2026年6月30日火曜日

ジュンガル


 


ジュンガル


 



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ケイトー、今日は『津軽じょんがら節』の話をするわけぇ~?



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シルヴィーも、上の予告編を観て興味を持ったァ~?


なんだか、ワクワクするような映画じゃない。。。 でも、タイトルにはジュンガルと書いてあるじゃない!? どういうこと。。。?


あのねぇ~、実はバンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。


 



遊牧民の時代の終わり


 



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『拡大する』


 


東アジアでは17世紀中ごろ、清朝が中国全土の主となりました。
一方草原地帯では、ジュンガルという遊牧国家が拡大を続けていました。


2000年にわたり続いてきた農耕民と騎馬遊牧民の戦いは、いよいよ最後の局面を迎えることになります。


清が銃や大砲を備えた歩兵の大軍で侵攻してきたのに対し、遊牧民であるジュンガルも、火気を用いて迎え討ちました。


しかし、火力の戦いは物量で決まります。
数億の人口を背景とした清に対抗する術はなく、ジュンガルは18世紀中ごろに滅び去りました。


ユーラシアを疾駆した遊牧民の時代は、こうして幕を閉じました。
しかし、このときにはすでに世界史の表舞台は内陸を離れ、海へと移っていたのでした。


 


(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




84ページ 『学びなおすと世界史はおもしろい』
著者: 太田竜一
2015年8月25日 初版発行
発行所: ベレ出版


 



『津軽じょんがら節』とは全く関係ないじゃない? それとも、何か関係があるわけぇ~?



何か関係があるんじゃないか? 「ジュンガル」という遊牧国家の名前を聞いたときに僕はそう思ったのですよ。。。


でも、そもそも、どういうわけでこの国を取り上げる気になったわけぇ~?


あのねぇ~、僕は世界史には、かなりの関心があるのですよ。。。 自分では「世界史オタク」だと思っている。。。


その事と「ジュンガル」が、特に関係があるのォ~?


上の本をすべて読んで、その中で自分の知らない国名や出来事は出てこなかったのですよ。。。 ただ一つを除いては。。。


その唯一つが「ジュンガル」だというわけぇ~?


そうです。。。 たぶん他の別名で知っているのではないか? そう思って『ウェキペディア』を調べたら、次のように書いてある。


 



ジュンガル


 



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    ジュンガル盆地


 


ジュンガル(準噶爾)は、17世紀から18世紀にかけて現在のジュンガル盆地を中心とする地域に遊牧民オイラトが築き上げた遊牧帝国、およびその中心となったオイラトの一部族。


オイラト部族連合に属し、一時期はオイラトの盟主となって一大遊牧帝国を築き上げた。
ジュンガル帝国の滅亡後、このような遊牧帝国が2度と生まれなかったため、最後の遊牧帝国とも呼ばれる。


 


名称


「ジュンガル」、「ジューンガル」とはモンゴル語で「左手、左翼」を意味するジェギュン・ガル (jegun-γar) からきている。
伝統的な遊牧国家は南面して中央、右翼(baraγun-γar、西方)、左翼(jegun-γar、東方)の三部構造をとっており、オイラトのドルベト (オイラト)(モンゴル語版、ロシア語版、中国語版、英語版)部政権において左翼(東方)を担っていた者たちが「ジュンガル」と呼ばれるようになった。


 


汗国という名称


ソ連のズラートキン(ロシア語版)(露: И.Я.Златкин)が著した『ジュンガル・ハン国史』(露: История Джунгарского ханства、1964年)を始めとして、ジュンガルの国をハン国(汗国)あるいはハーン国とする例が多いが、これは誤りである。


そもそもジュンガルの部族長の称号は「ホンタイジ」であり、「ハーン」ではない。
例外としてガルダン・ハーンのみが「ハーン」号を帯びているが、ジュンガルで「ハーン」号を使用したのは彼が最初で最後であり、他はすべて「ホンタイジ」号を採用している。


 


起源


エムチ・ガワンシャラブの『四オイラト史(ロシア語版)』(1737年)において、「ドルベト、ジューンガルの一族は天から出た。管(チョルゴ)状の樹の下に幼児がおり、その樹液を吸って育ったので、その子孫をチョロースという」とあり、ウイグルの誕生説話に類似していることから、ウイグルの後裔と考えられるが、その住地から考察してナイマン部族の後裔と推測される。


ジュンガルの系譜によると、15世紀にモンゴル高原の覇権を握ったオイラトのトゴン・タイシ、エセン・ハーンの後裔とされる。


 


ジュンガルの登場


1619年頃、モンゴルのハルハ部のアルタン・ハーンのウバシ・ホンタイジ(英語版)はロシア皇帝(ツァーリ。当時はミハイル・ロマノフ)に使節を送り、「カルムィクのカラクラ・タイシャがモンゴルとロシアの間にいて、使節の往来を妨げているので、カラクラ・タイシャの部族を両方から挟撃しましょう」と申し出た。


この「カルムィク」というのはテュルク語で「留まった者たち」を意味する「カルマーク (qalmāk)」がロシア側で訛った言い方であり、イスラム教に改宗しなかった「オイラト」を指す。
「カラクラ・タイシャ」というのはジュンガルの始祖である「ハラフラ(英語版)」を指す。


アルタン・ハーンの申し出はモスクワ当局によって却下されたが、1620年頃に攻めてきたオイラトのトルグート部,ジュンガル部をアルタン・ハーン自身で撃退した。
この時、ジュンガル部長であったハラフラは妻子を奪われ、他のオイラト諸部とともにシベリアのロシア領内に逃げ込んだ。


1623年、四オイラト(英語版)連合軍はハルハ部のアルタン・ハーンであるウバシ・ホンタイジを殺し、モンゴルの宗主権から脱した。
このことはオイラト語の英雄叙事詩『ウバシ・ホンタイジ伝』でも詠われている。


 


バートル・ホンタイジ


1636年、オイラトのホシュート部長トゥルバイフはチベット仏教ゲルク派の要請に応じて、青海に割拠するカルマ派のチョクト・ホンタイジを討伐した。


翌年、チョクト・ホンタイジを殲滅したトゥルバイフはダライ・ラマ5世から「持教法王」の称号を授かり、グーシ・ノミーン・ハーン(国師法王)となると、青海遠征に同行したジュンガル部長ホトゴチンに「バートル・ホンタイジ」の称号を授けて中央アジアのオイラトを任せるとともに、自らはチベットを統一してチベット王の位に就いた(1642年)。


中央アジアのオイラト諸部の盟主となったバートル・ホンタイジは、ロシアと盛んに使節を交わし、交易をおこなったため、ロシア史料に頻繁に登場することとなった。


 


ガルダン・ハーン


1653年、バートル・ホンタイジが亡くなると、息子のセンゲ(英語版)が領民の半分を相続して後継者となった。
しかし、センゲの異母兄たちはこれを恨んで相続争いを起こし、1670年にセンゲを殺害した。
時にセンゲの弟であるガルダンは13歳のころからチベットに留学していたが、10年の留学の末に帰国すると、兄の仇を討ってジュンガル部長となった。
1671年、ダライ・ラマ5世はジュンガル部を平定したガルダンに「ホンタイジ」の称号を授けた。


1675年、ガルダンは舅でホシュート部長であるオチルト・ハーン(中国語版、ロシア語版、英語版)と衝突し、翌年オチルト・ハーンを捕虜とした。
これにより、それまでオイラト部族連合の盟主であったホシュート部に代わり、ジュンガル部がオイラト部族連合の盟主となった。
ダライ・ラマ5世はガルダンに「持教受命王」の称号を授け、ゲルク派の擁護者として全オイラトのハーンに認定した。しかし、ジュンガル部でハーン位に就いたのは彼が最初で最後である。


1678年、ガルダン・ボショクト(受命)・ハーンはハミとトルファンを征服し、1680年にはカシュガル、ヤルカンド、ホータンといったオアシス都市を征服してタリム盆地を支配するモグーリスタンのハーンと黒山党(カラ・タグルク、イスハーキーヤ)のホージャをイリに幽閉した。


ガルダンは黒山党と対立する白山党(アク・タグルク、アーファーキーヤ)のホージャをヤルカンドに据えて毎年莫大な貢納を取り立てた。
こうしてタリム盆地を支配する一方、1681年以降西方遠征にも着手し、カザフ草原のカザフ人やキルギス人を攻撃した。
1684年にはタシュケントとサイラムを占領し、1685年にはアンディジャンに遠征した。


 


清との戦争


1688年、ガルダン・ハーンは東モンゴリア(外モンゴル)のハルハ部に侵攻を開始する。
ハルハ部の内紛に乗じてガルダンの弟を殺したハルハ左翼部のトシェート・ハーンを討つべく、モンゴル高原に侵攻した。
ガルダンは迎え撃つトシェート・ハーンを破り、仏教寺院エルデニ・ジョーと左翼のチェチェン・ハーンを攻撃、その地を略奪した。


トシェート・ハーンと弟のジェブツンダンバ・ホトクト1世は南の内モンゴルへ逃れ、清の康熙帝に庇護を求めた。
ガルダンは2人の引き渡しを要求したが、清が応じなかったため、遂に清と衝突することとなった。


ガルダンは南へ進軍中の1690年9月、北京北方300キロのウラーン・ブトン(ウラン・ブトン、ウランプトゥン、遼寧省赤峰市)で清軍と衝突する(ウラーン・ブトンの戦い)。
ジュンガル軍はロシア製の大砲を装備していたが決着がつかず、ガルダンは漠北へ退いた。


1693年にはハミのダルハン・ベク、アブド・アッラーらはジュンガルの搾取を嫌い、清に接近した。


またハルハ部のトシェート・ハーンらが康熙帝に臣従を誓ったため、モンゴル族すべてが清の支配下に入ることとなり、ハルハ部の故地を奪還するという大義名分を得た康熙帝は1696年、ジュンガル親征を開始し、ガルダンをジョーン・モド(チャオモード、昭莫多)で破った。


敗走したガルダンは1697年4月4日にアルタイ山脈北のコプトで病死した。
ガルダンの息子タンチラはハミに亡命したがアブド・アッラーによって捕らえられ、清に渡され、翌年ハミ地区は清の版図となった。




出典: 「ジュンガル」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 



遊牧民オイラトというのは聞いたことがある。。。 確か、司馬遼太郎の西域の話の中に出てきたと思う。。。 でも、「ジュンガル」という言葉は記憶から完全に抜け落ちていたのですよ。。。



それで、この「ジュンガル遊牧国家」と『津軽じょんがら節』が関係あると思った理由はどういうことよ?


あのねぇ~、かつて僕は次の記事を書いたのですよ。。。


 




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聖徳太子の一族に


ペルシャ人が居たの?


 


ここで考えなければならないことは、これらの高度の文化を、一体、大和朝廷の誰が受容できたのであろうか?と言うことです。
語学の素養もない、外国文化に触れたこともない一般の官吏ではまず無理です。
つまり、これらの高度の文化を受け入れることができるのは語学の素養もあり、外国文化に触れたこともある東漢人(やまとのあやひと)や今来漢人(いまきのあやひと)などの渡来人です。


この人たちを掌握していたのは一体誰か?
蘇我氏です。
従って、蘇我氏の中にもまた語学の素養があり、外国文化に明るい人たちがたくさん居ないと、彼らを掌握し切れません。
このことからも、蘇我氏が渡来系の氏族であったということがよく分かります。


上に述べたような理由で蘇我氏のもとには渡来人がたくさん集まってきます。
渡来人の中には、もちろんペルシャ人も居ました。
当然のことながら、蘇我氏を頼って行ったでしょう。


ここで、前のページからの本題に入ります。
聖徳太子の母親はペルシャ人だったのか?


 



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当時ペルシャ人をハシ人と呼び、波斯人と書きました。
太子の個人教授の一人である覚袈(かくか)がペルシャ系の人ではないかという推測は、太子の母が穴穂部間人(あなほべのはしひと)と書かれている事と、大いに関係があります。
間人(はしひと)とは波斯人(はしひと)でペルシャ人のことではないか!と、言うわけです。


太子が赤い髪の毛をしていたと言う伝承があります。
この伝承に真実が隠されているのではないか?
もしそうだとするなら、太子の母親がペルシャ人であると言う事も決して荒唐無稽な事ではありません。


 



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聖徳太子の父は用明天皇、母は蘇我稲目の孫娘です。
この稲目の父は高麗(こま)で、高句麗からやってきたのですが、実はこの人がペルシャのサカ族の出身だと言う研究家も居ます。


しかし、そんな遠いところにペルシャ人を持ってゆかなくてもよいのです。
私はその説よりも、むしろ穴穂部間人の母親、つまり小姉君(おあねぎみ)がペルシャ人の血を受け継いでいるのではないか、とみています。


もし当時、ペルシャ人が日本へやってきて、どの一族を頼りにするかといえば、当然、飛ぶ鳥を落とす勢いの蘇我氏の元を訪れたことでしょう。
その頃、渡来人を掌握していたのが蘇我氏だからです。
ペルシャ人の中には、蘇我氏との絆を確固なものにするために、蘇我稲目に娘を側室として差し出す親も現れたでしょう。
そのようにして穴穂部間人が生まれた、と考えるわけです。


小姉君の父はたしかに稲目なのですが、母親の出自について日本書紀は沈黙しています。
なぜ沈黙する必要があるのか?
その答えを出すには誰が日本書紀を書いたかが分かれば簡単です。


天武天皇の息子の舎人親王が編集長だったと言うように書かれていますが、彼はむしろ発行人であり、実際に編集に当たっていたのは藤原不比等です。
藤原氏は、元、中臣氏ということで、日本古来の氏族となっていますが、不比等のおじいさんの御食子(みけこ)は百済からやって来ました。
従って、自分たちが「よそ者」であるということを書きたくなっかたように、穴穂部間人の出自についても沈黙していたのです。


では、なぜ、不比等は自分の名前を編集長として書紀に書かなかったのか?
それには、これまた事情があります。
そのことについてはこのページ (『壬申の乱』は天智帝暗殺で始まった) で説明しています。


しかし、この説を採ると、飛び越えねばならないハードルがあります。
どういうことかというと、実は、小姉君の母親が物部氏出身と思える節があるのです。


というのは、当時の皇子・皇女は一定の年齢まで母方の実家で養育されるのが普通でした。
そして育った土地の名前をつける慣習がありました。
飛鳥で育った大王の娘なら飛鳥皇女と呼ばれるわけです。


すると穴穂部間人皇女の穴穂も地名に由来することになります。
大和周辺に穴穂の地名は河内と奈良の石上にあります。
皇女がどちらで育ったか分りませんが、どちらも物部氏の領地なのです。


つまり小姉君は蘇我稲目の娘であると同時に、物部氏の娘でもあったのです。
しかも穴穂部間人皇女は物部の土地で成長しました。


しかし、ご存知のように、仏教をめぐって蘇我氏と物部氏は対立し、それまでの史上最大の戦闘を繰り広げました。
したがって、このようなことがあり得るだろうかと、あなたは疑問に思うかもしれません。


ところが、それ以前、朝廷で権力を握っていた大伴氏を退けるため、蘇我氏と物部氏は手を握り合ったことがあります。
どういうことかというと、小姉君は、蘇我氏と物部氏が宮中で勢力を伸ばす方策として、互いに婚姻関係を結んでいた当時の産物ということになります。
「友情の証」として、蘇我稲目かあるいは彼の父親の高麗が自分の側室の中から美しいペルシャ人の娘を物部の氏の長者に与えたのでしょう。


このようなことは、この当時よくあることでした。
軽皇子(後の孝徳天皇)が小足姫(おたらしひめ)を中臣鎌足(藤原鎌足)に与えたのもこのような例です。
このことについては、このページ (藤原鎌足と軽皇子) で述べています。


そのお返しに、今度は、物部氏がペルシャ人の女性から生まれた娘を蘇我稲目の側室として与えたわけです。
その娘から生まれたのが小姉君だというわけです。


したがって、小姉君の体内にはペルシャ人の血が4分の1流れていたわけです。
彼女の娘が穴穂部間人皇女です。
確証があるわけではありませんが、これが事実とするならば、聖徳太子には、16分の1のペルシャ人の血が流れていたことになります。
太子が赤い髪の毛をしていたという伝承は、このことによって説明がつきます。


また、後に推古天皇を生む堅塩媛(きたしひめ)と小姉君の間の確執も、このことによっていっそう良く理解することができます。
つまり、この腹違いの姉妹は共に欽明天皇の後宮に入ります。


ところが、若くてきれいな小姉君へと天皇の愛は傾いてゆきます。
それも分かるような気がします。
エキゾチックなペルシャ人の血を引いている小姉君は、天皇の目には、さぞかし魅惑的に映ったことでしょう。


しかし、堅塩媛(きたしひめ)にしてみれば我慢のならないことです。
このようなことを身近に見て来た娘の豊御食炊屋姫(とよみけかしきやひめ)も、当然、この混血児の叔母のことを良く思うはずがありません。
母親からずいぶんとグチをきかされたことでしょう。
この豊御食炊屋姫が推古帝です。


推古天皇は、後年、この小姉君の血を引き継いでいる皇子(聖徳太子も含めて)が天皇になることを極力避けようとしています。
推古帝の身になってみると、2重の意味でこのような皇子を排除したかったでしょう。
先ず「よそ者」の血が流れているということ。


しかも、この混血児の叔母のために、自分の母親がつらい目にあってきたということ。
このように考えてゆくと、つまり小姉君にペルシャ人の血が流れているとすれば、このあたりの事情が非常にすっきりと説明できます。


しかし、これだけに止まりません。
なぜ、聖徳太子は厩戸王子と呼ばれたのか?


母親の穴穂部間人皇女が宮中を見回るうちに、馬屋の前で産気づき、そこで出産したからという逸話が日本書紀などに見られます。
これはキリストの生誕を彷佛とさせます。
しかし、納得ゆくような説明が見当たりません。


ここで、聖徳太子の母親にペルシャ人の血が混じっていたこと、また彼女の回りにペルシャ人を含めて、多くの渡来人が居たことを考えると、このことも、非常にうまく説明がつきます。
では、次のページでもっと詳しくこのことを見て行こうと思います。




『聖徳太子の家庭教師』より
(2008年7月15日)


 



つまり、聖徳太子の一族にペルシャ人が居たので、キリストの伝説を知っていた。。。 それで聖徳太子は厩戸王子と呼ばれるようになった、というわけねぇ~。。。



そういうわけです。。。


でも、その事と「ジュンガル」がどのように関係しているというわけぇ~?


「ジュンガル遊牧国家」が清によって滅ぼされたので、その難民が中国の北方地方を経由して日本に流れてきたのですよ。。。 ベトナム難民が日本へやって来たこともあるので、可能性がないわけではない。。。


 



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ベトナムから難民がやって来たのだから、清に敗れた「ジュンガル遊牧国家」から難民が日本へ逃れてきても可笑しくないわねぇ~。。。 それで。。。?



つまり、清に滅ぼされた「ジュンガル遊牧国家」の難民の一部は中国の北方の草原の道を通って最終的に津軽に到着したのです。。。


 



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要するに、『津軽じょんがら節』は、もともと清に滅ぼされた「ジュンガル遊牧国家」の難民の哀愁の歌が基になっている。。。 それで なまって「津軽ジュンガル節」が「津軽じょんがら節」になったというわけねぇ~。。。?



そういうことですよ!


。。。で、日本の学界ではケイトーの説は認められたわけぇ~?


もちろん、認められてません。。。


事実はどうなのよ。。。?


かつて、『津軽じょんがら節』の事で僕が記事を書いたので読んでください。。。


 



“たかが音楽、されど音楽、


 それ以上でも以下でもない。”


 


津軽じょんがら節は津軽民謡の代名詞のようなものですが、
元は新潟・十日町市の「新保広大寺」という唄だと言われています。


これは広大寺の和尚・白岩亮端の時代に起きた農地の耕作権をめぐる土地争いが原因で、
広大寺の和尚を追い出すために歌った「悪口唄」でした。


それが越後で大流行し、やがて越後瞽女(ごぜ)のレパートリーとなります。
これが全国に流行するのですが、それが津軽化したものが「じょんがら節」です。


津軽でも民衆の心に長く記憶される事件が起こりました。
慶長2(1597)年、南津軽郡浅瀬石城主・千徳政氏が、大浦為信に滅ぼされたのです。


しかし、政氏の死後も為信は追討をやめず、ついに政氏の墓まで暴こうとします。


 



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その戦いで炎上した千徳氏の菩提寺・神宗寺の僧・常椽(じょうえん)は、
それを抗議する意味をこめて本尊を背負って、
上川原に身を投げたと言います。
すさまじい話なんですよね。
こうした悲劇を歌った口説節が、じょんがら節であると言います。


つまり、民衆の中から沸き起こった歌なんですよね。
11代にわたって津軽の東の山根に繁栄した千徳家が滅亡。
落城とともに神社・仏閣がすべて焼き払われる。


この時千徳家代々の菩提寺である神宗寺に奉仕していた常椽和尚が、
先祖代々の位牌を背負って逃げた。


ところが、捕らえられそうになったので
白岩の断崖から浅瀬石川(上川原)に身を投じて一生を終えたのです。


年を経た夏に、川原で遊んでいた子供達が常椽和尚の変わり果てた遺体を砂の中にみつけ、
村人が相談して墓をつくり、ねんごろに弔ったと言われています。


その後、その場所を常椽川原(じょうえんがわら)と呼ぶようになったそうです。
それから毎年、お盆には常椽川原に集まり供養をし、
代々の城主をはじめ先祖の霊を慰め、
常椽和尚を偲ぶために即興で歌われたのが「津軽じょんがら節」の始まりだと言われています。


常椽川原もいつしか上川原(じょうがわら)となり、更には「じょんがら」と言われるようになったわけです。


つまり、“民衆の創造性”から生まれた唄というものは、
もともとのクラシックのようにorder-madeではなかったのですよね。


民衆の中から沸き起こった歌。
血と汗と涙。。。
そのような苦労の中で民衆の口により歌い継がれて現在の我々にまで知られるようになった。


現在の僕が、あれだけハマッタ“乙女の祈り”を聞いてもジーンとこないのに、
“津軽じょんがら節”を津軽三味線で聴く時、僕の魂はゆさぶられる。
それは、やはり、この唄が血と汗と涙の中で民衆によって受け継がれてきたからではないのか?


芸能プロダクションがミーハーの歌手を育てて広めたわけでもない。
そうやって金儲けをするために歌われてきたわけではない。


テレビやラジオで宣伝して広めたわけでもない。
演奏会や、音楽会を開いて広めたわけでもない。
紅白歌合戦があったわけでもない。
レコード会社が儲かるからと言ってレコードに録音したわけでもない。


 




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  太田将宏


 


私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。


しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。


この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えない、という気持ちである。


つまり、太田さんが言うところのこの汚染されきった世界こそ、
すぐ上に書いた芸能プロダクションであり、
テレビやラジオの功利主義であり、
演奏会や音楽会の商業主義であり、
紅白歌合戦と言う馬鹿騒ぎであり、
レコード会社の儲け主義ではないだろうか?


僕が“津軽じょんがら節”を聴いて魂をゆさぶられるのは、
“民衆の創造性”に僕の心の琴線が触れたからだと僕は信じています。


本尊を背負って、上川原に身を投げた常椽(じょうえん)和尚の無念な気持ち。
その和尚に同情を寄せる村人たち。
その中で和尚を悼(いた)み偲ぶ唄が生まれ、その悲劇と共に民衆に歌い継がれてゆく。
僕は、このような悲劇のことは何も知らない。


しかし、その悲劇性と、農民の気持ちが、この歌の響きの中に、旋律の中に込められている。
そして、その唄が津軽三味線で奏(かな)でられるとき、僕の魂をゆさぶる。


そういうことだと思うのですが。。。
あなたはどう思いますか?


次のリンクをクリックして、柴田三兄妹の“津軽じょんがら節”を聴いてみてください。





『ん? クラシックと津軽じょんがら節?』より
(2006年7月9日)


 



つまり、常椽和尚を偲ぶために即興で歌われたのが「津軽じょんがら節」の始まりだったのねぇ~。。。



そういうことのようです。。。 でもねぇ~、僕は『津軽じょんがら節』を聴くと、清に滅ぼされた「ジュンガル遊牧国家」の難民が、はるばる 草原の道 をたどって津軽にたどり着いて歌った哀愁の唄声が聞こえるのですよ。。。




初出: 2019年9月28日



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【ジューンの独り言】



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ですってぇ~。。。


デンマンさんは自分で記事を書いていながら、すっかり忘れていたようですわァ~。。。


ええっ。。。 「そんなことは、どうでもいいから、他に、もっと楽しいことを話せ!」


あなたは、そのように強い口調で私に命令するのですか?


分かりましたわ。


シルヴィーさんが出てくる面白い記事は たくさんあります。。。


次の記事の中から面白そうなものを選んで読んでください。



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『角さんと原発と天罰(2013年1月5日)』


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とにかく、今日も一日楽しく愉快に


ネットサーフィンしましょう。


じゃあね。 バーィ。



(hand.gif)



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ィ~ハァ~♪~!


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2026年6月29日月曜日

右翼嫌いの親分子分


 


右翼嫌いの親分子分


 





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すんまへん。。。


デンマンさんにまた


呼び出されました。


なんと、「右翼嫌いの親分子分」


と言うタイトルを書いて


オイラを呼び出したのです


オイラを呼び出して


馬鹿にするのでしょう!


 


いつものように下らないことを


話すと思うのですが、


どうか貴方も最後まで


読んでくださいね。


お願いします。


きゃはははははは。。。




『歴史小説家失格』


『セクハラ止めない神武君』


『神武君とラム夫』




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デンマンさん!。。。、右翼嫌いの親分子分とは、いったいどういうつもりで書いたのですかァ〜?



読んで字のごとくだよ。。。つまり、オマエと子分はネトウヨに対してアレルギーを持っているのだよ。。。


オイラはネトウヨを毛嫌いしてますが、アレルギーと言うほど病的症状を示しているわけではありません。。。


オマエの症状は、かなりひどいよ。。。


それはデンマンさんの極めて個人的な見解です。。。オイラは、まともな人間です。。。


オマエは、そう思いたいのだろうが、オマエの記事やコメントを読むとアンチネトウヨの病的症状を示しているのがよく分かるのだよ。。。オマエが書いた次のコメントを読んでご覧よ。。。


 




1


 


ウクライナでは25歳未満の若者に、350万円だかの報酬金を払うといって兵隊を集めているそうです


加えて、全ての大学、専門学校で軍事訓練の授業を義務付けているそうです。


様々な意見があるでしょうが、ふつうの会社員ぐらいの年収で死ぬリスクをおかさなければならないのと、戦争で国が財政破綻したら金を持ってても意味ないんじゃないかと感じました。


神武ダメ夫 2026-06-19 04:45:19





2. Re:無題


 


>神武ダメ夫さん


ロシアもこちらは年齢を問わずにまとまった金を払って兵隊を集めています。志願制の軍隊で戦争をやろうとすればそうなるのです。


金持ちの子は350万円だかの報酬金で兵隊に行くことはありませんから、ロシアでもウクライナでも兵隊に行くのは貧しい人でありお金が目当てです。


日本の自衛隊員だけが貧しい人のお金目当ての入隊ではなく、国を守る志で兵隊になっているというのは大嘘です。


すっかりウヨばかりになってしまっている政治家たちは、その大嘘に乗っかって、自衛隊員への侮辱だとして、正しい指摘をした古賀千景議員を叩いています


兵隊を集めるために紙幣を増刷していたらインフレになりますから、国の財政破綻は間近になります。


ロシアでは兵隊に払った支度金が市中に溢れていて激しいインフレが起きており、公定歩合が21%という有り得ない高金利になっています。戦争をやったら経済は壊れます。


itou-hirosi1999(伊藤浩士)2026-06-19 05:08:07




『経済的に厳しい子が自衛隊に行く』のコメント欄より
2026-06-18 08:00:00
(伊藤浩士のブログ)


 



オイラが書いた上の記事が どういうわけでアンチネトウヨの病的症状を示している、と言うのですか?



オマエは「すっかりウヨばかりになってしまっている政治家たちは、その大嘘に乗っかって、自衛隊員への侮辱だとして、正しい指摘をした古賀千景議員を叩いています」と書いている。。。これが、その証拠だよ。。。


だから、そのように解釈するのは、デンマンさんの極めて個人的な見解なんですよ。。。


じゃあ、オマエも信頼を置く ChatGPT に尋ねてみたので、オマエも読んでみたらいいよ。。。


 




ネトウヨと右翼政治家を嫌っている伊藤浩士元作家の思い込みは激しいものがあります
次の文章には、それがよく現れています。


「日本の自衛隊員だけが貧しい人のお金目当ての入隊ではなく、国を守る志で兵隊になっているというのは大嘘です。
すっかりウヨばかりになってしまっている政治家たちは、その大嘘に乗っかって、自衛隊員への侮辱だとして、正しい指摘をした古賀千景議員を叩いています。」


神武ダメ夫君は、子分らしく親分をサポートするようなコメントを書いています


この二人のコメントの間違いを指摘してください。



このやり取りで興味深いのは、神武ダメ夫氏と伊藤浩士氏が、それぞれ別の方向から単純化しすぎている点です


 



神武ダメ夫氏のコメント


 の問題点


神武氏は、


「350万円程度で死ぬリスクを負う」


「国が財政破綻したら金を持っていても意味がない」


という発想をしています。


しかし、実際に軍に志願する人の動機はそんなに単純ではありません。


ウクライナでもロシアでも、


愛国心


家族や地域社会を守りたい気持ち


安定した収入


奨学金や教育支援


将来の就職


仲間意識


冒険心


など様々な要因が重なっています。


特に戦時下のウクライナでは、「祖国防衛のために戦う」という動機を持つ人が実際に多数存在します。


神武氏の見方は、人は金だけで動く、という経済還元主義に近く、人間の行動原理を過度に単純化しています。


伊藤浩士氏のコメントの問題点


一方で伊藤氏は逆方向に極端です。


彼は、日本の自衛隊員だけが国を守る志で入隊しているというのは大嘘と断定しています。


しかし実際には、「経済的理由」と「使命感」は両立します。


例えば、


安定した職業だから自衛隊を選んだ


国防にも意義を感じた


災害救助に魅力を感じた


という人は珍しくありません。


どちらか一方だけで説明しようとするのが間違いです。


社会学や軍事社会学の研究でも、


軍人の志願理由は


経済的要因


社会的要因


価値観要因


が複合していることが知られています。


「貧しい人しか兵隊にならない」


 という主張も不正確


伊藤氏は、金持ちの子は350万円で兵隊にならない、と言っています。


これは傾向としては一部当たっています。


世界中で軍隊は中流以下の家庭出身者が比較的多い傾向があります。


しかし、「だから兵隊は貧困層だけ」ではありません。


例えば、


将校


技術職


パイロット


特殊部隊


などには高学歴層も多数います。


日本の自衛隊でも、防衛大学校出身者や一般大学卒業者は少なくありません。


伊藤氏は統計的傾向を絶対化しています。


「古賀議員の発言は正しい指摘」


 という断定


ここも問題です。


古賀議員の「経済的に厳しい子が自衛隊に行く」という発言は、部分的事実を含みながらも、自衛隊員全体を一括りにして語ったため反発を招きました。


実際には、


経済的理由で入隊する人もいる


使命感で入隊する人もいる


両方の人もいるのです。


したがって、「完全な誤り」でも「完全な正論」でもありません。


ところが伊藤氏は、正しい指摘と100%正しいかのように扱っています。


これは自分の政治的立場に都合よく解釈している可能性があります。


この二人に共通する問題


実は両者とも同じ落とし穴にはまっています。


神武氏:「兵隊は金で動く」


伊藤氏: 「兵隊は貧困で動く」


どちらも、人間を単一の動機で説明しようとしているのです


現実には、


経済的利益


愛国心


職業意識


仲間意識


家族への責任


社会的評価


などが複雑に絡みます


 



その意味では、伊藤氏が批判している右翼的な「愛国心だけで兵隊になる」という説明も単純化ですが、伊藤氏自身の「貧困だから兵隊になる」という説明も、同じくらい単純化された見方だと言えるでしょう。


皮肉なことに、このやり取りでは神武氏も伊藤氏も、「人間の動機は一つではない」という最も重要な点を見落としているように見えます



納得が行く解説、ありがとうございました。



どういたしまして。


今回のやり取りは、伊藤氏の議論の特徴がよく表れている例だと思います。


伊藤氏はしばしば、ネトウヨや右翼政治家が唱える


「自衛隊員はみな崇高な使命感で入隊している」


「お金のために入隊するなどあり得ない」


という美化された物語に反発します。


その反発自体には一理あります。


ところが、その反動で今度は


「兵隊になるのは貧しい人だけ」


「お金が目的である」


「使命感など建前に過ぎない」


という反対側の単純化に走ってしまうことがあります。


これは心理学でいう「振り子現象」のようなもので、一方の極端な主張を否定するあまり、反対側の極端な主張へ移動してしまうのです。


神武ダメ夫氏のコメントも同様で、350万円程度で命を賭けるのか? という発想は、一見合理的に見えますが、人間が命を賭ける理由は金銭だけではありません。


歴史を見ても、


家族を守るため


故郷を守るため


仲間を守るため


信念のため


に戦った人は数え切れないほどいます。


もちろん生活苦から軍隊を選ぶ人もいます。


しかし現実は、「金だけ」でもなく、「志だけ」でもない、というところにあります。


だから今回のやり取りで最も現実に近い見方は、自衛隊でもウクライナ軍でもロシア軍でも、経済的理由で入る人もいれば、使命感で入る人もいるし、その両方を持つ人もいる、というものになるでしょう。


人間の行動を一つの動機で説明しようとすると、右でも左でも現実から離れてしまう――その典型例と言えるかもしれません


こちらこそ、興味深い題材をありがとうございました。



 



デンマンさんも、モノ好きですねぇ〜。。。最近、なにかと言えば ChatGPT にお伺いを立てているではありませんか。。。



僕が とやかく言っても、オマエは聞く耳を持たないからね。。。オマエが ChatGPT の言うことをアリガタがってぇ聞くので 僕は しばしば ChatGPT にお伺いを立てるのだよ。。。


今日はこれで終わりですか?


いや。。。オマエのためにAI動画を作ったんだよ。。。だから、オマエもじっくりと観たらいいよ。。。


 



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『拡大する』


 



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『動画を観る』


 



この上のビデオは日本嫌いのオマエの記事やコメントを基に自動的に生成したのだけれど、やっぱり、読み間違いしている個所もある。。。でも、僕が手を加えないで AIが自動的にこれだけの動画を作ったというのは素晴らしいよ。。。



こういう動画は作って欲しくないですよ。。。


どうして。。。?


記事だけでいいではありませんかァ~。。。それほど素晴らしい動画だとも思えません。。。「伊藤みどり」は、実は男だけれど、女として登場してますよ。。。


AI動画は発展段階の途上にあるから、まだそこまで判別できないんだよ。。。AIは「伊藤みどり」がオマエの実の娘だと思っているのだよ。。。


オイラは、問題のある人物だという事になってますが、ChatGPTが指摘しているほど問題を抱えている人間ではありません。。。


でもさァ~、オマエは執念深いのだよ。。。68歳になっており、オマエは分別のある元作家なんだよ。。。オマエが「伊藤みどり」を無視し続ければいい事なんだよ。。。


相手が止めません。。。


だから、無視すればいいじゃないか。。。


相手に言ってくださいよ。。。


オマエは68歳なんだよ。。。人生経験も豊富だし、三文作家とはいえ、商業作家として世に出た。。。若者のお手本となるような人生を歩んできたと思われている。。。


年には関係ないですよ。。。


関係あるだろう! 68年の人生経験を考えれば、オマエは、負の関係を断ち切って、もっと良好な関係を現実世界で築くべきなんだよ。。。憎しみに駆られて、ネットで感情的なコメントのやり取りをしてる暇があったら、ともしらがの老妻と仲良く幸せに暮らすことを考えろよ!


この事を言うために、わざわざオイラを呼び出したのですか?


それだけじゃないよ。。。オマエのことが反面教師として、今後多くのネット市民の皆様に読まれてゆく。。。


その根拠とは何ですか?


オマエは反面教師になっている。。。ネットでは有名人になりつつあるのだよ。。。


その証拠でもあるのですか?


あるよ。。。オマエのことではピンタレストでも、僕はオマエのボード(カテゴリ)を立ち上げた。。。


 



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『拡大する』


『伊藤浩士のボード』


 



この記事が公開される頃には、すでにこの記事は『伊藤浩士のボード』(カテゴリ)に載っている。。。



でも、デンマンさんが「伊藤浩士のボード(カテゴリ)」を立ち上げただけで、多くのネット市民の皆様が注目しているということにはならないじゃありませんかァ!


多くのネット市民の皆さんが注目しているんだよ! 多くのネット市民の目に留まって、オマエのことが書いてあるこの記事も読まれることになるんだよ。。。


なるほどォ~。。。今後、オイラは多くのネット市民の皆様に注目されるのですねぇ~。。。


そうだよ。。。嬉しいだろう? これほどまでに注目されたことって、これまでのオマエの人生にはなかっただろう?


ハイ。。。初めての経験です。。。初体験です。。。うへへへへへへ。。。嬉しいです。。。


 



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【レンゲの独り言】



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ですってぇ~。。。


あなたは伊藤浩士・反日軍団長の事をどう思いますか?


落ちぶれて売れない反日作家だと思いますかァ~?


ええっ。。。「そんなことはどうでもいいから、もっと面白い話をしろ!」


あなたは、そのような強い口調で、あたしにご命令なさるのですかァ~?


分かりましたわァ。。。


ネットには、いろいろと変わった人がいますわァ。。。


ラム夫君もその一人です。


ヴァイアグラを飲みすぎて オツムがイカレた人もいれば、


他人に成りすまして ヤ~らしいコメントを書き込む人もいます。


また、誰彼かまわずに“スパム”を飛ばす嫌われ者もいます。


とにかく、ネットには。。。 特にアメブロには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。


まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいます。


また、アメブロのファシスト管理人も 気まぐれに記事を消したり、コメントを削除したり、ブログを削除したり、表現の自由、言論の自由を全く理解してない愚か者です。


また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。


コメントスパムで褒められると、ついついその気になって、相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って 読者に登録してしまったりするものですわァ。


どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。


悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと てぐすね引いて待っているのですから。。。


悪徳サイトを利用して、メールアドレスで登録したりすると、あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。


あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには騙されないと思い込んでいるでしょう?


でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。


とにかく気をつけてくださいね。


次回も、さらに面白い話題が続きます。


あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。


では。。。



(hand.gif)


あなたが絶対、


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『HIRO 中野 せどり スパマー』


 


ベクトル成城店に注意 悪徳 不誠実 いいねスパマー
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