正長の土一揆

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デンマンさん。。。、 今日は 正長の土一揆 のお話でござ〜ますかァ〜?

そうです。。。いけませんかァ〜?
ずいぶんと昔のことではありませんか。。。室町時代のことですわ。。。今から600年も前のことではありませんか? どういうわけで そんな昔のことを取り上げるのでござ〜ますかァ〜?
実は、ユーチューブで時代劇の映画を探していたら次のビデオに出くわしたのですよ。。。

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正長の土一揆

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1428年(正長元年)に起きた日本最初の土一揆「正長の土一揆」を題材に「闘茶」(葉の種類を当てる勝負)を絡めた作品。
農民たちは凶作や将軍の代替わり、借金などに苦しめられていた。
茶園主の平次郎(斉藤洋介)は農民たちと共に徳政令の発布を要求するため大乗院へ向かう。
以前、農民に襲われていた所を平次郎に助けられた土倉(金貸し)の嵯峨屋(マギー司郎)の計らいにより「和紅茶による闘茶」で争いの決着をつけることとなるが結果はいかに?…という話。
マギー司郎は演じるというより本人のままで出演している感じ。
山場である闘茶のシーンは緊張感がある。
茶園のある山々の風景は素晴らしい。

「和紅茶による闘茶」ということですけれど、この時代に優雅にお茶を飲んで、葉の種類を当てる勝負によって争いに決着をつける、というような悠長なことが実際に行われたのでござ〜ますかァ?

土一揆を起こした民衆の代表として茶園主の平次郎が闘茶に参加するのですよ。。。平次郎は、武士の生まれだけれど、この時は農民の仲間で茶園主なんです。。。
茶園主だけあって、5つのお茶の葉の種類を一番多く当てたのが平次郎で、争いに勝利して徳政令が出て、借金が棒引きになるという話ですわよねぇ〜。。。
そういうことです。。。
ちょっと信じられないほど世間離れしたお話のように見えますわァ〜。。。
そうでしょう? 僕も、この映画は、史実に基づいて作られたらしいけれど、かなりのフィクションが含まれると思ったのですよ。。。
それで、いつものように ChatGPT に尋ねたのでござ〜ますかァ〜?
そうです。。。卑弥子さんも読んでみてください。。。

『正長の土一揆』(2015年製作の映画)を観ました。
1428年(正長元年)に起きた日本最初の土一揆「正長の土一揆」を題材に「闘茶」(葉の種類を当てる勝負)を絡めた作品です。
あの時代に風流な「和紅茶による闘茶」で争いの決着をつけるということは、あまりにも現実離れをしているのですが、実際にそのような事が行われたのでしょうか?
そもそも闘茶の習慣が庶民に広まっていたのでしょうか?
参加した平次郎は元は武士の産まれですが、土一揆の当時は茶園主です。
主な登場人物たちは、実際に実在していた人ですか?

ご指摘の通り、この映画の「和紅茶による闘茶で土一揆の決着をつける」という展開は、歴史的事実というよりも、かなり創作色の強いドラマだと考えられます。
映画自体も史実の再現より、正長の土一揆を題材にした寓話的な時代劇として作られています。
まず「闘茶」とは何か
闘茶は鎌倉末期から室町時代に流行した茶の飲み比べ競技です。
参加者は飲んだ茶がどこの産地のものかを当てて勝負しました。特に京都の栂尾(とがのお)茶を当てる競技が有名です。
しかし、闘茶は本来、将軍家、守護大名、公家、禅僧など上層階級の娯楽でした。
室町時代には賭博化して豪華賞品が賭けられ、「婆娑羅(ばさら)」的な遊びとして流行したため、しばしば禁止令まで出されています。
したがって、農民一揆の代表者と土倉が闘茶で争いの決着をつける、という史実は確認されていません。
まして映画に登場する「和紅茶」はさらに不自然です。
和紅茶は当時存在したのか
現在の意味の紅茶製法が日本に本格的に導入されるのは明治時代です。
室町時代の日本人が飲んでいたのは基本的に抹茶系統の茶でした。
したがって、1428年に和紅茶による闘茶は歴史的にはほぼあり得ません。
これは映画のテーマ上、茶園主の主人公、茶文化平和的解決を象徴するための創作でしょう。
では庶民は闘茶を
知らなかったのか
全く知らなかったわけではありません。
闘茶ブームそのものはかなり広がっていました。
ただし、本格的な闘茶大会に参加する、高価な茶葉を飲み比べる、のは主として富裕層です。
農民が日常的に闘茶を楽しんでいたとは考えにくいです。
ただ、主人公平次郎は元武士という設定ですから、若い頃に闘茶文化を知っていた、という程度なら不自然ではありません。
映画.comの解説にも、平次郎は「闘茶に明け暮れ、武士の身分を失った人物」と設定されています。
登場人物は実在人物か
主要人物の多くは創作人物と思われます。
映画のキャスト表には、
平次郎
嵯峨屋庄兵衛
おサキ
小夜
などが登場しますが、正長の土一揆の史料には見えない名前です。
一方で、
能阿弥(同朋衆として実在)
経覚(興福寺大乗院の僧侶として実在)
は歴史上の実在人物です。
特に経覚は後年の『経覚私要鈔』で有名な僧侶ですが、1428年当時はまだ若年です。
また正長の土一揆そのものについては、
近江坂本の馬借
農民
土民
らが徳政を求めて蜂起し、土倉や酒屋を襲撃したことが史料で確認されています。
しかし、平次郎という茶園主が農民を率いた、という史実は確認されていません。
なぜこんな設定になったのか
私はこの映画を、「日本最初の民衆運動である正長の土一揆を、茶文化を通して描いた歴史ファンタジー」として見るのが適切だと思います。
実際の正長の土一揆はもっと激しいもので、
土倉襲撃
借金証文の焼却
私徳政
などの実力行使が中心でした。
映画はそれをそのまま描くのではなく、「武力ではなく知恵や文化で権力に立ち向かう民衆」という現代的なメッセージに置き換えたのでしょう。
ですから、闘茶による決着は史実というより、監督の創作した象徴的な装置と考えるのが妥当です。

歴史映画というより、「正長の土一揆を題材にした歴史劇」と見ると納得しやすい作品だと思います。

最初の土一揆はいつ起こったのですか

「最初の土一揆はいつか」という問いには、実は歴史学上で少し注意が必要です。
一般的な日本史の教科書では、
1428年(正長元年)の「正長の土一揆」が「最初の土一揆」とされています。
近江国の馬借(運送業者)が蜂起し、借金帳消し(徳政)を要求して畿内一帯に広がった大規模な民衆運動でした。
当時の興福寺大乗院の記録『大乗院日記目録』には、「日本開闢以来、土民蜂起の初めなり」(日本が始まって以来、農民が蜂起した最初の出来事だ)と記されており、当時の人々自身も画期的な事件と認識していました。
ただし、厳密に言えば、それ以前にも農民や荘園住民による集団的抵抗は存在しました。
例えば、
年貢減免要求
荘官(荘園管理人)の追放
逃散(集団で村を捨てて逃げる)
惣百姓による連署請願
などの行動は鎌倉時代から見られます。
しかし、それらは後世にいう「土一揆」とは性格が異なります。
正長の土一揆が特別なのは、
農民・馬借などの民衆が広域的に結集したこと
土倉や酒屋を襲撃したこと
徳政(借金帳消し)を要求したこと
畿内全体に波及したことにあります。
ですから、広い意味での農民の抵抗運動なら、それ以前から存在した。
「土一揆」という歴史用語で呼ばれる最初の大規模蜂起なら、1428年の正長の土一揆、と理解するのが正確です。
ちなみに、正長の土一揆の後には1441年の嘉吉の徳政一揆(嘉吉の土一揆)が起こります。
こちらは幕府が実際に徳政令を出さざるを得なくなったため、歴史的影響という点では正長の土一揆以上に大きかったとも評価されています。
その意味では、正長の土一揆は「日本の民衆が政治・経済に対して集団的圧力をかける時代の幕開け」と言える事件でした。

解説ありがとうございました。

どういたしまして。
正長の土一揆は、戦国時代の派手な合戦に比べると地味な存在ですが、日本史の流れの中では非常に重要な出来事です。
それまでの農民は領主や荘園の支配を受ける立場でしたが、室町時代になると村落共同体(惣村)が発達し、農民たちが連帯して行動する力を持つようになりました。
正長の土一揆は、その力が初めて広域的な政治運動として現れた事件といえます。
また、「一揆」という言葉は現代では単なる暴動のように聞こえますが、本来は「一致団結」を意味する言葉でした。
農民たちは神仏に誓約して結束し、要求を実現しようとしたのです。そのため土一揆は単なる略奪や暴力ではなく、中世社会における一種の集団交渉の側面も持っていました。
その後、
正長の土一揆(1428年)
嘉吉の徳政一揆(1441年)
山城国一揆(1485年)
加賀一向一揆(1488年)
へと発展し、民衆や地方勢力が政治に直接関与する動きが強まっていきます。
特に山城国一揆は、農民だけでなく地侍も参加して地域を自治した点で注目され、加賀一向一揆に至っては約1世紀にわたり一向宗門徒が地域支配を行いました。

今回ご覧になった『正長の土一揆』は史実からかなり脚色されていますが、「支配されるだけだった民衆が、自ら声を上げ始めた時代」を描こうとした作品として見ると興味深いですね。
また時代劇や歴史映画をご覧になって疑問があれば、史実との違いや当時の社会背景も含めて解説いたします。

最近は、民衆が団結して権力に立ち向かうということがないですわねぇ〜。。。

1960年代の安保闘争、大学紛争が、民衆、学生が団結して権力に立ち向かった最後ですかね。

その後の赤軍事件で、民衆は団結闘争に嫌気がさしたようです。

それ以来、日本人が白けて、無気力、無責任、無関心になったようです。現在の日本が経済的にも、政治的にも、文化的にも低調なのは、そのためだと思っています。

でも、サッカーと野球では、ヨーロッパとアメリカで頑張っている日本人が居ますわねぇ〜。。。
日本人の誇りですよ。。。

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【卑弥子の独り言】

ですってぇ~。。。
サッカーと野球では、ヨーロッパとアメリカで頑張っている日本人が居ることに、あなたも誇りを感じますかァ〜?
ええっ。。。「そんな事はどうでもいいから、もっと他に面白い話をしろ!」
あなたは、そのような強い口調で あたくしに御命令なさるのでござ~ますかァ~?
分かりましたわ。。。
デンマンさんが10年以上も前にアンケートを作りました。

(wp91228.gif->june21-11-29.jpg->art09-12-26.jpg)
上のリンクをクリックすると、
左側のサイドコラムにたくさんの質問が出てきます。
ひとつひとつ見ながら ぜひアンケートに答えてみてください。
じゃあ、また。。。


ィ~ハァ~♪~!
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別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』

こんにちは。ジューンです。
“本音と建前”
よく聞きますよね。
さて、英語で何と言うのでしょうか?
考えてみた事がありますか?
いろいろと言い方があると思います。
appearance and reality
見かけと実物そのまま
これも本音と建前と言い換えることができますよね。
form and substance
外観と実体
これも本音と建前と同じですよね。
one's real intention and
what one says on the surface
本音と建前を説明しているのですよね。
real motive and stated reason
これも間違いなく本音と建前ですよね。
what one says and what one means
本音と建前をこのように言うこともできますよね。
では、「本音と建前を使い分ける」を
英語でどのように言うのでしょうか?
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You should be tactful as to
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じゃあね。



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