2026年10月6日火曜日

BC級戦犯


 


BC級戦犯


 





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動画が沢山貼り出してあるので全部の動画が表示されるまで時間がかかります。


もし、表示されない動画があったらブラウザのリフレッシュボタンをクリックしてください。





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ケイトー。。。、今日は BC級戦犯 の話をするのォ~?



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そうです。。。シルヴィーも興味があるでしょう?


もちろん、興味があるけれど、もう80年も前の話じゃないのォ〜。。。どうして、今頃になって そういう話をするのォ〜?


実は、つい最近、次の動画を観たのですよ。。。


 



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石垣島事件で非業に死刑でなくなった一人の人物を取り上げて事件の様子や、裁判の詳細について追跡した記録映画です。


石垣島事件は、太平洋戦争末期の1945年4月15日、沖縄県の石垣島で、海軍警備隊が同日撃墜し捕虜となったアメリカ海軍艦載機の搭乗員3人を殺害した事件。


1948年にアメリカ軍横浜裁判で海軍警備隊の関係者ら46人が起訴され、41人が死刑判決を受け、うち7人の死刑が執行された。


動画で取り上げられているのは、この7人の死刑囚の内の一人、藤中松雄さんです。


石垣島は、1944年10月の台湾沖航空戦後戦場となり、1945年4月の米軍の沖縄上陸後、連日米軍による空襲が行なわれ、米軍の上陸も噂されていた。


海軍の石垣島警備隊(司令官・井上乙彦大佐)は、連日の空襲で死傷者を出しており、玉砕覚悟で切込訓練を行なうなど、緊張状態に置かれていた。


1945年4月15日朝、沖縄県・石垣島の宮良飛行場を空襲した米海軍第97編成航空隊(Squadron VC-97、護衛空母「マカッサル・ストレイト」所属)のTBFが高射砲で撃墜され、3人の搭乗員(V・L・ティボ中尉、W・H・ロイド兵曹およびR・タグル兵曹)が落下傘により石垣島大浜海岸から200メートルほどの浅い海中に降りたところを、海軍警備隊により捕獲された。


海軍警備隊は、3人をバンナ岳の麓の海軍警備隊本部防空壕のある空地へ連行し、米軍に関する情報収集のため取調べ・訊問を行なった。


同日夜10時頃、海軍警備隊は、3人を警備隊本部建物から150メートルほど離れた照空隊附近の荒れ地へ連行し、殺害して遺体を同地で穴に埋めた。


海軍警備隊の井上司令官らが3名の殺害を決定し、震洋特攻隊員の幕田大尉がティボ中尉を、田口海軍少尉がタグル兵曹を日本刀で斬首・殺害、ロイド兵曹は榎本大尉の指示により、柱に縛りつけられ、20分ほどの間、50人ほどの兵士から殴打されたのち、藤中1等兵曹、成迫上等兵曹、榎本大尉ら、約40人に順番に銃剣で刺突され、死亡した。


敗戦後、警備隊員は米兵の遺体を掘り返して火葬にし、遺灰を西表島の北方3キロの海中に捨てた。


しかしその後、軍関係者がGHQに密告したことにより事件が発覚した。


アメリカ軍横浜裁判(米陸軍第8軍管轄)で海軍警備隊の司令官・井上大佐以下、将校11名、下士官8名、水兵27名の計46名が起訴された。


調査の初期段階で、井上司令官は自身が命令を下したことを認めず、副長・井上勝太郎大尉、榎本中尉らが互いに責任を回避・転嫁しようとしたため、命令者や責任の所在が不明確なまま、関係者多数が起訴されることになったとされている。


1948年3月16日に判決が宣告された。1名が途中で免訴となり、判決は死刑41人、懲役20年1人、同5年1人、無罪2人だった。


ロイド兵曹を大勢の刺突により殺害したことについて、全員が虐待致死・死体冒涜をしたと判示され、3人の殺害について41人が絞首刑を宣告される判決となり、宣告時には法廷が騒然となった。


絞首刑判決を受けた41人のうち、1949年1月28日に第8軍法務部による判決の確認(裁判記録の検討)手続きにより、命令に従って刺突を行ったものの、主体的に殴打や暴行を行わなかったとされた水兵31人が減刑となり、更に1950年3月18日に連合軍総司令部による死刑判決の再審査により3人が減刑となった。


井上司令と、4人の将校(井上大尉、幕田大尉、榎本大尉、田口少尉)および下士官2人(成迫上等兵曹、藤中1等兵曹)の7人については死刑が確定、最終的には絞首刑7人、終身刑8人、有期刑24人、無罪6人となった。


1950年4月7日に東京の巣鴨プリズンで7人の死刑が執行された。


7人が処刑されたのは朝鮮戦争勃発の2ヵ月前のことであり、巣鴨プリズンでの最後の死刑執行となった。


実は、司令官・井上乙彦大佐が3人のアメリカ兵を殺害することを命令したのだった。
しかし、初期段階で、井上司令官は命令を下したことを認めなかった
。


副長・井上勝太郎大尉、榎本中尉らも互いに責任を回避・転嫁しようとした。


井上乙彦大佐は死刑が確定してから、初めて処刑される部下の前で自分が命令したと認めた。
動画の主人公である藤中松雄1等兵曹は、初期段階では、世話になった榎本中尉をかばうために、彼に命令されたとは言わなかった。


実は、榎本中尉が命令してロイド兵曹は柱に縛りつけられ、20分ほどの間、50人ほどの兵士から殴打された。
藤中1等兵曹は、最初に銃剣で刺突した。


20分ほどの間、50人ほどの兵士から殴打されるのを見るにしのびなく、この悲惨な状況から解放するために刺した、と供述した。
しかし、それは世話になったと恩義を感じていた藤中1等兵曹が榎本中尉をかばうために供述したことだった。


要するに、井上乙彦大佐が初めに、命令したことを認めていれば、彼だけが死刑になって済むことだった。
責任を回避・転嫁しようとする卑劣な行為は、こういう極限の状況では無理もないかも知れない。


そもそも、人を殺すのが当たり前の戦争でも、裁判になると、責任を回避・転嫁しようとする。
でも、結局、井上乙彦大佐は死刑になった。しかも、彼の卑劣な言動により 藤中松雄1等兵曹を含めて 6人をあの世に道連れにした。


藤中1等兵曹の遺書では二人の幼い子供に向け「戦争は絶対反対しなさい。戦争にはかかわらないようにしなさい」と書き留めている。



 



井上乙彦大佐が初めに、命令したことを認めていれば、彼だけが死刑になって済むことだったのよねぇ〜。。。



たぶん、そうなっていたでしょう。。。でも、誰だって裁判で有罪になり死刑になリたくないからねぇ〜。。。責任逃れをして嘘をつく気持ちも解りますよ。。。


でも、それって卑怯じゃない。。。男らしくないわよ。。。大佐なんだから、本来ならば、部下の責任を一身に受けて潔く死ぬ立場にあるのよ。。。


そういう将校もいたのですよ。。。でも、人間は弱いものです。。。井上乙彦大佐は、そういう弱い人だったのですよ。。。


それは言い訳にならないわよ。。。それにしても、藤中松雄1等兵曹は、可哀想よねぇ〜。。。彼は、初期段階では、世話になった榎本中尉をかばうために、彼に命令されたとは言わなかったのよ。。。初めから榎本中尉に命令されたと言えば、死刑にならなかったと思うわァ〜。。。


それは解りませんよ。。。ロイド兵曹は柱に縛りつけられ、20分ほどの間、50人ほどの兵士から殴打された。。。そのあとで、最初に銃剣で刺突したのが藤中松雄1等兵曹だったのだから。。。裁判官に与える印象が悪いのですよ。。。


そういう印象だけで死刑にされるのは どうかと思うわァ〜。。。


そもそも、人を殺すのが当たり前の戦争でも、裁判になると、責任を回避・転嫁しようとする。。。そういう上官を持ったことが藤中松雄1等兵曹にとって不運だったのですよ。。。


藤中1等兵曹の遺書では二人の幼い子供に向け「戦争は絶対反対しなさい。戦争にはかかわらないようにしなさい」と書いているのは、感動を誘うわよねぇ〜。。。


そもそも、戦争をやるから、こういう不条理なことが起こるのですよ。。。ちなみに、思うところがあったので ChatGPT に石垣島事件の分析・解説をお願いしました。


 




上の動画を観ました。
ここで思い起こすのは、東條英機が負け戦争の責任をとって自殺しようとしたことです。
しかも、無様に失敗した。


拳銃を口に含んで発射すれば見事に自殺することが出来る。
そんなことは中学生だって知っている。
東條英機の自殺の試みは狂言自殺としかいいようがなかった。


それでも、東京裁判では責任を回避・転嫁しようとする卑劣な言動は見せなかった。
それは立派なことだった。


井上乙彦大佐は、見習うべきだった
。


石垣島事件の分析・解説をお願いします。



非常に重い記録映画ですね。
そして今回の石垣島事件は、単なる「捕虜殺害事件」として見るより、戦争末期の軍隊が、いかにして「命令」「服従」「責任」「組織防衛」をめぐって崩壊していくのかを見る事件だと思います。


ご紹介いただいた内容を確認すると、藤中松雄さんの遺書については報道資料ともよく一致しています。藤中さんは1950年4月7日、28歳で処刑され、21枚・約7,000字の遺書を残しました。その中で二人の幼い息子に「戦争絶対反対」「世界永遠の平和」を訴えています。


私はこの事件には、少なくとも六つの重要な問題があると思います。


 



1.最も恐ろしいのは「殺人命令」


 そのものより、その後の責任の崩壊


石垣島事件で非常に重要なのは、


誰が「3人を殺せ」と命令したのか


という問題です。


戦争中の軍隊では、命令系統が明確であることが組織の生命線です。


ところが事件後になると、


「自分は命令していない」
→「あの人が命令した」
→「自分は実行しただけだ」


という責任の押し付け合いが始まる。


これは一見すると非常に卑劣です。


しかし、私はここにはもう一つ重要な意味があると思います。


戦時中には「命令に従え」


だったものが、


戦後には「私は命令されただけだ」


に変わってしまう。


つまり、同じ「命令」という制度が、戦争中と戦後では全く逆の意味を持つのです。


戦争中には命令に従うことが美徳とされる。


しかし戦争が終わった瞬間、


「私は命令された」


という言葉が、自分の責任を軽くするための防御手段になる。


ここには軍隊という巨大組織が持つ、非常に危険な構造があります。


2.藤中松雄さんは「典型的な悪人」


 ではないところが、この事件の悲劇


藤中さんについて資料を読むと、非常に複雑な人物像が浮かび上がります。


彼はロイド兵曹を最初に銃剣で刺した。


したがって、「実際に殺害行為に加わった」という事実から逃れることはできません。


しかし一方で、藤中さんは最初の供述では榎本大尉をかばっています。


そして、


長時間殴打されている捕虜を見るに忍びず、苦痛から解放するために刺した


という趣旨の説明をした。


ところが後になって、それが榎本大尉への恩義から出た供述だったことが明らかになっていく。


ここが実に人間的です。


藤中さんは「自分を守るため」だけに嘘をついたのではない。


むしろ、


世話になった上官を守ろうとした。


その結果、自分自身がより重い責任を負う方向に進んでしまった。


ここには「軍人としての忠誠心」の恐ろしい逆説があります。


3.「命令に従っただけ」は、


 どこまで免罪になるのか


これはBC級戦犯裁判全体を考えるうえで非常に重要な問題です。


現代の国際人道法でも、違法な命令だからといって、部下が自動的に無罪になるわけではありません。


特に捕虜を故意に殺害することは、通常の戦闘行為とは全く違います。


石垣島の3人は撃墜された航空機から脱出して捕らえられた。


つまり、「敵兵を戦闘中に殺した」のではなく、「捕虜として拘束した後に殺した」わけです。


ここには決定的な違いがあります。


したがって、「戦争だったのだから仕方がなかった」では済まない。


実際、BC級戦犯裁判では、捕虜虐待・殺害などが大量に裁かれました。日本人BC級戦犯で処刑された人は、連合国各国の法廷を合わせると920人に及びます。


ただし、だからといって「藤中さんは完全に悪人だった」と単純化するのも間違いです。


犯罪行為を犯した人間であることと、残虐な人間であることは同じではありません。


ここを区別することが重要だと思います。


4.そして最も重要なのが


 「指揮官責任」です


ご指摘の井上大佐が最初から自分の命令だと認めていれば……という点は非常に重要です。


ただし、一点だけ慎重にしたいところがあります。


「井上大佐が最初から認めていれば、彼一人だけが死刑になって済んだ」とまでは断定できません。


なぜなら軍事裁判では、命令者だけでなく、


実際に殺害を実行した者
殺害を積極的に助けた者
捕虜虐待を指示・承認した者
上官として犯罪を防止できたのに防止しなかった者


などについて、それぞれの責任が問題になるからです。


実際、国際法上の「指揮官責任」は、単純な「命令した人だけが責任者」という制度ではありません。


部下による残虐行為を知っていた、あるいは知るべき立場にあり、しかも防止・処罰する権限があったのに何もしなかった場合にも責任が問われ得ます。


ですから、「井上大佐が認めれば、他の6人は絶対に助かった」というところまでは言えません。


しかし、少なくとも責任の所在を明確にして、部下への責任転嫁を避けることはできた可能性が高い。


ここが重要でしょう。


5.井上大佐の行動が


 特に悲劇的なのは


 「軍人としての責任」と

 逆になっていること


私はここに石垣島事件の最大の皮肉があると思います。


軍隊では、上官は命令を下し、部下はそれに従う、という構造になっています。


したがって、本来なら上官には、「命令を出した以上、その結果について責任を負う」という倫理が伴わなければならない。


ところが井上大佐が、「私は命令していない」という方向に逃げてしまった。


その結果、命令を受けて実行した下級兵士たちまで責任を背負うことになった。


これは軍隊の倫理から見ても非常に深刻です。


「上官の命令には絶対服従せよ」と言っておきながら、いざその命令が犯罪になった瞬間、「私はそんな命令をしていない」と言う。


これは部下から見れば、最悪の裏切りです。


6.ところが藤中さんは、


 最後には「戦争そのもの」を

 原因として考えた


ここがこの事件を単なる戦犯裁判の記録で終わらせない、最も重要な部分だと思います。


藤中さんは処刑直前、二人の幼い息子に、「戦争絶対反対」「世界永遠の平和」と書き残しました。


さらに遺書では、「父はなぜ死んでゆかねばならないか」と問い、その原因を戦争そのものに求めています。


資料では、戦争がなければ命令する者もなく、この事件も起きなかった、という趣旨を記しています。


これは非常に興味深い。


藤中さんは、「私は悪くない。全部上官が悪い」とは書いていない。


また、「アメリカが悪い」とも書いていない。


まして、「自分は祖国のために立派に戦った」とも書いていない。


最後に彼が子供たちへ伝えようとしたのは、「戦争そのものを避けなさい」だった。


これは、28歳で死刑になる男が、自分の人生から導き出した結論だったのでしょう。


東條英機との比較は非常に興味深いです


ここは、私はデンマンさんの問題提起にかなり同意します。


ただし、東條について一つ事実関係を訂正したいと思います。


東條英機は1945年9月11日に自殺を図りましたが、拳銃を口に入れたのではなく、胸を撃っています。


銃弾が心臓を外れたため生存しました。


そのため当時から「自殺未遂」「狂言自殺ではないか」という批判が出ました。


ただ、私は、「無様に失敗したから狂言自殺だった」とまでは断定しない方がいいと思います。


実際には心臓を狙ったとされており、死ぬ意思そのものがなかったと断定する証拠はありません。


しかし、東條と井上の違いは


 確かにあります


東京裁判で東條は、少なくとも戦争全体について自分が責任を負う姿勢を示しました。


東京裁判では、東條は戦争について自分が責任を負うという立場を取り、捕虜の待遇などについても自分の政策上の関与が証拠として取り上げられています。


ここは重要です。


ただし、「責任を取った」=「自分の行為をすべて犯罪だったと認めた」ではありません。


東條は戦争そのものを正当化する立場も維持していました。


したがって、


東條:「自分の政治的・軍事的責任は引き受ける。しかし、自分の行為は正しかった」


井上:「部下に命令したという責任そのものを否認する」


という違いとして見ると、非常に分かりやすいと思います。


そして、もっと大きな


 共通点があります


東條と井上は立場が全く違います。


東條は首相・陸相・陸軍大将。


井上は海軍大佐。


藤中さんは一等兵曹です。


しかし三者をつなぐものがあります。


それは、戦争という巨大な組織の中で、「自分はどこまで責任を負うのか」という問題です。


そして藤中さんの遺書は、この問題に対する一つの答えになっています。


彼は最終的に、「誰が悪かったのか」だけを追及しなかった。


むしろ、「こんなことが起こる戦争そのものを、二度と起こしてはいけない」という結論に到達した。


ここが、この遺書の非常に強いところです。


私がこの事件で最も恐ろしい


 と思うところ


実は「3人の米兵が殺されたこと」だけではありません。


もっと恐ろしいのは、戦争が人間に「殺せ」と命令し、その後、戦争が終わると今度は「自分は命令していない」と言わせるところです。


そしてその間に、


上官は責任を回避する
部下は上官をかばう
部下同士で責任を押し付け合う
裁判では証言が食い違う
結果として多数の人間が死刑になる


という悲劇が起きる。


つまり石垣島事件は、「悪い人間が3人の捕虜を殺した事件」として見るより、「軍隊という組織が人間の倫理をどのように変質させ、戦後になってその責任を誰が背負うのか」という問題として見る方が、はるかに深いと思います。



 



そして最後に、私は藤中松雄さんの遺書を非常に重く受け止めたいと思います。


彼は死刑囚ですから、当然ながら「完全な被害者」とすることもできません。実際にロイド兵曹を刺したことについては、本人自身が背負わなければならない責任があります。


それでも彼は、死刑執行のわずか数時間前に、幼い二人の息子に向かって、「戦争絶対反対」と書いた。


これは、戦争を知らない現代人が書いた平和論とは違います。


戦争の中で人を殺し、そしてその結果として自分自身が死刑台に立った人間が、最後に子供へ残した言葉です。


だから重いのだと思います。


放送文化基金も、この作品について「テーマは重く大切なこと。何度でも言わなくてはいけない」と評価しています。


そして私は、この事件については「藤中松雄は善人だったのか、悪人だったのか」という二択で考えない方がいいと思います。


普通の若い兵士が、普通の父親として生きていた一人の人間が、戦争という巨大な仕組みの中に組み込まれ、取り返しのつかない行為をしてしまい、最後にはその経験から自分の子供たちに「戦争だけはするな」と訴えた。


そこに、この事件の最大の悲劇と、同時に藤中さんの遺書が今日まで残る意味があるのではないでしょうか
。



正に同感です。戦争は絶対反対しなければならないと思います。分析・解説、ありがとうございました。



こちらこそ、ありがとうございました。藤中松雄さんの遺書を読むと、「戦争反対」という言葉の重みが違って感じられますね。


戦争を経験したことのない人が理念として語るのではなく、戦争によって人を殺す側に組み込まれ、最後には自分自身も死刑台に送られた人が、幼い子供たちに残した言葉だからです。


石垣島事件は、戦争が「敵を殺すこと」だけでなく、命令する人、命令に従う人、責任から逃れようとする人、そしてその犠牲になる人を次々と生み出してしまう仕組みであることを、非常に鮮明に示していると思います。


藤中さんの「戦争にはかかわらないようにしなさい」という言葉は、75年以上経った現在でも、決して古びていません。


「戦争を始めないこと」こそが、戦争で生じる無数の悲劇を防ぐ最も確実な方法なのだと思います。



 



その通りで。。。外交で戦争しないようにすべきです。。。



誰だって、そう思うのよ。。。それができないのよ。。。だから、紛争や戦争が絶えない。。。


解っているのに、できないのはなぜなのか?


権力を握っている人たちが戦争を始めるのよ。。。ヒトラーだとか、ムッソリーニだとか、アメリカの軍産共同体、政府の中の軍政政府。


そうかもねぇ〜。。。一人一人に尋ねれば、誰だって、戦争は嫌と言うけれど。。。権力を握ると、その権力に固執するために戦争を起こしてしまう。。。


そうなのよ。。。なんとかならないかしら?



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【ジューンの独り言】



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ですってぇ~。。。


あなたは、どう思いますか?


「戦争は儲かる」


そう言う人がいるけれど、戦争で儲ける人たちが政治家を動かして戦争や紛争を始めるのかしら?


あなたは、どう思いますか?


ええっ。。。「そういう事は、どうでもいいから 他に面白い話をしろ!」


あなたは、そのような強い口調で わたしにご命令なさるのですかァ〜?


いけすかない おかたァ〜。。。


分かりましたわァ。


実は、デンマンさんはインスタで サンバやボサノヴァで踊る きれいで可愛い女の子たちを紹介しています。


ここに写真を貼り出すので 気に入った女の子の踊りを見てください。。。


 



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■『拡大する』


■『実際のページ』


 


写真をクリックすれば踊りを鑑賞できます。。。


音声が出てない場合は、動画の右下の「無声」マークをクリックすれば、解除されてミュージックを聴くことができます。


ええっ。。。 「そんなことはどうでもいいから、他にもっと楽しい話をしろ!」


あなたは、そのような命令口調で 更に あたくしに強要するのですかァ〜。。。


分かりました。。。、シルヴィーさんが出てくる面白い記事は他にも たくさんあります。。。


次の記事の中から面白そうなものを選んで読んでください。



(sylvie500.jpg)



■『サイバー戦争』


■『エロくて、ごめんね』


■『モバイル社会とガラケー』


■『元老のアメリカ』


■『ケネディ家の呪い』


■『欧米を敵に回す』



(sunwind2.gif)


■『ソフィアからこんにちわ』


■『ドイツが原爆をロンドンに』


■『いまだに謎』


■『さらば大前研一』


■『空飛ぶスパイ』


■『愛情はふる星@ベトナム』


■『ヒラリーと塩野七生』


■『ケネディ夫人@インドネシア』


■『究極の大前研一批判本』


■『フェルメールと謎の女』


■『ヒトラーを殺そうとした男』



(cleopara2.jpg)


■『帝銀事件の謎?』


■『ChatGPTも間違う』


■『イラン戦争のウソの動画』


■『人工知能エンティティ』


■『クリミア・タタール人の悲劇』


■『日輪の遺産とGHQ』


■『Xから日論の遺産』


■『自衛隊廃止?』


■『9.11事件を事前にCIAは知っていた?』


■『本能寺の変の真相は?』


■『悪事を働くボット』


■『ソ連収容所と瀬島龍三』


■『黒死病と天然痘』


■『JFK暗殺カバーアップ』


■『原爆の父の秘密』


■『解放奴隷がローマを支配』



とにかく、今日も一日楽しく愉快に


ネットサーフィンしましょう。


じゃあね。 バーィ。



(hand.gif)



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ィ~ハァ~♪~!


メチャ面白い、


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室生犀星がいっぱい



室生犀星がいっぱい
 


 





件名:今年も、もうすぐ


終わりですね…


差出人: "sayuri@hotmail.com"
受取人: "denman@coolmail.jp"
日付: 10/12/20 21:37
バンクーバー時間:
2010年12月20日(月)午前4時37分


大変 ご無沙汰です。
なにしろ子供達にいろいろと悩まされて
自由に行動できません。


軽井沢か~、
デンマンさんからママチャリの話を聞かされて ホントに懐かしくなりました。







「ママチャリ」って知ってる?
大長寺の白いテーブルに座って、アイリッシュコーヒーを小百合さんと一緒に楽しみながら、僕がそう尋ねると小百合さんは、呆れた顔も見せず、白けた様子も見せずに
「ママさんたちが乗る自転車のことでしょう?」と真面目に答えてくれたものでした。
うれしい!


テレビの番組でキャスターが「ママチャリ」と言った時に、
やがて女性用自転車が出てきたので、すぐに、ママさんが乗る自転車のことだと分かったのだけれど、
どうして「ママチャリ」と呼ぶの?
僕は素朴な疑問を持ったのですよう。


でも、小百合さんとアイリッシュコーヒーを飲んでいた時には、それを聞くのを忘れてしまったのだよう。
「これから、どこへ行こうか?」という話になったから、「ママチャリ」どころではなかった。
きゃはははは。。。


軽井沢では小百合さんが順ちゃんをママチャリの荷台に乗せて、僕もママチャリに乗って、そうやって雲場池に行ったり、室生犀星の記念館や、歌碑や文学碑のある矢ヶ崎川の畔に行ったのでした。


 






 


ママチャリを思い起こさせる楽しい思い出になっていますよ。


ありがとう!





『ママチャリで廻った軽井沢』より
(2010年12月21日)


 



軽井沢へは、しばらく行ってません。


そんな時間も取れず、もう12月、今年も終わってしまうね


寒くなります、体を大事にしてください。


それはそうと、どんべい?


「どん兵衛鴨だしそば」?


 





 


いつ?たべたの?


成田空港のキオスクで、お土産に買っていったの?


ところで、お正月は箱根に行く予定です。


 




 


美味しいものをたくさん食べてきます。


また、セピア通りで何か自分の好きな物を探します。



お風呂は嫌いだけど、やる事ないので入ってきます。


ではまた





『しんみりした曲ですね』より
(2010年12月27日)


 




デンマンさん。。。どうして、また私のメールを持ち出してきたのですか? ちょっと、くどいのではありませんか。。。



あのねぇ~、どうしても小百合さんのメールを持ち出さないと話が始まらないのですよう。


それってぇ、どういうわけですの?


あのねぇ、いつものように僕は Denman Blog の統計をチェックしたのですよう。


デンマンさんは、いつも統計をチェックするのですか?


そうですよう。。。いろいろな事がわかって面白いのですよう。 記事を書いているだけでは、どうしても単調になって飽きてくるのですよう。 それで、退屈を紛らわせるためにも統計を眺めるような癖がついてしまったのですう。 うへへへへ。。。


それで、私のメールのことで、何か面白い事が分かったのですか?


そうなのですよう。。。とても興味深いことが分かったのですよう。


どのような。。。?


まず、Denman Blog の統計を見てください。


 



 



「リファラ」の青枠で囲んだ URL に注目してください。



このリンク先のページに面白い物が見つかったのですか?


そうなのですよう。 URL をクリックして飛んでゆきました。 小百合さんの手間を省くためにリンク先のページを貼り付けるので、じっくりと眺めてください。


 



■『mujam.jp の室生犀星記念館のページ』


 



あらっ。。。室生犀星記念館の紹介ページではありませんか!?



そうなのですよう。。。どうして室生犀星記念館の紹介ページが表れたのか?


どうしてですか?


Denman Blog の記事が室生犀星記念館の紹介ページに掲載されているのですよう。


赤枠で囲んだページですか?


そうです。 Denman Blog に僕が投稿した次の記事ですよう。


 








■『しんみりした曲ですね』


(2010年12月27日)



どう言う訳で Denman Blog の記事が室生犀星記念館の紹介ページに掲載されているのですか?



室生犀星記念館の紹介ページには、次のように書いてありますよ。


 



ブログの最新投稿


こちらはRSS配信されている情報の中から自動で配信しております。


RSS フィードを集めて「室生犀星」で検索して、その結果を表示しているのですよう。


Denman Blog の記事がピックアップされたので嬉しくなって、デンマンさんはこの記事を書き始めたのですか?


あのねぇ~、Denman Blog の記事が掲載されたぐらいでは記事を書きません。


でも、他にどういう理由で、この記事を書き始めたのですか?


Denman Blog で記事が投稿された時間に注目してください。


12月27日の午前9時25分ですわね。


その通りです。。。で、僕が Denman Blog の統計をチェックした時間を見てください。


同じ日の午前11時36分ですわ。


そうです。。。僕が記事を投稿してから、わずか2時間後に統計を見てリンク先のページを見たら、すでに記事が掲載されていた。


それがすごいのですか?


そうですよう。。。ネットのすごさだと思いませんか? 「あれっ。。。もう、記事が引用されている!」 僕はビックリしましたよう。


それほどすごいでしょうか?


あのねぇ~、僕は連絡を受けて、統計を見たわけじゃない。 たまたま統計を見たら、2時間前に投稿した僕の記事を誰かが引用していた事を発見した。 しかも、投稿した僕はカナダのバンクーバーにいる。 掲載されているのは石川県金沢市にある室生犀星記念館を紹介するページです。 いわば地球の裏側です。 しかも、僕と、記事を引用した人の間には、まったく何の連絡もなかった。 これがネットの威力でなくて何でしょうか!?


私は、それほどすごい事だとは思いませんけれど。。。


たとえば、小百合さんが僕に手紙を書くことを考えてくださいよう。 小百合さんが書き終えた手紙を郵便ポストに入れてから、それが僕のマンションのメールボックスに届いて、僕が手紙を読むまでに、いったい何時間が経過することか。。。? その事を考えれば、僕が記事を投稿して、その記事が2時間以内に、僕のまったく知らない日本人に日本で読まれている。 これはすごいことですよう。 ネットだからできることですよう。


でも、ただそれだけのことで、デンマンさんは記事を書く気になったのですか?


もちろん、それだけではないですよう。


他に、どのような理由があるのですか?


あのねぇ~、この記事を書くと、また、室生犀星記念館の紹介ページに掲載されるのですよう。


そうでしょうね。。。だから、どうだと言うのですか?


小百合さんも室生犀星の作品に興味があるでしょう!?。。。かつて次のように書いていたのだから。。。


 




日付: Sat, 1 Aug 2009 15:34:13 +0900 (JST)
(バンクーバー時間:7月31日
金曜日 午後11時34分)
差出人: "domini@yahoo.co.jp"
宛先: "green@infoseek.jp"



件名:バカな日々を送ってましたよ。


\(*^_^*)/


やっと 昨日で長男坊の夏季セミナーも一段落
次男坊も課外授業も、いったん休憩で 残りは8月末に。
それで、 夏休みがやってきました。


明日から 軽井沢にいってきますが・・
すぐ戻る。
先生が時々 来る。


元気ですから、朝ゆっくり 起きてます。
以前は眠れず、5時か6時に目がさえて しまって、


昼間は 早く夜になって 酒を飲んで眠りたい  と思い。
夜は早くから 目がさめて眠れず、
朝になって起きてしまいたい と思い。
バカな日々を送ってましたよ。


(室生)犀星に グチでもたれてきます。


さゆりより




 


Subj:小百合さんと二人で


また、あのせせらぎのそばを


歩きたいで~♪~す。


\(*^_^*)/ キャハハハ。。。



Date: 01/08/2009 11:50:49 AM
Pacific Daylight Saving Time
(日本時間:8月2日 日曜日 午前3時50分)
From: green@infoseek.jp
To: domini@yahoo.co.jp
CC: barclay1720@aol.com


 




やっと 昨日で長男坊の夏季セミナーも一段落
次男坊も課外授業も、いったん休憩で 残りは8月末に。
それで、 夏休みがやってきました。


軽井沢に行っているものと思っていたけれど、
子供のために頑張っていたんだね!?
それでこそ子供が懐かしく思い出す“まぶたの母”ですよう。


\(^o^)/ キャハハハ。。。


小百合さんが、こうして返信を書く気分になったのだから、以前から比べれば、心配事も少なくなったのでしょうね。


 




明日から 軽井沢にいってきますが・・
すぐ戻る。


そうです。そうですよう。。。
小百合さんも癒されないと精神的にまいってしまうもんねぇ~。
何もかも忘れて、小百合さんの“聖地”で思う存分森林浴をしてきてね。
体も心も充電してきてね。


 




先生が時々 来る。


うん、うん、うん。。。
母親がどういう精神状態なのか?
それを見れば、先生は子供の状態までが分かるものですよう。
母親がしっかりしているのを見れば、先生も安心するのです。


そう言えば思い出しましたよう。
僕の弟が小学生のとき、隣の“ちいこちゃん”が同じクラスだったのですよう。
菊ちゃんと喧嘩した“おきよさん”の次女ですよう。


 



■ 『菊ちゃんを旅する (2008年4月26日)』
  (菊ちゃんとおきよさんの面白い話)


 


確か、弟が小学校4年生か5年生でしたね。
クラス担任が五月女(そうとめ)先生でした。
この先生は僕の親父の従弟です。


家庭訪問のときに、隣まで来たのに僕のお袋に会いに来なかったので、お袋はつい最近の思い出話でも、その事を良く思っていませんでしたよう。
やはり、会いに来るべきだったとお袋は言うのです。


もちろん、親戚だから、五月女(そうとめ)先生は僕のお袋のことを良く知っていました。
小学生時代も中学生時代も、僕の弟は模範的な生徒だったから、とりわけ、お袋と話をする必要がなかったのです。


その当時、五月女(そうとめ)先生は独身だったので、お袋と二人で話をすることがなんとなく気恥ずかしい気持ちだったのかもしれません。


でも、お袋が先日、火傷して入院している時に
お見舞いの品が届いたそうですよう。
20年以上経っているのに、お袋の事を忘れていないのですよね。


五月女(そうとめ)先生は、立派な先生でした。
校長先生を最後に退職して悠々自適な生活を送っています。
僕は直接、五月女(そうとめ)先生の教えは受けなかった。


親父も五月女(そうとめ)先生も教科の中では音楽が専門だったから、五月女先生が合奏部を作った時にコントラバスをやらないかという話が出て、それで、僕は合奏部に入ってベースをやり始めたのです。


NHKコンクールで関東甲信越地方で3位に入ったことがありました。
そのときの演奏がレコードで残っていますよう。


「ハンガリア舞曲第5番」と「美しく青きドナウ」
なつかしい。


 




元気ですから、朝ゆっくり 起きてます。
以前は眠れず、
5時か6時に目がさえて しまって、


 


小百合さんは意外に繊細なところがあるのですね?


ヽ(´ー`)ノ うしししし。。。


 



 


でも、そう言う繊細な心があったからこそバンクーバーまで「仙台辛味噌ラーメン」を送ってくれたのでしょうね!?


小百合さんの繊細さとやさしさを僕は愛していますからね。


\(@_@)/ キャハハハ。。。


 




昼間は 早く夜になって
酒を飲んで眠りたい と思い。
夜は早くから 目がさめて眠れず、
朝になって起きてしまいたい と思い。
バカな日々を送ってましたよ。


犀星に グチでもたれてきます。


 


はい、はい、はい。。。


犀星に たくさんグチをたれてきてね。


そうすれば、小百合さんの気持ちもさっぱりするでしょう!


 




 


そう言えば、あの犀星の文学碑ね。
あの場所は夏ならば、めちゃ涼しいだろうね。
あの文学碑は記事でも、ずいぶんと取り上げたけれど、
僕にとっても懐かしい場所になりました。


そうだよね。
あの文学碑は夏には軽井沢で最も素晴らしいスポットだと僕は信じますよう。
それこそ森林浴には絶好の場所ですよう。


 




 


あのせせらぎは、「アカシヤの小径」、「恋人たちの小径」のそばを流れてゆくのですからね。


うん、うん、うん。。。小百合さんと二人でまた、あのせせらぎのそばを歩きたいですね。


\(*^_^*) /キャハハハ。。。


は~♪~い。
そう言う訳で、小百合さんも文学碑を僕の分まで眺めてきてね。
癒されて、身も心も充電して、元気にたくましく生き抜いてね。


(\__/)
(+'.'+)
(")_(")


じゃあねぇ~





『暑中お見舞い (2009年8月9日)』より


 



つまり、この長いメールを私に読ませるためですか?



やだなあああァ~。。。違いますよう! 小百合さんのように室生犀星に関心のある人が、またこの記事を読むことになるのですよう。


それで。。。?


当然、もっと面白い記事はないだろうか?。。。そのように考えます。。。小百合さんもそう思うでしょう?


そうですわね。


だから、僕が、この記事を読む人のために、手間を省いてあげるわけです。 つまり、面白い記事のリストをここに貼り出すのですよう。


 



室生犀星 デンマン


のGOOGLE検索結果


52 件中 1 - 26件目


 



 


1) デンマンの書きたい放題 : 室生犀星とふるさと PART 2
2009年1月7日 ... お母さんは行方不明のままだったのですよう。それで、室生犀星は生涯にわたって、この「見えない母」を思慕しつづけたのですよう。 どうして。。。、どうして、そのような事がデンマンさんに分かるのでござ~♪~ますか? ...
denman705.exblog.jp/9361394/


2) デンマンの書きたい放題 : 室生犀星と軽井沢と小百合さん PART 3 ...
2008年12月26日 ... デンマンが日々思ったこと考えたこと感じた事を書きます。
denman705.exblog.jp/9284498/


3) デンマンの書きたい放題 : 室生犀星と成りすまし馬鹿(PART 3 OF 3)
2009年8月13日 ... さればこそ張りつめたる氷を愛す 斯る切なき思ひを愛す 昭和三十五年十月十八日 室生犀星之建 ... 嫌な思い出が50過ぎても、犀星先生の心の底に重く沈んでいたとデンマンさんはおっしゃるのですか? そうだよう。それで、次の句を読ん ...
denman705.exblog.jp/10848348/


 



 


4) デンマンの書きたい放題 : 室生犀星を旅する PART 1 OF 3
2008年12月28日 ... デンマンが日々思ったこと考えたこと感じた事を書きます。
denman705.exblog.jp/9296259/


5) 室生犀星を旅する PART 2 OF 3 - デンマンのブログ
2008年12月28日 ... 今日は、あのォ~。。。デンマンさんは、あたくしの精神分析をしようとなさるおつもりなのですか? ちがいますよう。室生犀星と長女の朝子さんのことを話そうとしたら。。。また、いつものように卑弥子さんが余計な事を話し出したから。 ...
blog.goo.ne.jp/denman/e/7eb1e2a8a180ccf0e112d9ec47209bf9


6) 室生犀星とふるさと PART 1 - デンマンのブログ
例え、室生犀星の産みの母親が生きていたとしても、当時、里子に出した産みの親は、我が ...
blog.goo.ne.jp/denman/e/fa34c7d4d6c980c25cab113c465cba73


7) 室生犀星と軽井沢と小百合さん PART 2 OF 3 - デンマンのブログ
室生犀星の別荘 11月18日に“幸福の谷”をデンマンさんと一緒に歩くことができて本当に良か ...
blog.goo.ne.jp/denman/e/49264e23f159c29bdb72382ebbb6552e


8) なりすまし犯罪・防犯対策 - デンマンのブログ
デンマン様のファイルを見るとお母様の結婚前のお名前が確認情報になっていますけれど、お ...
blog.goo.ne.jp/denman/e/92187c482b814d9ee841fedc49cee0eb


 



 


9) 室生犀星と軽井沢と小百合さん (2008年12月26日) - Multimania
室生犀星の別荘 11月18日に“幸福の谷”をデンマンさんと一緒に歩くことができて本当に良かったと思いますわ。 小百合さんに、そう言って .... 室生犀星を旅する ☆ 2008年12月28日 \(^Д^)/ギャハハハハ。。。。 [DENMAN] (12/26 18:17) ...
members.multimania.co.uk/kato1720/sayuri/tree.php?n=473


10) 夢とロマンのデンマン日本紀行 \(^Д^)/ギャハハハハ ...
[デ☆ン☆マ☆ン] (12/24 17:04) ├ ☆ 室生犀星と軽井沢と小百合さん ☆ 2008年12月 ...
members.multimania.co.uk/kato1720/sayuri/tree.php?n=446


11) 小百合の掲示板
んで、室生犀星文学碑って、デンマンさんが取り上げるほど見ごたえのあるものなのでござ ...
members.multimania.co.uk/kato1720/sayuri2/tree.php?n=473


12) 小百合の掲示板
『室生犀星と卑弥子さんと悪徳ブログ (2008年10月1日)』より. デンマンさん。。。、今日も室生犀 ...
members.multimania.co.uk/kato1720/sayuri2/tree.php?n=478


13) 室生犀星と軽井沢と小百合さん
2008年12月26日 ... デンマンさん!。。。くどくど言わずに早く室生犀星のお話をしてくださいな。 分かりました。では、次の話を読んでみて .... んで、室生犀星文学碑って、デンマンさんが取り上げるほど見ごたえのあるものなのでござ〜♪〜ますか? ...
www.edita.jp/konchiwa705/one/konchiwa7052592.html


14) 性に目覚める頃
デンマンさんは、もうずいぶん前から室生犀星さんの事を書きたいと言っていたのでござ ...
www.edita.jp/konchiwa705/one/konchiwa7052703.html


 



 


15) 蝶々夫人と雲場池
1) デンマンの書きたい放題 : 雲場池の巡り会い PART 22009年1月15日 ... その日、小 ...
www.edita.jp/himiko/one/himiko29701757.html


16) 室生犀星と軽井沢と小百合さん
室生犀星の別荘 11月18日に“幸福の谷”をデンマンさんと一緒に歩くことができて本当に良か ...
www.edita.jp/excite705/one/excite7052595.html


17) デンマンのブログ:室生犀星と軽井沢と小百合さん
デンマンが徒然に思ったこと考えた事を書きなぐりま~♪~す。毎日読みにきてくださいね。よろしくお願いしま~♪~す。
denman.anisen.tv/e71683.html


18) デンマンのブログ:室生犀星と卑弥子さんと悪徳ブログ
デンマンが徒然に思ったこと考えた事を書きなぐりま~♪~す。毎日読みにきてくださいね。よろしく ...
denman.anisen.tv/e57926.html


 



 


19) デンマンのブログ:室生犀星の母と娘
デンマンが徒然に思ったこと考えた事を書きなぐりま~♪~す。毎日読みにきてくださいね。よろしく ...
denman.anisen.tv/e72397.html


20) 愛と軽井沢の接点 (2009年2月18日) - 軽井沢の夢とロマン ...
2009年2月18日 ... 『室生犀星と卑弥子さんと悪徳ブログ (2008年10月1日)』より. デンマンさん。。。今日は室生犀星のことを ... 記事のタイトルは『愛の接点』ですが、“愛の原点”が“母の愛”であるならば、デンマンさんが室生犀星を持ち出すと思い ...
beaverland.web.fc2.com/karuizawa/20090218.html


21) 室生犀星と成りすまし馬鹿 (2009年8月13日) - 小百合物語 ...
2009年8月13日 ... んで、今日は室生犀星先生と一緒です。こんなうれしいことはありません。デンマンさん!ありがとうございます。 ■『室生犀星と成りすまし馬鹿』. (2009年8月13日). 愚かなオマエが、そうやって頭を下げて感謝するほどのこと ...
beaverland.web.fc2.com/sayuri/20090813.html


 



 


22) 室生犀星の母と娘 (2008年12月30日) - 小百合物語 ...
2008年12月30日 ... 室生犀星の母と娘. by デンマン & 卑弥子. 2008年12月30日. 我は張りつめたる氷を愛す. 斯る切なき思ひを愛す. 我はそれらの輝けるを見たり. 斯る花にあらざる花を愛す. 我は氷の奥にあるものに同感す ...
beaverland.web.fc2.com/sayuri/20081230.html


23) さみしがり屋のきみへ (2009年1月26日) - レンゲ物語 ...
2009年1月26日 ... デンマンさん☆ わたしは、室生犀星は全然知らないのですが、 そんな詩を詠んでおられたんですね。 この短歌は、外出中に思いついたのですが、 男女を隔てる物理的、精神的距離を、 厚い氷になぞらえてみました。 ...
beaverland.web.fc2.com/renge/20090126.html


24) 徒然ブログ:室生犀星と軽井沢と小百合さん
2008年12月26日 ... デンマンさん!。。。くどくど言わずに早く室生犀星のお話をしてくださいな。 分かりました。そのように急に、せかせないで .... んで、室生犀星文学碑って、デンマンさんが取り上げるほど見ごたえのあるものなのでござ~♪~ますか? ...
blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51421021.html


25) 徒然ブログ:室生犀星と成りすまし馬鹿
分かるだろう?育児放棄をする母親が、少なくとも1万4365人居ると言う事だよう。 つまり、おいらを ...
blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51535835.html


 



 


26) 徒然ブログ:軽井沢文学散歩
デンマンさんも祗王寺(ぎおうじ)の苔庭が気に入っているの? 僕は、しっとりと落ち着いて、こじん ...
blog.livedoor.jp/barclay1720/archives/51413849.html




2010年12月27日現在


『室生犀星 デンマン のGOOGLE検索結果』より


 



どうですか?。。。これだけ書き出せば、小百合さんも正月休みに退屈しなくて済むでしょう!?



つまり、宣伝ですわね。。。


いや。。。宣伝ではありません。 この記事を読む人のために、手間を省いてあげるわけですよう。 面白い室生犀星の記事がたくさんあるので、『室生犀星がいっぱい』というタイトルにしたのです。 うししししし。。。




初出: 2010年10月29日



【卑弥子の独り言】



 


ですってぇ~。。。
小百合さんは、半ば呆れていますわ。
あなたも、正月休みに、もし退屈したら、上のリストから面白いと思うものを選んで読んでみてくださいましね。


とにかく次回は、もっと興味深い話題になるはずですわ。
だから、あなたもどうか、また明後日、読みに戻ってきてくださいませぇ。
じゃあねぇ~。。。




 
メチャ面白い、


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こんにちは。ジューンです。


“我田引水”


良く耳にしますよね。


自分の田に水を引く。


それが元々の意味だったそうです。


それから転じて


物事を、自分の利益となるように


言ったり、したりすること、


という意味になりました。


デンマンさんが「この記事を読む人のために、


手間を省いてあげるわけですよう」と言いながら


実は、自分の書いた記事を


宣伝しているようにも見えます。


このような場合にも“我田引水”と


言えるようです。


さて、英語では何と言うのでしょうか?


考えてみたことがありますか?


次のように言えます。

One serves one's own interests.


でも、これでは諺らしくないですよね。


調べたら、次のような言い方がありました。


Every miller draws the water to his own mill.


この方が諺らしいですよね。


mill とは 製粉機です。


水車小屋の中の製粉機を想い描いてください。


miller とは 製粉業者です。


水車小屋のオーナーです。


つまり、どの水車小屋のおじさんも


自分の水車に水を引こうとする。


英語では我田引水をこのように言います。



ところで、英語の面白いお話を集めました。


時間があったら、ぜひ覗いてくださいね。


■『あなたのための楽しい英語』


とにかく、今日も一日楽しく愉快に


ネットサーフィンしましょうね。


じゃあね。