2015年3月15日日曜日

日本は外人に乗っ取られたの?


 

日本は外人に乗っ取られたの?

 


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デンマンさん。。。 どうしてショッキングなタイトルを持ち出したのでござ~♪~ますのォ~。。。?


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僕もちょっとビックリしたのですよ。

つまり、どなたかが デンマンさんに、そう尋ねたのでござ~ますかァ?

いや。。。 実は次のリストを見たのです。


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これは Denman Blog の 3月13日の「人気記事リスト」なのですよ。



あらっ。。。 いつものように次のヤ~らしい記事が 293人に読まれてダントツですわねぇ~。。。


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■『床上手な女の7つの見分け方』



ヤ~らしい記事じゃありませんよゥ!。。。とっても ためになる記事です。。。 だから、たくさんのネット市民の皆様に読まれているのですよ。。。 でもねぇ~、僕がビックリしたのは 上の記事がダントツで読まれているからではないのです。



つまり、赤枠で囲んである『外人に乗っ取られた日本?』という記事が 3人に読まれているので“日本は外人に乗っ取られたの?”と、デンマンさんもマジで そう思ったのでござ~ますかァ?


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いや。。。 僕が『外人に乗っ取られた日本?』という記事を書いたのですからねぇ。。。 だから、とりわけ驚いたわけじゃないのだけれど、どうして今になって また読まれているのォ~?。。。と、ちょっと意外だったのですよ。



でも、それほど意外なことではござ~♪~ませんわァ~!

あれっ。。。 卑弥子さんには、どうして『外人に乗っ取られた日本?』が読まれたのか? その理由が解っているのですか?

もちろんですわ。

卑弥子さんは 国際政治にも関心があるのですか?

日本に住んでいれば、いやでも海外からのニュースが これでもか。。。、これでもかァ~!。。。と、言うように飛び込んできますから、いやでも国際感覚が研(と)ぎ澄(す)まされてしまうのでござ~ますわァ。

それで、上の3人は どういうわけで『外人に乗っ取られた日本?』を読んだのですか?

ちょっと次の写真をご覧になってくださいましなァ~。


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かつて中曽根首相の時代には、日本は国際社会の中でも かなり重要な位置を占めていたのですわ。 だから、写真で見ても解るように中曽根首相がレーガン大統領と隣同士で写っているのですわよう。



なるほど。。。、なるほどォ~。。。

ところが 最近では日本の存在は影が薄くなっているのでござ~ますわよう。 安倍首相は前から2列目の向かって右から4番目に写っているのですわ。

なるほど。。。、なるほど。。。

つまり、この調子で進んでゆくと、やがて、日本の影はもっと薄くなって、やがては外人に乗っ取られてしまうのではないかと。。。 そのように心配する日本人も出てきているのですわよ。。。 実際、最近では、海外から投資が増えて、日本の大手の企業が外人に乗っ取られたかのように、社長が外国人であるところも珍しくなくなってきているのですわァ。

うん、うん、うん。。。 なるほどォ~。。。

だから、『外人に乗っ取られた日本?』が読まれのも不思議ではござ~ませんわァ。

でもねぇ~。。。 考えてみると、もともと日本は“外人”に乗っ取られた国なのですよ。

あらっ。。。 どうしてデンマンさんは、そのような身も蓋も無い事を言うのでござ~ますかァ~?

たまたま ネットをサーフィンしていたら 次のビデオ・クリップにぶち当たったのですよ。


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【歴史ミステリー】大化の改新はなかった?





あらっ。。。 大化の改新はなかったというのは ホントでござ~ますか?



あのねぇ~。。。 何を以(も)って「大化の改新」と言うのか? それによって答えはイエスともノーともなるのじゃないか!?。。。と僕は思うのですよ。 645年に「乙巳(いっし)の変」という事件が起こった。 蘇我入鹿が殺された事件のことを指して「大化の改新」と言うこともできるのですよ。

でも、たいてい クーデターである「乙巳の変」の後に行われた一連の政治改革が「大化の改新」だと言われていると思いますわ。

あれっ。。。 卑弥子さんは けっこう詳しいのですねぇ~。。。

だってぇ、その程度の事は学校で教わりましたわァ。

とにかく、僕も いろいろと調べてみたのだけれど、この いわゆる「大化の改新」には謎が多いのですよ。 それで、上のテレビ番組でも【歴史ミステリー】として取り上げているわけですよ。

でも、当時の日本が外人に乗っ取られていたなんて、上のビデオ・クリップでは一言も触れてないでしょう!?

その通りです。 日本が外人に乗っ取られていたなんて言ってません。

それなのに、デンマンさんは当時の日本は外人に乗っ取られていたと主張するのですか?

そうですよ。 当然のことですよ!

でも。。。 でも。。。 そのような事を学校では教わりませんでしたわ。

でもねぇ~、証拠はたくさんあるのですよ。 ほとんどの人は知らないだけなのですよ。 あるいは、認めようとしないのですよ。

その証拠というのは。。。?

例えば、上のビデオ・クリップでも次のように説明していますよ。


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「乙巳(いっし)の変」を決行した重要人物は二人。 後の天智天皇になる中大兄皇子と中臣鎌子(鎌足)ですよ。 この中臣鎌足は後に藤原氏の姓をもらうわけです。 この鎌足の次男が藤原不比等ですよ。 不比等の4人の子供たちが藤原四兄弟として、それぞれ武智麻呂の南家、房前の北家、宇合の式家、麻呂の京家の4家に分かれ、藤原四家の祖となったわけですよ。 つまり、この時から藤原氏は 日本史の表に出たり裏に引っ込んだりしながら、日本を牽引(けんいん)してゆくのですよ。



でも、鎌倉幕府が出来てからは藤原氏は没落したのでしょう!?

表面的には没落したように見えるけれど、裏では影響力を現在まで持ち続けたのですよ。

マジで。。。?

あのねぇ~、藤原氏の一族は、奈良時代から平安時代までは本姓の「藤原」を名乗ったけれど、鎌倉時代以降は姓の藤原ではなく、「近衛」「鷹司」「九条」「二条」「一条」などの苗字に相当する家名を名のり、公式な文書以外では「藤原」とは名乗らなかったのですよ。 でもねぇ~、例えば戦前に総理大臣になった近衛文麿は、この「近衛」家の歴代の当主のひとりですよ。

あらっ。。。 そうだったのでござ~ますかァ~?

藤原氏は、日本では皇室に次いで大きな広がりと歴史を持つ家系ですよ。 指揮者・作曲家で貴族院議員を務めた近衞秀麿は異母弟、徳川家正は従弟にあたる。 また、第45・46代熊本県知事や第79代内閣総理大臣を務めた細川護煕や、日本赤十字社社長や国際赤十字赤新月社連盟会長を務める近衞忠煇は近衛文麿の孫にあたるのです。

でも。。。、でも。。。、この藤原氏の祖先は マジで外人だったのでござ~ますかァ?

当然でしょう!

当然でしょうってぇ~、学校ではそのようには教わりませんでしたわ。

もちろんですよ。 戦前の皇国史観が戦後もある分野では根強く残っていましたからね。 それに、大化の改新当時はどうであれ、今では近衛文麿を外人だと思う人は、この日本には誰もいないでしょう! でもねぇ、藤原鎌足は外人だった。

あらっ。。。 マジで。。。?

それに、卑弥子さんの祖先も外人だったのですよ。

あらっ。。。 そのような事は母からも父からも聞いてませんわア。

やだなあああァ~。。。 だってぇ、京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授の祖先は藤原不比等の妻になった橘三千代(県犬養三千代)なのですよ! それに、僕の祖先も百済からやって来ましたからね。 


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■『デンマンの祖先は

百済からやって来た』




やはり、僕の祖先も 元をただせば外人だったのですよ。



。。。で、藤原鎌足が外人だという証拠は。。。?

そのことなら、僕はかつて記事に書いたのですよ。 ちょっと次の小文を読んでみてください。

『日本書紀』に隠された真実の声

この事件(乙巳の変)の後で、現場に居合わせた古人大兄皇子は人に語って言います。
「韓人(からひと)、鞍作臣(くらつくりのおみ)を殺しつ。吾が心痛し」
つまり、「韓人が入鹿を殺してしまった。ああ、なんと痛ましいことか」 

しかし、「韓人」とは一体誰をさして言ったのか、ということでこの事件に関する研究者の間では、いろいろな説が出ています。
入鹿を殺したのは、中大兄皇子です。
その計画を立てたのが中臣鎌足。
それに手を貸したのが佐伯連子麻呂と葛城稚犬養連網田です。
ところが、この中には従来の古代史研究者の間で「韓人」と信じられている人は居ません。

「韓人」とは、もちろん韓(から)からやって来た人のことです。
下の地図で見るとおり、紀元前1世紀の朝鮮半島には馬韓・辰韓・弁韓という3つの「韓国」がありました。


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これらの国は、国といっても部族連合国家のような連合体です。
大まかに言えば、このうち辰韓と弁韓は紀元前57年に融合して新羅になります。
一方、馬韓は百済になります。

要するに「韓人」とは朝鮮半島の南部からやって来た人をそのように呼んだわけです。
従って、この当時で言えば百済か新羅からやって来た人のことです。

実は、中臣鎌足は百済からやってきたのです。
少なくとも、彼の父親の御食子(みけこ)は、ほぼ間違いなく百済から渡来した人間です。
中臣という姓は日本古来の古い家系のものですが、この御食子は婚姻を通じて中臣の姓を名乗るようになったようです。
藤原不比等は当然自分の祖父が百済からやってきたことを知っています。
しかし、「よそ者」が政権を担当するとなると、いろいろと問題が出てきます。
従って、『古事記』と『日本書紀』の中で、自分たちが日本古来から存在する中臣氏の出身であることを、もうくどい程に何度となく書かせています。

なぜそのようなことが言えるのか?という質問を受けることを考えて、次のページを用意しました。ぜひ読んでください。


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■『藤原氏の祖先は

朝鮮半島からやってきた』


『日本書紀』のこの個所の執筆者は、藤原不比等の出自を暴(あば)いているわけです。
藤原氏は、元々中臣氏とは縁もゆかりもありません。
神道だけでは、うまく政治をやっては行けないと思った時点で、鎌足はすぐに仏教に転向して、天智天皇に頼んで藤原姓を作ってもらっています。
その後で中臣氏とは袖を分かって自分たちだけの姓にします。
元々百済からやってきて、仏教のほうが肌に合っていますから、これは当然のことです。

この辺の鎌足の身の処し方は、まさに『六韜』の教えを忠実に守って実行しています。
彼の次男である不比等の下で編纂に携わっていた執筆者たちは鎌足・不比等親子の出自はもちろん、彼らのやり方まで、イヤというほど知っていたでしょう。

執筆者たちのほとんどは、表面にはおくびにも出さないけれど、内心、不比等の指示に逆らって、真実をどこかに書き残そうと常に思いをめぐらしていたはずです。
しかし、不比等の目は節穴ではありません。
当然のことながら、このような個所に出くわせば気が付きます。
不比等は執筆者を呼びつけたでしょう。


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「きみ、ここに古人大兄皇子の言葉として『韓人、鞍作臣を殺しつ。吾が心痛し』とあるが、この韓人とは一体誰のことかね?」


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「はっ、それなら佐伯連子麻呂のことですが」

「彼は韓からやって来たのかね?」

「イエ、彼本人は韓からではなく、大和で生まれ育ちました。しかし、彼の母方の祖父が新羅からやってきたということです。何か不都合でも?」

「イヤ、そういうことなら別に異存はないが。しかし、君、古人大兄皇子は、実際、そんなことを言ったのかね?」

「ハイ、私が先年亡くなった大伴小麻呂の父親から聞きましたところ、はっきりとそう言っておりました。中国の史書を見ると分かるとおり、歴史書を残すことは大切なことだから、古人大兄皇子の言葉としてぜひとも書き残してくださいということで、たってのお願いでした。何か具合の悪いことでも?」

「イヤ、そういうことなら、そのままでいいだろう」

恐らくこんな会話が、編集長・藤原不比等としらばっくれた、しかし表面上はアホな顔つきをしていても、内心では反抗心の旺盛な執筆者との間で交わされたことでしょう。


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執筆者の中にも気骨のある人がいたでしょうから、不比等と張り合って上のような狸とイタチの化かし合いの光景が見られたことでしょう。
この古人大兄皇子は上の聖徳太子の系譜で見るように、蘇我氏の血を引く皇子です。
蘇我入鹿とは従兄弟です。
また、中大兄皇子とは異母兄弟に当たります。
古人大兄皇子が次期天皇に目されていました。
しかし野望に燃える中大兄皇子のやり方を知っている皇子は、身の危険を感じて乙巳の変の後出家して吉野へ去ります。
しかし、中大兄皇子は、それでも安心しなかったようです。
古人大兄皇子は謀反を企てたとされ、645年9月に中大兄皇子の兵によって殺害されます。
これで、蘇我本宗家の血は完全に断たれることになったのです。

古人大兄皇子が実際に「韓人(からひと)、鞍作臣(くらつくりのおみ)を殺しつ。吾が心痛し」と言ったかどうかは疑問です。
野望に燃える中大兄皇子の耳に入ることを考えれば、このような軽率なことを言うとは思えません。
しかし、『日本書紀』の執筆者は無実の罪で殺された古人大兄皇子の口を借りて、真実を書きとめたのでしょう。
「死人に口なし」です。

このようにして『日本書紀』を見てゆくと、執筆者たちの不比等に対する反抗の精神が読み取れます。
中大兄皇子と中臣鎌足にはずいぶんと敵が多かったようですが、父親のやり方を踏襲した不比等にも敵が多かったようです。
中大兄皇子が古人大兄皇子を抹殺した裏には、鎌足が参謀長として控えていました。
この藤原氏のやり方はその後も不比等は言うに及ばず、彼の子孫へと受け継がれてゆきます。
後世、長屋王が無実の罪を着せられて藤原氏によって自殺へ追い込まれますが、このやり方なども、古人大兄皇子が殺害された経緯と本当に良く似ています。



『韓人(からひと)」とは誰か?』より
(2003年9月24日)



でも、たとえ、藤原家の祖先が百済からやって来たとしても、それだけで当時の日本が外人に乗っ取られたと言うのは、言い過ぎぎだと思うのでござ~ますわァ。



あのねぇ~、他にも証拠があるのですよ。 藤原家の祖先だけが外人ではなかったのですよ。 当時の政府には大臣や官僚に多くの外人が就いたのです。 次の小文を読んでください。

人類学者 埴原和郎(1928-2004)は80年代に日本列島の古代の人口増が同じ農耕民族とくらべて著しく大きいことに気付き、つぎのような仮説を発表した。

人口推計は小山修三(国立民族学博物館)のコンピューターシミュレーションを使用し、縄文晩期から古墳時代終末期の700年ごろまでの千年間の人口が著しく増えたことを分析した。

75,800人から 5,399,800人 (人口千年間に 70倍)

世界農耕民は年 0.1%  日本は 0.427%

社会増がある --- 移民(渡来人) 3,000,000人 ほど

7世紀住民構成 縄文直系 1 - 渡来 25

平均増加率 0.1 ~ 0.2 として 渡来系 1,500,000人以上

縄文系対渡来系 最終的に 1 対 8.6



(『科学朝日』 1988年2月号)

ここで近江政権をざっと見ておこう。
663年、白村江の敗戦の後に那津(博多)をへて近江に作られた新政権はきわめて百済色の濃いものであった。
(日本書)紀によれば、翌年に百済王善光らを難波に住ませたとあり、ここまでの百済渡来(亡命)要人と併せるとひとつの政府幹部を構成するほどで、近江国に移住させた例で神前郡に男女400人(665年)、蒲生郡に700人(669年)と記した。

 (中略)

彼らは軍参謀、法務官、文部大臣を占め、近江政府からの叙勲、任官は50人を超えている(671年)。

中大兄は668年になって(天智天皇として)即位した。
四男十女があった。
後の持統、元明の両女性天皇、大友王子(明治になって弘文天皇と追称)をふくむ。
なお、中大兄は葛城王子と称したが、この通称は高句麗系か。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)



40ページ、298-299ページ
『ゼロからの古代史事典』
編著者: 藤田友治 伊ヶ崎淑彦 いき一郎
2012年8月10日 初版第2刷発行
発行所: 株式会社 ミネルヴァ書房



7世紀住民構成 を見てくださいよ。 縄文直系 1 - 渡来 25 ですよ。 渡来人が現日本人(アイヌの人たち)の 25倍ですよ。 当然のことながら、当時の首都圏に渡来人が集中して住んだでしょう! なぜなら、この人たちは文字を読んだり書いたりすることが出来る。 だから、多くの渡来人が小役人になった。 それで、都周辺には渡来人があふれていたのですよ。



つまり、アメリカ史で言えば、メイフラワー号に乗ってアメリカにやってきた英国人が やがて土着の原アメリカ人(インディアン)を西部に追いやって、東部に13州のアメリカ政府を作ったよなものだと、デンマンさんは言うのですか?

その通りですよ。 日本では渡来人が九州から関東に住むようになり アイヌ人たちを東北に追いやったのですよ。

要するに、歴史は繰り返すということですわね。

その通りですよ。


【初出: 2014年3月21日 『外人に乗っ取られた日本?』】


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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。
あなたは、どう思いますか?

やがて、国際交流が激しくなれば、
国境なんて無くなると思うのですわよ。

今でも、ネットの社会では 国境など無いに等しくなっておりますわ。
実際、デンマンさんの Denman Blog には 114ヵ国の日本語が解るネット市民の皆様がアクセスして記事を読んでいるのですわよ。

 

海外からのアクセス

 


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■"Denman Blog"

国に拘(こだわ)っているのは、その国で権力を握っている一部の政治家、
例えば プーチンだとか かつての独裁者ヒトラーだとか。。。
そういう権力志向の政治家なのですわ。

それと、例えば、アメリカの『軍産複合体』のような組織が、お金と権力を握るために、
現状維持を決め込んでいるのです。

ネットの世界では、すでに国境は取り払われて
ネット市民の国際交流は盛んに行われていますわァ。
あなただってぇ、そう思うでしょう!?

現に、デンマンさんがこの記事を書いているのは、カナダの西海岸バンクーバーなのですわ。
世界は、広いようで、狭くなっているのですわよう。
ネット市民として 国に拘っている場合じゃないのですわ。

ところで、個人的なことになりますけれど、あたくしは“平成の紫式部”と呼ばれているのでござ~ますゥ。
信じられないってぇ~。。。?

じゃあ、『卑弥子の源氏物語』を お読みくださいませぇ。。。


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■『卑弥子の源氏物語』

どうですか? あたくしが “平成の紫式部”だと納得がゆきましたか?

ええっ。。。 ちょっと納得がゆかないのでござ~ますかァ?

そうでしょうねぇ~。。。 あたくしだって、デンマンさんの お話を聞いていて なんとなく 騙されているような気になるのですものォ~。。。 

でも こう見えても 一応 京都の女子大学で腐女子たちに「日本文化と源氏物語」を講義しているのでござ~ますわァ。

ただし、なかなか あたくしの魅力を認めてもらえないのでござ~ますう。
つまり、結婚相手が 現れないのですわァ。

この際 高望みはいたしません。
“寅さん”のような人でもいいですわ。
旅に出ていることが多いので 手がかからないと思うのでござ~ますう。

ついでだから、寅さんの映画でも見て、希望をつなごうと思います。

“袖触れ合うも他生の縁”と申します。
あなたも 一緒に寅さんのYouTubeでも見てくださいねぇ~。。。


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ちなみに、紫式部のお話も面白いですけれど、古代のお話も心にしみますわァ。
たまには、日本の古代史の記事も読んでくださいませぇ。

そういうわけで あなたのために平安史、古代史の記事を用意しました。
ぜひ 覗いてみてください。

■天武天皇と天智天皇は

同腹の兄弟ではなかった。
 

■天智天皇は暗殺された 

■定慧出生の秘密 

■藤原鎌足と長男・定慧 

■渡来人とアイヌ人の連合王国

■なぜ、蝦夷という名前なの?

■平和を愛したアイヌ人

■藤原鎌足と六韜

■古事記より古い書物が

どうして残っていないの?


■今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?


■マキアベリもビックリ、

藤原氏のバイブルとは?


とにかく、次回も興味深い記事が続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、またねぇ~。。。


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ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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ところで、平成の紫式部こと、卑弥子さんは見かけによらず、京都の女子大学で腐女子に「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子・准教授という肩書きを持っています。

卑弥子さんの面白い話をもっと読みたい人は
下のリンクをクリックして読んでみてくださいね。


■『卑弥子さん、ご指名ですよ!』

■『カン違い大岡越前』

■『ロマンのカシオペア』

■『カシオペアの現実』

■『エロい徳子を探して』

■『紫式部と皇国史観』

■『エロい道鏡と薬師如来』

■『天平の麗しき淑女』

■『元からの饅頭』

■『なぜ唐に留まったの?』

■『下着美人』

■『一所懸命』

■『ねぇ、ねぇ、ねぇ効果』

■『遊女と三つ子』

■『布袋さんの魅力』

■『今、エジプトに?』

■『鍋かむり祭り』

■『日本人はどこから来たの?』

■『卑弥子も待ってます』

■『卑弥子の源氏物語』

■『源氏物語もエッチなのに』

■『失意の紫式部』

■『めちゃムカつく足枷』

■『床上手な女になりたい』

■『日本へ、紀元前のメイフラワー号』

■『日本の死海文書』

■『今さら聞けない、床上手』

■『兄妹の恋と大乱』

■『えっ、ヒトラーはベジタリアン?』

■『外人に乗っ取られた日本?』

■『失われたバレンタイン』

■『軽井沢夫人@日本王国』

■『都知事になれなかった男』

■『落選男の正体?』

■『カナダはカエデの国なの?』

■『海外飛躍遺伝子』

■『ふるさとは遠きにありて…』

■『芭蕉と遊女の出会い』

■『芭蕉と遊女が…あれぇ~!』

■『宮沢りえと3723人の観客』

■『血のつながり』

■『チョー有名な三角関係』

■『日本の真ん中』

■『デンマンの死@玉淀』

■『血の絆』

■『イジメられたら?』

■『アタマにくる一言をかわすには』

■『顔文字がダメなら?』

■『日本の一番長い日』

■『オルフェと聖徳太子』

■『寅さんの本棚』

■『平成の紫式部』

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軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Sayuri
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