球形の荒野

(kouya87.gif)


(kouya80.gif)


(kouya82.gif)


(kouya84.gif)


93.gif)

<
(kouya81.gif)


(kouya85.gif)
(so-minbg.jpg+starsxx.gif)

(himiko93.jpg)

デンマンさん。。。、 今日は 球形の荒野 のお話でござ〜ますかァ〜?

そうです。。。
もしかして、松本清張原作の小説を映画化したものではござ〜ませんかァ〜?
そうです。。。卑弥子さんも、その映画を観ましたかァ〜?
観ましたわ。。。ひところ松本清張ブームがありました。。。あたくしは小説は読みませんでしたけれど映画は観ました。。。当時人気だった島田陽子さんと竹脇無我さんが主演を務めたのでした。。。観音崎灯台の近くの岩場で、父と娘が名前も告げずに偶然であったようにして、二人で《カラスなぜ鳴くの…》と歌うシーンが印象的でしたわ。。。
あのシーンは、確かに、胸に迫りますねぇ〜。。。
ところで、どうして急に、そんな昔の映画を取り上げたのでござ〜ますかァ〜?
YouTubeで動画を探していたら、偶然に次の動画に出くわしたのですよ。。。

(kouya73.jpg)
https://youtu.be/51wO3Ud_qyM
球形の荒野

『球形の荒野』は、松本清張の長編推理小説。
「もはや戦後ではない」と言われた時代に、「第二次世界大戦の亡霊」ともいうべき一人の男を登場させ、それに伴う波紋と、揺れ動く家族の心情を描く、ロマンティック・ミステリー。
『オール讀物』に連載(1960年1月号 - 1961年12月号、連載時の挿絵は佐藤泰治・三芳悌吉)、1962年1月に文藝春秋新社から刊行された。
1975年に松竹で映画化、また8度テレビドラマ化されている。
あらすじ
昭和36年のこと、奈良の唐招提寺を訪ねた芦村節子は、その芳名帳に、大戦中に外交官であった亡き叔父・野上顕一郎に相似した筆跡を発見する。
名前は違っていたが、懐かしさを覚えた節子は、夫の亮一や野上未亡人・孝子にこの件を話す。
彼らは野上顕一郎の死亡は確認されているとして取り合わなかったが、孝子の娘・久美子のボーイフレンドである添田彰一は、野上顕一郎の死亡前後の事情を調べてみようと試みる。
しかし、当時の関係者は一様に冷淡な反応を示し、村尾課長は「ウィンストン・チャーチルに訊け」との謎めいた言葉で添田を煙に巻く。
ところが間もなく、当時の公使館関係者の一人が、世田谷で絞殺死体となり発見された。
さらに、野上久美子の行く場所で、拳銃狙撃などの怪事件が相次ぐ。
久美子も添田も、一連の事件に見えない糸が張りめぐらされているのを感じていた。
やがて、終戦間際の公使館に端を発する悲劇が、徐々にその貌を現わしていく。
エピソード
古い寺が好きで、小説家となる以前から、奈良や京都を歩いていた著者は、寺の白い壁や古い柱に書かれた多くの落書きを見掛けていた。
その落書きが古くなってくると、落書きの当人にとって思い出になるのではないかと思い、中年の人妻がかつての落書きを見て過去の恋愛を偲ぶというストーリーを浮かべた。
この案自体はボツとなったが、その変形を本作で使ったと著者は説明している。
連載時において、洋画家の死は、殺人によるものと示唆されていたが、単行本化の際に変更されている。
また連載の中盤(1960年11月号掲載分の後半・12月号掲載分の前半)では、添田彰一と、「国威復権会」の幹事「山田吉次郎」が対面する場面が描かれたが、この場面は単行本化の際に全て削除された。
変更の背景に関して、当時の社会的事情に影響を受けたものと推測する見解も出されている。
文芸評論家の細谷正充は、本作のストーリーの発想の原点に、菊池寛の戯曲『父帰る』があるのではないかと推測している。
作家の半藤一利は、松本清張だとどれが一番好きですかとの問いに、「『球形の荒野』。
これは聞かれるたびに『球形の荒野』と答えている」と述べている。
小説中、野上顕一郎は北宋末の書家・米芾を手本に書を習っていたとされているが、著者が1933年に博多の嶋井精華堂印刷所で見習い修行をしていた際、俳誌「万燈」の主宰者・江口竹亭から学んだ書の手本に、米芾が含まれていたとされている。
書道家の田中節山は、小説中における寓意を「旧弊にとらわれない自由で近代的な感覚と、ある種の清々しさ」と解釈している。
脚本家の倉本聰は、脚本を手がけた2005年放送のテレビドラマ『祇園囃子』について、「ヒントはね、松本清張の『球形の荒野』なんですよ」と語っている。
出典: 「球形の荒野」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

野上顕一郎は第二次大戦中、スイス公使館の一等書記官を務めるが、終戦前に過労で死亡したと伝えられる。

終戦間近に、なんとか本土決戦で一億玉砕する前に停戦に持ち込もうとジュネーブで停戦交渉をしていたのでござ〜ますよね。
そうです。。。でも、その話はまとまらなかった。
どうして、死んだことになったのですか?
陸軍の強硬派で、大戦中にスイス公使館付武官陸軍中佐が野上顕一郎は国賊だ、反逆者だと、殺そうとしたのですよ。。。
それで、病死したことにしたのでござ〜ますか?
そういうことです。。。
実際にそういう事件があったのですか?
終戦近くに、ジュネーブで実際に平和交渉に駆けずり回った外交官や軍人がいた事を僕は、歴史の時間に先生から聞いた覚えがあるのですよ。。。
あらっ。。。じゃあ、その事を基にして松本清張さんも小説を書いたのでござ〜ますか?
松本清張さんも、この小説が一番好きだということは、そういう人たちが居たことを知っており、渾身を込めて書いた作品だったからだと思うのですよ。
小説の中の野上顕一郎はフランスでヴァンネードというフランス人と再婚して暮らしていたのですよね。。。どういうわけで帰国したのでござ〜ますか?
一生帰国しないつもりで居たのだけれど、事情を知っている数少ない友人の誘いに乗って、つい懐かしくなって帰国したのですよ。。。
最後のシーンで、名前も明かさずに偶然 父親と娘が出会ったというのは実際にあったことなのでしょうか?
それは、創作でしょう。。。でも、どこまでが史実なのか ChatGPT に尋ねてみました。。。

『球形の荒野』という映画を観ました。
原作は、松本清張の長編推理小説。
野上顕一郎は第二次大戦中、スイス公使館の一等書記官を務めるが、終戦前に過労で死亡したと伝えられる。
彼は、スイスのジュネーブで終戦近くに和平交渉に携わった。
そのために彼が再婚したフランス人の妻を伴って日本へ一時帰国すると国粋主義の元・伊東忠介中佐に恨まれて殺されようとする。
ところが、伊東忠介中佐の属する秘密結社の親分は、中佐が秘密結社の評判を害することを懸念して、中佐を殺してしまう。
この親分の身元を明かしていませんが戦後に暗躍した児玉誉士夫を想わせます。
もちろん、この映画はフィクションですから、現実にはこういう殺人事件はなかったものと想われますが、終戦近くにジュネーブで和平交渉が行われたことは史実です。
ジュネーブでの和平交渉に関して、この映画で描かれれいる当時の和平主義者と国粋主義者の争いは、どこまでが史実なのでしょうか?

球形の荒野 や、その映画化作品で描かれる「終戦間際のスイスでの和平工作」は、完全な空想ではなく、実際に存在した複数の史実を下敷きにしています。
ただし、映画に出てくるような「国粋主義秘密結社による暗殺連鎖」や「和平派と強硬派の血みどろの対立」は、かなり劇的に脚色されています。
重要なのは、この作品が“事実そのもの”よりも、「敗戦を受け入れられなかった日本社会の心理」を描こうとしている点です。
まず史実として存在した
「スイスでの和平工作」
1944年末から1945年にかけて、日本政府内部には、「もう戦争継続は不可能」「どうにか有利な条件で終戦したい」と考える人々が現れ始めました。
その際、中立国だった Switzerland のジュネーブや、Sweden のストックホルムが、水面下外交の舞台になります。
実際に、外交官、海軍系和平派、一部の宮中関係者などが、連合国側との接触を試みました。
特に有名なのは、
藤村義朗
岡本季正
西春彦
加瀬俊一
など外交官・情報担当者たちの動きです。
また、ソ連経由での和平工作も行われました。
つまり、「日本内部には終戦を模索する勢力がいた」
これは完全に史実です。
一方、「徹底抗戦派」も現実に存在した映画で描かれるような、
「国体護持」
「本土決戦」
「一億玉砕」
を唱える強硬派も、もちろん実在しました。
特に、陸軍強硬派、青年将校グループ、極端な国家主義者の中には、「和平は国賊」と考える者が少なくありませんでした。
終戦直前には、実際に、宮城事件が起きています。
これは、終戦詔書の放送を阻止し、降伏をやめさせようとした陸軍将校たちのクーデター未遂です。
つまり、「降伏反対派が暴力に出る」という構図自体は、決してフィクションではありません。
ただし、「和平派 vs 国粋主義者」の対立は映画ほど単純ではない
ここが重要です。
映画では、
和平派=理性的
国粋派=狂信的
という対立がかなり明確ですが、実際の日本政府内部はもっと複雑でした。
例えば、東條英機ですら「勝てない」と理解していた時期がある
海軍は比較的早く敗戦を予感していた
陸軍内にも和平模索派がいた
外交官でも強硬論者はいたという具合で、「和平派」と「抗戦派」が完全に二分されていたわけではないのです。
また、日本側の和平工作も、
「無条件降伏だけは避けたい」
「天皇制維持」
「自主武装維持」
など条件付き終戦を狙うものが多く、連合国側から見ると曖昧でした。
児玉誉士夫を想わせる「黒幕」は、かなり松本清張的
あなたが感じられた、「秘密結社の親分が戦後右翼の黒幕に化けた」という印象は、おそらく作者が意図的に匂わせています。
児玉誉士夫 や、同系統の戦後右翼フィクサーたちは、戦前の国家主義運動、軍部との関係、闇社会、政界工作に深く関わっていました。
松本清張はこうした、戦争責任、戦後日本の闇、政財界と右翼の結合を繰り返し作品化しています。
ですから、「敗戦で終わったはずの戦前の亡霊が、戦後も生き続けている」というのが、この作品の中心テーマでしょう。
『球形の荒野』の核心は
「戦争が終わっても
終わっていない」
この作品が昭和36年に書かれたことは重要です。
当時は高度経済成長が始まり、
「もはや戦後ではない」
と言われていました。
しかし松本清張は、戦争中の秘密、戦争責任、極端な国家主義、隠蔽された死が、まだ日本社会の地下に残っていると見ていた。
だからこそ、“死んだはずの外交官が現れる”という設定になっているわけです。
これは単なるミステリーではなく、「戦争の亡霊が戦後日本へ帰ってくる」という象徴的物語なのです。
ですので結論としては、
スイスでの和平工作 → 史実
終戦回避・抗戦派の存在 → 史実
降伏阻止の暴力的動き → 一部史実
秘密結社暗殺劇 → 主に創作
戦後右翼フィクサー的黒幕 → 現実の人物を強く連想させる脚色と言えるでしょう。

映画で描かれているような殺人事件は実際にあったのでしょうか?

映画 球形の荒野 のように、終戦秘密交渉に関わった人物が、戦後になって次々と殺されるという連続殺人事件が、史実として確認されているわけではありません。
少なくとも、
「ジュネーブ和平工作関係者が口封じで暗殺された」
「戦後右翼組織が和平派を消した」
という事実は、歴史研究では確認されていません。
この部分は、松本清張によるフィクション性が強いと思われます。
ただし、「終戦前後の極秘外交」「軍・右翼・特務機関の暗部」「不可解な死」そのものは、実際に存在しました。
つまり、個別の殺人事件は創作、しかし背景の“空気”や“政治的緊張”は史実に基づくという形です。
実際に存在した「危険な空気」
1945年当時、日本では、
終戦を急ぐ勢力
徹底抗戦派
軍内部の派閥
特高・憲兵・右翼団体
が複雑に絡んでいました。
当時は、「敗戦を口にするだけで非国民」とされる空気が強く、和平論は非常に危険でした。
実際、言論人、外交官、政治家が監視対象になったことはあります。
暗殺やテロ自体は戦前・戦中に実在した
戦前日本では、政治テロは珍しくありませんでした。
たとえば、血盟団事件では、財界人、政治家が暗殺されています。
また、五・一五事件では、首相の 犬養毅 が海軍青年将校らに殺害されました。
さらに、二・二六事件では、多数の政府要人が襲撃されています。
つまり、「国家主義者が“国賊”と見なした相手を暴力で排除する」という文化そのものは、当時の日本に現実に存在していました。
終戦直後にも怪事件や
“消された噂”は多い
敗戦直後には、特務機関関係者、闇物資関係者、元軍人、情報工作関係者などの不審死や失踪の噂は多数ありました。
また、GHQ、旧軍、特高警察、右翼、共産党、闇社会が入り乱れたため、「誰が何をしていたのか」が曖昧な事件も多かったのです。
松本清張は、そうした「記録に残らない戦後の闇」を作品化するのが非常に得意でした。
松本清張が描きたかったのは
「真相不明の戦後」
松本清張 の作品には共通して、公的記録は信用できない
国家は真実を隠す
戦争責任は曖昧化された
戦後の成功者の中に戦前の闇が潜むというテーマがあります。
『球形の荒野』でも、
「死んだはずの外交官」
「消された過去」
「口封じ」
「戦後の右翼黒幕」
を組み合わせて、「戦争は本当に終わったのか?」を描いているわけです。
ですから結論としては、映画のような連続殺人事件そのもの → 確認されていない(創作性が強い)
しかし、和平工作の極秘性、国家主義者による暴力、終戦前後の暗部、戦後右翼の台頭は、かなり史実に根差している、
と言えるでしょう。

この映画とは直接関係ありませんが昔、箱根の富士屋ホテルで外交官が不自然な死を遂げたという事件がありまあした。
この事件について解説してください。

おそらくあなたが言及されているのは、「佐分利公使怪死事件」です。

(saburi-case.jpg)
これは昭和初期の日本外交史の中でも有名な「謎の死」であり、後年、松本清張 が強い関心を示して『昭和史発掘』で取り上げたことで広く知られるようになりました。
事件の概要
1929年(昭和4年)11月29日、中国公使だった佐分利貞男が、箱根の富士屋ホテルの客室で死亡しているのが発見されました。
状況は非常に不可解でした。
頭部に銃創
室内は密室状態
拳銃が右手に握られていた
公式には「自殺」と断定しかし、
佐分利は左利きだったという重大な矛盾がありました。
さらに、使用された拳銃が本人所有ではない
遺書がない
動機が不明
外交上きわめて重要な時期だったなど、不審点が多かったのです。
当時の政治状況
この事件が単なる変死ではなく、「政治的暗殺ではないか」と疑われた最大の理由は、当時の日本外交の激しい対立にあります。
当時の日本では、中国との協調を目指す「幣原外交」強硬な対中拡張を求める軍部・国家主義者が激しく対立していました。
佐分利は、幣原喜重郎に近い穏健派外交官と見なされていました。
一方で、満洲権益を拡大したい軍部、大陸浪人、国粋主義団体は、幣原外交を「軟弱外交」として激しく憎んでいました。
「満洲問題」との関係
事件の前年には、張作霖爆殺事件が起きています。
これは関東軍の一部将校が、中国軍閥の張作霖を爆殺した事件で、日本政府の統制を軍部が無視した象徴的事件でした。
このころから、軍部、国家主義団体、満洲利権関係者が、独自に暴走し始めていました。
佐分利公使は、まさにその「満洲問題」の外交処理に関わっていたため、「軍部強硬派にとって邪魔な存在だったのではないか」という疑惑が生まれたのです。
松本清張の見方
松本清張は『昭和史発掘』で、単純自殺説に疑問、政治的背景の存在、国家主義勢力との関係を強く示唆しました。
特に彼が注目したのは、箱根には当時、国粋主義団体の大物が滞在していたという点でした。
もちろん決定的証拠はありません。
しかし清張は、「昭和初期には、表に出ない政治暴力が存在した」と考えていました。
『球形の荒野』との共通性
あなたが先ほど話題にされた 球形の荒野 と、この事件は、非常によく似ています。
共通するのは、外交官、国家主義勢力、戦争・外交の裏面、消された真実、密室的怪死というモチーフです。
つまり松本清張は、「国家が隠した闇」を一貫して描いていたわけです。
『球形の荒野』の「和平派外交官を巡る暗黒史」は、この佐分利事件のような昭和史の実例を下敷きにしている部分がかなりあると思われます。
真相は現在も不明
結局、自殺、他殺、偽装工作いずれを裏付ける決定的証拠も出ていません。
しかし現在でも、「単純な自殺では説明しにくい」という見方は根強く残っています。
その意味でこの事件は、「昭和前期の政治的暗黒」を象徴する未解決事件の一つとして語られているのです。

闇に葬るという歴史的な時代空気があったのですね。

はい。。。昭和初期から敗戦直後にかけての日本には、確かに「真相を曖昧にしたまま葬る」という時代空気が存在していました。
もちろん、すべてが巨大な陰謀だったわけではありません。
しかし、国家の体面、軍の威信、外交問題、天皇制への配慮、社会不安の回避などを優先して、
「深入りしない」
「記録を残さない」
「公式見解で終わらせる」
という文化が強かったのです。

理解が深まりました。ありがとうございました。

どういたしまして。
球形の荒野 は単なる推理小説ではなく、終戦の記憶、国家と個人、隠蔽と沈黙、戦後に残った「亡霊」を描いた作品なので、史実背景を知るとかなり印象が変わります。
また、松本清張 は「完全な陰謀論」に流れるのではなく、「なぜ人々は真相を語れなくなったのか」という“時代の空気”を描くのが非常に巧みでした。
そのため彼の作品は、昭和史そのものへの入口にもなっています。
こちらこそ、興味深いテーマをありがとうございました。

なるほどォ〜。。。「球形の荒野」には、戦後の日本、それに新たな「戦前」の現代にも通じる、いろいろな問題が含まれているのでござ〜ますわねぇ〜。。。

そういうことですよ。。。まだ映画を観てないネット市民の皆さんは、ぜひYouTubeで観てください。。。

(laugh16.gif)
【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
あなたは、映画を観て、どう思いましたか?
現在にも、国家の体面、自衛隊の強化、新たな「戦前」の外交問題、天皇制への配慮、社会不安の回避などを優先して、
「深入りしない」
「記録を残さない」
「公式見解で終わらせる」
という文化が残っていいると思いますか?
ええっ。。。「そんな事はどうでもいいから、もっと他に面白い話をしろ!」
あなたは、そのような強い口調で あたくしに御命令なさるのでござ~ますかァ~?
分かりましたわ。。。
デンマンさんが10年以上も前にアンケートを作りました。

(wp91228.gif->june21-11-29.jpg->art09-12-26.jpg)
上のリンクをクリックすると、
左側のサイドコラムにたくさんの質問が出てきます。
ひとつひとつ見ながら ぜひアンケートに答えてみてください。
じゃあ、また。。。


ィ~ハァ~♪~!
メチャ面白い、
ためになる関連記事


別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

こんにちは。ジューンです。
“本音と建前”
よく聞きますよね。
さて、英語で何と言うのでしょうか?
考えてみた事がありますか?
いろいろと言い方があると思います。
appearance and reality
見かけと実物そのまま
これも本音と建前と言い換えることができますよね。
form and substance
外観と実体
これも本音と建前と同じですよね。
one's real intention and
what one says on the surface
本音と建前を説明しているのですよね。
real motive and stated reason
これも間違いなく本音と建前ですよね。
what one says and what one means
本音と建前をこのように言うこともできますよね。
では、「本音と建前を使い分ける」を
英語でどのように言うのでしょうか?
ちょっと考えてみてください。

次のように言うことができます。
You should be tactful as to
when to tell real intention
and when to show form.
ところで、英語の面白いお話を集めました。
時間があったら覗いてみてくださいね。
では、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょうね。
じゃあね。


