2026年8月30日日曜日

ソ連収容所と瀬島龍三


 


ソ連収容所と瀬島龍三


 





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ケイトー。。。、 ソ連収容所と瀬島龍三 とは、いったい どういうことよォ~?



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シルヴィーは瀬島龍三という人物を知ってるゥ〜?


名前は聞いたことがあるわァ〜。。。


この人物は、太平洋戦争中、大本営の参謀だった人物ですよ。。。終戦時、満洲で捕虜になってソ連の捕虜収容時に収容されたのです。。。


その話は聞いたことがあるわァ〜。。。


彼は、問題のある人物で、長いことソ連のスパイじゃないか?…と囁かれていたのです。。。たまたま僕は、次の映画を観て、なるほど、ソ連の収容所ではスパイ候補を探していたんだと思い当たったのですよ。。。


 



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In Transit


 


この映画は、第二次世界大戦後、ソ連の強制労働収容所に収容されたドイツ人捕虜の実話に基づいた映画です。


1946年の冬、レニングラードで、ドイツ人捕虜の一団が、残忍なロシア軍大佐パブロフによって女性収容所へと送られます。
到着すると、ロシアの女性兵士たちは、捕虜たちが家族や友人を殺したという理由で彼らに敵意を向けます。
ナタリア医師と料理人だけが、捕虜たちに尊厳をもって接します。


ナタリアは、戦争で頭部に負傷した元恋人をシベリアの施設に送る代わりに収容所に留めておくという取り決めをパブロフ大佐と交わしていた。
パブロフはナタリアに、囚人の中に潜むSS隊員を見つけ出すよう命じる


ナタリアと囚人のマックス・ボルトは互いに強く惹かれ合うが、別の囚人クラウス・プロンプストは、パブロフを満足させるためにマックスに数人の囚人を密告するよう説得しようとする。


ナタリアは実業家のヤコフを説得し、囚人たちでオーケストラを結成させる。
囚人たちは舞踏会に招待され、そこで戦争を生き延びた孤独な女性たちがドイツ兵と踊る機会を得る。
舞踏会の後、ナタリアはエレナ将校を説得し、囚人たちを女性たちと一夜を共にさせる。


ナタリアはマックスと一夜を共にし、マックスがこっそり宿舎に戻ろうとした時、クラウスに襲われるが、ナタリアに助けられる。
そしてナタリアは、クラウスの正体を知ることになる。


パブロフはマックスとクラウスの喧嘩を止めに入る。
クラウスは列車に轢かれて自殺する。


マックスとパブロフはクラウスの本当の姿と評判について話し合う。
パブロフはナタリアが任務を完遂し、マックスに真実を明かしたことを称賛し、彼女を真のソビエト人だと称える。
マックスは悲しみに暮れながら連れ去られる。


翌日、マックスは連れ戻され、ナタリアの元恋人はシベリアへ送られる。
やがて彼らは、スターリンが取引を成立させ、捕虜たちが帰国できるという知らせを受け取る。



 



囚人の中に潜むSS隊員を見つけ出してスパイにしようとしたのォ〜?



僕は、そうだと思ったわけですよ。。。それで ChatGPT に尋ねてみたのです。。。


 




実話に基づいて制作された映画ですが、当然フィクションの部分もあると思います。
いったい、どこまでが史実ですか?


囚人たちは舞踏会に招待され、そこで戦争を生き延びた孤独な女性たちがドイツ兵と踊る機会を得る。
舞踏会の後、ナタリアはエレナ将校を説得し、囚人たちを女性たちと一夜を共にさせる。
このシーンは史実とは思えないのですが。。。


パブロフ大佐はナタリアに、囚人の中に潜むSS隊員を見つけ出すよう命じる。
このエピオードで思い出すのは瀬島龍三です。
彼は、大本営に勤めていた高級参謀でシベリアに抑留されました。


この映画でも、SS隊員の厳しい追求があります。
瀬島龍三は、太平洋戦争の作戦にも関わるほどの人物でしたから、当然、厳しく追求されたことでしょう。


彼は、実際、ソ連軍に説得されて、東京国際軍事法廷で連合国軍の証人としてシベリアから出廷しています。
つまり、彼が戦後、ソ連のスパイだという疑いが囁かれましたが、当然のことでしょう


真相はどうなのでしょうか?



非常に興味深い映画です。この作品は「実話に基づく(inspired by true events)」と宣伝されていますが、歴史研究者の評価では、史実を土台にしながら、人間ドラマの大部分は創作と考えられています。


ご質問を二つに分けてお答えします。


 



① 『イン・トランジット』は


 どこまで史実なのか?


映画の土台になっている史実は、実際に存在しました。


終戦後、ソ連には約200万~300万人のドイツ人捕虜が送られました。


その中には


建設現場


炭鉱


森林伐採


工場


などで働かされた者が大勢いました。


また、女性だけで運営される収容所も実際に存在しました。


戦争で男性が大量に戦死したため、


看守


医師


事務員


軍属


の多くが女性だったのです。


したがって、ドイツ兵が女性だけの収容所へ送られるという設定自体は、十分あり得ます。


 



 


② 女性兵士が最初は敵意を持ち、


 やがて人間として接する


これは史実にも多くの証言があります。


ソ連では、家族をドイツ軍に殺された、飢餓を経験した、レニングラード包囲戦を生き延びた。という女性が非常に多くいました。


当然、「ドイツ人=家族の仇」という感情になります。


しかし長期間接していると、「彼らも疲れ切った若者だった」という証言は少なくありません。


これはソ連だけでなく、イギリス、アメリカ、フランスの捕虜収容所でも同様でした。


③ オーケストラの結成


これはかなり史実に近いです。


捕虜には


音楽家


指揮者


教師


などもいました。


ソ連各地で合唱団、吹奏楽団、オーケストラが実際に作られています。


慰問や祝祭日に演奏した記録も残っています。


④ 舞踏会


ここから創作色がかなり強くなります。


映画ではロシア人女性とドイツ兵が踊るとなっています。


しかし歴史資料を見る限り、このような公式の舞踏会が一般的だった証拠はほとんどありません。


ソ連では戦後もしばらく「ドイツ人=ファシスト」という教育が続いていました。


政治的にも、収容所が正式に男女交流を奨励するとは考えにくいのです。


⑤ 一夜を共にする


これはさらに創作の可能性が高いです。


もちろん、男女の恋愛や性的関係が全くなかったわけではありません。


実際には看守と捕虜、女性職員と捕虜、地元女性と捕虜との恋愛は各地で起きています。


しかし、収容所の管理者が「今夜は自由に過ごしてよい」と許可した例は、ほとんど確認されていません。


むしろ、ソ連軍では捕虜との性的関係は規律違反になる可能性が高かったでしょう。


ですから、この映画最大のロマンス部分は、ほぼ脚色と考えてよいでしょう。


⑥ SS隊員探し


これは史実です。


映画ではSS隊員を見つけろ、となっています。


これは実際にソ連が非常に熱心に行っていました。


ソ連はSS、SD、ゲシュタポ、親衛隊将校を特に重罪人と考えていました。


一般兵より厳しく尋問され、多くが長期収容となりました。


⑦ 捕虜同士の密告


これも史実です。


ソ連は収容所内で密告者、協力者を作りました


「誰がSSだったか」


「誰が将校だったか」


などを互いに証言させています。


このため、映画のような「お前が密告しろ」という場面は十分あり得ます。


⑧ 瀬島龍三の場合


ここからは非常に興味深い問題です。


瀬島龍三は1945年8月、旧満州でソ連軍の捕虜となりました。


彼は関東軍参謀ではなく、大本営参謀として終戦処理に関わる立場でした。


ソ連は当然、彼を重要人物と考えました。


 



 


東京裁判への出廷


これは事実です。


瀬島はシベリアから東京へ送られ、極東国際軍事裁判で証人として証言しています。


これは「ソ連が利用価値がある」と判断したからです


ただし、それだけで「ソ連のスパイだった」とは言えません。


ソ連の工作対象だったのか?


これはほぼ間違いありません。


ソ連は


将軍


参謀


技術者


官僚


を重点的に取り調べました。


その目的は情報収集、宣伝、思想教育、将来の対日工作でした。


瀬島ほどの人物なら、何度も説得や尋問を受けたと考えるのが自然です。


実際に協力したのか?


ここが最も議論になる点です。


現在まで公開されている資料では、瀬島が「KGBの正式な協力者」だったことを示す決定的証拠はありません。


一方で、


帰国が比較的早かったこと


東京裁判で証言したこと


戦後の日ソ関係で一定の役割を果たしたこと


などから、「ソ連と何らかの協力関係があったのではないか」という見方は昔から存在します。


しかし、現時点ではその疑惑を裏付ける一次史料は確認されておらず、歴史学上は断定できません。


この映画との共通点


映画で描かれる「SS隊員の摘発」は、ソ連の収容所で実際に行われた政治・情報活動を象徴しています。


一方、瀬島龍三のケースでは、ソ連が彼を重要人物として繰り返し尋問し、東京裁判の証人として利用したことは事実ですが、そのこと自体は「スパイだった」ことを意味しません。


戦後のソ連は、価値の高い捕虜から情報を得たり、裁判や対外宣伝に利用したりすることを重視していました。



 



したがって、『イン・トランジット』のSS隊員探索は、ソ連が捕虜を政治的・情報的にも管理していたという歴史的現実を反映していますが、恋愛や舞踏会、一夜を共にする場面は、その史実の上に人間ドラマを描くために大きく脚色された部分と考えるのが妥当でしょう。


映画としては「敵同士であっても個人として向き合えば理解が生まれる」というテーマを表現するために、史実よりも象徴性を優先した作品と言えます。



解説、ありがとうございました。瀬島龍三のスパイの証拠となる資料は今後出てくるでしょうか



どういたしまして。この問題は歴史研究でも現在なお議論が続いていますが、私の見解では、今後新たな資料が見つかる可能性はありますが、「瀬島龍三がソ連のスパイだった」と断定できる決定的証拠が現れる可能性はそれほど高くないと思われます。その理由を説明します。


 



① ロシアの公文書館は依然として


 閉ざされている


1991年にソ連が崩壊した直後には、多くの公文書館が一時的に公開されました。


その結果、


捕虜名簿


NKVD(内務人民委員部)の尋問記録


収容所関係資料


などが研究者の目に触れるようになりました。


しかし、2000年代以降は公開がかなり制限され、現在は安全保障や情報機関に関する資料へのアクセスは極めて難しくなっています。


仮に瀬島龍三に関する重要なファイルが存在していても、公開されない可能性が高いでしょう。


② 仮に資料が見つかっても、


 「スパイ」の定義が問題になる


「スパイ」という言葉には幅があります。


例えば、


尋問で質問に答えた


東京裁判で証言した


収容所内で他の捕虜の様子を報告した


帰国後も秘密裏に情報提供を続けた


これらは全く意味が異なります。


歴史学では最後のような継続的な秘密協力を裏付ける証拠があって初めて、「情報協力者」「エージェント」と評価されます。


一方、捕虜として取り調べに応じたり、証言したりしただけでは、それだけでスパイとは言えません。


③ 瀬島は極めて重要な人物だった


瀬島は旧日本陸軍の参謀であり、大本営勤務という非常に価値の高い情報源でした。


ソ連が軍事情報、満州での作戦、日本軍の内部事情について詳しく尋問したことは、まず間違いありません。


ですから、「ソ連が瀬島を徹底的に利用しようとした」ことと、「瀬島がソ連のスパイだった」ことは分けて考える必要があります。


この二つは必ずしも同義ではありません。


④ なぜ疑惑が消えないのか?


瀬島龍三への疑惑が今なお語られる理由は、いくつかの事実が重なっているためです。


シベリア抑留中に東京裁判の証人として出廷したこと


戦後、実業界で大きな成功を収めたこと


政財界との幅広い人脈を築いたこと


自身がシベリア時代について多くを語らなかったこと


この「説明されていない空白」が、人々の想像をかき立てています。


歴史では、こうした空白はしばしば陰謀論や憶測を生みやすくなります。


⑤ 今後、真相が明らかになる可能性


可能性があるとすれば、次のようなケースでしょう。


ロシアの公文書館が将来再び大規模公開される。


旧KGBやNKVDの未公開ファイルが公開される。


瀬島と接触したソ連側担当者の日記や回想録が見つかる。


関係者の私的な文書や書簡が新たに発見される。


歴史研究では、数十年後に新資料が見つかって通説が修正される例は珍しくありません。


現時点での評価


現時点で最も慎重で妥当な評価は、ソ連が瀬島龍三を重要人物として集中的に取り調べ、政治的・情報的に利用したことはほぼ確実。


東京裁判で証言したことも事実。


しかし、「ソ連のスパイだった」と断定できる一次史料は現在のところ確認されていない、というものです



 



歴史学では「証拠がないから無実」とも、「疑わしいから有罪」とも結論づけません。新たな一次史料が出れば評価は変わる可能性がありますが、現時点では断定を避けるのが最も学問的に誠実な立場だと言えるでしょう。



納得できました。ありがとうございました。



どういたしまして。この話題は、戦後日本史の中でも特に「史実」と「伝説」が入り混じりやすい分野です。


瀬島龍三については、戦後に大きな影響力を持った人物であったこともあり、「戦後日本を動かした黒幕」「ソ連のスパイだった」「CIAともつながっていた」など、さまざまな説が語られてきました。


しかし、歴史研究では「人物の大きさ」と「証拠の確実さ」は別問題です。どれほど影響力のあった人物であっても、一次資料による裏付けがなければ断定はできません。


一方で、近年の歴史学ではロシア、中国、アメリカなどの公文書の公開によって、戦後史の理解が少しずつ深まっています。


今後、新たな資料が公開されれば、瀬島龍三に限らず、シベリア抑留や東京裁判、日本とソ連の関係について新しい事実が明らかになる可能性は十分あります。


また映画『イン・トランジット』をご覧になって、このように「どこまでが史実で、どこからが創作か」という視点で考察されるのは、歴史映画を楽しむ上で非常に有意義な見方だと思います。


歴史映画は史実を忠実に再現することだけが目的ではなく、その時代の人間の葛藤や心理を描くことも大きな役割だからです。史実と脚色を切り分けながら鑑賞すると、作品への理解も一段と深まります。


こちらこそ、興味深いテーマをご紹介いただき、ありがとうございました。



 



死人に口なし! 今となっては瀬島龍三がソ連のために働くスパイだったかどうか?…誰も断定できません。。。



そうよねぇ〜。。。


でも、それを証拠立てる資料が出てくる可能性は高いです。まだ、隠されているはずです。


その可能性は高いわねぇ〜。。。とにかく、太平洋戦争中には200人以上のソ連スパイがアメリカ政府内に居たのだから。。。


それに、口外しないけれど、知っている人は知っているのですよ。。。日本はスパイ天国だから。。。


そう言えば、最近、日本にもスパイ防止法を発布したわねぇ〜。。。


日本の政治家や官僚にも瀬島龍三がソ連のスパイだったと思っていた人がいるのですよ。。。スパイ防止法ができたのも、その影響ですよ。。。



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【ジューンの独り言】



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ですってぇ~。。。


あなたは、どう思いますか?


瀬島龍三がソ連のスパイだったと思いますかァ〜?


ええっ。。。「そういう事は、どうでもいいから 他に面白い話をしろ!」


あなたは、そのような強い口調で わたしにご命令なさるのですかァ〜?


いけすかない おかたァ〜。。。


分かりましたわァ。


実は、デンマンさんはインスタで サンバやボサノヴァで踊る きれいで可愛い女の子たちを紹介しています。


ここに写真を貼り出すので 気に入った女の子の踊りを見てください。。。


 



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『拡大する』


『実際のページ』


 


写真をクリックすれば踊りを鑑賞できます。。。


音声が出てない場合は、動画の右下の「無声」マークをクリックすれば、解除されてミュージックを聴くことができます。


ええっ。。。 「そんなことはどうでもいいから、他にもっと楽しい話をしろ!」


あなたは、そのような命令口調で 更に あたくしに強要するのですかァ〜。。。


分かりました。。。、シルヴィーさんが出てくる面白い記事は他にも たくさんあります。。。


次の記事の中から面白そうなものを選んで読んでください。



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『サイバー戦争』


『エロくて、ごめんね』


『モバイル社会とガラケー』


『元老のアメリカ』


『ケネディ家の呪い』


『欧米を敵に回す』



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『ソフィアからこんにちわ』


『ドイツが原爆をロンドンに』


『いまだに謎』


『さらば大前研一』


『空飛ぶスパイ』


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とにかく、今日も一日楽しく愉快に


ネットサーフィンしましょう。


じゃあね。 バーィ。



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ィ~ハァ~♪~!


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町子さんとエスカルゴ


 


町子さんとエスカルゴ


 



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差出人: "domini@yahoo.co.jp"
受取人: "デンマンさん" green@infoseek.jp
日付: 2009/04/09 11:57 AM
(バンクーバー時間: 4月8日 水曜日 午後7時57分)



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件名:大長寺の桜


去年は真近で見る事ができませんでした。
今年は桜の洞くつ をくぐって  ゆっくりと…
突然の風に たくさんの花びらが、スキー場にいるように 白く降って来て
口を開けた、食べてやろうと。 (微笑)



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川っぺり(かわっぺり)に座り、3種類のゼリーフライを 味比べましたよ。
桜だけでは サミシイから 「だんごと酒」。 では無くゼリーフライ。



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おいしかったよー
初めてたべる 鳥正のゼリーフライ(人参とグリーンの野菜がたまに入ってる、)
豆腐屋のゼリーフライ(玉ねぎだか 長ねぎだか シャキシャキ感と甘さ)
いつもの かどやのゼリーフライ。
どこも 同じもので無く 個性的 
新しい所を食べられて 嬉しい日でした。
探すの大変だった MAPがバカだから。


3種類食べて 一息ついて 次を買いに行ったけど
やっぱ 見つからないー。
つかれた、 次回にいってみます。


帰り 母の所に寄って 次男坊のグチは言わなかったけど
「電車通学で朝が早い」
と頑張ってる様子だけ 伝えました。


デンマンさんがいたら 桜の下で お酒でも飲んで 
付き合わせたのだけど、一人でお花見してきました。


さっき 長男坊と保育園から戻った三男坊が お土産のゼリーフライを食べて、
「どこもおいしー」ですって。
ゼリーフライはソース味のおやつ ですね。 


 


小百合より



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Subj:う~♪~ん。。。小百合さんと一緒に


大長寺の桜の木の下で


花見をした気分になりました。


なんだか酔ってしまったようですよう!


ウイ~♪~。。。きゃはははは。。。



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Date: 09/04/2009 1:59:22 AM
Pacific Daylight Saving Time
(日本時間: 4月9日 木曜日 午後5時59分)
From: green@infoseek.jp
To: domini@yahoo.co.jp
CC: barclay1720@aol.com


小百合さんのメールを読みながら大長寺のそばの桜のトンネルがありありと見えてくるようでした。
う~♪~ん。。。そうだよね。あの桜を見ながらゼリーフライを食べたら、確かに一味も二味も違うよねぇ~。
冷めたら、本当にゾウリを食べてるような。。。マジでそんな気がしてくる“まずい”ゼリーフライだけれど、桜を見ながら熱々のゼリーフライが食べられたら最高に旨いと思うねぇ。



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ところで、これは小百合さんと僕だけしか分からないと思うけれど、二羽の白鳥を並んで眺めたあの場所の対岸には、昔、地元では“ドンツク”と言っていた日蓮宗系の神社のような、お寺のようなものがあったのですよう。
しかし、墓場はなかった。
その集会所にあつまって、団扇(うちわ)太鼓を叩いて6人から10人ぐらいが2列縦隊で勤行(ごんぎょう)しながら町を歩いてゆくのです。
“寒の入り”に、それが始まるのだけれど、その団扇太鼓の音を聞くと身震いがする。
そのくらいに寒い時期に、その勤行が始まるのですよ。



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夏は、灯篭(とうろう)流しをやるのです。
ちょうど小百合さんと一緒に白鳥を眺めた対岸で灯篭を流し始めるのですよう。
その“ドンツク”のお祭りが1年に4,5回あったと思うのだけれど。。。
必ず、屋台を引いて“ゼリーフライ(ゼニフライと呼んでいた)”を作る老人夫婦がやって来たものです。
今でも、はっきりと、その夫婦の顔を思い出すことができます。



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小学生の時には、そのゼニフライを食べるのが楽しみでしたよう!
一枚10円だったと思うのですよう。うしししし。。。
ソースをつけて食べたあの味が、懐かしく思い出されてきました。ウマ~♪~
小百合さんと一緒に「珈琲苑」で食べたゼリーフライが一番その味に近かったけれど、それ以上に旨い懐かしい味ですよう。


機会があったら、小百合さんに、ぜひその時の味を再現して僕がゼニフライを作ってみたいですね。
確かに、ゼリーフライはソースが決め手ですよう。
ソースで食べさせるようなものだよね。
エスカルゴと同じですよう。



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あのエスカルゴの缶詰を自分で買ってきて作った時のまずかった事!
あれ以来、僕は二度とエスカルゴを自分で作る気力がなくなりました。
カタツムリの水煮(みずに)なんて、まずくって食べられたものではないですよう!



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「クラウド・ナイン」はバンクーバーのシェラトン・ランドマークホテルの屋上にあるレストラン。
1時間に1回転する展望レストラン。
ゆっくりと、少なくとも1時間かけて食べながら360度のバンクーバーの景色が楽しめる。



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ロブソン・ストリートのクラウドナイン(Cloud Nine)のエスカルゴが、これまで食べたうちでは一番旨い!
あのガーリックソースは、どうしても自分では作れない!
小百合さんがバンクーバーにやってきたら、ぜひ一緒に食べたいと思っています。
ゼリーフライの少なくとも10倍旨いですよう!
あああぁ~。。。思い出すだけで、ヨダレが垂れてきたよう!んも~♪~


しかし、あの行田観光協会のフライマップは、本当に当てにならないよね。
全く、人騒がせなマップだよう!
本当にムカつきたくなるようなマップですう。うへへへへ。。。
もう、あのマップに、お世話になるようなことはないと思うけれど。。。


じゃあねぇ。


 



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デンマンさん。。。わたしも「クラウド・ナイン」でエスカルゴが食べたいわぁ~。それ程、おいしいおますのかぁ?



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マジで旨いですよう。他の店のエスカルゴが食べられなくなるほど旨いのですよう。ガーリックソースが抜群です。それをパンにつけて食べると、本当にほっぺたが落っこちそうになるのですよう。うしししし。。。


あらっ。。。マジでぇ~。。。?


そうなんですよう。。。町子さんとも、今度一緒に食べましょうね。


今から行きましょうか!?このマンションから回転ラウンジが見えますやんかぁ~。34階ですかぁ~?


たぶん、34階か、35階か、36階ですよう。でもねぇ~、この記事を書き終わるまでは出かけられませんよう。


じゃあ、なるべく短めにお願いしますわ。うふふふふ。。。急に、おなかがすいてきましたわ。


骨折した左足首は、もういいのですか?小百合さんも心配していましたよう。


もう、問題ありしませんわ。すっかり治りました。


骨そしょう症でなくても、女性は子供を産むから、子供にカルシウムを持っていかれるので骨が弱いのですかねぇ~?


そうかもしれへんわぁ。


僕の叔母も子供を立て続けに4人産んだら、カルシウムをずいぶんと持っていかれてしまったようで、40代で総入れ歯でしたよう。


あらっ。。。マジで。。。?デンマンさんの叔母さんってぇ。。。あのォ~、佳代ちゃんのお母さんですか?


そうですよう。


でも、どうして、立て続けに産んだのですか?


あのねぇ、僕のお袋が長女で叔母が一番末っ子なのですよう。かなり年が離れている。なにしろ、僕の外祖母は子供を13人産んだのですよう。そう言う訳で、僕と叔母とは6才しか年が離れていないのですよう。佳代ちゃんは僕の従妹なのだけれど、20才年が離れているのです。だから、僕の姪だと思われてしまって、佳代ちゃんが通っていたバンクーバーの高校の先生などは、未だに佳代ちゃんを僕の姪だと思い込んでいるのですよう。


デンマンさんが親代わりになって高校の父兄会に参加していたので、そう思ってしまったんでっしゃろなぁ~?


そうなのですよう。


それで、おばさんが立て続けに産んだ理由は。。。?


あのねぇ~、叔母にとって中学生の頃一番イヤだったのが授業参観日の日だったと言うのですよう。


どないして。。。?


叔母の母親。。。つまり、僕の外祖母がクラスにやって来ると、どのお母さんよりも年取っていて、まるで、おばあさんのように見えたと言うのですよう。


それで、叔母さんは自分の子供には、そのような思いをさせたくないと、結婚してからすぐに立て続けに産みはったのォ~?


そうなのですよう。


う~ん。。。確かに、中学生頃の女の子は気にするかもしれへん。分かるわぁ~。


ところでねぇ~、僕が生まれて間もない頃、お袋が僕を連れて実家へ帰ると、叔母は僕をおんぶしたくってしょうがなかったと言うのですよう。


 



もともと、自分の子供が欲しかったのかも…


今夜(2008年7月19日)は、午後10時に、珍しい事に鴻巣市に住む叔母から電話がかかってきました。
半年振りでした。
この叔母は僕のお袋の一番下の妹で、僕よりも6歳年上です。


親戚中で僕とは最も気の合う人物です。
その叔母も暑いと言ってましたよう。
35度と言ったのかな?


なぜか35度と言う数字がオツムに残っています。
零時10分まで、つまり、2時間10分話し込みました。


現在は行田市に編入されましたが
南河原村と言うのが僕の母親の実家があったところです。
もちろん、現在でも、同じところにあります。



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お袋が僕を産んで1年した頃、僕を連れて実家へ帰ると、
7歳の叔母がどうしても僕を“おんぶ”したいと言ったのだそうです。


お袋も、仕方なく“おんぶ”させたとか。。。
近所の人に見せたいと。。。
赤ん坊なのに“わかいし(若者)”のような顔をしている、と近所の人が言ったそうです。
そのような話をしていました。


もちろん、僕には記憶の無いことです。


行田女子高校に入学して初めて僕の家に来たときには、
僕を自転車の後ろに乗せて本町通りの川島本屋まで連れてゆきました。
そこで、スーパーマンか何かの消しゴムのついた鉛筆を買ってくれました。


叔母が16歳のときですから、僕は10歳。4年生ですよね。
まてよう。。。
違いますね。
僕は小学校に上がるか上がらない年頃でしたよう。
だったら、6つか7つの頃のはずです。


第一、小学校4年生ならば、スーパーマンの形の消しゴムがついている鉛筆などもらっても、うれしくも何とも無いはず。
それなのに覚えていると言うことは、小学校1年生の頃の事に違いないですよう。



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だとすると、叔母は中学1年生ですよう。
セーラー服を着ていたから、まず間違いありません。
自転車に乗って僕の家まで遊びに来たのでしょう!


とにかく、この叔母とは、それ以来よく出かけました。
日光に行ったり、上高地に行ったり。。。
そう言えば帝国ホテルで食事した事もありました。
よく喫茶店にも一緒に出かけましたよう。
もちろん、バンクーバーにもやって来ました。


大学生の頃は、とりわけ叔母と良く出かけました。
叔母はちょうど結婚前で、結婚する前に思いっきり羽を伸ばしておこうと言うつもりだったのでしょうね。
知らない人が見れば、僕と叔母は、まさに恋人同士のように見えたでしょうね。
叔母にしてみれば、安心して連れて行ける“ボーイフレンド”だったのでしょう。
ずいぶんとおごってもらいました。



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ある時、今でも忘れませんが、熊谷の駅の近くの“田園”と言う喫茶店に入りました。
その夜、テレビでアランドロンの主演する映画「太陽の季節」(もしかすると「太陽がいっぱい」)をぜひ見たいと言っていたのですよう。
叔母はアランドロンの熱烈なファンでした。
ところが、どう言う訳か、時間に間に合わなかった。


後で、僕のせいにされてしまったのですよう。
それ程見たければ、“これからテレビで映画を見なければならないから、もう出ようね。”
そう言えば良かったじゃないか!



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なぜか、この時の事を何度も聞かされたものです。
どうして、僕が責められるのか、未だに訳が分かりませんが。。。
僕のせいじゃないよう!


電話の声を聞く限り、喫茶店“田園”で話した頃と全く変わっていません。
その声には、今でも夢とロマンを感じます。


2時間10分。


20年以上時計がタイムスリップして
熊谷駅の近くの喫茶店“田園”でダベッた2時間10分でした。




『夢とロマンの軽井沢 (2008年7月19日)』より


 



叔母さんは末っ子だったので、デンマンさんを弟のように可愛がってはったんやろねぇ~?



町子さんもそう思いますか?小百合さんもそのような事を書いて寄越しましたよう。


 




投稿日時: 2008/07/14 04:21 (ロンドン時間)
日本時間: 7月14日 午後12時21分
バンクーバー時間: 7月13日 午後8時21分



(sayuri55.gif)


6歳上の叔母さん 
末っ子だったの?


そうです。そうです。。。
13人の末っ子です。
間が4人亡くなっています。



だから デンマンさんの
お姉さんになって いろいろ 買ってくれたり
連れて行って くれたり、お世話したかったのね。
デンマンさんは 幸せ。


確かにその通りですよう。
僕は、この叔母には甘えっぱなしです。


この叔母は、ずいぶんと苦労しましたよう。
夫は高校の英語の先生でした。
でも、高校を辞めて、運送会社を起こそうとしたのです。
夫の実家が運送会社をしていたからでしょう。
でも、それはうまくは行かなかった。


それで、本屋を始めたのですよう。
でも、これもうまくは行かなかった。
本屋のチェーン店ができたり、
アマゾンが日本に進出したりで、
個人本屋はやってゆけなくなった。
結局、借金がかさんで、家も土地も銀行に取られてしまいましたよう。


この叔父は診断ミス・診療ミスで亡くなってしまったのです。
この時のことを叔母からの手紙を基にして書きました。
時間があったら次のリンクをクリックして読んでみてください。



(nurse3.jpg)


■ 『診断ミス・診療ミスによる死亡例』


固有名詞は仮名にしてありますが、内容はそのままです。
叔母の手紙も、名前は仮名ですが、そのまま書きました。




(phone02.gif)


2時間10分の国際電話。
電話ではあっという間に時間が流れ、
喫茶店の思い出まで 連れてきてくれて
声って不思議ですね。
鼻や耳で記憶を フッ っと呼び戻す時って
一瞬で はやい。


うん、うん、うん。。。
そうです。そうですよう。。。


ずいぶんと叔母は苦労しましたが、
“夢とロマン”をこの叔母は、今でも持っています。
それを必ず僕とは話しますね。
叔母とは1歳の時から長い長い付き合いになりました。




『夢とロマンの軽井沢 (2008年7月19日)』より


 



デンマンさんの叔母さんも苦労しやはったんやねぇ~?



そうなのですよう。考えてみたら、僕は叔母には甘えっぱなしだったですね。小百合さんも書いているけれど、全くその通りだったですよう。


 



だから デンマンさんの
お姉さんになって いろいろ 買ってくれたり
連れて行って くれたり、お世話したかったのね。
デンマンさんは 幸せ。


 



でもねぇ、心残りは、恩返しするつもりが、大事なときに恩返しができずに、叔母と叔父の借金がかさんで、家も土地も銀行に取られてしまったのですよう。



それほど大きな借金だったのですか?


そうなのですよう。ちょうどバブルの時期で、銀行もお金を貸したくって仕方が無い。だから、叔母も叔父も深く考えないで大金を借りてしまった。でも、バブルが崩壊したら、銀行の態度も手の平を返すように変わってしまって、結局、家も土地も銀行に取られてしまいましたよう。


それで、叔父さんは診断ミス・診療ミスで亡くなってしまったのォ~?


そうなのですよう。運が悪いと言ってしまえばそれまでだけれど、運の無い人ってそういうものなんですよね。叔父の人生は、波乱に富んでいたけれど、結局、“嗚呼、無情!”という人生でしたよう。


。。。で、話は変わりますけれど、デンマンさんも佐野の山の家に行ったのォ~?


行きましたよう。


田舎だったでしょう?


そうなのですよう。僕は、町子さんから聞いていたからビックリしなかったけれど、何も知らずに行ったら、腰を抜かさないまでも、山奥に来てしまったと思って、熊が出てくるのではないか?とビビッてしまうでしょうねぇ。うへへへへ。。。


露天風呂にも入ったのォ~?


入ったのですよう。町子さんの時には、初代の露天風呂だったでしょう?


初代ってぇ~。。。?


僕の時には使えなくなった風呂桶がサンデッキの片隅に置いてあって、新しい風呂桶だったのですよう。古いのを見て、町子さんが入ったのはこれに違いないと思いましたよう。


そうですねん。わたしの時には風呂桶は一つしかありませんでしたわ。


それで、覗き魔がやって来ませんでしたか?


あんな山奥に、覗きに来る物好きは居ませんわよう。うふふふふ。。。


僕は軽井沢の別荘にも行ったのですよう。


あらっ。。。小百合さんは軽井沢に別荘を買ったのォ~?


そうなのですよう。田中角栄が持っていたという別荘も見てきましたよう。


すごいのですか?


大きな敷地に、玄関まで門からかなりあって、別荘の一部しか見えませんでしたよう。


小百合さんの別荘も角さんの別荘のすぐそばなの?


いや、同じ旧軽井沢でも、少し離れていて、小百合さんの別荘は管理し易いようにと一戸建てではなくマンションですよう。


あら、そうなの?さっちゃんはステータスシンボルが欲しくなったのかしら?


実は、僕も、初めそう思ったのだけれど、話を聞くと、子供の頃から軽井沢に夢とロマンを持っていたようです。


 



小百合さんの聖地



(karuhap2.jpg)


軽井沢は ずーっと 願いだったから、


分かっていますよう。
軽井沢は、小百合さんにとって子供の頃からの“聖地”ですからね。
ついに、一生に一度の“巡礼”を実現したようなものですよう。



(gyaha.gif)


小百合さんも、実は、“夢とロマンの人”なのですよう!


 




(deerlak3.jpg)


でもバンクーバーは 私と子供のふる里で
夏の間 子育てをのんびりできた ふる里ですよ
時がたっても  忘れられない場所になりました。
あの家に着いた日 「ただいま~」っと大声で入る
夏のスタートでした。



(house23.jpg)


そうでしょう。。。そうでしょう。。。!


■ 『本音と小百合さん』
    (2008年1月11日)


小百合さんも上の記事の中で書いていましたからね。。。
“13年間、私の心の支えでした”と。。。



軽井沢は13年間 持ち続けて いけるかな~
どうかな?


 


とにかく、小百合さんは夢とロマンを実現させたのだから、充分に、人生で意味のあることを成し遂げたのですよう!


小百合さんが夢とロマンを実現する様子を、僕は遠くからじっくりと見させてもらったのです。
ちょうど、その時期に小百合さんと再会したと言うことに、僕は運命的なものを感じるのですよう!
そのこともあって、僕はなぜか小百合さんに“ハマッテ”いるのですよう!
うしししし。。。



(foolw.gif)


実は、小百合さんは“夢とロマンの人”ばかりじゃなく、“女っぽい女”でもあるのです。




(sayuri55.gif)


デンマンさんは、私がレンゲさんのような


ロマンチックな女だと期待しているようですが、


私は、そのような女っぽい女ではないのですゥ。


主人も私のことを「中性脂肪」だと言います。


小百合さんは、このように言うけれど、小百合さんにも旦那にも
小百合さんの中に“女っぽい女”が見えない。


なぜ?


次のような事を言う人が居るのです。



人は、接する相手によって意識、無意識的に言動も人格像も
微妙に(あるいは大きく)変わるし、
本質的な欠損や美点は案外自分には分からず、他人にしか見えない。


でもそれが、人がこの世で生きていると言うことだ。
「自分の事は自分が一番良く分かる」というのは、
たしかに一半の真理だが、一半でしかない。
残りの半分は、むしろ本人にはわかり得ないものだ。




夏目房之介・著書『孫が読む漱石』
(255ページの終わりから256ページにかけて)


 


そうですよう!その通りです!
小百合さんにも見えない、旦那にも見えない“女っぽい女”を、このデンマンは、小百合さんの中にしっかりと見ているのですよう!



。。。で、どう言う所が女っぽいの?


例えば、次のようなところです。




(sayuri2.gif)


前略


かなり急いでやって来たので


なんとなく急(せ)いてます。


まだ、小旅行の途中ですが、


小切手同封します。



アレぇ~~


ちょっと慌てたのでついてしまいました。


上のシミ、何だか分かりますか?


ゼリーフライのソースです。


うふふふふ。。。


食べながら書いているのが


バレてしまいましたね。


代わりの便箋がないので


この便箋で送りますよう。


急ぎます。


駆け足。。。駆け足。。。


どこの郵便局から送ったか?


分かりますか?


分かりますよね?


うふふふふ。。。


早々


小百合より。


5月1日




『メルヘンの夢とロマン』より
 (2008年5月10日)


(kitty2.jpg+shimi5.gif)


 


こういうところは小百合さんのとっても“女っぽい女”であり、“かわゆい女”なのですよう。


小百合さんにも、僕との投稿のやり取りを通して、少しづつ見えてきたと思うのですよ。


でしょう?



(gyaha.gif)



いつか レンゲさんのように 遊びに行きます。


1ヶ月ぐらい 滞在して たくさん お土産買って


デンマンさんを 振り回して やりますよ。


三男坊は 1歳の時で 覚えてないそうです、


だから あの子が 小学校に入って夏休みの


長い間に 行きます。


うん、うん、うん。。。
小百合さんとバンクーバーで会うことを考えると、わくわくして来ますよね。


 



(smilejp.gif)



(2ndbeach.jpg)



(ebay5.jpg)


 


その時には、セカンド・ビーチ(上の写真)の遊歩道を散歩してイングリッシュベイの青空喫茶(すぐ上の写真)でコーヒーを飲みながらベーグルを食べましょうね。



(coffee3.gif)



(bagelsour.jpg)


じゃあねぇ~。


デンマン



(byebye.gif)




投稿日時: 2008/07/14 09:41 (ロンドン時間)
日本時間: 7月14日 午後5時41分
バンクーバー時間: 7月14日 午前1時41分




『夢とロマンの軽井沢 (2008年7月19日)』より


 



小百合さんはホンマにバンクーバーに来ますやろか?



この記事を読んだら、「クラウド・ナイン」でエスカルゴが食べたくなるから、きっと来ますよう。


ほな、わたしも、待ちきれへんわぁ~。。。この続きは「クラウド・ナイン」でエスカルゴが食べてから。。。さあ、行きましょう。うふふふふ。。。




初出: 2009年4月15日



【卑弥子の独り言】



(himiko22.gif)


ですってぇ~。。。
あたくしも「クラウド・ナイン」でエスカルゴが無性に食べたくなりましたわぁ~。



2007年のクリスマスから2008年のお正月にかけて、あたくしもバンクーバーに行ったのでござ~♪~ますわ。
でも、デンマンさんは連れて行ってくれませんでした。
なんだか差別されているように感じるのでござ~♪~ますわ。


絶対に忘れないようにメモしておきますう。



眺めがよさそうですわよねぇ~。素敵なレストランですわア。
あたくしもデンマンさんとご一緒にロマンチックな気分でエスカルゴをいただこうと思いますう。
ほっぺたが落ちそうになるほどおいしいのって、どれほどおいしいのでござ~♪~ましょうか?
ああぁ~。。。待ちきれませんわア。


とにかく、まだ興味深いお話が続きますう。
どうか、あなたも、またあさって読みに戻ってきてくださいね。
では、またねぇ。。。



(hand.gif)



(surfin2.gif)


ィ~ハァ~♪~!


メチャ面白い、


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(chiwawa5.gif)


こんにちは。ジューンです。


わたしはデンマンさんとご一緒に


「クラウド・ナイン」でエスカルゴを食べたことがありますわ。


メインコースの前に出てくるオードブルです。


その時のメインコースは


仔牛のとっても柔らかいお肉でした。



(din005.jpg)


そしてデザートはハイセンスなフランス風のデザート。


その名もクレームエペスです。



(din001.jpg)


クレームエペスと言うのは、


フランス・ノルマンディー地方の生クリームの一種です。


乳酸発酵させた爽やかな酸味と芳醇なコクが特徴です。


クリーミーなヨーグルトといった感じの味わいですよ。


エペス(epaisse)とはフランス語で


「厚い」とか「濃い」という意味です。


でも、そういう重い感じではなく、


どことなく懐かしいキュートなテイストですよ。


しかも、フレッシュな巨峰との相性が抜群です。


とても美味しかったです。



(vienna2.jpg)


ところで、卑弥子さんにもちょっと信じがたいような


恋物語がありますわ。


関心があったらぜひ次のリンクをクリックして


じっくりと読んでみてくださいね。


■ 『平助さんが卑弥子さんに恋をしたのがウンのつき』
  (2005年5月3日)


では、今日も一日楽しく愉快に


ネットサーフィンしましょうね。


じゃあね。



(cheesecake6.jpg)



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