2014年3月5日水曜日

えっ、ヒトラーはベジタリアン?


 
 
 
えっ、ヒトラーはベジタリアン?
 

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デンマンさん。。。 急に どうしてヒトラーなのでござ~ますかァ~?


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あのねぇ~、実は、先日 本を読んでいたら次の箇所にぶち当たったのですよ。

元気にしていたヒヨコがみるみる弱っていき、死んでいく様子を何もしてあげられずにただ見守るのは、辛くて切ない。
3日目に生き残っていたのは一羽となった。
ピーと名付けたこの子は元気で体も大きくなってゆく。
立派な鶏に育ってくれるかもしれないという希望が湧いてきた。
家に来てから1週間目に、さかんに騒ぐので、檻の中が窮屈になったのだろうと、庭に出してやった。
ピーは大喜びで庭の中を徘徊する。
クチバシで地面を突いたかと思うと、もうクチバシには虫やミミズをくわえている。
得意な様子だ。
いきなり黒っぽい塊が目の前をよぎった。
キャーッと泣き叫ぶしかなかった。
よく見かける野良猫がピーをくわえて走り去っていった。
こうしてヒヨコは一羽もいなくなった。


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それから丸々1年間、わたしは鶏肉も卵も一切食べられなくなった。
掌の上で息絶えていったヒヨコたちの姿が二重写しになって、とても口に運べない。
朝の生卵はもちろんのこと、オムライスも茶碗蒸しも卵入りのホットケーキも口を付けられなくなってしまった。

1年ほどして、ある日カステラを頬張っていたら、母が言った。
「あら、それは卵がいっぱい入っているのに」
とたんにヒクヒクと痙攣しながら死んでいったヒヨコたちの面影が目の前にちらついた。
涙が溢れてくる。
それでもわたしはカステラを食べ続けた。
毒を喰らわば皿までの心境だった、というよりも、ものすごく美味いカステラだったのだ。
ヒヨコたちの面影にカーテンを下ろす術をそのとき会得した。

 (中略)

今でも肉料理や卵料理を前にすると、ほんの一瞬だが、ヒヨコたちや獣たちの姿が目前をよぎる。
みな、それは悲しそうな目をしている。
なのに、次の瞬間にはムシャムシャと美味しく食べている自分が、ときどき怖くなる。

もっと心優しく意志の強い人々はベジタリアンになるのだろう。
ヒトラーもベジタリアンだった。



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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)



19-21ページ 『旅行者の朝食』
著者: 米原万里
2002年6月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋



あらっ。。。 米原万里さんは「ヒトラーはベジタリアンだった」と書いているではござ~ませんかァ!



。。。でしょう!? 僕はヒトラーについては、ずいぶんと映画を見たり本を読んだりしていたのだけれど、これまでに一度もヒトラーがベジタリアンだったということに気がつかなかったのですよ。

でも、もしかして米原万里さんの思い違いではござ~ませんか?

僕もそう思って、手っ取り早く『ウィキペディア』で調べてみたら次のように書いてありましたよ。

菜食主義者としてのヒトラー


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溺愛した姪のゲリ・ラウバルの自殺後は菜食主義者となったとされるが、実際にはレバーのダンプリングを食べることもあった。
伝記作家のロバート・ペインによると、特にソーセージは好物であり、ヒトラーが厳格な菜食主義者であったとする神話は、ゲッベルスによる印象操作であるとしている。
戦時中には菜食主義者団体を弾圧したという説があったが、アメリカベジタリアン協会の歴史アドバイザーであるリン・ベリー等に否定されている。

詳細は「アドルフ・ヒトラーのベジタリアニズム」を参照



出典: 「アドルフ・ヒトラー」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



あらっ。。。 「厳格な菜食主義者」だというのはゲッベルスによる印象操作であるとしているけれど、溺愛した姪のゲリ・ラウバルの自殺後は菜食主義者となったようですわね。



そうらしいのですよ。

ところで、デンマンさんはベジタリアンなのでござ~ますかァ?

僕も「厳格な菜食主義者」じゃないけれど、肉はあまり食べませんよ。 自分で豚肉だとかビーフを買ってきて料理したことは これまでに一度もありません。

あらっ。。。 じゃあ、かなりのベジタリアンではござ~ませんかァ~!?

でもねぇ~、友達の家で、食卓にビフテキとか、鳥のから揚げとかが出されれば、食べますよ。 食べられないということじゃなくて、選んで食べる場合には、肉料理はあまり食べたくないのですよ。 でも、サラミなどはスーパーで買ってきて、よく食べるし、魚類はよく食べますよ。 卑弥子さんは肉は好きですか?

あたくしは、お肉ならば なんでも好きでござ~ますわァ。 でも、最近は、四足のお肉は健康のために良くないと言われているので、なるべくならば食べないようにしているのでござ~ますわァ。

卑弥子さんには、米原万里さんのようにヒヨコを死なせてしまって、それで卵や鶏肉が食べられなくなったという経験はないのですか?

ありませんわ。 あたくしはヒヨコを飼ったことがありませんでしたから。。。 卵も鶏肉も全く抵抗なく食べられますわ。

僕は、アヒルを2匹飼っていたことがあって、ちょうど米原万里さんのように死なせてしまって、しばらくアヒルの肉や鶏肉は食べられませんでしたよ。

あらっ。。。 野良猫に食べられてしまったのですか?

いや。。。 雛から大人に成長しましたよ。 でも、1匹は車にはねられて即死したのですよ。 もう1匹は、僕の両親が密かに近所の肉屋さんに持っていって、さばいてもらったのですよ。

あらっ。。。 食べてしまったのですか?

そうなのですよ。 食卓に、そのアヒルの肉が出てきて、弟たちは旨い旨いと言って食べてしまったけれど、僕は食べることができませんでしたよ。

それはそうでしょう! 可愛がっていたアヒルの肉が「北京ダック」になってテーブルにのっていたら、誰だって食べられませんわ。 それにしても、息子が可愛がっていたアヒルを肉屋さんで解体してしまったなんて、デンマンさんのご両親は血も涙もないのですわねぇ~!?

この話をすると、たいていの人がビックリするのだけれど、でもねぇ~、親父は動物が嫌いだったけれど、母親は、動物が好きでしたよ。

それなのに、どうして肉屋さんで解体してしまったのですか?

エサを食べさせるのは子供だけで充分で、アヒルにまでエサ代を使うのがもったいないというのが、母親の本音だったようですよ。

でも、それにしても。。。??

卑弥子さんも呆れてしまうでしょう!? 僕だってぇ、両親に対して怒って抗議するというよりも、呆れてしまいましたよ。 僕がずいぶん可愛がっていたから、後ろめたい気持ちがあったのでしょうね。 僕が呆れたように母親の目を見ると、正視できずに目をそらしましたよ。

それは、そうでしょうねぇ~。。。 で、今でも「北京ダック」は食べられないのでござ~ますか?


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いや。。。 「北京ダック」は僕の好物の一つですよ。 うへへへへへ。。。



つまり、米原万里さんのヒヨコのエピソードにデンマンさんは、マジで共感したわけなのでござ~ますわねぇ~!?

そうなのですよ。 それでこの記事で取り上げる気になったのです。 でもねぇ~、ヒトラーがベジタリアンだったというのは本当に意外でしたよ。

どうして。。。?

ちょっと次のビデオクリップを見てくださいよう。


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これだけ激しくエネルギッシュに演説する人ならば、毎晩 食卓で 血の滴(したた)るようなビフテキを食べていたと思うじゃありませんかア!



言われてみれば、確かにそうですわよねぇ~。 野菜と果物だけを食べていたら、ヒトラー総統のようなエネルギーは出てかないような気がしますわァ。

。。。でしょう!? だから 僕も、いったいどうなっているのかァ? 不思議に思ってネットで調べていたら 次の面白い、興味深いビデオ・クリップに出くわしたのですよ。


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ヒトラーは自分がベジタリアンだと

言われているのを知る。






あたくしはドイツ語も英語も苦手なので、どういうことだか良く解らないのですけれど。。。



あのねぇ~。。。、ヒトラーはマジで怒っているのですよ。

だから、どうしてでござ~ますか?

ヒトラーは「自分が厳格な菜食主義者であるという噂は、国民啓蒙・宣伝大臣のヨーゼフ・ゲッベルスによる印象操作だよ!」と喚(わめ)いているのですよ。 「あのアホンダラがァ~~!」とまで罵倒しているのですよ!

つまり、「自分はベジタリアンじゃない!」と言っているのでござ~ますか?

そうなのですよ。

では、いったい、ヒトラーはどちらだったのでしょうか?

あのねぇ~、僕も不思議に思って更にバンクーバー市立図書館で調べたのですよ。 そしたら次のDVDをゲットできたのですよ。


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■『実際のカタログページ』





あらっ。。。 ヒトラーの私設秘書のうちで 最も若かった トラウデル・ユンゲ(Traudl Junge)さんのインタビューの DVD ですわね。 



そうです。 トラウデルさんというのは、次のような女性なのですよ。

トラウデル・ユンゲ


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1942年12月に東プロイセンの総統大本営ヴォルフスシャンツェで、長期休暇に入るゲルダ・クリスティアンの代わりとなる秘書の採用試験を受けた。
彼女自身は舞踏家への夢を捨てきれず秘書職は一時的なものと考えていたが、そのため気楽でナーバスになっていなかったこと、そしてミュンヘン生まれであることが採用の決め手であったという。
この後、ベルヒテスガーデンの山荘ベルクホーフ、タウヌス山地のアードラーホルスト、ベルリンの総統官邸でごく身近からヒトラーの私的な時間をつぶさに目撃した。
その生活はヒトラーのスケジュールに合わせ、遅くに起きて昼食を採り、何度ものコーヒー休憩を挟んで遅い夕食をとったのちに映画を見てから仕事にかかり、深夜に仕事を続けて午前5時頃に就寝するというものだった。
1943年6月19日、ヒトラーの従卒であるハンス・ヘルマン・ユンゲ親衛隊中尉と職場結婚する。
夫は第12SS装甲師団ヒトラー・ユーゲントの一員として1944年8月にノルマンディで戦死した。


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   (夫と共に)

ベルリン市街戦のさなか、退避を勧めるヒトラーの言葉に従わず最後まで総統地下壕に残った。
4月28日、ヒトラーとエファ・ブラウンの結婚式に立ち会う。
その直後にヒトラーの遺言書をタイプした。
ヒトラーは4月30日午後3時半頃に自殺したが、そのとき彼女は隣の部屋でヨーゼフ・ゲッベルスの6人の子供たちと食事中だった。
本人はその後しばらくの記憶がないと述べているが、直後に地下壕を脱出して故郷バイエルンに逃れたものとみられる。
連合国軍に逮捕されたが、彼女が何者だったのか充分調査されることもなく、また彼女がまだ25歳と若かったため、ナチスとの共謀罪とみなされず解放された。
ナチス活動審査委員会で審問されたが罪は問われなかった。
戦後はゲルダ・アルトという変名で暮らし、フリーランスジャーナリストとして働いていた。

ホロコーストなどのナチスによるユダヤ人の迫害と自らの関係について「当時は知らなかった。でも知らなかったでは済まされない」とコメントしているものの、レニ・リーフェンシュタール同様、自身はナチズムと無関係であるという主張を生涯崩さなかった。



出典: 「トラウデル・ユンゲ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



この人は今でも生きているのでござ~ますか?



2002年2月10日に癌で亡くなりましたよ。

。。。で、トラウデルさんは、ヒトラーの菜食主義について何て言っていたのでござ~ますか?

インタビューの中で、はっきりと「ヒトラーはベジタリアンだった」と言っているのですよ。 ヒトラーの主治医の勧めもあって、胃腸のためにも肉を避けていたと言うのです。 また、オーストリア人のコック、クリューメルさんはブイヨンにわずかな肉や脂をくわえヒトラーの食事に出すことがあったというのです。 でも、「ほとんどの場合 総統はそのごまかしに気づいて、ひどくいやがり、お腹を気にしていました。 けっきょくスープはそのまま片付けさせ、マッシュポテトだけ食べたのです」と言ってるのです。

つまり、身近にいた人の目から見ても、ヒトラーは肉を避けていたということなのですねぇ。。。

どうやら、ヒトラーはマジでベジタリアンに近い食事をしていたようです。

つまり、ユダヤ人を何百万人とコンセントレーション・キャンプで虐殺したので、罪の意識から肉が食べられなくなったのでござ~ましょうか?

僕は違うと思いますよ。 あのねぇ~、ドイツ人の精神分析学者エーリヒ・フロムはヒトラーにとってのベジタリアニズムは姪であったゲリ・ラウバルの死を悼むためだと言うのですよ。 またベジタリアニズムは自分が人を殺すことなどできない人間だということを自身やまわりに証明する方法でもあったと言うのです。

でも、ユダヤ人をあれほど虐殺しているではありませんか?

ヒトラー自身はアドルフ・アイヒマンに丸投げして 虐殺をやらせていただけだから、自分では「殺していない」つもりでいたんでしょうね。

でも、普通の人の目にはヒトラーは“殺人鬼”のように映るでしょう!?

ところが、驚いたことに、トラウデルさん自身もインタビューで意外な事実として話しているのだけれど、ヒトラーは身近な人たちに対しては実に優しくて紳士的だったと言うのですよ。 演説の様子から受け取っていたイメージとは全く違っていたので、トラウデルさん自身も、初めの頃はそのギャップに戸惑ったほどだと言うのです。

あらっ。。。 じゃあ、米原万里さんは皮肉を込めて次のように書いたのでしょうけれど。。。、

もっと心優しく意志の強い人々は

ベジタリアンになるのだろう。

ヒトラーもベジタリアンだった。


身近に接すると、ヒトラーはマジで心の優しいおじ様だったのかもしれませんわねぇ~。 うふふふふふ。。。



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確かに、人は いろいろな面を持っているのでござ~ますわ。
あなただって、小さな頃、学校の先生に見せる態度と両親に見せる態度は違っていたでしょう?
もちろん、嫌な同級生に見せる態度と、仲の良い友達に見せる態度も違いますよね。

それに、両親に話せないことも、友達ならば話せるということだってあるでしょう!?
その逆に、先生には言えない事も両親には言えることだってありますわァ。

だから、ヒトラーは歴史的には“殺人鬼”、“戦争犯罪人”でも、
トラウデルさんたちのように身近に接した人たちにとっては、心の優しいおじ様だったということも充分にありえますよねぇ。

ヨーロッパの歴史もいいですけれど、
たまには古代の日本の歴史についても 覗いてみてくださいませ。
平安史、古代史の記事を用意しました。
ぜひ お読みくださいまし。
では。。。

■天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。
 

■天智天皇は暗殺された 

■定慧出生の秘密 

■藤原鎌足と長男・定慧 

■渡来人とアイヌ人の連合王国

■なぜ、蝦夷という名前なの?

■平和を愛したアイヌ人

■藤原鎌足と六韜

■古事記より古い書物が

どうして残っていないの?


■今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?


■マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。
卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


■『曲屁(きょくべ)』

■『天神様と東日本大震災』

■『日本は良い国か?』

■『日本を良い国に…』

■『エロい熟女』

■『アッと驚くマキアベリ!』

■『良寛さんの顔』

■『あなたの中の阿修羅』

■『蝦夷って悪い意味?』

■『伎楽は呉の音楽?』

■『呉越の謎』

■『紅のボートピープル』

■『蕎麦屋と忠臣蔵』

■『ピンクと桃色』

■『妻の不貞』

■『卑弥子さん、ご指名ですよ!』

■『カン違い大岡越前』

■『ロマンのカシオペア』

■『カシオペアの現実』

■『エロい徳子を探して』

■『紫式部と皇国史観』

■『エロい道鏡と薬師如来』

■『天平の麗しき淑女』

■『元からの饅頭』

■『なぜ唐に留まったの?』

■『下着美人』

■『一所懸命』

■『ねぇ、ねぇ、ねぇ効果』

■『遊女と三つ子』

■『布袋さんの魅力』

■『今、エジプトに?』

■『鍋かむり祭り』

■『日本人はどこから来たの?』

■『卑弥子も待ってます』

■『卑弥子の源氏物語』

■『源氏物語もエッチなのに』

■『失意の紫式部』

■『めちゃムカつく足枷』

■『床上手な女になりたい』

■『日本へ、紀元前のメイフラワー号』

■『日本の死海文書』

■『今さら聞けない、床上手』

■『兄妹の恋と大乱』


軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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