2014年9月1日月曜日

日本の一番長い日



 

日本の一番長い日

 


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デンマンさん。。。 “日本の一番長い日”ってぇ~、いつのことでござ~♪~ますかァ~?


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あのねぇ~、正確に言うと1945年(昭和20年)8月14日の正午から、国民に対してラジオ(日本放送協会)の玉音放送を通じてポツダム宣言の受諾を知らせる8月15日正午までの24時間のことです。

何で、急に“日本の一番長い日”を取り上げたのですか?

あのねぇ~、僕はバンクーバー市立図書館でDVDを借りて上の映画をしばらくぶりで観たのですよ。


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■『実際のカタログページ』



これがバンクーバー市立図書館の“日本の一番長い日 (Japan's Longest Day)”を紹介しているカタログページですか?



そうです。

デンマンさんは、8月28日に観て、それから上のコメントを書き込んだのですか?

そうです。

。。。で、どのような内容なのでござ~ますか?

『ウィキペディア(Wikipedia)』には次のように書いてありますよ。

日本のいちばん長い日


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『日本のいちばん長い日』は、1967年に公開された日本映画。製作及び配給は東宝で、東宝が創立35周年を記念して製作した白黒映画。

大宅壮一の名で発表されたノンフィクション『日本のいちばん長い日』(文藝春秋、初版1965年)を、東宝創立35周年記念作品として映画化。

タイトルの「日本のいちばん長い日」とは、昭和天皇や閣僚たちが御前会議において降伏を決定した1945年(昭和20年)8月14日の正午から、国民に対してラジオ(日本放送協会)の玉音放送を通じてポツダム宣言の受諾を知らせる8月15日正午までの24時間を指している。

陸軍将校の暴発(宮城事件)や厚木飛行場の小園安名大佐の反乱(悩乱)、政府首脳等の苦衷を通して、ポツダム宣言の発表の後、広島と長崎への原子爆弾投下を経て迎える8月14日から15日にかけての極限状態の1日を中心に、ポツダム宣言を受諾するまでの大日本帝国の姿を描く。
テーマとは別に異常なまでのカットバックとナレーションの多さも、多くの議論を起こした。今日でも脚本家「橋本忍」論の重要なテーマである。

原作はクレジット上では「一億総白痴化」「駅弁大学」など多くの名言を残した、ジャーナリストで評論家の大宅壮一となっているが、実際は当時『文藝春秋』の編集者で、後に作家となる半藤一利が執筆した。
俳優陣も三船敏郎以下豪華な顔ぶれとなり、いわゆるオールスター映画とされる。


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ラストの青年将校たちが疾走する砂利が敷かれた広場は本物の皇居二重橋前であり手持ちのカメラも含め、普通は撮影許可は下りない場所である。
監督の岡本喜八は逮捕を覚悟の上でゲリラ的にロケを敢行し、制止されてもおかしくはないと考えていたが、警備員達は笑いながら見物しているだけで特に問題は起きなかったという。

なおエンディングの配役クレジットタイトルは、昭和天皇役の八代目松本幸四郎以外は登場順で表示された。



出典: 「日本のいちばん長い日」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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あらっ。。。 予告編を見ただけでも なんだか すごい映画ですわねぇ~。。。



卑弥子さんは まだ一度も観たことがないのですか?

あたくしは戦争の映画が嫌いなのでござ~ますわァ。

どうして。。。?

だってぇ~、なにも好んで戦争の映画を観ることはないじゃありませんか! 幸せな気分にはなりませんもの。。。

確かにその通りです。 でもねぇ~、戦争の悲惨さを忘れて、また戦争に備えて軍備を調えなければならないと、真面目に本まで出版して書いている“とっちゃん坊や”が居ますからねぇ~。。。

そう言えば、デンマンさんは次の記事を書いていましたわねぇ~。


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■『とっちゃん坊やも日本を滅ぼす』



戦争を繰り返さないためにも、世界のネット市民が上の映画を観るべきだと僕は思いますね。



それで、デンマンさんは世界のネット市民の皆様が上の映画を観るように英語でコメントを書き入れたのでござ~ますか?

そうなのですよう。

でも、デンマンさんがコメントを書いたぐらいでカナダ人がDVDを借りて観るものなのですかァ~?

それがバンクーバー市立図書館には現在 上の映画の DVD が 2本しかないのだけれど、どれも借り出されてカナダ人が観ているのですよ。


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■『デンマンが観た映画のページ』



上のリンクをクリックして 赤い矢印で示した Availavility details をクリックすると 現在 2本の DVD がどうなっているかを示すウィンドーが飛び出します。



つまり、デンマンさんが書き込んだコメントを見て、二人のカナダ人が DVD を借りたのですか?

そうです。 その人たちが観てからコメントを書けば、さらに多くの人が見るのですよ。

どうして、そうだと解るのですか?

あのねぇ~、コメントを書くと図書館のログイン ページに次のように DVD のカバー写真が出るのですよ。


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■『ログイン ページ』



上の赤枠で囲んだ The Crown Prince という DVD も 借りた人が観終わってコメントを書き込んだので、こうしてログイン ページに表示されるのです。



つまり、デンマンさんがコメントを書き込んだ時には Japan's Longest Day のDVDのカバー写真が表示されていたのでござ~ますか?

そうですよ。 それを見た人が 2本の DVD を借りたというわけです。

。。。んで、上の映画を観ると、どのような感想を持つのでござ~ますか?

戦争の悲惨さを実感できるのです。 要するに、戦争というのは3年も5年も続けば、ほとんどの一般市民は、夫や兄弟や親戚の若者が戦死して、悲しい思いにさらされる。 それに、食糧事情も悪くなって、厭戦気分になるものですよ。 つまり、以前にも書いたけれど、宮松芳子おばあちゃんのように、「もう戦争はこりごりだわ」という気持ちになるのですよ。

戦後50年と私


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(終戦の)1年前、結婚して7年半だった主人は、赤紙とともに南方の島フィリピンに送られていました。
もちろんなんの消息もなく---生きているのは死んでいるのかも知れず---人づてに最初はミンダナオ島に送られたと聞いておりましたが、その後セブ島に渡ったという噂もあり、本当のところはわからずじまいです。

軍人でもない1民間人だった36歳の主人は、家計が裕福だったこともあり、趣味の油絵を勉強するために「戦争が終わったらフランスに行ってみたい……」などと、夢のようなことを言っておりました。
しかし、それも実現しないまま、帰らぬ人となってしまいました。


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出征したあの日のことは、今でも鮮明に脳裏に焼きついております。 (略) 1歳の次女を背に、6歳の長女、4歳の長男の手を引き、みんなと駅までぞろぞろ歩いては行ったものの主人の姿は見当たりません。
どうしたことかと心配していましたが、汽車の出発時間も迫ってくることですし、見送りの方々もプラットフォームに上がって来られました。
私も一緒に上がって行きましたら、なんと主人は長いホームの先端にたった一人で立っていたのです。

戦争を心底憎み、自由人でありたいと願っていた主人のやり場のない思いが、そんな行動を起こさせたのかもしれません。
軍律の厳しい軍隊の中で、その後どう生活したものかと考えると、胸がふさぎます。

終戦の翌年、昭和21年3月に、政府から正式に死亡公報が送られてきたときには、「皆さんと一緒に出発しなかったからよ」と、一人ごちたものでした。
同時に出征した町内の若者二人は無事帰還しましたが、桐箱の中に石と化した主人は、いったいどんな死に方をしたのでしょうか。
目の前で死を確かめていない別れ方は、いつまでもいつまでも中途半端な思いを引きずるものです。


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 (中略)

しかし人間というものは、本当に悲しいときには涙は出ないものだということを、この主人の死によって私は身をもって体験しました。
主人の遺骨の箱を手にした時は、涙よりも先に自分の肩にずっしりとかかってくるこれからの生活と、混沌とした将来を思い、「とにかく、しっかりしなければ」と自分に言い聞かせました。
「何があってもこの家族を飢え死にさせることはできない……」と心に誓ったとき、涙の一滴も落とす余裕はなかったのです。

 (中略)

(横浜のカトリック系)女学校で夢中で勉強した英語のおかげで、その後、私は外国商社で仕事をはじめました。
終戦直後、舅を送り、姑とは25年間生活をともにし最期を看取りました。
戦後のどさくさで荒稼ぎする人も多いなか、女の細腕を頼りの生活は本当に心細いこともたびたびでしたが、みんなが健康であってくれたのが何よりと思っております。

進駐軍の手から初めて日本側に戻された横浜のデパートというものを、「デパートってなあに?」と不思議がる次女に「何でも売っている所よ」と言ったら、「じゃあ、お父様を買ってきてよ」とダダをこねて私を困らせたものです。

その娘の住むトロントに移住して今年で18年が過ぎ、こちらの生活にもすっかり慣れました。
日本のように物があり余るぜいたくさはないにしても、生活に不自由しない適度な余裕を心から有り難いと思います。

そして、ここに来てからお知り合いになったご親切にしてくださる多くの方々との繋がりは、85歳という人生の先が見えている者には、何にもましての財産と日々感謝しております。

主人と、また沖縄の高射砲部隊で弟をも戦死させたこの大戦の「私の戦後」は死ぬまで消えることはないにしても、あの軍国主義の日本がなくなったことは、一日本人として全く悔いがないことを最後に付け加えたいと思います。





(赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真とイラストはデンマン・ライブラリーより)



213-218ページ 『カナダ生き生き老い暮らし』
著者: サンダース・宮松敬子
2000年12月10日 第1刷発行
発行所: 株式会社 集英社

『きびしい暮しの中のロマン』にも掲載。
(2014年7月28日)



この宮松芳子おばあちゃんのようにあの軍国主義の日本がなくなったことは、一日本人として全く悔いがないことを最後に付け加えたいと思いますというのが、あの戦争を経験した人たちの実感だと思うのですよ。 ところが、上の映画で観ても解るように、負けるのが判っているのに日本人が最後の一人になるまで戦争を続けなければならない!と思い込んでいる狂気じみた軍人がいたのですよ。



マジで。。。?

上の映画を観れば解ります。

でも、上の映画は結局は映画でしょう? つまり、事実とは違うのではござ~ませんかァ~?

いや。。。 ほぼ史実に忠実に映画化したものなのですよ。 いわばドキュメンタリーに近い映画です。 戦争ほど悲惨で馬鹿バカしいものはないと一般庶民は身にしみていた。 ところが、僕も含めて戦争を知らない世代が多くなった。 それなのに、子供時代に戦争を体験した世代までが日本が本格的に再軍備をしてアメリカと対等に外交交渉しようなどという寝言を言っている“とっちゃん坊や”が居る!

マジで。。。?

次の小文を読んでみてください。

「日本人の誇り」を回復するのに

何が必要か



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「日本人の誇り」を回復するための必然的第一歩は、戦勝国の復讐劇にすぎない東京裁判の断固たる否定でなければなりません。

 (中略)

その上で第二は、アメリカに押し付けられた、日本弱体化のための憲法を廃棄し、新たに、日本人の、日本人による日本人のための憲法を作り上げることです。 (略) 国家の主柱たる憲法に嘘があるからです。
「嘘があってもいいではないか。
戦後の経済発展は軍備に金をかけず経済だけに注力したからではないか」
という人もいます。
これも真っ赤な嘘です。
戦前のドイツ、日本、戦後の韓国や台湾、近年の中国など、毎年GDP比10%、あるいはそれ以上の軍備拡大をしながら目覚しい経済発展を遂げたからです。
軍備拡大とはある意味で景気刺激策とも言えますから、むしろ当然です。

次いで、第三は、自らの国を自らで守ることを決意して実行することです。 (略) 少なくとも一定期間、自らの力で自国を守るだけの強力な軍事力を持った上で、アメリカとの対等で強固な同盟を結ばなければなりません。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)



246-247ページ 『日本人の誇り』
著者: 藤原正彦
2011年4月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋



“日本人の誇り”じゃなく、愚かにも集団を組んでお互いに殺し合わないという“人間としての誇り”を持つことが先決なのですよ。 上の文章を読むと、結局、藤原正彦さんは、“とっちゃん坊や”で 日本を滅ぼすような考え方に凝り固まっていると思ったのですよ。 自分では、教養人のつもりでも、数学という狭い世界に閉じこもっていた“井の中の蛙”だと思えるようなことを言っている。



でも、自らの力で自国を守るだけの強力な軍事力を持つことは、すごく当然なことだと思いますけれど。。。

あのねぇ~、だから、それが“とっちゃん坊や”の浅はかな考え方ですよ。 すでに、世界のネット市民は地球人として“非暴力”の世界を望んでいるのですよ。


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でも、軍事力を持たないと国を守れないのじゃござ~ませんかァ?



だから、それがアメリカの悪い影響ですよ。 ケネディー大統領を暗殺した“アメリカン・エスタブリッシュメント (またの名を Military-industrial-Pentagon complex)”は軍事力こそ、平和のシンボルだと考えている。 それこそ地球を滅ぼす考え方ですよ。

でも、軍事力じゃなくて、何で国を守るとデンマンさんは言うのでござ~ますかァ~?

国を守るのは軍事力だと思うから、いつまで経っても戦争がなくならない。 上の4人は、暴力に反対しながら、平和を守り、自分たちの目的を達成させているではありませんかア!



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【デンマンの独り言】



戦争のない平和な時代というものが実際にはあったのです。
エジプト文明でも、クレタ文明でも、かつて1500年間戦争のない平和な時代がありました。

ところで、エジプトのギザのピラミッドは誰が何のために造ったのか?
知っていますか?
伝統的な歴史家の解釈では、古代エジプト人がファラオのお墓にするために造ったということになっています。

しかし、最近、人類学者、地質学者、土木技術者、天文学者、地球物理学者、考古学者、自称歴史学者などによる、新たな発掘や、発見などから、ピラミッドがファラオのお墓であるという解釈は退(しりぞ)けられています。
少なくとも、ギザのあの3つのピラミッドは墓ではないという見方が大勢を占めています。

それに、いつ頃 あのギザのピラミッドが造られたのか?
いわゆる“エジプトロジー学会”の言うところではピラミッドは 2575BC から 2150 BCにかけて造られたということになっています。

しかし、この考え方にも疑問を持っている研究者は多数います。
例えば、ギザの三大ピラミッドおよびナイル川の(当時の)流れ、そして他の多数のピラミッドとの配置に着目し、ピラミッド群は現在から1万500年前の天体の配置を模したものであるという説もあります。
すなわち、ナイルが天の川で、三大ピラミッドがオリオン座のベルト、即ち中央を横切る三つ星に相当、他のピラミッドも星の位置に対応しそれを反映しているということです。
三大ピラミッドのうち、メンカウラー王のピラミッドが他の2つの頂点を結んだ線からずれている点、大きさも他の2つよりも小さいことについて説明する有力な説とも言われています。
ただし、この説はいわゆる“エジプトロジー学会”では認められていません。

ちなみに、聖書は地球の年齢を約6,000年と教えています。
おそらく一部の狂信的な聖書信奉者を除いて、地球の年齢が約6,000年だと考えている人は居ないでしょう!
つまり、ダーウィンの『種の起源』が1859年に出版される以前は、多くの人が地球の年齢が約6,000年だと考えていたのです。
それから、まだ200年経っていません!

要するに、“エジプトロジー学会”の定説は、言ってみれば“聖書の教え”のような教条主義に陥(おちい)っているようです。
そのような教条主義から脱却して、意欲的で、自由な、創造的な発想でエジプトロジーを考える動きがすでに始まっています。
次に示すビデオ・クリップは3時間以上に渡る長いものですが、そのような人たちによる 新しいエジプトロジーの動きです。
英語ですが、映像がふんだんにあって、講義はありません。
実に興味深いビデオです。
3時間見る価値があります。

なぜ。。。?
かつて、戦争のない平和な世界を出現させた高度な文明を持った人たちが、この地球上にいたのです。
その人たちのことが次のビデオクリップには出てきます。





どうでした?
上のビデオを見ると、最近のエジプトロジーの動向と未来が見えてくると思います。

ところで、エジプト文明も面白いですけれど、日本の古代も面白いですよ。
たまには、日本の古代史の記事も読んでください。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。
ぜひ 覗いてみてください。

■定慧出生の秘密 

■藤原鎌足と長男・定慧 

■渡来人とアイヌ人の連合王国

■なぜ、蝦夷という名前なの?

■平和を愛したアイヌ人

■藤原鎌足と六韜

■古事記より古い書物が

どうして残っていないの?


■今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?


■マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。
卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


■『曲屁(きょくべ)』

■『天神様と東日本大震災』

■『日本は良い国か?』

■『日本を良い国に…』

■『エロい熟女』

■『アッと驚くマキアベリ!』

■『良寛さんの顔』

■『あなたの中の阿修羅』

■『蝦夷って悪い意味?』

■『伎楽は呉の音楽?』

■『呉越の謎』

■『紅のボートピープル』

■『蕎麦屋と忠臣蔵』

■『ピンクと桃色』

■『妻の不貞』

■『卑弥子さん、ご指名ですよ!』

■『カン違い大岡越前』

■『ロマンのカシオペア』

■『カシオペアの現実』

■『エロい徳子を探して』

■『紫式部と皇国史観』

■『エロい道鏡と薬師如来』

■『天平の麗しき淑女』

■『元からの饅頭』

■『なぜ唐に留まったの?』

■『下着美人』

■『一所懸命』

■『ねぇ、ねぇ、ねぇ効果』

■『遊女と三つ子』

■『布袋さんの魅力』

■『今、エジプトに?』

■『鍋かむり祭り』

■『日本人はどこから来たの?』

■『卑弥子も待ってます』

■『卑弥子の源氏物語』

■『源氏物語もエッチなのに』

■『失意の紫式部』

■『めちゃムカつく足枷』

■『床上手な女になりたい』

■『日本へ、紀元前のメイフラワー号』

■『日本の死海文書』

■『今さら聞けない、床上手』

■『兄妹の恋と大乱』

■『えっ、ヒトラーはベジタリアン?』

■『外人に乗っ取られた日本?』

■『失われたバレンタイン』

■『軽井沢夫人@日本王国』

■『都知事になれなかった男』

■『落選男の正体?』

■『カナダはカエデの国なの?』

■『海外飛躍遺伝子』

■『ふるさとは遠きにありて…』

■『芭蕉と遊女の出会い』

■『芭蕉と遊女が…あれぇ~!』

■『宮沢りえと3723人の観客』

■『血のつながり』

■『チョー有名な三角関係』

■『日本の真ん中』

■『デンマンの死@玉淀』

■『血の絆』

■『イジメられたら?』

■『アタマにくる一言をかわすには』

■『顔文字がダメなら?』


軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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