2026年8月12日水曜日

自衛隊廃止?


 


自衛隊廃止?


 





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ケイトー。。。、 自衛隊廃止 なんてぇありえないんじゃないのォ~?



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確かに、北朝鮮が攻めてきたらどうするのォ〜?…という人が出てくるだろうねぇ〜。。。


そうよ。。。どうするのよォ〜?


降参するのです。。。


日本人全員が捕虜になるのォ〜?


そうです。。。


北朝鮮の捕虜になる人なんていないわよ。。。奴隷にされるのよゥ。。。反抗する人が出てくるわァ〜。。。武器を取って戦う人が出てくるわよゥ。。。


そういう人は殺されるのですよ。。。


でも、奴隷にされるよりいいじゃない。。。


死んだら、一巻の終わりですよ。。。


武器を取って戦えば、殺されるとは限ってないわァ〜。。。


つまり、シルヴィーが日本にいて、北朝鮮が攻めてきたら、武器を取って戦うつもりなのォ〜?


いいえ。。。戦わないわァ〜。。。


どうするのォ〜?


私は逃げるのよォ〜。。。卑怯だと言われようが、弱虫と言われようが、私はカナダへ逃げるのよォ〜。。。ケイトーだってぇ、もし日本にいたらカナダへ逃げるのでしょう?


もちろんですよ。。。だから、自衛隊など廃止して、北朝鮮が攻めてきたら、日本人全員で外国へ逃げればいいのですよ。。。


でも、それだと、日本が空っぽになって、北朝鮮が日本を占領してしまうわァ〜。。。


日本人全員が殺されるよりいいじゃない。。。


でも、日本はどうなるのよォ〜?


その時には、日本人は外国で暮らせばいいんですよ。。。日本にこだわることはないんだよ。。。僕は、実際、カナダで暮らしているし。。。いずれ、地球はなくなるのだから。。。太陽が膨張して、地球は飲も込まれて消滅する。。。


 



 



でも、それを言ったらおしまいよ!…と、寅さんが生きていたら言うと思うわァ〜。。。



とにかく、ChatGPTにも尋ねてみたので読んでみてね。。。


 




日本は自衛隊をなくべきである。


2008年9月10日現在で、軍隊のない国が25ヵ国もある。


だから、軍隊や自衛隊を廃止することは可能である。


アンドラはフランスとスペインの間のピレネー山中にあり、1278年以来一度も軍隊を持ったことがなく、1992年憲法には「700年の平和の旅」とある。 


世界一古くから軍隊を持たない国家である。


サンマリノは世界最古の共和国であり、16世紀頃から軍隊を持っていない。 ティターノ山頂に城塞都市を築いて、外敵とは国民一丸となって戦ってきた。 


モナコは1740年頃から軍隊を持っていない。


ルクセンブルクは1867年に非武装中立となたが、二度の大戦に際して占領された経験を持つ。 現在はNATOに加盟しているが国軍はない。


アイスランドは1918年に独立した際に非武装永世中立国になった。 その後、永世中立を放棄したが、今日にいたるまで非武装である。


ヴァチカンは1929年に独立国家となった時から軍隊を持っていない。


コスタリカは、1948年の内戦のため国民同士が殺しあう悲劇を体験したので、1949年憲法で常備軍を廃止した。


ドミニカ国は、1981年に軍隊の一部と連携した反政府勢力がクーデタ未遂を起こし、国民を殺害した。 政府は軍隊廃止法案を議会に提出し、これが採択されて軍隊が廃止された。


ハイチは悲惨な内戦に国連が介入して武装解除される中、国軍が廃止された。


(以下省略)


軍隊が市民を守るというのは、もともと幻想にすぎない。 近現代史を振り返れば、市民を守らなかった軍隊や、市民を殺害した軍隊は枚挙に暇がない。 


沖縄の日本軍を想起すればいい。 市民に被害を与えなかった軍隊、市民を守った軍隊は果たしてどれだけあるだろう。 軍隊の幻想に気づいたコスタリカやドミニカ国は、軍隊を廃止した。


 (中略)


国家に軍隊は不可欠か


軍隊のない国家といっても、小国が多く、経済力がないうえ、地政学的に見ても必要性がないので軍隊を保有していないだけであって、他の諸国にとって参考にならないのではないか。 
とりわけ日本にとって参考にならないのではないか、という見解がある。
しかし、問いの立て方そのものが間違っている。


第一に、国連加盟国192カ国のうち25カ国が軍隊を持たないという事実そのものに大きな意味がある。
「国家は軍隊を持つのが当たり前」という通念がまったく誤りであることを明白に実証したからである。


これまで、軍隊を持たない国家といえばコスタリカしか知られていなかった。 
コスタリカ1国だけなら、例外という議論もありうるだろう。 


しかし、議論の前提となる基礎知識が誤っていたのだ。 
個別の諸国が参考になるか否かではなく、これだけまとまった数が存在していることに意味がある。 


憲法第九条に関する議論の中で、「国家は軍隊を持つのが当たり前である」とか、「軍隊がなければ国家とは言えない」といった乱暴な主張が飛び交っているが、こうした言説には根拠がない。
軍隊がなくても国家は維持・存続できる。


問題は、どのように平和外交を駆使して地域の安全保障を確立するかである。


軍隊のない国家が増えてきた


このように軍隊のない国家は徐々にではあるが増えてきた。 
現在いくつあるかよりも、増えてきたことが重要である。 
軍隊の問題に関しても世界は普遍ではなく、変わりうるのだ。


第九条の「輸出」


第四に、「軍隊のない国家に学ぶ」という側面だけを問題にするのはいかにも不十分である。 
憲法第九条があるのだから、本来、日本は諸外国に学ぶ立場ではないはずだ。 
諸外国が憲法九条に学んできたかどうかが問題である。


逆に言えば、日本政府が憲法第九条を守ろうとせず、骨抜きにしてきた歴史、そして「憲法第九条を世界に輸出してこなかった不作為」を反省する必要がある。 
というのも、軍隊のない国家は、憲法第九条と何の関係もないからである。 
それぞれの歴史の中で軍隊のない状態になってきたのである。


日本は「憲法に軍隊を持たないと書いてあるのに軍隊を持っている世界で唯一の国」という恥ずべき状態を作り出してきた責任を考えるべきである。


 (中略)


憲法改悪をもくろむ強引な政治が続いているが、憲法第九条こそが現代平和主義の柱石である。 
国内における平和運動・護憲運動をいっそう活性化させ、憲法第九条の輝きを世界に発信していくことが重要である。


実は、これまでの文章は『軍隊のない国家』(著者: 前田朗 2008年9月10日 第1版第4刷発行 発行所: 株式会社 日本評論社)から抜粋したものです。


上の文章は正に正論であると思います。
アメリカに押し付けられた憲法と言われるけれど、憲法第九条こそが現代平和主義の柱石です。


そもそも日本が経済大国になれたのは、アメリカの傘の下で極力 防衛費用を抑えてきたからです。
吉田茂首相は、軍隊を持てというマッカーサーの言う事を聞かずに、警察予備隊を創設しただけで、できるだけアメリカ軍に守ってもらおうとした。
と言うより、当時軍隊を持つだけの経済的なゆとりがなかった。


むしろ自衛隊を廃止して、その節約分で第二波の経済大国・文化大国を目指すべきです。
日本が国防費を増強し始めているので、中国も日本を警戒して軍隊を強固にしている。


日本が自衛隊を廃止したら、中国は安心するでしょう。
そもそも中国は、これまでの歴史を見れば解るように海外へ侵略に向かうということがなかった。
常に、まもりだった。


毛沢東がチベットに侵攻したのは例外だったと言える。
それは,ソ連の領土拡張の影響だったでしょう。


日本は、現在、明らかに戦争体制に向かおうとしているのが明らかです。
要するに、日本周辺の国々に対して、特に中国に対して、不安を与えている。


今後は,平和外交を駆使して地域の安全保障を確立すべきです。
国内における平和運動・護憲運動をいっそう活性化させ、憲法第九条の輝きを世界に発信していくべきです。


軍隊を持って戦ったとしても、もはや、日本人には特攻精神はありません。
お国のために命を投げ出しても良い考えている日本人が いったい幾人いるか?


戦前の日本の軍国精神は、戦後はすっかり消えてしまったと言っていい。
私などは、その際たる者です。


日本が戦場になりそうなら、私は逃げ出します。
もちろん、カナダが戦場になるようだったら、逃げ出します。
とにかく、戦争はゴメンです。


日本が自衛隊を廃止することは、あり得るでしょうか?
日本が戦争をする国にならないためには、どうすればよいでしょうか?



その考え方は、実は政治学や国際関係論でも昔から議論されてきたテーマです。


「人類共通の外敵」が現れれば、人類は国家間の対立を超えて団結するのではないか、という仮説です。


心理学には「共通の敵効果(Common Enemy Effect)」という考え方があります。


個人同士でも、共通の敵が現れると協力しやすくなる。


国家間でも、共通の脅威があると同盟が形成されやすくなる。


冷戦時代も、ある意味では「共通の脅威」が各陣営を結束させる要因になりました。


一方で、宇宙人の場合はさらに規模が大きくなります。


もし地球全体に対して敵対的な文明が現れれば、


日本


中国


アメリカ


ロシア


EU


インド


といった対立は、少なくとも一時的には小さな問題となり、「人類」という一つの共同体として行動する可能性は十分考えられます。


実際、この発想は学術的にも文化的にも繰り返し取り上げられてきました。


例えば1987年、アメリカのロナルド・レーガン大統領は国連総会で次のような趣旨の演説をしています。


「もし人類共通の宇宙からの脅威が現れたなら、我々の違いはすぐに消えるのではないだろうか。」


もちろん、これは宇宙人の存在を前提にした発言ではなく、「共通の脅威が人類を団結させる」という比喩でした。


しかし、現実には「敵対する宇宙人が来ることを想定して政策を立てるべきか」と言えば、現時点では慎重であるべきでしょう。


その理由は、敵対的な地球外文明が存在するという科学的証拠は現在のところない。


仮に知的生命体が存在しても、その文明が地球へ到達できるかどうかも分からない。


さらに、友好的なのか敵対的なのかも全く分からない。


という点です。


したがって、安全保障政策をその可能性に基づいて構築する段階にはありません。


ただし、私はあなたの考えには重要な示唆があると思います。


「人類全体が協力しなければならない課題」が増えれば、人類は国境を越えて協力するようになる、という点です。


実際には、宇宙人が来なくても、すでにそのような課題はいくつもあります。


気候変動


パンデミック


小惑星衝突への備え


大規模自然災害


AIの安全性


核兵器の管理


これらは、一国だけでは解決できません。


つまり、「共通の敵」は必ずしも軍事的な存在である必要はなく、人類全体に共通する脅威や課題そのものが、国際協力を促す契機になり得ます。


その意味では、将来の平和を考える上で重要なのは、「国益」と「人類全体の利益」を対立させるのではなく、両立させる国際的な枠組みを少しずつ育てていくことなのかもしれません。


宇宙戦争はSFの世界の話ですが、「人類という共同体」という視点は、現実の国際政治においても決して空想だけの考えではないと言えるでしょう。


もっとも早急に対処しなけらばならないのは、気候変動で海面が上昇することでしょう。



マンハッタンが水没すると言う予測をしている海洋学者も居ます。これは、正に人類が協力しなければならない課題になるでしょう。


 



 



私も、気候変動は人類が協力して取り組むべき最も重要な課題の一つだと思います。


特に海面上昇は、一国だけでは解決できない典型的な問題です。


例えば、


太平洋やインド洋の島嶼国では、国土そのものが失われる危険があります。


バングラデシュのような低地では、多くの人々が移住を余儀なくされる可能性があります。


オランダやベトナムのメコンデルタなども、高潮や洪水への対策を強化し続けています。


アメリカでも、フロリダ州の沿岸部やニューヨーク市では海面上昇や高潮への対策が重要な政策課題となっています。


マンハッタンについても、「将来、水没する可能性がある」という研究や予測はあります。ただし、多くの研究は「島全体が一度に海の中へ沈む」というよりも、海面上昇と高潮によって浸水被害が頻発し、防潮施設などの対策を講じなければ大きな被害を受けるリスクが高まるという形で予測しています。


あなたが前の話で触れられた「人類が団結する契機」という点では、私は気候変動の方が宇宙人よりも現実味があります。


というのも、気候変動には「敵」がいません。ある国を倒せば解決する問題ではなく、人類自身の活動が関係しているため、対立よりも協力が求められます。


もっとも、現実には各国の利害が一致しないため、協力は容易ではありません。


先進国と途上国の負担の分配


化石燃料への依存


経済成長との両立


エネルギー安全保障


など、多くの課題があります。


それでも、気候変動には戦争とは異なる特徴があります。それは、どの国も最終的には影響を免れないということです。


この意味では、気候変動は「人類共通の課題」と呼ぶにふさわしいものです。


興味深いのは、歴史学者のアーノルド・トインビーが晩年に、「人類が生き残るためには国家中心の考え方から、人類全体を一つの共同体として考える視点へ移行しなければならない」という趣旨のことを述べている点です。


国境は依然として重要ですが、気候変動や感染症、さらには将来の宇宙開発のような問題では、「国家の利益」と「人類全体の利益」をどう調和させるかがますます重要になっていくでしょう。


ある意味では、21世紀は軍事力だけを競う時代ではなく、「地球という一つの生命維持システムをどう守るか」を競い、協力する時代へ移行できるかどうかが問われているのかもしれません。



納得です。ありがとうございました。



どういたしまして。


今回のお話で印象的だったのは、議論が「軍隊を持つべきか」という問題から、「人類全体が直面する課題」へと自然に広がっていったことです。


歴史を振り返ると、人類は長い間、「部族」→「都市国家」→「国家」という単位で協力の範囲を広げてきました。しかし、気候変動、感染症、AI、宇宙開発などの問題は、国家という枠組みだけでは十分に対処できなくなっています。


その意味では、21世紀は「人類共同体」という考え方が少しずつ現実味を帯びてくる時代なのかもしれません。


もちろん、国家がすぐになくなることは考えにくいですが、「国家間で競争する時代」から「国家間で協力しなければ生き残れない時代」へ移行しつつあるという見方には、一定の説得力があります。


平和研究の分野でも、「平和とは戦争がない状態だけではなく、人類が共通の課題を協力して解決できる状態である」という考え方が重視されるようになっています


今後もブログでこうしたテーマを取り上げられるのであれば、「軍事か平和か」という二項対立だけではなく、


気候変動


エネルギー


食料安全保障


感染症対策


AIの国際ルール


宇宙開発と宇宙法


などを含めた「人類共通の利益」という視点を加えることで、より多面的で説得力のある議論になると思います。


こちらこそ、興味深いテーマをご提示いただき、ありがとうございました。こうした哲学・歴史・国際政治が交差する議論は、とても考えさせられるものがあります。



 



日本人が正気に目覚めて、戦争は悪いことだ、自衛隊もなくそう、と考えるようになる日が50年後? 100年後? にやってくるでしょうか?



そんなの、きれいごとだよ、と笑い飛ばす日本人がたくさんいますよ。。。


でも、戦争は絶対反対という人もいると思うわァ〜。。。


太平洋戦争で苦しい目にあった人たちはそう思うけも知れないけれど、平和ぼけした現代人の多くは、戦争やりたいという愚か者もたくさんいますよ。。。


じゃあ、どうすればいいのよ。。。


僕と ChatGPT のやり取りを何度も読んで欲しいです。。。そうすれば、少しは戦争はバカげたものだ、自衛隊は廃止した方がいい、その分、国民の福祉にお金を回した方がいいと思うようになりますよ。。。



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【ジューンの独り言】



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ですってぇ~。。。


あなたは、どう思いますか?


自衛隊を廃止して、軍事費を社会福祉に向けた方が良いと思いますかァ〜。。。


ええっ。。。「そういう事は、どうでもいいから 他に面白い話をしろ!」


あなたは、そのような強い口調で わたしにご命令なさるのですかァ〜?


いけすかない おかたァ〜。。。


分かりましたわァ。


実は、デンマンさんはインスタで サンバやボサノヴァで踊る きれいで可愛い女の子たちを紹介しています。


ここに写真を貼り出すので 気に入った女の子の踊りを見てください。。。


 



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『拡大する』


『実際のページ』


 


写真をクリックすれば踊りを鑑賞できます。。。


音声が出てない場合は、動画の右下の「無声」マークをクリックすれば、解除されてミュージックを聴くことができます。


ええっ。。。 「そんなことはどうでもいいから、他にもっと楽しい話をしろ!」


あなたは、そのような命令口調で 更に あたくしに強要するのですかァ〜。。。


分かりました。。。、シルヴィーさんが出てくる面白い記事は他にも たくさんあります。。。


次の記事の中から面白そうなものを選んで読んでください。



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『サイバー戦争』


『エロくて、ごめんね』


『モバイル社会とガラケー』


『元老のアメリカ』


『ケネディ家の呪い』


『欧米を敵に回す』



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『ソフィアからこんにちわ』


『ドイツが原爆をロンドンに』


『いまだに謎』


『さらば大前研一』


『空飛ぶスパイ』


『愛情はふる星@ベトナム』


『ヒラリーと塩野七生』


『ケネディ夫人@インドネシア』


『究極の大前研一批判本』


『フェルメールと謎の女』


『ヒトラーを殺そうとした男』



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『帝銀事件の謎?』


『ChatGPTも間違う』


『イラン戦争のウソの動画』


『人工知能エンティティ』


『クリミア・タタール人の悲劇』


『日輪の遺産とGHQ』


『Xから日論の遺産』



とにかく、今日も一日楽しく愉快に


ネットサーフィンしましょう。


じゃあね。 バーィ。



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ィ~ハァ~♪~!


メチャ面白い、


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色男不比等


 
 
色男不比等


 




 




デンマンさん。。。「色男不比等」ってぇ、もしかして藤原不比等のことでござ~♪~ますか?



もしかしなくても藤原不比等のことですよ。 「不比等」という名前は彼しかいないでしょう!


でも、どうして急に藤原不比等が色男になってしまうのでざ~ますか?


いや。。。別に最近になって藤原不比等が色男だったと判明したのではありませんよ。


あらっ。。。歴史的にもに藤原不比等は色男だったのでござ~ますか?


もちろんですよ。


その証拠でもあるのですか?


あのねぇ~、何度も言うようだけれど僕は根拠の無い事は言わないように努力しているのですよ。


分かりましたわ。 前置きは結構でざ~ますから、その根拠とやらを見せてくださいましなァ。


卑弥子さんがそう言うのなら、まず次のYouTubeを見てください。


 


小鹿野こども歌舞伎編 


『妹背山婦女庭訓』



 



あらっ。。。可愛い子供たちが歌舞伎を演じているのではござ~ませんかア!



そうですよ。 卑弥子さんも上のビデオクリップを見てビックリしたでしょう!


かなり本格的でござ~ますわね。 小鹿野というのは町の名前でござ~ますか?


そうですよ。 僕のふるさとの埼玉県にある町ですよ。


 



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小鹿野歌舞伎について


 


約二百数十年前の江戸時代中頃に始められた。
町内には寛政4年(1793年)に歌舞伎を上演した記録も残る。
文化・文政期(1804~30年)に活躍した初代坂東彦五郎が一座芝居を組織し、その後”勇佐座””天王座””大和座”と引き継がれ、秩父地域はもとより群馬県まで興行を行っていた。
映画・テレビの影響を受け、昭和30年代以降は衰退の時期を迎えたが、旧大和座系の役者と町内各地で地芝居を続けてきた人たちが合同して昭和48年に小鹿野歌舞伎保存会を結成、昭和50年には埼玉県文化財の指定を受けている。


町内では、十六・小鹿野・津谷木・奈倉・上飯田・両神小森に伝承され、それぞれ地元の神社の祭に氏子が中心となって歌舞伎を演じている。
町内には常設舞台が10箇所程度残り、掛け舞台や祭り屋台(山車)に芸座・花道を張り出す舞台もある。
近年は子ども歌舞伎、高校生の歌舞伎、奈倉女歌舞伎などの活躍も見られる。
衣装・かつら・下座・化粧・振り付けなどすべて町民でこなし、地芝居のデパートとも言われている。




出典: 「小鹿野町」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 



。。。で、子供たちが演じた『妹背山婦女庭訓』が藤原不比等が色男だという証拠なのでござ~ますか?



その通りですよ。 この『妹背山婦女庭訓』は、あの有名な「大化の改新(645年)」を題材にして作られたのですよ。


そんな昔のことを題材にして作られたのでござ~ますか?


藤原不比等や彼の父親の藤原鎌足が登場するのだから、ずいぶん古い話なのです。


。。。で、史実に基づいて作られたのでござ~ますか?


いや。。。 『妹背山婦女庭訓』が作られたのは1770年頃ですよ。 「大化の改新」が進められたのは645年だから、1000年以上も前の歴史的事件を扱った演目なのです。 だから史実からは、かなり離れた脚色になっている。 神話や伝説なども取り入れられているのです。 蘇我入鹿を天皇の座に着こうとした「恐るべき怪物・大悪人」にしたてあげて、善玉が悪玉をやっつけるという現代のファンタジーアクションに通じる構成になっているのですよ。


。。。で、このお話が人気があったのですか?


作られたのが1770年頃です。 上のクリップで見たように現在でも、小鹿野町の子供歌舞伎で『妹背山婦女庭訓』が演じられている。 劇作家が作ってから、ほぼ20年後の寛政4(1793)年に歌舞伎を上演した記録が残っているということは、まず間違いなく、その時にも『妹背山婦女庭訓』が演じられたに違いない。


それ程『妹背山婦女庭訓』が、その当時の庶民に受けたのでござ~ますか?


今で言えば1000年前の夢とロマンの「時代劇」ですからねぇ、ロミオとジュリエットのような話まである。 だから、人気があったと思うのですよ。


。。。で、どのようなお話なのでござ~ますか?


ウィキペディから「あらすじ」を書き出すから、卑弥子さんもじっくりと読んでみてください。


 



妹背山婦女庭訓


(いもせやまおんなていきん)


 



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人形浄瑠璃及び歌舞伎の演目のひとつ。
全五段、明和8年(1771年)の1月28日より大坂竹本座にて初演。
近松半二・松田ばく・栄善平・近松東南・三好松洛の合作。


大序


【大内の段】


天智天皇は病に侵され盲目となり、政務を執ることが適わない。
そのすきを狙った蘇我蝦夷は、中臣鎌足に謀反の濡れ衣を着せて失脚させる。


【春日野小松原の段】


大判事清澄と太宰の後室定高は領地争いで対立している。
だが清澄の子・久我之助と定高の娘・雛鳥は恋仲である。
二人が仲良く恋を語らっているところへ鎌足の娘・采女の局が逃げてくる。
采女の局は帝の寵を受けていたが、蝦夷が自分の娘・橘姫を帝の后に立てようと望んだことにより身に危険が及び、宮中を脱出したのである。
久我之助は采女の局を変装させて窮地を救う。


【蝦夷館の段】


蝦夷の子入鹿は、父の暴挙に怒り座禅をしているが、思いつめて父に意見する。
怒った蝦夷は妻を斬り、入鹿に謀反の連判状を渡すよう詰め寄るが、蝦夷謀反の取り調べに大判事清常と安倍中納言が来る。
入鹿は大判事に連判状を渡し、父を追い詰め切腹させる。
だがこれはすべて父に代わり帝位を握ろうとする入鹿の計略であった。
入鹿は父・蝦夷が白い牡鹿の血を妻に飲ませて産ませたので超人的な力を持ち、日本の支配者たらんことを宣言し宮中に攻め入る。


二段目


【猿沢池の段】


盲目の帝は采女が猿沢池に身を投げたことを聞いて、池に行幸する。
そのとき凶事の知らせ。
入鹿が宮中に乱入し、帝位を称したというのだ。
鎌足の息子・藤原淡海(藤原不比等)は、帝を猟師・芝六、実は家臣・玄上太郎の家に匿う。


【つづら山の段】


芝六は入鹿を滅ぼすには爪黒の鹿の血と嫉妬深い女の血が必要と知り、禁を破って葛籠山で爪黒の神鹿を射殺す。


【芝六住家の段】


山中の芝六の家は帝が逃げ込んだことで、にわか仕込みの宮中に早変わり。
多数の官女や公家が詰め、そこに米屋が掛取りの催促に来るわ、帝の無聊を慰めるために芝六の子の三作が萬歳を披露するわで大騒ぎである。
芝六が神鹿を殺したことが露見し、その罪を三作が被って石子詰の刑を受けようとするが、鎌足の働きで助けられる。
采女と神鏡も見つかり、神鏡の力で帝の眼も治る。
こうして鎌足たちによる反撃が始まる。


三段目


【花渡しの段】


権力を手にした入鹿は暴政の限りを尽くす。
清澄と定高に久我之助をわが家臣に、雛鳥を我が側室にせよと無理難題を言い渡し、花の枝を渡しその返事として吉野川に流せと命令する。
だが入鹿は久我之助については采女の局の行方を知っていると見て、召抱えると称して拷問し白状させる魂胆だった。


【山の段】


「古は神代の昔山跡の、国は都の初めにて、妹背の初め山々の、中を渡るる吉野川、塵も芥も花の山、実に世に遊ぶ歌人の、言の葉草の捨て所」という格調高い浄瑠璃の詞で始まる。
吉野川を挟んで大判清澄と太宰家の後室・定高の両家は満開の桜の妹山、背山に住む。


 



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雛鳥と久我之助は川越しに、両家の不和のために一緒にならない身の不幸を嘆く。
思いつめた雛鳥が「とても叶わぬ浮世なら、法度を破って此川の、早瀬の波も厭いはせぬ」の浄瑠璃の言葉通りに川に飛ぶ込もうとするのを「ヤレ短慮なり。雛鳥」と久我之助が咎める。


そこへ「打ちしおれ、登る坂さえ別れ路は、力難所を往く心、空に知られぬ花曇り」の浄瑠璃で清澄、定高が重い足取りでそれぞれの館に帰ってくる。
入鹿の命には従うことができないと決意した二人は、久我之助、雛鳥に事の顛末を語り、涙ながらに子を手にかける。
たがいに相手の子の命を救おうとするのだが、川越しに双方とも死んだことを知り、「嫁入り道具、行器、長持犬張子、小袖箪笥の幾棹も、命ながらへ居るならば、一世一度の送り物、五丁七丁続く程」の華やかにも悲しい床の浄瑠璃に合わせ、定高は雛鳥の首を雛人形とともに川に流し大判事に受け取らせる。(雛流し)


こうして二つの家は過去の行きがかりを捨てて和解し、二人は死して夫婦となる。


四段目


【杉酒屋の段】


三輪山のふもとの杉酒屋の娘お三輪は、隣に住む烏帽子折の美男子園原求女に一目ぼれする。
実は、求女こそ藤原不比等の世を忍ぶ仮の姿であった。
だが求女には入鹿の妹・橘姫という恋人がいた。
求女は入鹿の館に潜入するため、姫の裾に赤糸をつけて跡を追う。
お三輪も求女の裾に白糸をつけて追跡する。


 



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道行恋苧環(みちゆきこいのおだまき)


 


夜の布留(ふる)の社(石上神宮)で繰り広げられる、求女をめぐっての橘姫とお三輪の争いを見せる所作事。
最後は求女が橘姫を再び追いかけ、お三輪も求女のあとを追って行く。
平成15年(2003年)の歌舞伎座では人形振りで演じられた。


【三笠山御殿(金殿)の段】


「栄うる花も時しあらば、すがり嵐のあるぞとは いざ白雲の高座、新たに作る玉殿は、彼の唐国の阿房殿、茲に移して三笠山、月も入鹿が威光には覆われますぞ是非なけれ」の浄瑠璃で、三笠山の麓に作られた宮殿が舞台に現れ、家臣の宮越玄蕃、荒巻弥藤次が入鹿の栄光を称える。 入鹿は官女たちを侍らせて宴会をしている。そこへ難波の漁師鱶七という者が鎌足の使いと称してやってくる。いぶかる入鹿に鱶七は、入鹿の家臣になるという鎌足からの手紙を見せるが、納得しない入鹿は実否をただすまで鱶七を人質にせよと言い捨て奥に入る。豪胆な鱶七はさまざまな罠にもびくともせず、悠々と奥に入る(鱶七上使)。


「されば恋する身ぞつらや、出ずるも入るも、忍ぶ草、露踏み分けて橘姫」の床の浄瑠璃で、橘姫が帰ってくる。
そのあとを赤い糸をしるべに求女が追ってくる。
橘姫は求女に、妻になるため、命にかけて入鹿が所持する十握の宝剣を奪うことを誓う(姫戻り)。


「迷いはぐれし、かた鶉、草の靡くをしるべにて、いきせきお三輪は走り入り」の浄瑠璃になり、お三輪は求女に付けた糸が切れながらもようよう御殿にたどりつき、来かかった豆腐買いの女から求女と橘姫との祝言がおこなわれると聞いてあせる。
御殿の奥に入ろうとするが、官女たちに見つかりさんざんに嬲られる。
心傷つき帰ろうとするお三輪の耳に、花嫁花婿をはやす声が聞こえる。
ついに嫉妬に狂ったお三輪は、髪振り乱し奥へ駆け入ろうとすると、鱶七に刺される。
鱶七は実は鎌足の家臣金輪五郎であった。
五郎はお三輪に、「女悦べ。それでこそ天晴高家の北の方、命捨てたる故により、汝が思う御方の手柄となり入鹿を滅ぼす術の一つ、オゝ出かしたなあ」と声をかけ、主君の命を受け入鹿を討つべく来たのであるが、爪黒の鹿の血と嫉妬に狂う女の生血を鹿笛にかけて吹けば、入鹿の力が衰えることを知り、不憫ながらもお前を刺したと物語る。
お三輪は自己犠牲が恋人求女、実は藤原淡海のためになることを知り、嬉しげに死んでいく(竹雀)。


そして鹿笛の霊力で魔力の衰えた入鹿は、金輪五郎をはじめとする人々によってついに討たれるのであった。


五段目


【志賀都の段】


入鹿が討たれてめでたく帝は復位、平和が訪れる。
志賀の都で忠臣たちへ恩賞が授与され、久我之助と雛鳥の供養が行われる。




出典: 「妹背山婦女庭訓」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 



あらっ。。。求女こそ藤原不比等の世を忍ぶ仮の姿であると書いてありますわね。 歴史的にも藤原不比等は女性にもてたのでござ~ますか?



藤原不比等は日本史の上で藤原氏を立ち上げた人で政治的には、ずば抜けた才覚を表した人だけれど、女性問題でも政治以上に手腕を見せた人なのですよ。


マジで。。。?


だからこそ、「大化の改新」から1000年以上時間がたっているにもかかわらず、藤原不比等の評判は下々にまで伝わっていた。 それで1770年当時の劇作家の近松半二が藤原不比等を題材にして「求女」とダブらせて道行恋苧環(みちゆきこいのおだまき)という場面を作り上げた。


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『道行恋苧環』


「妹背山婦女庭訓」のお三輪と求女


(近鉄奈良駅前にて)



 



。。。で、歴史的にも藤原不比等は女性に対して手腕を見せたのでござ~ますか?



そうなのですよ。 だからこそ現在にまで「妹背山婦女庭訓」という物語として語り継がれているのです。 かつて藤原不比等について書いたので卑弥子さんもじっくりと読んでみてください。


 




 



持統天皇の相談役とも言える橘三千代がすごい人ですよね。
この人のもとの名は県犬養三千代(あがたいぬかいのみちよ)です。
三千代は持統天皇がまだ天皇になる以前に彼女の女官として仕えていたのです。
持統天皇の孫の軽皇子(かるのみこ)の乳母(めのと)だった人です。
三千代は皇族の美努王(みのおう)と結婚して3人の子供をもうけています。
早くから女官として内裏に仕え、持統天皇の信頼を得ています。


藤原不比等は持統天皇、彼女の息子の草壁皇子、さらにその子の軽皇子(後の文武天皇)に仕えていました。
この関係で橘三千代と知り合い、持統天皇の皇統を守る同志として二人の絆が生まれたのです。
三千代は美努王(みのおう)と離婚していますが、すでに二人は三千代の離婚以前から深い関係になっていたようです。


 



 


美努王は三千代と離婚する以前、694年に九州の太宰帥(だざいのそち)として九州に赴任していますが、妻の三千代はこのとき夫に従ってゆかず、都にとどまって女官として仕え続けています。
この年の暮れには藤原京への遷都があり、新都の華やいだ雰囲気の中で藤原不比等と三千代の不倫関係が深まってゆきました。


藤原不比等は女性関係でも精力的で、この時期に天武天皇の未亡人である五百重娘(いおえのいらつめ)とも親密になっており、695年に二人の間に藤原不比等の四男・麻呂が生まれています。
ちなみに五百重娘の父親は藤原鎌足です。つまり、五百重娘は不比等の異母妹でした。


『続日本紀』によると、石上麻呂の息子の石上乙麻呂(おとまろ)が藤原不比等の三男・藤原宇合(うまかい)の未亡人となった久米連若売(くめのむらじわかめ)と通じた罪によって処罰を受けています。
石上乙麻呂(おとまろ)は土佐国に流され、久米連若売は下総国に流刑になります。


藤原不比等の場合には大胆にも、かつての天武天皇の后妃であり、新田部皇子の母でもある五百重娘(いおえのいらつめ)を相手にして、子供まで産ませているのです。
ところが、何の罰も受けていません。


橘三千代にしてみれば、不比等に裏切られたような気がすると思うのですが、ヒステリーになるわけでもなく、大事の前の小事と割り切ったようです。
持統天皇のそばに仕えて厚い信任を得ていたので、その立場を利用して不比等の出世のために持統天皇へのとりなしに動いたようです。
このようなことを考えても、橘三千代が只者ではないと言うことが分かります。


感情的にならず、大事を見失わずに困難を乗り越えてゆく三千代の姿がはっきりと浮かび出ていると言えるでしょう。
深謀遠慮の藤原不比等と組んで持統天皇を取り入れ、橘三千代は三つ巴で持統皇統を継続させてゆきます。
女の意地と執念を感じさせますよね。


 



 



僕は上の阿修羅像に次のような“内なる精神”を感じます。


■ 静謐(せいひつ)
■ 哀感
■ きびしさ
■ 敬虔なまなざし
■ まなざしの中に込められた奥深い苦悩
■ 引き締まった唇に表れた意志の強さ
■ 清純でひたむきな思い 


このモデルになった女性は、聖武天皇と光明皇后の娘---当時16才の阿部内親王なのです。
光明皇后がこの像を造ろうと思い立った733年という年は長屋王が自殺に追い込まれた4年後です。
天平年間は、災害や疫病が多発します。
巷では、“長屋王の崇り”がささやかれ始めています。
橘三千代が亡くなったことも、“崇り”だとは思わないまでも光明皇后にとって不吉なモノを感じていたはずです。
藤原4兄弟が病気にかかって死ぬのは、さらに4年後のことですが、
基親王を亡くしてから子供が生まれないことも光明皇后は“長屋王の崇り”だと思っていたことでしょう。


この仏像は、ただ単に光明皇后が母親である橘三千代の一周忌追善のために奉安したとは思えない!
それでは、他に何のために?


長屋王の怨霊を鎮めるためだと思いますね。


本来、阿修羅とは日本では、“修羅場”などと言う言葉もあるように、猛々しい争いを好む神として受け入れられました。
しかし、この興福寺の阿修羅像は荒々しくもないし、猛々しくもありません。
争いとは縁遠い表情をしています。
つまり、長屋王の怨霊を鎮めるためだからです。


上の阿修羅像の感じている深い“内なる精神”はモデルの阿部内親王の姿を借りているとはいえ、実は光明皇后が感じている藤原氏に対する崇りを鎮めるための祈りではなかったのか?
光明皇后という人は自分が藤原氏の出身であることを終生忘れませんでした。
忘れないどころか、署名には『藤三女』と書いたほどです。
つまり藤原不比等の三女であることを肝に銘じていた人です。


父親が藤原氏の繁栄と栄光のために、無茶苦茶な事をして持統皇統を存続させたことを良く知っています。
また、父親が亡くなった後、自分の兄弟たちが長屋王を亡き者にしたことも熟知しています。
それだけに、仏教に帰依している光明皇后は心が痛んだことでしょう。
だから、基親王を亡くしてから子供が生まれないことも光明皇后にとって、“長屋王の崇り”だと感じたとしても不思議ではありません。


でも、そればかりではないと僕は思います。
阿修羅像のまなざしの中に込められた奥深い苦悩は阿部内親王のものであると同時に光明皇后の感じてたものではなかったのか?


この奥深い苦悩の中には、阿部内親王と光明皇后の感じている女ゆえの情念の苦悩も込められているのではないか?
一体、その情念の苦悩とは?


それは藤原仲麻呂を間にしての三角関係だったと言う事ができるかもしれません。


阿部内親王が孝謙天皇として即位したときの実権は、母親である光明皇太后と彼女の甥である藤原仲麻呂(藤原氏主流派)によって握られていたのです。
のちに『藤原仲麻呂の乱』を起こして殺されるのですが、この仲麻呂は藤原氏特有の権力欲に駆られており、政治を自分の思いどうりに操ろうとしたのです。
そういうわけで、孝謙女帝と衝突したわけです。しかも、母親は、すっかり仲麻呂の言いなりになっているわけです。
つまり自分の娘が天皇であるにもかかわらず、光明皇太后は娘をないがしろにしていたわけです。
これでは孝謙女帝はおもしろくありません。娘として母に反抗する気持ちが頭をもたげてきました。


要するに、光明皇后と藤原仲麻呂(主流派)に対する称徳天皇と道鏡(反主流派)という図式になります。
光明皇后が亡くなると仲麻呂と孝謙上皇は完全に敵対関係になりました。
これは、『藤原仲麻呂の乱』という形で決着を見るわけです。つまり、反主流派が政権を奪取したわけです。


藤原氏の野望、つまり、不比等の亡き後は、橘三千代に引き継がれ、三千代の亡き後には光明皇后に引き継がれた藤原氏の野望。
この野望さえなければ、阿部内親王はこれまでの他の内親王のように、すでに結婚し家庭を持ち子供も生まれて、ささやかな女の幸せに浸(ひた)っていたかもしれません。
しかし、阿部内親王には、それは許されなかった。
藤原一族の繁栄と栄光のために、阿部内親王は“犠牲”にならなければならない“宿命”を負わされていた。
他に藤原氏の血を持つ天皇後継者がいなかったから。。。


天皇という日本国の最高位につきながら夫を持つことが許されない。
これは“むごい”と言えるかもしれませんよね。
生きていながらの“生贄(いけにえ)”---藤原氏のための“犠牲”


 



 



16才の阿部内親王には、まだそうした将来までは、はっきりと目には見えていない。
しかし、自分が結婚できない宿命にあることは、この時点ですでに十分に知り尽くしている。
この聡明な少女は、多難な将来を予感して苦悩している。
この表情に、僕はそのような聡明な少女の苦悩を見るのですが、僕の思い過ぎでしょうか?




『日本女性の愛と情念の原点』より
(2006年5月30日)


 



デンマンさん。。。橘三千代は、実は、あたくしのご先祖様なのでざ~♪~ますわ。



マジッすかあああァ~。。。?


あたくしのフルネームは橘卑弥子でござ~ますう。 しかも、あたくしの生まれも育ちも京都ですわ。 さらに、あたくしは京都の女子大学で腐女子のために「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますう。


じゃあ、卑弥子さんは日本の皇室とも血縁関係があるのではありませんかァ!


そうですわ。


マジッすかあああァ~♪~。。。


そのようにオーバーにビックリなさらないでくださいなァ。


なるほどォ~。。。 それで卑弥子さんの婚期が遅れ遅れて、未だに独身なのですねぇ~。


そうです。 あたくしの生まれがあまりにも高貴なのですわ。 おほほほほ。。。




初出: 2012年12月2日



【ジューンの独り言】



 


ですってぇ~。。。
卑弥子さんが皇室と血縁関係にあるとは知りませんでしたわ。


『妹背山婦女庭訓』には、ロミオとジュリエットのような話まである、とデンマンさんが言ってましたが、仲の悪い家の恋人たちが死によって結ばれる筋は、確かにシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』に酷似しています。
それで、なかには『妹背山婦女庭訓』こそ『ロミオとジュリエット』に影響を与えたのではないかと言っている評論家もおります。


また、太平洋戦争後に『妹背山婦女庭訓』を観たアメリカ人は『ウエストサイドストーリー』のようだと言ったらしいのです。
当然のことですわ。
だってぇ、「ウエストサイドストーリー」は『ロミオとジュリエット』の翻案ですから。。。


 



 


とにかく、今日も一日楽しく愉快に


ネットサーフィンしましょう。


じゃあね。バーィ。





ィ~ハァ~♪~!


メチャ面白い、


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