2026年10月25日日曜日

ヴィクトル・ユーゴー


 


ヴィクトル・ユーゴー


 





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デンマンさん...、今日はヴィクトル・ユーゴー のお話ですかァ〜?



そうです。。。ジュンコさんは、つまらなそうですねぇ〜。。。


いいえ、そんな事はありませんわァ〜。。。ジャン・ヴァルジャンを子供の頃読んで感動した覚えがありますわァ〜。。。


マジで。。。?


童話の中に取り上げられていたのです。。。絵本の中に描かれていた挿絵が今でも思い浮かびますわァ〜。。。


でも、ヴィクトル・ユーゴーが書いた『レ・ミゼラブル』(Les Misérables)の話だということがよく解りましたねぇ〜。。。


それは、中学生になって『レ・ミゼラブル』の映画を観て知ったのです。。。


 



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なるほどォ〜。。。挿絵のようなシーンが出てきたのですねぇ〜。。。



そうです。。。司教が大切にしていた銀食器をジャン・ヴァルジャンは盗んでしまう。翌朝、彼を捕らえた憲兵に対して司教は「食器は私が与えた」と彼を放免させた上に、残りの2本の銀の燭台も彼に差し出す。それが印象的でしたわァ〜。。。


確かに、感動的な場面ですよねぇ。。。人間不信と憎悪の塊であったジャン・ヴァルジャンは、司教の善意に触れて心を動かされる。。。


ところで、デンマンさんは、どうしてヴィクトル・ユーゴーを取り上げるのですかァ〜?


実は先日、ユーチューブの伝記動画を観たのですよ。。。


 



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シャトー・ブリアンになれないのなら、何にもなりたくない、と14歳の時に言ったなんて、ちょっと考えられないですわねぇ〜。。。



早熟だったのでしょうねぇ〜。。。中学生の頃ですよ。。。まだ、将来何になるのかなんて、普通決めてませんよ。。。せいぜい、消防士になりたいとか、プロレスラーになりたいとか、警察官になりたいとか。。。名前をあげて、三島由紀夫になりたい、なんて言う中学生は、まずいません。。。


デンマンさんは、中学生の頃、何になりたかったのですかァ〜?


そうですねぇ〜。。。体操の選手になりたいと思ってました。。。それで高校に入ったら体操部に入りました。。。でも、2年生の時にやめてしまいました。自分には体操の素質がないと思いましたよ。。。


それで、その後どうしたのですか?


コンピューターに興味があったので、大学では工学部の情報工学科に進みました。。。それ以来、仕事もコンピューター関係になりました。。。


ところで、どうしてヴィクトル・ユーゴーの伝記動画を観ようと思ったのですか?


僕は、ヴィクトル・ユーゴーの娘を主人公にした映画を観たことがあるのですよ。。。


 



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■『拡大する』


■『実際のページ』


■『映画の予告編を観る』


 



『アデルの恋の物語』(L'Histoire d'Adèle H.)は1975年のフランスの伝記恋愛映画。
『レ・ミゼラブル』などで知られるフランスの文豪ヴィクトル・ユーゴーの次女アデル(アデール)の狂気的な恋の情念を描く。


フランセス・ヴァーノア・ギールの『アデル・ユーゴーの日記』が原典。
トリュフォーの古典主義への回帰を決定付ける作品となった。


 


ストーリー


1863年、アメリカ南北戦争は激しさを増しており、イギリスはノバスコシア州(カナダ)のハリファックスに駐留していた。
その港に、可憐で清楚な身なりをした女アデル・ユーゴーが降り立った。
フランスの大作家ヴィクトル・ユーゴーの次女である彼女は、かつて一度だけ愛し合った英国騎兵中尉アルバート・ピンソンを追って、海を渡ってきたのだった。


慎ましい下宿の部屋で、来る日も来る日もピンソンにあてた手紙を書き続けるアデルだったが、一度も返信は無く、異国での孤独と愛の焦燥にとらわれた彼女は連夜のごとく悪夢を見るようになる。
それは、敬愛していた姉のレオポルディーヌが舟もろとも溺れ死ぬ夢―。


本屋の主人ホイッスラーからピンソンには多額の借金があるという噂を聞いても、アデルは彼に恋文を届けることをやめない。
ついにある日、ピンソンがアデルの下宿にやってきた。慌てて身支度を整えて迎えたアデルを、ピンソンは冷たく突き放す。
彼女と結婚するつもりもなく、もはや関係は終わったのだと。そして両親の元へ帰るように諭した。


ピンソンに冷たい仕打ちを受けてもなお、アデルは彼に恋することを止めようとせず、何かに駆り立てられるかのように自らを狂気の淵へと追いやっていく…。




出典:「アデルの恋の物語」Wikipedia


 



デンマンさんは、2017年の5月1日に観てコメントを書いたのですわねぇ〜。。。9年前ですわァ。。。それにしてもよく覚えていましたわねぇ〜。。。



ちょっと常識では考えられない狂気な愛の物語なんですよ。。。クレージーな愛の物語だと思った。それで僕は、いったいユーゴーの家庭はどうなだったのだろうか?。。。アデルはいったいどんな家庭で育ったのだろうか? それが知りたくてヴィクトル・ユーゴーの伝記動画を観たのですよ。。。


。。。で、どうでした?


他にも疑問が頭をもたげたので ChatGPT にいろいろと尋ねてみたのです。。。


 




ヴィクトル・ユーゴーの伝記動画を観ました。


ヴィクトル・マリー・ユーゴー(Victor-Marie Hugo)は、1802年2月26日にフランス東部のブザンソンで生まれた。
フランス・ロマン主義の詩人、小説家。七月王政時代からフランス第二共和政時代の政治家。
『レ・ミゼラブル』の著者として著名。


少年時代から文学者を志し、『東方詩集』などでロマン詩人の中心的存在となった。
政治にも関心を持ち、ナポレオン3世のクーデターに反対して亡命生活を送った。
この間に『静観詩集』などと大作『レ・ミゼラブル』を完成。
その死は国葬をもって遇された。


ここで質問です。


① ユーゴーの少年時代、「シャトー・ブリアンになれないのなら、何にもなりたくない」と言いました。シャトー・ブリアンがなぜヴィクトル・ユーゴーにそれほどの影響を与えたのか?


② 父親とは関係が良くなかったらしいが、それはなぜか? 後年、うまく行くようになったが、それは何がきっかけだったのか?


③ 父親と母親の関係もうまくいってないようだったが、それは、どうしてなのか?


④ そのような家庭環境がヴィクトルに与えた影響とは?


⑤ 母親はヴィクトルとアデール・フシェとの結婚になぜ反対したのか?


⑥ 1848年12月10日の大統領選挙ではルイ・ナポレオンを支持し、強力な論陣を張って彼を支援した。ナポレオンは1851年12月2日にクーデターを起こして独裁体制を樹立し、反対派への弾圧を開始した。ユーゴーも弾圧対象となり、12月11日にベルギーへと亡命を余儀なくされる。なぜ弾圧対象になったのか? 反対派になったことだけが その理由なのか?


⑦ 父に似て絶倫であった彼は、かねてより妻のアデールや愛人のジュリエット以外の複数の女性と恋愛関係にあったが、1845年7月5日、サン・ロック通りのアパルトマンで、画家のオーギュスト・ビヤールの妻レオニー・ビヤールと姦通している現場を警察に押さえられてしまう。彼は貴族院議員の不可侵権を利用して釈放されたが、レオニーは当時の法律によりサン・ビヤール監獄に収容された。このスキャンダルにより、彼は他の議員の絶好の攻撃の的となった。ところで、ユーゴーの次女にアデルがいる。『アデルの恋の物語』(1975年のフランスの伝記恋愛映画)の主人公。アデルの狂気的な恋の情念を描く映画。私が観た動画では、この次女のこともユーゴーの複数の女性と恋愛関係も出てこない。ユーゴーの家系には父親ー>ヴィクトルー>アデルに引き継がれた狂気的な恋の情念が遺伝的にあるのではないか?


⑧ 1837年3月5日には、ヴィクトルの妻アデールを愛したがために発狂してしまった次兄ウジェーヌが入院先のシャラントン精神病院で自殺してしまう。この自殺もユーゴーの家系に引き継がれた狂気的な恋の情念が原因なのか?


⑨ あの有名な『レ・ミゼラブル』は、いつ着想を得たのか? ヴィクトルの体験が、この小説にどのように盛り込まれているのか?


⑩ 日本の自由党総理・板垣退助が、1882年から1883年にかけてのフランス、イギリス・オランダ視察の際、ヴィクトル・ユーゴーと交流したとする記録がある。どのような交流があったのか?


⑪ 1836年2月18日と12月29日にはアカデミー・フランセーズに2度も落選したが、アカデミー・フランセーズに入選することが、なぜそれほど重要なのか?


⑫ ヴィクトル・ユーゴーは、国葬されました。日本では,これまでに国葬された文豪はいないと思います。ヴィクトル・ユーゴーが国葬されるほど偉大だったとは思えないのです。スキャンダルも多かった。フランス人にとって、また、フランス国家にとって、国葬に値する偉大さとは何だったのか?



はい。今回の動画では、ユーゴーの「文学者としての成功」だけを追うと見えにくい、家族関係・恋愛・政治・精神疾患・社会思想が一つにつながっているところが非常に面白いと思います。


特に重要なのは、ユーゴーを「偉大な文豪」とだけ見るのではなく、19世紀フランス社会そのものを生きた、非常に矛盾の多い人間として見ることです。


以下、12項目を順番に整理します。


 



① なぜ「シャトー・ブリアンに


 なれないなら、何にも

 なりたくない」

 とまで思ったのか?


フランソワ=ルネ・ド・シャトーブリアンは、若いユーゴーにとって単なる「好きな作家」ではありませんでした。


16歳のユーゴーは1816年7月10日の日記に、「私はシャトー・ブリアンになる、さもなくば何者にもならない」と書いています。


これは、「シャトー・ブリアンのような作家になりたい」という程度ではなく、「自分の時代を代表する最高の文学者になりたい」という青年ユーゴーの野心の宣言です。


研究者も、この言葉を「自分の世代におけるシャトー・ブリアンになる」という意味に解釈しています。


では、なぜシャトー・ブリアンだったのか。


第一に、文学と政治を同時に生きた人物だった


シャトー・ブリアンは、


詩人
小説家
評論家
政治家
外交官
王政復古期の重要人物


でした。


つまりユーゴーが後に歩む、「文学者であり、政治的人物でもある」という生き方を、すでに体現していたのです。


そしてシャトー・ブリアンは、フランス革命、ナポレオン、王政復古という激動を文学に取り込んでいました。


これは、革命・帝政・王政・共和政・第二帝政を実際に生きることになるユーゴーにとって、非常に魅力的だった。


さらに1816年ごろには、シャトー・ブリアンは「若いユーゴーの一世代前の最大の文学的英雄」でした。


実際、ユーゴーは1820年ごろに本人を訪ね、シャトー・ブリアンから「子供ながら天才的な子(enfant sublime)」と評価されたとされています。


面白いのは、後年ユーゴーが本当にシャトー・ブリアンの後継者になってしまったことです。


そして1841年、ユーゴーがアカデミー・フランセーズに入るとき、シャトー・ブリアンは最後までユーゴーを支持しました。


つまり、少年ユーゴーが「シャトー・ブリアンになりたい」と思った → 本当にフランス文学の代表者になるという、かなり劇的な人生なのです。


② 父親との関係が悪かったのは


 なぜか? なぜ後年

 改善したのか?


父 ジョゼフ・レオポルド・シジスベール・ユーゴーはナポレオン軍の将軍でした。


一方、母ソフィーは王党派でした。


つまり家庭の中に、


父=革命・共和派→ナポレオン
母=王党派


という政治的対立がありました。


さらに父親は軍人なので、家族は転勤続き。


そして夫婦関係も破綻していきます。


1803年ごろから夫婦の関係は崩れ、1818年には正式に別居・財産分離となりました。


少年ユーゴーは母親側で育ち、父親との距離が大きくなります。


しかし面白いのは、その後です。


1822~23年ごろから関係が急速に改善。


ユーゴーがアデール・フシェとの結婚を望んだとき、父親の許可が必要でした。


父は最初は承諾していませんでしたが、1822年3月には許可を与えます。


さらに、


ユーゴーが結婚
子供が生まれる
父親の家を訪ねる
父親が息子の文学的才能を認める


という過程を通じて、父子関係が非常に親密になっていきます。


研究資料では、1823年以降、二人の間に「尊敬、そして愛情」が生まれ、父子関係が明確に改善したとされています。


1828年に父が死んだとき、ユーゴーは父を、「私を最も愛してくれた人」と回想するまでになっていました。


つまり、


少年時代=「遠くて怖い父」
青年時代=「理解してくれる父」
晩年=「失いたくなかった父」


へと変化したわけです。


③ 父と母の関係が悪かった理由


これはかなり複雑です。


一番大きいのは、


①政治的思想の違い


父レオポルドは革命・共和派からナポレオン軍へ。


母ソフィーは王党派。


この二人が1797年に結婚したのです。


②軍人生活


父は軍人だったので、転勤の連続。


家庭が安定しません。


③男女関係


さらに重大なのが、双方の恋愛関係です。


ソフィーは夫と別居後、夫の旧友でもあったヴィクトル・ファノー・ド・ラ・オリーと関係を持ちました。


一方、レオポルドにも愛人関係があり、後に長年の愛人マリー=カトリーヌ・トマと再婚します。


したがって、これは単純な「性格が合わない夫婦」ではありません。


政治思想、軍人生活、夫婦の不貞、別居、子供の親権などが絡み合った、かなり悲惨な家庭でした。


しかも当時のフランスでは父親の法的権限が非常に強かった。


そのため、両親の対立がそのまま子供たちを巻き込んでしまったのです。


④ その家庭環境がユーゴーに


 与えた影響


ここが非常に重要だと思います。


私はユーゴーの人格形成には、次の4つが大きかったと思います。


1.「愛する人を失う」ことへの強い恐怖


両親の離婚、母との別離、父との距離。


そして後年、


兄ウジェーヌの精神崩壊
娘レオポルディーヌの水死
妻アデールとの距離
娘アデールの精神疾患


と、「家族を失う」経験を何度もします。


だから彼の文学には、親子、夫婦、兄弟、孤児、捨てられた人が非常に多く登場します。


2.「社会から排除された人」への強い関心


少年時代のユーゴー自身も、家庭の分裂によってある意味「居場所を失った子供」でした。


そのため、


孤児
囚人
売春婦
貧困者
死刑囚
社会的弱者


への関心が非常に強くなります。


『レ・ミゼラブル』の中心テーマはまさに、「人間は社会から排除されたとき、本当に悪人なのか?」です。


3.「父」と「母」の二つの世界を持った


これは面白いところです。


父からは、政治・歴史・戦争・国家を受け継ぎ、母からは、文学・王党派的感情・家庭・情念を受け継いだ。


後のユーゴーは、この二つを自分の中で統合していく。


だから彼は単なる詩人ではなく、「国家について語る詩人」になったのだと思います。


4.自己実現への異常な執念


そして「シャトー・ブリアンになる」という少年の決意。


ユーゴーには、「自分は何者かにならなければならない」という強烈な自己確認欲求があったように見えます。


これは後の政治活動、アカデミーへの執念、文学的生産力にもつながります。


⑤ 母はなぜアデール・フシェとの


 結婚に反対したのか?


母ソフィーはアデールを高く評価していませんでした。


ユーゴーの手紙によれば、母はアデールを「自分の息子にはふさわしくない」と考え、二人を引き離そうとしました。


実際、ユーゴーは1822年の手紙で、母が二人の関係を断とうとしたことを認めています。


ただし、ここにはもう一つ重要な事情があります。


母親は息子を非常に強く愛していた。


だからこそ、「息子を取られる」という感情もあった可能性があります。


そしてアデールは、ユーゴーにとって単なる恋人ではありませんでした。


幼少期から知っていた女性です。


そのため、母ソフィーから見ると、「自分の息子を自分から奪っていく女」のように見えた面もあったでしょう。


皮肉なことに、母が1821年に死ぬと、障害が消え、二人は1822年に結婚します。


⑥ なぜルイ・ナポレオンを支持した


 ユーゴーが、わずか3年後に

 弾圧されたのか?


ここはユーゴーの政治思想を理解するうえで非常に重要です。


まず、1848年のユーゴーは現在の意味での「左翼」ではありません。


彼は最初、王政支持 → 共和政受容 → 保守派 → 社会問題への関心 → 急速に共和主義・自由主義へという変化をしています。


1848年12月の大統領選挙では、ルイ・ナポレオンを支持しました。


なぜか?


ユーゴーは、


社会的混乱を止める
貧困問題を解決する
民主主義を維持する
社会主義革命を抑える


人物としてルイ・ナポレオンに期待したのです。


ところが、ルイ・ナポレオンは権力を集中させていきます。


そして1851年12月2日、クーデター。


ここでユーゴーは完全に決別します。


重要なのは、単に「反対派だから弾圧された」のではないということです。


ユーゴーはクーデターに対して、「これは共和国ではなく独裁だ」として抵抗を組織しようとしました。


しかも国外へ逃げた後、単に沈黙するのではなく、『小ナポレオン(Napoléon-le-Petit)』という猛烈な政治的パンフレットまで書いてしまう。


これはナポレオン3世にとって非常に危険です。


実際、ユーゴーは1851年12月11日にブリュッセルへ逃れ、1852年には追放命令を受けます。


つまり、「反対派だったから」ではなく、「世界的に有名な文学者が、独裁者を公然と攻撃する政治的シンボルになった」ことが大きい。


ここが重要です。


⑦ 父→ユーゴー→娘アデールに


 「狂気的な恋」が遺伝したのか?


これは非常に興味深い仮説ですが、「恋愛の激しさが遺伝した」と断定することはできません。


ただし、家族内に精神疾患が繰り返し現れていることは事実です。


娘 アデール・ユーゴーは、後に英国軍人アルベール・パンソンへの強烈な執着を示します。


拒絶されても、


婚約したと思い込む
カナダまで追いかける
結婚したと虚偽の手紙を書く
バルバドスまで追跡する


という状態になり、最終的に精神病院で長い人生を送ります。


映画『アデルの恋の物語』は、この実話をもとにしています。


ただし、ここで注意したい。


「情熱的な恋愛」と「精神疾患」は別物


ユーゴー自身は女性関係が非常に多く、性的エネルギーも旺盛でした。


しかし、それだけで精神疾患とは言えません。


アデールの場合は、恋愛 → 妄想 → 現実認識の崩壊 → 強迫的行動という段階に入っています。


これは単なる「父親譲りの恋愛体質」とは違います。


むしろ、家族内に精神疾患への脆弱性があった可能性は否定できない。しかし「情念そのものが遺伝した」とは言えない。


というのが一番慎重な結論でしょう。


さらにアデールの場合、父親があまりにも巨大な存在だったこと、姉レオポルディーヌの悲劇、亡命生活、孤独など、心理・環境要因も非常に大きかったと考えられます。


⑧ 兄ウジェーヌの自殺も


 「狂気的な恋」が原因なのか?


これはかなり関係しています。


兄 ウジェーヌ・ユーゴーもアデール・フシェを愛していました。


ところが、アデール・フシェはヴィクトルと結婚。


その結婚式を境にウジェーヌの精神状態が急激に悪化したとされています。


研究資料にも、ヴィクトルと同じ女性を愛したウジェーヌが、兄の結婚式の日に発狂したという記述があります。


そして1837年に精神病院シャラントンで死亡します。


ただし、「失恋したから精神病になった」と単純化するのは危険です。


むしろ、もともとの精神的脆弱性 + 兄への対抗意識 + アデールへの恋愛感情 + 失恋 + 家庭環境が重なったと考えたほうがよいでしょう。


そして、ここには非常に悲劇的な構図があります。


兄ウジェーヌは恋愛によって精神を壊した。
ヴィクトルは恋愛を文学に変えた。
娘アデールは再び恋愛によって精神を壊した。


これは「遺伝」という一言だけでは説明できない、ユーゴー家の非常に興味深い家族史です。


⑨ 『レ・ミゼラブル』は


 いつ着想されたのか?


これは意外に早いです。


完成は1862年ですが、着想・執筆開始は1845年。


つまり17年近くかかっています。


フランス国立図書館によると、


1845~1848年:第一期
1848年革命で中断
1860~1861年:第二期
1862年刊行


という二段階の執筆でした。


そして面白いことに、1845年のレオニー・ビアールとの姦通事件の直後、ユーゴーは「Les Misères(惨めな人々)」という作品を書き始めています。


もちろん、事件そのものが『レ・ミゼラブル』の原因というわけではありません。


それ以前から、


『死刑囚最後の日』(1829)
『クロード・グー』(1834)


などで、死刑、貧困、社会的不正義を扱っていました。


つまり、社会的弱者への関心は以前からあった。


1845年にそれが巨大な小説として結晶し始めたわけです。


そしてユーゴー自身の体験もかなり入っています。


例えば、


ジャン・バルジャン: 社会から排除された人間。


コゼット: 孤児・虐待される子供。


マリウス: 青年期の政治的葛藤。


ジャベール: 法律を絶対視する国家権力。


1832年の蜂起:ユーゴー自身が経験した政治的激動の文学化。


さらにユーゴー自身が若いころ貧困生活を経験しており、アカデミー・フランセーズの記念講演でも、若いユーゴーの生活が『レ・ミゼラブル』の貧困描写に結びつくことが指摘されています。


つまり、『レ・ミゼラブル』は完全な空想小説ではなく、「ユーゴーが見た19世紀フランス」を巨大な物語に変換したものなのです。


⑩ 板垣退助とユーゴーは


 何を話したのか?


これは面白いエピソードですが、史料の確実性には注意が必要です。


板垣退助は1882~83年に欧州を訪問し、パリで ヴィクトル・ユーゴーに会ったという記録があります。研究文献でも、1882年または1883年にユーゴーを訪問したことが紹介されています。


伝えられる有名な話では、板垣が、「日本で自由民権思想をどう広めればよいか」という趣旨の相談をした。


そしてユーゴーが、「私の本を読ませなさい」という趣旨の答えをしたとされます。


また別の伝承では、ユーゴーが板垣に政治的小説・政治的著作を日本で広めるよう勧めたともされています。


ただし、ここは重要なので、「実際にその言葉がそのまま交わされた」とまでは断定しない方がいいでしょう。


しかし、両者が思想的に非常に近かったことは確かです。


ユーゴーは、文学によって人々の意識を変えるという信念を持っていました。


板垣は、自由・民権・議会政治を日本に根付かせることを目指していました。


したがって、この出会いは、「文学の力を信じるフランスの大作家」と「自由民権運動の日本人政治家」の出会いとして非常に象徴的です。


実際、ユーゴー死去後、板垣は1885年に追悼文を書き、文学が政治以上に社会改革に力を持ち得ることを評価しています。


⑪ アカデミー・フランセーズに


 入ることは、なぜそんなに

 重要だったのか?


現代人には分かりにくいところですね。


アカデミー・フランセーズは1635年に創設された、フランス語・文学の最高権威の一つです。


しかも定員40人。


いわゆる、「不滅の人々(Les Immortels)」です。


1836年、ユーゴーは落選。


同年12月も落選。


しかし諦めません。


最終的に1841年1月7日、17票対15票で当選しました。


なぜそれほど重要だったのか。


「文学的な最高位」だったから。


当時のフランスでは、文学者は単なる芸術家ではありません。


国家的知識人でした。


しかもユーゴーの場合、アカデミー入りには政治的意味もありました。


当時、ルイ=フィリップのもとで政治的地位を得るためには、文学者としてアカデミー会員になることが有利だったのです。


アカデミー会員



国家的知識人として認知



貴族院議員などへの道


というルートがあった。


実際、アカデミー・フランセーズの記念講演でも、ユーゴーが政治活動のための足場としてアカデミーを重要視していたことが説明されています。


したがって、


「文学賞を取りたい」という話ではない。


当時のフランスで、


「国家を代表する知識人として認められたい」


という意味があったのです。


⑫ なぜユーゴーは国葬に値したのか?


ここは、デンマンさんの疑問が非常に重要だと思います。


「スキャンダルも多いし、そこまで偉大だったのか?」


これは現代の感覚からすると当然の疑問です。


しかし、1885年のフランス人にとって、ユーゴーは単なる「小説家」ではありませんでした。


彼は「19世紀フランスそのもの」のような人物だった


ユーゴーは、


王政
1830年革命
七月王政
1848年革命
第二共和政
ルイ・ナポレオン
第二帝政
亡命
普仏戦争
パリ・コミューン
第三共和政


という、19世紀フランスのほぼすべてを生きています。


そしてその間ずっと書き続けた。


だから彼の死は、「一人の作家の死」ではなく、「一つの時代の死」として受け止められたのです。


さらに重要なのは、後半生の政治的象徴性


若いユーゴーは王党派でした。


ところが最終的には、自由、共和政、普遍的人権、死刑廃止、貧困者救済、教育、出版の自由を訴える人物になります。


特に重要なのが、ナポレオン3世の独裁に屈服しなかったこと。


19年間の亡命生活を送りながら、帰国のために皇帝に媚びることを拒みました。


そのため第三共和政の人々からすると、「独裁に抵抗した偉大な知識人」という非常に都合のよい象徴になった。


実際、1885年5月23日、死の翌日に国葬が決定され、6月1日に凱旋門からパンテオンまで葬列が進みました。


そのとき、約200万人が沿道に集まったとパリ市の資料は記録しています。


そして重要なのは、ユーゴーのパンテオン入りによって、パンテオンが「世俗的・共和主義的なフランス国家の偉人を祀る場所」として決定的に位置づけられたことです。


つまり、これは単なる「人気作家への葬儀」ではありません。


第三共和政が、「ユーゴーこそ自分たちが代表するフランスだ」と宣言した儀式だったのです。



 



最後に――ユーゴーという人をどう評価すべきか?


私は、今回の12項目を全部つなげてみると、ユーゴーという人間がかなり面白く見えてくると思います。


彼は決して「人格的に完全な偉人」ではありません。


むしろ、女性関係は奔放、家庭生活は複雑、政治的立場も変化する、自己顕示欲も非常に強い。


しかし同時に、死刑反対、貧困者擁護、子供の労働問題、教育、自由、共和政、独裁への抵抗という方向へ、人生の後半になるほど進んでいった。


そして何より、自分の矛盾や失敗を含めた「人間そのもの」を文学にしてしまった。


これが巨大だったのだと思います。


特に面白いのは、ユーゴーの人生には、「恋愛」→「狂気」→「家族崩壊」→「文学」→「政治」→「社会改革」という一本の線が見えることです。


兄ウジェーヌの狂気、娘アデールの狂気、娘レオポルディーヌの死、妻アデールとの関係、ジュリエット・ドルーエとの長い愛人関係――これらは単なる「私生活のスキャンダル」ではなく、ユーゴーが人間の愛、喪失、嫉妬、罪、救済を考え続ける材料になっています。


だから『レ・ミゼラブル』を単なる「ジャン・バルジャンの物語」として読むより、


「人間は過去の罪から救われることができるのか」
「社会は人間を悪人にしてしまうのではないか」
「愛は人間を救うこともあれば、破壊することもある」


という、ユーゴー自身の人生そのものを投影した作品として見ると、かなり深く理解できると思います。


そして、デンマンさんが「国葬されるほど偉大だったとは思えない」と感じた点も、ある意味で正しいと思います。


「偉大な人間だった」ことと、「偉大な国家的象徴になった」ことは別です
。


1885年のフランスが国葬にしたのは、スキャンダルのない聖人ユーゴーではなく、19世紀フランスの矛盾、革命、自由、貧困、文学、共和政を一身に背負った「国民的象徴としてのユーゴー」だった、と考えると非常に納得しやすいです。


この点では、デンマンさんが最近観ておられたトルストイや山崎晃嗣などと同じく、「偉人だから立派」ではなく、「これほど矛盾した人間が、なぜ歴史的な人物になったのか」という視点で見ると、ユーゴーはものすごく面白い人物だと思います。



解説ありがとうございました。理解がより深まりました。



どういたしまして。😊 ユーゴーは、単に「『レ・ミゼラブル』を書いた偉大な文豪」として見るより、家族、恋愛、精神的苦悩、政治的挫折、亡命、そして社会正義への関心が、長い人生の中で次第につながっていった人物として見ると、ずっと立体的になります。


特に面白いのは、若い頃の「シャトー・ブリアンになりたい」という野心家が、最後にはフランス共和政の象徴のような人物になってしまったことですね。


そして、完璧な人格者だったわけではないからこそ、「なぜこの人物がこれほどフランス人に愛されたのか」という問題が、かえって興味深くなります
。



 



完璧な人格者だったわけではないからこそ、「なぜこの人物がこれほどフランス人に愛されたのか?」 デンマンさんは、どう思いますか?



これは、なかなか考え深い! つまり、欠点よりも長所の方が多いということだと思いますよ。。。その長所が国民を魅了した。。。たとえば、名作を世に出した。。。19年間、亡命生活を送らねばならなかったが、祖国に戻ってきた。


とにかく、とてもユニークな人生を送ったのですわねぇ〜。。。



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【ジューンの独り言】



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ですってぇ~。。。


あなたは、どう思いますかァ〜?


ヴィクトル・ユーゴーは国葬されました。


日本では、まだ国葬された文豪はいません。


これだけを見ても、ヴィクトル・ユーゴーはフランス国民に愛された文豪でした。


彼は、模範になるような人格者ではありませんでした。でも、それを埋め合わせて余りが出るほどの長所を持っていたのです。


あなたも欠点を埋め合わせて余りが出るほどの長所を育んでくださいねぇ〜。


ええっ。。。 「そんなことは どうでもいいから、他に何か面白いことを話せ!」


あなたは、そのような強い口調で、わたしにご命令なさるのですかァ〜?


分かりましたわぇ〜。。。


実は、デンマンさんが インスタで、サンバやボサノヴァで踊るきれいで可愛い女の子を紹介しています。


あなたのお気に入りは次の写真のどれですか?


 



(instahome26-05-15c.jpg)



■『拡大する』


■『実際のページ』


 


写真をクリックして踊りを鑑賞しましたか?


もし、サンバやボサノヴァの曲が聞こえなかったら、動画の右下の「無音」のマークをクリックすれが、解除されて曲を聴くことができます。


ええっ。。。 「そんなことは どうでもいいから、他に何か面白いことを話せ!」


あなたは、更に そのように わたしにご命令なさるのですかァ~?


いけすかないおかたァ〜。。。


分かりましたわ。。。では、あなたも信じられないような 人間を紹介しますわ。。。うふふふふふ。。。


 



(onara-visual.gif)



 


ええっ。。。 「そんなバカバカしい動画は どうでもいいから、他に何か もっと面白いことを話せ!」


分かりましたわ。。。 じゃあ、更に面白い動画をお目にかけますわ。。。


ワンワンちゃんが人間の言葉をしゃべります!


 



(dog810.jpg)



 


ええっ。。。? 「そんな馬鹿バカしい動画など、どうでもいいから、何か他に面白い話をしろ!」


あなたは、また そのような命令口調で わたしに強要するのですか?


わかりましたわァ。。。


では、たまには日本の歴史の話も読んでみてくださいなァ。


日本の古代史にも、興味深い不思議な、面白いお話がありますわァ。


次の記事から興味があるものをお読みくださいねぇ~。。。



■天武天皇と天智天皇は


同腹の兄弟ではなかった。


■天智天皇は暗殺された


■定慧出生の秘密


■藤原鎌足と長男・定慧


■渡来人とアイヌ人の連合王国


■なぜ、蝦夷という名前なの?


■平和を愛したアイヌ人


■藤原鎌足と六韜


■古事記より古い書物が


どうして残っていないの?


■今、日本に住んでいる人は


日本人でないの?


■マキアベリもビックリ、


藤原氏のバイブルとは?


ところで、他にも面白い記事がたくさんあります。


興味のある方は次の記事も読んでみてくださいね。


 



(sunwind2.gif)




(sylvie500.jpg)


■『潮吹き』


■『ヨッパライが帰ってきた』



(ken203h.jpg)


■『共産党ウィルス』


■『馬が合う』


■『オックスフォードの奇人』


■『風馬牛』


■『未亡人の苦悶』



■『群青の石deロマン』


■『露出で検索』


■『テレポーテーション』


■『露出狂』


■『第6感』


■『大邱の読者』


■『無重力の性生活』


■『純子さんのクローン』


■『肥後ずいき使用感』


■『アナスタシア』


■『10万年も進んだ文明』


『キャドバリーチョコ』軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
(godiva05.jpg)


■『iPhoneプライバシー』


■『おならの威力』


■『オナラマニアとVPN』


■『哀願するワンちゃん』


■『ピンタレスト散策』


■『都市伝説の起源』


■『美人を探して』


■『動物の博愛』


■『パクリ動画』


■『YouTubeのクリックベイト動画』


■『頭の良い犬』


■『大きなナマズが熊を追い払う』


■『出産間近の豹』


■『騙しAI動画』



(teacher9.jpg)


■『熊の子とイヌワシ』


■『AIジェットコースター』


■『プールが一瞬に破壊』


■『1枚の写真から』


■『動物の助け合い』


■『動物は助けあえるか』


■『人間とロボットの差』


■『ネット利用と幸福度』


■『笑わずにはいられない』


■『笑ってねぇ』


■『笑ってもいいよ』


■『笑ってもらおう』


■『笑っちゃう』


■『ビックリしますよ』



(miya08.jpg)


■『あなたも驚く』


■『犯人は、やっぱり身内』


■『ロボットが世界新記録』


■『ウソでしょう?』


■『猫と幼児』


■『スポーツミラクル』


■『なぜ急増アクセス?』


■『8000アンナ・カレーニナ』


■『ストリップと数学の関係とは?』


■『面白いAI動画』


■『面白いAI動画2』


■『動物が救いの手を』


■『ビックリしてね』


■『ビックリするよ』


■『面白い猫』


■『笑わせる猫』


■『バターン捕虜収容所』


■『スター・トレックの影響』


■『ヒトラーは生きていた?』


■『イルカ型深海人』


■『ポーと江戸川乱歩』


■『誰のための放射線研究所?』


■『貴方は国のために戦いますか』


■『新たな戦前なの?』


■『アプレゲール犯罪』



とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。



(hand.gif)




(spacer.gif+betty5de.gif)
(hiroy2.png+betty5d.gif)
『HIRO 中野 せどり スパマー』


 



(surfin2.gif)


ィ~ハァ~♪~!


メチャ面白い、


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