2011年8月24日水曜日

クレオパトラと塩野七生


  
クレオパトラと塩野七生
  



クレオパトラは浅薄な女



クレオパトラは、世界史上の有名人である。 当代きっての権力者二人までも、モノにした女であるということで。 そのうえ、強大なローマ帝国に刃向かったということでも。
だが私には、勝負に打って出るという度胸に対してならば共感しても、それ以外では浅薄な女にしか見えなかった。

しかし、歴史に名を残した女たちの多くはバカな女である。 その理由は、記録を残すのが男たちであったからではないかとさえ思っている。
男は、女としては魅力豊かでもオツムの中は浅薄な女を書いているほうが、安心できるからではないだろうか。
キャリアウーマンを自認する女たちは覚えておいたほうがよい、これが人間性の現実なのである。

(注: 赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)




34ページ
『日本人へ (国家と歴史篇)』
著者: 塩野七生
2010年6月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

『女に冷たい女(2011年8月20日)』に掲載




デンマンさん。。。、今日はクレオパトラと塩野七生さんを比べるのですか?



いや。。。比べると言うよりも塩野さんがクレオパトラをバカな女として捉えていたのが面白いと思ったのですよ。

つまり、塩野さんがクレオパトラに対して、とても厳しい見方をしているのがデンマンさんには我慢ならないのですか?

いや。。。塩野さんがクレオパトラに対して、どのように考えているのか? それは彼女の自由ですからね、僕はとやかく言うつもりはないのですよ。

でも、とやかく言っているではありませんか!

うしししし。。。小百合さんには、そう見えますか?

そう見えますわよ。。。この記事を読んでいる人だって、多分そう思っていますわ。

あのねぇ~、そう思う人が居るかもしれません。 ただ僕は塩野さんがクレオパトラをどう思おうが個人的に攻撃するつもりはないのですよ。

でも、批判したいのでしょう?

まあ。。。そう言う事ですよ。 塩野さんは歴史を書いて40年になる。 自分でも「同性に対して冷淡で、女の立場になって書かない」と言われている事を自覚しているのですよ。

だったら、デンマンさんが、ここでとやかく言う必要はないではありませんか!

あのねぇ~、それを言ったら身も蓋もありませんよ。 言論の自由がありますからね。 塩野さんは言論の自由に基づいて自分の考えを公開している。 だから、僕も言論の自由に基づいて自分の考えで塩野さんの考え方をネットで批評してみようと思っているわけです。 ただ、それだけのことですよ。 小百合さんだって塩野さんが「歴史に名を残した女たちの多くはバカな女である」なんて断定したら同性としてムカつきませんか?

私は歴史にあまり関心がないし。。。だから、「歴史に名を残した女たちの多くはバカな女だった」と塩野さんが言っても別に痛くも痒くもありませんわ。 うふふふふふ。。。

やだなあああァ~。。。そうやって笑ってごまかそうとするのですか? 日本に暮らしている日本人の悪い癖ですよ。

デンマンさんは笑ってごまかすことはないのですか?

いや。。。カナダでは、そういう事はしませんよ。 笑ってごまかしたら、それこそ教養がない文化的にも程度の低い愚か者だと見られてしまいますからね。 そういう時には、はっきりと自分の考えを言いますよ。

要するに、デンマンさんは自分の考えをここではっきりと言いたいのですね?

まあ。。。そう言う訳ですよ。

それで、何が不満なのですか?

いや。。。塩野さんの考え方に特に不満があるわけではありません。 ただねぇ、“文は人なり”と昔の人が言ったように、僕は塩野さんの他の本も5冊ほど読んでみた。 特に『日本人へ (国家と歴史篇)』を2度読んで、塩野さんの文章から彼女の人となりがある程度分かるのですよ。

それで何が分かったのですか?

あのねぇ~、塩野さんは「女」や「男」にこだわりすぎていると思う。 拘(こだ)り過ぎているから、ある読者から見ると、女性に厳しいと言われるのですよ。 僕の印象では塩野さんは「人間」を理解しているようには思えなかった。 本を読む限り結婚して子供が居るようだけれど、僕は『日本人へ (国家と歴史篇)』を2度読んだ後の読後感で塩野さんは離婚しているような気がした。 それで、僕は『ウィキペディア(Wikipedia)』で調べてみたのですよ。


塩野七生 (ななみ)



生誕 1937年7月7日
東京市滝野川区
出身校 学習院大学

日本の小説家である。
歴史小説 『ローマ人の物語』の著者として知られる。
名前の「七生」は、7月7日生まれであることに由来。

東京都立日比谷高等学校、学習院大学文学部哲学科卒業。
父親は詩人・小学校教師の塩野筍三(1905-84)、神田神保町の古本屋から軒並み借金をするほどの読書好き。
日比谷高校時代は庄司薫、古井由吉らが同級生だった。
学習院大学の学生だった1960年には安保闘争に参加し、デモ隊の中に塩野もいた。
1970年代にはイタリア共産党に関する文章も書いているが、後に保守派に転向している。
1963年からイタリアで学び、1968年に帰国すると執筆を開始。
『中央公論』掲載の「ルネサンスの女たち」でデビュー。

1970年には『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』で毎日出版文化賞を受賞。
同年から再びイタリアへ移り住む。
ローマ名誉市民を経てイタリア人医師と結婚(後に離婚)。
息子は、後に共著を書くアントニオ・シモーネ。イタリア永住権を得ており、ローマに在住。イタリア中心に、古代から近世に至る歴史小説を多数執筆。
チェーザレ・ボルジアやネロ、ドミティアヌスのような血統と魅力、能力に恵まれた男性権力者、特にカエサルを支持しており、政治家としての理想像はカエサルであると公言している。

また、現代の政治家として(血統に恵まれてはいないが)トニー・ブレアを高く評価しており、その理由として「誠心誠意、言葉を尽くし訴える姿勢」を挙げている。
ローマ帝国前期の「小さな政府」を理想としており、直接的に小泉構造改革を支持していた。

1992年から古代ローマを描く『ローマ人の物語』を年一冊のペースで執筆し、2006年に『第15巻 ローマ世界の終焉』にて完結した(文庫版も2011年9月に刊行完結)。
『文藝春秋』で巻頭エッセイ「日本人へ」を執筆。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)




出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




案の定、離婚しているのですよ。



つまり、離婚しているから塩野さんは「人間」を理解していないとデンマンさんは断定するのですか?

いや。。。そのような事を言うつもりはない。 ただ「人間」を深く理解していないことが離婚した一つの原因になったのだと僕には思えたのですよ。

どうして。。。?

あのねぇ~、クレオパトラは、塩野さんによると「世界史上の有名人である。 当代きっての権力者二人までも、モノにした女であるということで。 そのうえ、強大なローマ帝国に刃向かったということでも。 だが私には、勝負に打って出るという度胸に対してならば共感しても、それ以外では浅薄な女にしか見えなかった」と書いている。

その事に対してデンマンさんには反論があるのですか?

あのねぇ~、人間は誰でも不完全なものですよ。 だから完璧な人など誰も居ない。 でも、女の立場でクレオパトラの人生を云々(うんぬん)するのであれば、塩野さんも自分の人生を考えた上でクレオパトラを批判すべきではないのか!?

つまり、デンマンさんの目にはクレオパトラは浅薄な女ではないと思えるのですか?

その通りですよ。 塩野さんがクレオパトラの人生を眺めて「浅薄な女」だと断定したいのであれば、塩野さん自身はもっと「浅薄な女」ですよ。

どうして。。。?

クレオパトラは離婚していませんからね。 でも、塩野さんは離婚していますよ。 要するに、「人間」を深く理解していないことが塩野さんが離婚した一つの原因になったのだと僕には思えるのですよ。

つまり、離婚した女は「浅薄な女」なのですか?

いや。。。僕は離婚した事実を取り上げて、ああだこうだと言うつもりはない。 ただ、塩野さんが「それ以外では浅薄な女にしか見えな」い、と決め付ける考え方は、ちょうど「離婚した女は愚か者だ」と決め付けるのと同じだと僕は言おうとしているのですよ。

要するに、クレオパトラは「浅薄な女」ではないと、デンマンさんは信じているのですわね。 それなのに塩野さんが「浅薄な女」だと書いたのでデンマンさんはムカついて感情的になってしまったのですわね?

あのねぇ~、僕はムカついたわけでも、感情的になっているわけでもないのですよ。

でも、そう見えますわよ。 うふふふふふ。。。

また、そうやって笑っておちょくらないでくださいよ。 あのねぇ~、僕は“文は人なり”という言葉をしみじみと噛み締めたのですよ。

しみじみと噛み締めたってぇ、どのように噛み締めたのですか?

小百合さんはマジで知りたいですか?

もちろんですわ。

じゃあ、次の小文を読んでくださいよ。




まだ僕が可愛い小学生だった頃、一学年全部で(350人ほど)近くの映画舘へ『孫悟空』(アニメ)を見に行きました。
僕の幼い頭に強烈に残ったシーンは次のようなものでした。
孫悟空がお釈迦様の手のひらに乗って、大きな顔を仰ぎ見て、話しかけているシーンです。
お釈迦様がちょうど、奈良の大仏のように、とてつもなく大きな人物として描かれていました。



孫悟空はお釈迦様に向かって言いました。「オイ、俺はすごいんだぜ!この世の端から端まで、ひとっ飛びで行ってきたんだ。」

お釈迦様は慈悲に満ちた優しい顔で笑っています。「そうかね。おまえは、そんなにすごいことが出来るのかね。でも、この世の端から端なんて、ちょっと信じられないが、何か証拠でもあるのかね?」



「もちよ、あたりきよ。あるに決まってるじゃないか!俺はよ、この世の端まで行って、大きな崖にでかい筆を使って俺の名前を書いてきたんだぜ。それが何よりの証拠さ。嘘だと思ったら、見て来なよ。でも、あんたのように、ここにジット座っていたんじゃそれも無理だろうがね」

お釈迦様は、それでも優しいまなざしを向けて笑っています。

「しかし、見る人が見ると、そうは思わないのだがね」

「だって、あんたは、ここにじっとして座ったままじゃないか!この世の果てなんて行けっこないじゃないか!」

「そうか、おまえには、そうとしか思えないのか」

そこで、お釈迦様はおもむろに、もう一方の手の平を広げたのです。すると中指に、さっき、孫悟空が大きな筆で書いた名前が、書体も同じに全く瓜二つに書かれてあったのです。

「おまえが、この世の果てに飛んで行って書いたというのは、このことかね?」

孫悟空はびっくりデス。この世の果てと思ったのに、何とお釈迦様の手の平に書いていたのです。

「おまえは、この世の果てまで行ったというけれど、私の目には、こちらの手の平から、もういっぽうの手の平へ移動したに過ぎないんだ」

このようなシーンだったのです。

さて、お釈迦様になったとしたら、僕はクレオパトラに向かって次のように言ったかもしれません。



「あなたは、確かに恋に生き、愛に生き、政治にどっぷりとつかり、権力も手中に収め、財宝も思いのままにしてきました。しかし、あなたも、結局、孫悟空とたいして変わりがなかったのかもしれませんね。50歩100歩というところでしょうか」



「そうでしょうか?とにかく、私、疲れました」

「そうですか。私はあなたが自殺することを薦めはしませんが、そうかといって、止めもしません」

「私、とにかく疲れました。やるだけのことはやったのです。あなたの目には、孫悟空を見ていたのと同じように、私が、あなたの手の平の中で悪あがきをしていたように見えるでしょうが、それでも私は精一杯生きてきたのです。でも結局、このようにしかならなかったのです。もう、ホントに疲れたのです」

「人間は一度は死ぬのですから、早いか遅いかの違いだけです。あなたはご自分で、これまで十分にやってきたと思われるのなら、この辺でラクになるのも良いでしょう」

クレオパトラのような派手な人生を歩んだとしても、結局、御釈迦さんが見れば、彼の手の平の中で、うごめいていたということで人生が終わってしまう。
やるだけのことをやったけれど、結局思うようにはならなかった。
挫折のあとの、あきらめと、ためいきと。。。
そして、クレオパトラは言った事でしょう。「私は、とにかく疲れました」と。
そんなクレオパトラの様子を見たらお釈迦様の言う事は一言しかないですよね。
「人間は一度は死ぬのですから、早いか遅いかの違いだけです。あなたはご自分で、これまで十分にやってきたと思われるのなら、この辺でラクになるのも良いでしょう」




『不倫にこだわっていませんわ』より
(Livedoor Blog 『徒然ブログ』)

『不倫にこだわっていませんわ』に掲載
(Wordpress Blog 『デンマン ブログ』)
(2006年9月21日)




デンマンさんが小学生の時に『孫悟空』を観て、お釈迦様の言ったことに感心したのですわね?



その通りですよ。

。。。で、お釈迦様になったつもりになってクレオパトラさんとお話をしたという夢のお話ですわね?

そうです。

それが“文は人なり”と、どのように関係しているのですか?

あのねぇ~、実は、上の小文には続きがあるのですよ。 それを読んでもらわないと話ができない。 だから、面倒でもじっくりと読んでみてください。




お釈迦様の言う事はもっともだわ。 でもねぇ、あなたは大切な事を書いてないのよ。



ん。。。? 大切な事。。。? それって何。。。?

だから、わたし、こうして出て来たのよ。 それを言い終えるまで帰れないわ?

帰るって、どこに。。。?

あの世に決まってるじゃない!

それを信じろと、あなたは言うの?

“信じる者は救われる”

あなたの生まれ育った国にも上のような諺があるでしょう?

僕はすでに救われているので、あの世など信じなくてもいいんだよう! 。。。で、一体どこで上の記事を。。。?

ネットでゲットしたのに決まってるでしょう!

しかし、あなたは日本語も習ったの?

習ったから、こうしてあなたと日本語で会話しているのじゃないの。。。うふふふふ。。。

あのねぇ、クレオパトラは英語も日本語も話さなかったんだよ!

確かに紀元前30年に亡くなるまでのクレオパトラは英語も日本語も話さなかったわ。 でも、それまでの私は近隣諸国のほとんどすべての言葉を話すことができたのだわ。 だから、エチオピア人、アラビア人、ヘブライ人、シリア人、メディア人、パルティア人。。。、と通訳を使うことなく私は直接会話したものだわ。 そのことを考えれば英語も日本語も私にとって習うのに難しい言葉ではなかったのよ。

。。。で、あなたはマジで自分がクレオパトラだと信じているの?

あなたには信じられないの?

今年は2010年。 クレオパトラが亡くなったのは紀元前30年。 もし、あなたがマジで生き続けてきたとしたら、あなたの年齢は2040歳。 そんな馬鹿な話を誰が信じると思う?

私は生き続けたのではなくて生き返ったのよ。 仏教にも“輪廻(りんね)”というのがあるでしょう! あなたは常識破りの人じゃないの! あなたの記事をネットで読んで、あなたなら理解できると思ったのよ。

クレオパトラがネットまでやるとは思わなかったなァ。。。うしししし。。。

だから、私は生き返ったと言ったでしょう。

あのねぇ、冗談も、これほどバカバカしくなると、もう冗談じゃない。 妄想と言うよりも、重症の精神病患者のたわ言のように聞こえる。 このホテルの近くに精神病院でもあるの?

そんな物があるわけないでしょう! 初対面の私がどうしてあなたが書いた記事のことを知っているのよ? 良く考えて御覧なさいよ! あなたの目の前に一糸まとわぬ姿で出てこれるのも私があなたの事を充分に知り尽くしているからじゃないの!

あのねぇ、そう言うことを言って欲しくないなあああァ。。。まるで僕がインポで、僕に抱かれる心配がまったくないと、この記事を読む人が考えてしまうじゃないか!

あらっ。。。あなたは、そんな事まで心配しているの? うふふふふ。。。

あのねぇ、僕は今でも、あなたに飛びついて欲情の限りを尽くしてアレクサンドリアの一夜を思い出の一夜にしようと考えているんだよ。

分かってるわよう!

分かってるなら、そのような扇情的な格好で出てきて欲しくなかったなあァ~!

だってぇ、あなたのオツムの中のクレオパトラのイメージは、このような一糸まとわぬ姿じゃないの!

ど。。。どうして。。。、どうして、そこまでのことが分かるの?

だから言ったでしょう! 私は上のあなたの記事を読んでから、ずっとあなたのことを見守ってきたのよ。

どこで。。。?

もちろん、アレクサンドリアからよ。 あなたの記事をずっと読んでいたのよ。

それで、僕がアレクサンドリアへ来ることを知ったわけ?

そうよ。

でも、どうしてこのホテルだと分かったの?

あなたは小百合さんに、このホテルの住所を知らせたじゃないの!

あれっ。。。あなたは僕のメールを盗み読みしたの?

うふふふふふ。。。

それってぇ、不正アクセスだよ!

そのような堅苦しい事を言わないでよ! やっとこうしてあなたに会えたのじゃないの!

僕はまだ、あなたがクレオパトラの生まれ変わりだと信じてないんだよ! これは一体何の真似なの? 僕は007ではないんだよ! 僕を付け回したところで、あなたが知りたいこと、求めていることを得ようとしても無理! 不可能だということを僕はここではっきり言っておくよ!

私はあなたが考えているようなCIAのスパイでもMI5のスパイでも、イスラエルのスパイでもないのよ。 あなたの記事のネタになると思ったから出てきたんじゃないの!

マジで。。。?

少しは信じる気になった?

ところで。。。いつまでも裸でいないで、おばさんパンツでも穿いたらどうなの?

だってぇ、私がこのままの格好でいる方があなたはいいのでしょう?

うへへへへ。。。確かにそうなんだけれど、チラチラ、チラチラと女の花びらが覗いているので、気が散って話に集中できないんだよ!

分かったわ。 ちょっとベッドから離れてよ。

何すんのォ~?

シーツをこうして剥ぎ取ってねぇ、それで、こうして体に巻きつければ、どう?。。。ドレスのようになるでしょう!? うふふふふ。。。

もちろん、デンマンは、まだ彼女がクレオパトラの生まれ変わりだなんて信じていない。 しかし、クレオパトラだと主張するこの女に興味を持ち始めていた。 話をしているうちに悪い女だとは思えなかった。 心の片隅で“騙されるな!”という声は未だに木霊(こだま)しているけれど、デンマンは、この女をもっと知ろうと思い始めていた。




クレオパトラの時代、学校がいちばん力を注いだのは文学の授業であった。 生徒たちは、ギリシアの古典のなかから注意深く選ばれたテキストを使って、豊かな文学知識を身につけた。 クレオパトラも、ホメロスやヘシオドスの詩に親しみ、エウリピデスの悲劇やメナンドロスの喜劇で人間を理解し、ヘロドトスやトゥキュディデスの書物で歴史を学んだ。 修辞学は、ギリシアの雄弁家デモステネスの演説集を使って勉強した。 また、肉体的な鍛錬も怠らなかった。 クレオパトラは乗馬の名手であった。

環境に恵まれていただけでなく、クレオパトラには才能もあった。 特に語学の才能は素晴らしく、複数の外国語を自由に操ることができた。 多少誇張は混じっているだろうが、ギリシアの歴史家プルタルコス(46頃ー120年頃)はこう伝えている。 「クレオパトラの舌は、広い音域を使ってさまざまな音楽を奏でる楽器のようなものだった。 彼女はどんな国の言葉でも思うままに話すことができた」




36-37ページ 『クレオパトラ』
1999年3月20日第1版第3刷発行
著者: エディット・フラマリオン 吉村作治・監修
発行所: 株式会社 創元社




クレオパトラには確かに語学の才能があった。 でもねぇ、ギリシアやローマの歴史家はクレオパトラの悪口をずいぶんと書いた。 例えば、紀元1世紀に活躍したユダヤの歴史家・フラヴィウス・ヨセフスは『ユダヤ戦記』の中で次のように書いている。





この貪欲で野心的な女王は、残酷な方法で親族を血まつりにあげ、ただ一人生き残ると、それに飽き足らず、その凶暴な怒りを外の人々に向けた。




119ページ 『クレオパトラ』
1999年3月20日第1版第3刷発行
著者: エディット・フラマリオン 吉村作治・監修
発行所: 株式会社 創元社





あなたは私が貪欲で残酷な女だと思っているの?



いや。。。そうは思ってないけれど、クレオパトラが善良なだけの女だとも思っていない。

歴史って勝者の歴史だということをあなただって知っているでしょう?

うん。。。確かに歴史が勝者の都合のいいように歪められることはよくあることだよ。

ギリシアやローマの歴史家たちは勝者であるローマ帝国初代皇帝・アウグストゥス(オクタヴィアヌス)の業績を讃(たた)えるために、彼の敵であった私とアントニウスを必要以上に悪く書いているのよ。 でもねぇ、私に手厳しかったローマの歴史家・ディオン・カッシオス(紀元150年頃ー235年頃)でも、次のように書いているのよ。

彼女は見た目も美しく、

彼女の話は魅力的で、(中略)

恋に抵抗する人や、

情熱を忘れた老人の心まで

征服することができた。




でもプルタコスは「クレオパトラの美しさは、それだけで並はずれたものではなく、見る人に衝撃を与えるという質のものではなかった」と、書いている。



あなたは、この私を見てどう思うの?

あのねぇ、プルタコスは次のようにも書いていた。 つまり、クレオパトラは不思議なほど人を惹きつける力があったと。。。僕はクレオパトラが受けた教育を眺め渡したときに、ただ美貌だけで男を惹き付けた女ではないと思いましたよ。

あなたが、そう言ってくれて嬉しいわ。

。。。で、あなたが、これまで男に言った言葉の中で一番印象に残っている“殺し文句”って何?

そのような事はあまり言いたくないわね。。。でも、あなたは、まだ私がクレオパトラだとは信じていないようだから話してあげるわ。 そもそも、オクタヴィアヌスにとってアントニウスは邪魔者だったのよ。 それでオクタヴィアヌスは私が彼を殺したら私の命を助けてくれると言ったの。

確か、クレオパトラはオクタヴィアヌスの申し出を拒否した。。。そうだったよね?

そうよ。。。私は拒否したわ。

どうして。。。? 誰だって自分の命が一番大切だと思っている。 そうでしょう!?

あなたは、いつだったか“生きることって愛すること”という記事を書いていたでしょう?



■『生きることって愛すること?』

(2010年12月18日)

■『生きることって愛することだよね』

(2010年12月26日)




うん、うん、うん。。。確かに上の2つの記事を書きましたよ。 よく覚えていますね?



だってぇ、私は2つの記事とも読んだのよ。 あなた自身は“生きることって愛すること”だと信じていないの?

もちろん、信じてますよ。

だからこそ、私はあえて、この殺し文句のエピソードをあなたに話すのよ。

。。。で、アントニウスの間に何があったのですか?

恐らくアントニウスもオクタヴィアヌスの申し出について、それとなく気づいていたと思うのよ。

でも、クレオパトラはオクタヴィアヌスの申し出を断固として拒絶した。 そうでしょう?

アントニウスも、あなたのように疑い深かったのよ。 うふふふふふ。。。

それで。。。?

私は何とかして私の真心をアントニウスに知って欲しかったのよ。

。。。で、どうしたのですか?

オクタヴィアヌスの申し出があってから1週間ほどして、私はいつにも増して着飾って食卓に着いたの。

アントニウスと食事をするために。。。?

そうよ。。。アントニウスが喉が渇いたと言って葡萄酒の入ったグラスを手にしたの。 でも私は彼の注意を引くように飼い馴らされたライオンの話をしたの。

それで。。。?

アントニウスは私の話に耳を傾けたわ。 彼が面白そうに聞いている時に、私は冠(かんむり)から花を摘んでアントニウスのグラスに入れたの。。。

どうして。。。?

その花には毒薬がふりかけてあったのよ。

つまり、葡萄酒に毒が混ざった。。。それで。。。?

私の話が終わるとアントニウスは喉の渇きを思い出したようにグラスを口に近づけようとしたわ。

もちろん、アントニウスは飲んだわけじゃないでしょう!?

私はグラスを彼の手からとったわ。

どうして。。。?

侍女のカルミオンに言いつけて死刑囚を一人連れて来るように言ったの。。。

死刑囚。。。?

そうよ。 アントニウスのグラスを渡し、葡萄酒を飲むように言ったの。

それで。。。死刑囚は死んだ?

死ぬ宿命にあった人だから、遅かれ早かれ死なねばならなかったのよ。 葡萄酒を飲んであの世に逝けたのだから儲けものだったのよ。

それで。。。?

私はアントニウスに向かって言ったわ。 「もし、あなたが居なくても生きて行けるなら、私はグラスをあなたの手から奪わなかったのよ」と。。。

なるほど。。。アントニウスはあなたの真の心が分かって、以前にも増してあなたを愛し始めたと言うわけ?

うふふふふふ。。。あなたも、やっと私がクレオパトラだと判ったようね?




『クレオパトラの殺し文句』より

『アレクサンドリアのクレオパトラ』に掲載
(2011年1月27日)




なるほどォ~。。。、つまり、アントニウスを毒殺して彼の首をオクタヴィアヌスに差し出せば、クレオパトラは自分の命が助かるばかりかオクタヴィアヌスとローマ帝国を自分のものにできるかもしれない。 クレオパトラは、そう考えたこともあったのね。



その通りですよ。

でも、クレオパトラは、そうしなかった。

そうです。 クレオパトラはアントニウスを毒殺しなかった。

要するに、クレオパトラにとってオクタヴィアヌスは彼女が愛することができるような人物ではないと見極(きわ)めていたのね。。。デンマンさんは、そう言いたいのォ?

小百合さんにも分かりますか? つまりねぇ、クレオパトラは塩野さんが考えているような「浅薄な女」でも「バカな女」でもなかったのですよ。

でも、それはデンマンさんの考えでしょう?

もちろん、僕の人生経験とこれまで歴史を学んできたその結果に基づいてクレオパトラという人物を僕は理解しようとしたのですよ。

でも、それでも、デンマンさんの考え方はあくまでも個人的な見解でしょう?

その通りですよ。 僕は自分の考えを他人に押し付けようとしているのではないのです。 ただねぇ、塩野さんがクレオパトラを「浅薄な女」で「バカな女」だと決め付ければ、いや。。。そのように決め付けるのは塩野さんの「人となり」で判断しているだけのことですよ。 つまり、“文は人なり”と言いたいだけのことです。


【卑弥子の独り言】



ですってぇ~。。。
そうですよね。
クレオパトラを理解しようとすれば、当然、その人の人生経験やそれまでの歴史の知識などが影響してきますよね。
塩野七生さんは、彼女の人生経験と40年近く歴史を書いてきた経験によってクレオパトラを理解したのです。
その結果が次のようなものでした。


クレオパトラは、世界史上の有名人である。 当代きっての権力者二人までも、モノにした女であるということで。 そのうえ、強大なローマ帝国に刃向かったということでも。
だが私には、勝負に打って出るという度胸に対してならば共感しても、それ以外では浅薄な女にしか見えなかった。


感性も知性も十人十色です。
クレオパトラをどのように見るのか?
その見方は違っていて当たり前だと思うのでござ~♪~ますわ。

ただし、日本に住んでいるとユニークな意見を持ち続けることはとても難しいと思いますう。

「長いものには巻かれろ」

「出る釘は打たれる」


このような諺もござ~♪~ますわ。

どうしても、周(まわ)りの見方考え方が気になるのですわ。
そのような雰囲気の中で塩野さんがユニークな感性で文章を書けば、当然、文学の方面からも歴史学の方面からも叩かれるかもしれません。
あなたは、どう思いますか?

とにかく、次回も、ますます面白くなりそうですわ。
あなたも、どうか、また読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。



 


ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。小百合です。

わたしがデンマンさんにお逢いしたのは

2010年の11月でしたわ。

デンマンさんはお酒が飲めないので

葡萄酒ではなくてアイリッシュコーヒーを

いただいたのですけれど、

キザにも薔薇の一輪挿しを持ってきて

テーブルに置いたのですわ。



私をロマンチックな気分にさせようとしたのかしら?

なんだか底が見え透いているようでしたけれど、

あえて薔薇の一輪挿しを持って来たという

“常識はずれ”が、滑稽でもあり、また可笑しくもあり

でも、笑って済ませるのは失礼になると思って

黙っていたのですわ。

だからと言って、無視するわけにもゆかないので、

次にお逢いした時に、

ローズティーを入れてあげたのでした。



けっこう、私も演技できるようになりました。

うふふふふ。。。

それにしても私と逢う3ヶ月ほど前に

アレキサンドリアでデンマンさんはマジで

クレオパトラさんに会ったのでしょうか?

一糸まとわぬ姿で現れたなんて、

ちょっと信じることができませんわ。

私なら、少なくともおばさんパンツを穿いて

登場したと思うのですわ。



うふふふふふ。。。

ところで、ジューンさんが

英語の面白いお話を集めました。

時間があったら、ぜひ覗いてくださいね。

■『あなたのための楽しい英語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





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