪いのですよ。。。
そういう印象だけで死刑にされるのは どうかと思うわァ〜。。。
そもそも、人を殺すのが当たり前の戦争でも、裁判になると、責任を回避・転嫁しようとする。。。そういう上官を持ったことが藤中松雄1等兵曹にとって不運だったのですよ。。。
藤中1等兵曹の遺書では二人の幼い子供に向け「戦争は絶対反対しなさい。戦争にはかかわらないようにしなさい」と書いているのは、感動を誘うわよねぇ〜。。。
そもそも、戦争をやるから、こういう不条理なことが起こるのですよ。。。ちなみに、思うところがあったので ChatGPT に石垣島事件の分析・解説をお願いしました。

上の動画を観ました。
ここで思い起こすのは、東條英機が負け戦争の責任をとって自殺しようとしたことです。
しかも、無様に失敗した。
拳銃を口に含んで発射すれば見事に自殺することが出来る。
そんなことは中学生だって知っている。
東條英機の自殺の試みは狂言自殺としかいいようがなかった。
それでも、東京裁判では責任を回避・転嫁しようとする卑劣な言動は見せなかった。
それは立派なことだった。
井上乙彦大佐は、見習うべきだった。
石垣島事件の分析・解説をお願いします。

非常に重い記録映画ですね。
そして今回の石垣島事件は、単なる「捕虜殺害事件」として見るより、戦争末期の軍隊が、いかにして「命令」「服従」「責任」「組織防衛」をめぐって崩壊していくのかを見る事件だと思います。
ご紹介いただいた内容を確認すると、藤中松雄さんの遺書については報道資料ともよく一致しています。藤中さんは1950年4月7日、28歳で処刑され、21枚・約7,000字の遺書を残しました。その中で二人の幼い息子に「戦争絶対反対」「世界永遠の平和」を訴えています。
私はこの事件には、少なくとも六つの重要な問題があると思います。
1.最も恐ろしいのは「殺人命令」
そのものより、その後の責任の崩壊
石垣島事件で非常に重要なのは、
誰が「3人を殺せ」と命令したのか
という問題です。
戦争中の軍隊では、命令系統が明確であることが組織の生命線です。
ところが事件後になると、
「自分は命令していない」
→「あの人が命令した」
→「自分は実行しただけだ」
という責任の押し付け合いが始まる。
これは一見すると非常に卑劣です。
しかし、私はここにはもう一つ重要な意味があると思います。
戦時中には「命令に従え」
だったものが、
戦後には「私は命令されただけだ」
に変わってしまう。
つまり、同じ「命令」という制度が、戦争中と戦後では全く逆の意味を持つのです。
戦争中には命令に従うことが美徳とされる。
しかし戦争が終わった瞬間、
「私は命令された」
という言葉が、自分の責任を軽くするための防御手段になる。
ここには軍隊という巨大組織が持つ、非常に危険な構造があります。
2.藤中松雄さんは「典型的な悪人」
ではないところが、この事件の悲劇
藤中さんについて資料を読むと、非常に複雑な人物像が浮かび上がります。
彼はロイド兵曹を最初に銃剣で刺した。
したがって、「実際に殺害行為に加わった」という事実から逃れることはできません。
しかし一方で、藤中さんは最初の供述では榎本大尉をかばっています。
そして、
長時間殴打されている捕虜を見るに忍びず、苦痛から解放するために刺した
という趣旨の説明をした。
ところが後になって、それが榎本大尉への恩義から出た供述だったことが明らかになっていく。
ここが実に人間的です。
藤中さんは「自分を守るため」だけに嘘をついたのではない。
むしろ、
世話になった上官を守ろうとした。
その結果、自分自身がより重い責任を負う方向に進んでしまった。
ここには「軍人としての忠誠心」の恐ろしい逆説があります。
3.「命令に従っただけ」は、
どこまで免罪になるのか
これはBC級戦犯裁判全体を考えるうえで非常に重要な問題です。
現代の国際人道法でも、違法な命令だからといって、部下が自動的に無罪になるわけではありません。
特に捕虜を故意に殺害することは、通常の戦闘行為とは全く違います。
石垣島の3人は撃墜された航空機から脱出して捕らえられた。
つまり、「敵兵を戦闘中に殺した」のではなく、「捕虜として拘束した後に殺した」わけです。
ここには決定的な違いがあります。
したがって、「戦争だったのだから仕方がなかった」では済まない。
実際、BC級戦犯裁判では、捕虜虐待・殺害などが大量に裁かれました。日本人BC級戦犯で処刑された人は、連合国各国の法廷を合わせると920人に及びます。
ただし、だからといって「藤中さんは完全に悪人だった」と単純化するのも間違いです。
犯罪行為を犯した人間であることと、残虐な人間であることは同じではありません。
ここを区別することが重要だと思います。
4.そして最も重要なのが
「指揮官責任」です
ご指摘の井上大佐が最初から自分の命令だと認めていれば……という点は非常に重要です。
ただし、一点だけ慎重にしたいところがあります。
「井上大佐が最初から認めていれば、彼一人だけが死刑になって済んだ」とまでは断定できません。
なぜなら軍事裁判では、命令者だけでなく、
実際に殺害を実行した者
殺害を積極的に助けた者
捕虜虐待を指示・承認した者
上官として犯罪を防止できたのに防止しなかった者
などについて、それぞれの責任が問題になるからです。
実際、国際法上の「指揮官責任」は、単純な「命令した人だけが責任者」という制度ではありません。
部下による残虐行為を知っていた、あるいは知るべき立場にあり、しかも防止・処罰する権限があったのに何もしなかった場合にも責任が問われ得ます。
ですから、「井上大佐が認めれば、他の6人は絶対に助かった」というところまでは言えません。
しかし、少なくとも責任の所在を明確にして、部下への責任転嫁を避けることはできた可能性が高い。
ここが重要でしょう。
5.井上大佐の行動が
特に悲劇的なのは
「軍人としての責任」と
逆になっていること
私はここに石垣島事件の最大の皮肉があると思います。
軍隊では、上官は命令を下し、部下はそれに従う、という構造になっています。
したがって、本来なら上官には、「命令を出した以上、その結果について責任を負う」という倫理が伴わなければならない。
ところが井上大佐が、「私は命令していない」という方向に逃げてしまった。
その結果、命令を受けて実行した下級兵士たちまで責任を背負うことになった。
これは軍隊の倫理から見ても非常に深刻です。
「上官の命令には絶対服従せよ」と言っておきながら、いざその命令が犯罪になった瞬間、「私はそんな命令をしていない」と言う。
これは部下から見れば、最悪の裏切りです。
6.ところが藤中さんは、
最後には「戦争そのもの」を
原因として考えた
ここがこの事件を単なる戦犯裁判の記録で終わらせない、最も重要な部分だと思います。
藤中さんは処刑直前、二人の幼い息子に、「戦争絶対反対」「世界永遠の平和」と書き残しました。
さらに遺書では、「父はなぜ死んでゆかねばならないか」と問い、その原因を戦争そのものに求めています。
資料では、戦争がなければ命令する者もなく、この事件も起きなかった、という趣旨を記しています。
これは非常に興味深い。
藤中さんは、「私は悪くない。全部上官が悪い」とは書いていない。
また、「アメリカが悪い」とも書いていない。
まして、「自分は祖国のために立派に戦った」とも書いていない。
最後に彼が子供たちへ伝えようとしたのは、「戦争そのものを避けなさい」だった。
これは、28歳で死刑になる男が、自分の人生から導き出した結論だったのでしょう。
東條英機との比較は非常に興味深いです
ここは、私はデンマンさんの問題提起にかなり同意します。
ただし、東條について一つ事実関係を訂正したいと思います。
東條英機は1945年9月11日に自殺を図りましたが、拳銃を口に入れたのではなく、胸を撃っています。
銃弾が心臓を外れたため生存しました。
そのため当時から「自殺未遂」「狂言自殺ではないか」という批判が出ました。
ただ、私は、「無様に失敗したから狂言自殺だった」とまでは断定しない方がいいと思います。
実際には心臓を狙ったとされており、死ぬ意思そのものがなかったと断定する証拠はありません。
しかし、東條と井上の違いは
確かにあります
東京裁判で東條は、少なくとも戦争全体について自分が責任を負う姿勢を示しました。
東京裁判では、東條は戦争について自分が責任を負うという立場を取り、捕虜の待遇などについても自分の政策上の関与が証拠として取り上げられています。
ここは重要です。
ただし、「責任を取った」=「自分の行為をすべて犯罪だったと認めた」ではありません。
東條は戦争そのものを正当化する立場も維持していました。
したがって、
東條:「自分の政治的・軍事的責任は引き受ける。しかし、自分の行為は正しかった」
井上:「部下に命令したという責任そのものを否認する」
という違いとして見ると、非常に分かりやすいと思います。
そして、もっと大きな
共通点があります
東條と井上は立場が全く違います。
東條は首相・陸相・陸軍大将。
井上は海軍大佐。
藤中さんは一等兵曹です。
しかし三者をつなぐものがあります。
それは、戦争という巨大な組織の中で、「自分はどこまで責任を負うのか」という問題です。
そして藤中さんの遺書は、この問題に対する一つの答えになっています。
彼は最終的に、「誰が悪かったのか」だけを追及しなかった。
むしろ、「こんなことが起こる戦争そのものを、二度と起こしてはいけない」という結論に到達した。
ここが、この遺書の非常に強いところです。
私がこの事件で最も恐ろしい
と思うところ
実は「3人の米兵が殺されたこと」だけではありません。
もっと恐ろしいのは、戦争が人間に「殺せ」と命令し、その後、戦争が終わると今度は「自分は命令していない」と言わせるところです。
そしてその間に、
上官は責任を回避する
部下は上官をかばう
部下同士で責任を押し付け合う
裁判では証言が食い違う
結果として多数の人間が死刑になる
という悲劇が起きる。
つまり石垣島事件は、「悪い人間が3人の捕虜を殺した事件」として見るより、「軍隊という組織が人間の倫理をどのように変質させ、戦後になってその責任を誰が背負うのか」という問題として見る方が、はるかに深いと思います。

そして最後に、私は藤中松雄さんの遺書を非常に重く受け止めたいと思います。
彼は死刑囚ですから、当然ながら「完全な被害者」とすることもできません。実際にロイド兵曹を刺したことについては、本人自身が背負わなければならない責任があります。
それでも彼は、死刑執行のわずか数時間前に、幼い二人の息子に向かって、「戦争絶対反対」と書いた。
これは、戦争を知らない現代人が書いた平和論とは違います。
戦争の中で人を殺し、そしてその結果として自分自身が死刑台に立った人間が、最後に子供へ残した言葉です。
だから重いのだと思います。
放送文化基金も、この作品について「テーマは重く大切なこと。何度でも言わなくてはいけない」と評価しています。
そして私は、この事件については「藤中松雄は善人だったのか、悪人だったのか」という二択で考えない方がいいと思います。
普通の若い兵士が、普通の父親として生きていた一人の人間が、戦争という巨大な仕組みの中に組み込まれ、取り返しのつかない行為をしてしまい、最後にはその経験から自分の子供たちに「戦争だけはするな」と訴えた。
そこに、この事件の最大の悲劇と、同時に藤中さんの遺書が今日まで残る意味があるのではないでしょうか。

正に同感です。戦争は絶対反対しなければならないと思います。分析・解説、ありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました。藤中松雄さんの遺書を読むと、「戦争反対」という言葉の重みが違って感じられますね。
戦争を経験したことのない人が理念として語るのではなく、戦争によって人を殺す側に組み込まれ、最後には自分自身も死刑台に送られた人が、幼い子供たちに残した言葉だからです。
石垣島事件は、戦争が「敵を殺すこと」だけでなく、命令する人、命令に従う人、責任から逃れようとする人、そしてその犠牲になる人を次々と生み出してしまう仕組みであることを、非常に鮮明に示していると思います。
藤中さんの「戦争にはかかわらないようにしなさい」という言葉は、75年以上経った現在でも、決して古びていません。
「戦争を始めないこと」こそが、戦争で生じる無数の悲劇を防ぐ最も確実な方法なのだと思います。

その通りで。。。外交で戦争しないようにすべきです。。。
誰だって、そう思うのよ。。。それができないのよ。。。だから、紛争や戦争が絶えない。。。
解っているのに、できないのはなぜなのか?
権力を握っている人たちが戦争を始めるのよ。。。ヒトラーだとか、ムッソリーニだとか、アメリカの軍産共同体、政府の中の軍政政府。
そうかもねぇ〜。。。一人一人に尋ねれば、誰だって、戦争は嫌と言うけれど。。。権力を握ると、その権力に固執するために戦争を起こしてしまう。。。
そうなのよ。。。なんとかならないかしら?

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【ジューンの独り言】
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ですってぇ~。。。
あなたは、どう思いますか?
「戦争は儲かる」
そう言う人がいるけれど、戦争で儲ける人たちが政治家を動かして戦争や紛争を始めるのかしら?
あなたは、どう思いますか?
ええっ。。。「そういう事は、どうでもいいから 他に面白い話をしろ!」
あなたは、そのような強い口調で わたしにご命令なさるのですかァ〜?
いけすかない おかたァ〜。。。
分かりましたわァ。
実は、デンマンさんはインスタで サンバやボサノヴァで踊る きれいで可愛い女の子たちを紹介しています。
ここに写真を貼り出すので 気に入った女の子の踊りを見てください。。。

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写真をクリックすれば踊りを鑑賞できます。。。
音声が出てない場合は、動画の右下の「無声」マークをクリックすれば、解除されてミュージックを聴くことができます。
ええっ。。。 「そんなことはどうでもいいから、他にもっと楽しい話をしろ!」
あなたは、そのような命令口調で 更に あたくしに強要するのですかァ〜。。。
分かりました。。。、シルヴィーさんが出てくる面白い記事は他にも たくさんあります。。。
次の記事の中から面白そうなものを選んで読んでください。
(sylvie500.jpg)
(sunwind2.gif)
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とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。 バーィ。

(hand.gif)
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ィ~ハァ~♪~!
メチャ面白い、
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(bagel702.jpg)
(linger65.gif)
(beach02.jpg)
(rengfire.jpg)

(byebye.gif)










































