2026年11月2日月曜日

坂本龍馬の養子


 


坂本龍馬の養子


 





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デンマンさん。。。今日は坂本龍馬の養子 のお話ですかァ〜?



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そうです。。。ベティさんは、つまらなそうですねぇ〜。。。


いいえ、つまらないと言うほどではありませんわァ。。。坂本龍馬に養子がいたとは思いませんでした。ちょっとビックルしましたわァ〜。。。


実は、僕も知らなかったのですよ。。。つい最近、次の動画を観て知ったのです。。。


 



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約160年前の1867年11月16日午後午大阪に滞在していた海援隊のもとに衝撃の知らせが届く。
坂本龍馬が斬られた。


死を知った隊員たちは、ざわつく心を抑えながら夜の船に飛び乗り京都へ向かう。
その中心にいたのが高松太郎。朝廷の命により坂本龍馬の養子となり坂本直と名乗る男だ。


まずは彼の素情から話しておこう。
彼は土佐藩で生まれた。母は龍馬の姉の千鶴(ちず)。
叔父にあたる龍馬とは7つしか違わず兄のように慕った
。


高松太郎が19歳の時、九州に剣術修行の旅に出る。旅先で武市半平太に出会ったことをきっかけに土佐勤王党に加盟して尊皇攘夷運動に身を投じるが、のちに叔父・龍馬の紹介によって幕臣・勝海舟の弟子となる。
神戸海軍操練所で航海術を習うが、八月十八日の政変の影響で土佐勤王党が弾圧されると、文久3年(1863年)に脱藩。


その後、一時は薩摩藩に匿われるが、龍馬や陸奥宗光らと長崎で亀山社中(後の海援隊)を結成。
長州藩船ユニオン号を購入するなど活躍する。


太郎は 王政復古後、箱館裁判所権判事として赴任(小野淳輔名義)する。
坂本龍馬が掲げた大きな夢の1つが蝦夷地開発。蝦夷地とは現在の北海道に当たり道南に存在した松前藩の管轄地を除いた地域を指す。
将来を見越して龍馬は太郎に蝦夷地との物資交流計画を立てたり土地の様子を調べるよう命じていた。


しかし、旧幕府軍が箱館に侵攻してくると清水谷公考総督らとともに青森に撤退した。
維新後は宮内省に出仕するが早々に退職した。


その後の明治4年(1871年)8月、龍馬の家督を相続して朝廷から永世十五人扶持を給せられ、名を坂本直と改める。
以後、東京府典事、宮内省雑掌、舎人などを歴任するも、キリスト教信奉を理由に宮内省を免職になる。


キリスト教に帰依した後は高知教会(現在、日本基督教団高知教会)の熱心な信者になり、同じくクリスチャンとなった龍馬の暗殺犯とされる今井信郎を龍馬の法要に招いたりもしている。
晩年は弟・直寛宅に同居した。明治31年(1898年)、病気のため57歳で死去した。


ここにエピソードがある。
家督を相続した後、坂本家の元を訪ねてきた女性がいた。
龍馬の妻・お龍だった。


奥から姿を表した太郎は彼女の顔を見た途端に表情をくもらせ静かにこう言った。
「あなたはもう坂本家に関係のない人じゃありませんか? 何のご用かは知りませんが、どうかお帰りなさってください。今後、尋ねてこられてもお会いすることはありませんよ。」


突然の言葉に お龍は気に取られたが すぐさま顔をひきつらせ強い口調で返した。
「え、ようございます。お前さんのような人でなしとは もはや口も聞きませぬ。顔も合わせぬ。さようなら。」
それだけ言うと踵(きびす)を返し、坂本家を後にした。


龍馬とお龍ば日本で初めて新婚旅行をしたとしている。
そんなイメージから仲むつまじい家庭をイメージするが、坂本直はお龍を突き放した。
それにはこんな事情があった。彼女は龍馬が亡くなった後、龍馬の兄の家に身を寄せていた。
すると色じろで美人で知られており、 龍馬の幼馴染みの何人かと関係を持つようになったという。


周囲の人々は龍馬の名に関わることだからと再三諭したが状況は 変わらず、ついに龍馬の兄が坂本家に置くわけにはいかない。
龍馬の名を出さぬようにと約束させ手切れ金を渡して、追い出した。


一方でお龍ば、彼女の理由を全く違う形で語っている。龍馬の兄夫婦は龍馬の遺産を目的に自分を家にお龍を呼び入れたものの ひどい嫌がらせをするようになった。
そこで金などらない。あんな家こっちから願い下げだとタンカを切り自ら家を飛び出したという。


その後、お龍は東京に住む妹の家に身を寄せた商人と再婚したものの晩年は酒に頼る生活が続いた。
「私は龍馬の妻だった」と誇らしげに語っていたらしい。


66歳で亡くなったが、墓は 神奈川県横須賀市にある。
最後は西村となっていたが墓にはこう刻まれている。
「坂本龍馬之妻龍子之墓」



 



あらァ〜。。。坂本龍馬の養子になった坂本直さんはお龍さんに冷たかったのですわねぇ〜。。。なぜかしら?



実は、僕もそう思ったので、ChatGPT にいろいろと尋ねてみました。。。


 




『坂本龍馬の養子』というドキュメンタリー動画を見ました。
意外な成り行きにビックリしました。
ここで質問です。


① 龍馬の暗殺犯は今井信郎というのは事実なのか?


② 龍馬の養子・坂本直は、なぜクリスチャンになったのか?


③ クリスチャンとなった坂本直は、龍馬の暗殺犯とされる今井信郎を龍馬の法要に招いたと言うが、これは史実なのか?


④ 龍馬の家督を相続して朝廷から永世十五人扶持を給せられた、というが、これはどのような経緯があったのか?


⑤ 将来を見越して龍馬は太郎に蝦夷地との物資交流計画を立てたり土地の様子を調べるよう命じていた。開発まで行うようにという計画だったのに、どういうわけで青森に撤退したのか?


⑥ 龍馬とお龍ば日本で初めて新婚旅行をしたことになっているが、これは事実なのか? どこへ新婚旅行にいったのか?


⑦ お龍が龍馬の幼馴染みの何人かと関係を持つようになったというが、それは事実なのか?


⑧ お龍が龍馬の兄夫婦の家を出た本当の理由とは?


⑨ 坂本直はお龍を突き放した。それはなぜか?


⑩ お龍が再婚した理由は? なぜ独身を通して自活の道を選ばなかったのか?


⑪ 再婚したあとの生活は荒れたもののようだが、それはなぜか?


⑫ お龍の墓には「坂本龍馬之妻龍子之墓」と刻まれているが、西村家や坂本家から苦情が出て、墓を取り壊すことにはならなかったのか?



はい。今回の動画は、史実・後世の伝承・お龍に対する悪評・キリスト教的な「赦し」の物語がかなり混ざっています。


特に重要なのは、①の「今井信郎が龍馬を斬った」という話と、⑦の「お龍が龍馬の幼馴染みと関係を持った」という話です。前者は有力説ではありますが断定できず、後者はさらに慎重に扱う必要があります。


順番に整理します。


 



①龍馬の暗殺犯は今井信郎なのか?


「有力な容疑者・関係者の一人」ではありますが、「確定した実行犯」とするのは正確ではありません。


近江屋事件について、現在も決定的な史料はありません。高知県立坂本龍馬記念館も、今井信郎・渡辺篤・中岡慎太郎の証言などが食い違っており、今井自身の証言も3回あって一貫しないため、実行犯や黒幕を断定できないとしています。


一方、今井信郎自身は後年、近江屋事件への関与を認める証言をしています。明治33年(1900)には、龍馬暗殺について語った記録も残っています。ただし、この証言も取材者による脚色・誇張の可能性が指摘されています。


したがって、「今井信郎=龍馬暗殺の実行犯」と歴史上確定しているとは言えません。


より正確には、今井信郎は龍馬暗殺への関与を後に認めた人物で、実行犯として有力視されているが、証言の矛盾などから確定はできないとなります。


これは以前の樋口季一郎の話とも似ていますね。後世に定着した「分かりやすい英雄・犯人の物語」と、史料から確認できることは分けて考える必要があります。


② 坂本直はなぜクリスチャン


 になったのか?


ここは、動画が少し説明不足です。


坂本直(高松太郎)のキリスト教入信について、「この出来事が直接のきっかけだった」と断定できる詳しい一次史料は、私は確認できませんでした。


ただし、直の弟である坂本直寛を含め、土佐の自由民権運動とキリスト教には非常に強い結びつきがありました。


高知では自由民権運動の活動家たちの間でキリスト教が広がり、直寛も明治18年(1885)に高知基督教会で受洗しています。


坂本直自身も晩年には高知教会の熱心な信徒になっています。さらに宮内省勤務時代には、キリスト教信奉を理由として免職されたと伝えられています。


つまり、幕末の尊皇攘夷 → 海援隊 → 明治政府官僚 → キリスト教という、一見するとかなり意外な人生です。


そしてこれは直だけではありません。


龍馬の周囲には、後にキリスト教徒になった人物が何人もいます。今井信郎もその一人です。今井は後年、横浜海岸教会で洗礼を受けています。


③ 坂本直が今井信郎を龍馬の法要に


 招いたのは本当か?


そのような話は伝わっています。ただし、細部まで史料で確実に確認できる話ではありません。


かなり興味深い伝承です。


今井信郎は後にキリスト教徒となり、坂本直もキリスト教徒となりました。


そして、「龍馬を斬ったとされる今井信郎を、坂本直が龍馬の法要に招いた」という話があります。


複数の二次資料がこの逸話を紹介しています。


さらに伝承では、直が今井に、「過去のことは忘れて、これから新しい日本のためにともにやろう」という趣旨の言葉をかけたとされています。


ただし、これは非常に美しい話だからこそ慎重に見る必要があります。


「直が今井を招いた」という大筋と、「その場でどんな会話をしたか」は証拠の強さが違います。


ですから、


○ 今井と直がともにキリスト教に関係したこと → 史実


○ 今井が直主催の龍馬法要に参加したという伝承 → 伝わっている


△ そこで直が具体的にどんな言葉をかけたか → 伝承的要素が強い


という整理がよいでしょう。


④ 「永世十五人扶持」とは何か?


これはかなり重要です。


龍馬にはお龍との間に子供がいませんでした。そのため、龍馬の死後、龍馬の家・名跡をどうするかという問題が発生しました。


そこで龍馬の甥である高松太郎が、龍馬の「遺跡(家督・名跡)」を継ぐことになります。


高松太郎は龍馬の姉・千鶴の長男です。


つまり、


龍馬 → 子なし



姉・千鶴の長男



高松太郎



坂本直


という継承です。


明治4年(1871年)8月20日、朝廷の命によって高松太郎が龍馬の跡目を相続し、「坂本直」と改名しました。


そして永世十五人扶持を与えられました。


「十五人扶持」は、簡単に言えば、政府から一定の生活保障として与えられる俸禄です。


つまり、明治政府が龍馬の家を断絶させず、坂本家の名跡を存続させるために、甥の高松太郎を正式に龍馬の後継者としたという意味が大きい。


単なる「養子」以上に、龍馬という人物の家・名跡を国家が保存したという側面があります。


⑤ なぜ蝦夷地開発を目指したのに


 青森へ撤退したのか?


これは動画の説明では少し誤解しやすいところです。


太郎が北海道へ行ったのは、


「龍馬の個人的な計画を実行するため」だけではありません。


新政府が1868年、箱館に裁判所を設置し、北海道支配・開発を進めようとしていたことが背景にあります。


太郎は箱館裁判所の権判事となり、龍馬の生前から蝦夷地開拓に関心を持っていたため、蝦夷地開発の建白書を新政府に提出しました。


ところが、その直後に大事件が起きます。


榎本武揚ら旧幕府軍の北海道侵攻です。


1868年10月、榎本武揚らの旧幕府軍が箱館に進撃。


五稜郭を占領し、箱館府側は維持できなくなります。


そのため、箱館 → 青森へ撤退となりました。


つまり、太郎が蝦夷地開発を諦めたから逃げたのではありません。


箱館戦争という軍事的危機によって、新政府側の人間として撤退せざるを得なかったのです。


そして面白いことに、翌1869年、新政府軍が反攻すると太郎も戦争に参加し、その後再び箱館府に勤務しています。


⑥ 龍馬とお龍は本当に


 「日本初の新婚旅行」を

 したのか?


これは、「日本初の新婚旅行」と言われている、という表現が最も正確です。


1866年、寺田屋事件で負傷した龍馬は、お龍と一緒に薩摩へ向かいます。


これは、治療・湯治+夫婦旅行という性格を持っていました。


二人は鹿児島から、


日当山温泉
塩浸温泉
栄之尾
犬飼滝
高千穂峰
霧島神宮


などを訪れました。


特に重要なのが龍馬自身の手紙です。


龍馬は姉・乙女に、旅行の様子を絵入りで書いています。国立国会図書館のレファレンス資料でも、この手紙が確認されています。


ですから、「二人が薩摩・霧島へ旅行した」ということは、かなり確実です。


ただ、「これが日本史上絶対に最初の新婚旅行だった」というところまで証明するのは難しい。


したがって、日本最初の新婚旅行と一般に称されているが適切です。


⑦ お龍が龍馬の幼馴染みと


 何人も関係を持った?


これは、かなり疑ってかかった方がいい話です。


私が確認した信頼度の高い資料では、これを事実として裏付ける確実な史料は確認できませんでした。


むしろ、高知県立坂本龍馬記念館の説明では、お龍の気性や、坂本家のお龍に対する見方が厳しかったなど、複数の要因があったと説明しています。


お龍については、龍馬死後の生活がかなり不安定だったことから、後世に様々な「悪女」的なイメージが付け加えられています。


しかも、晩年のお龍は酒を飲みながら取材に応じることがあり、話が大きくなったり、事実と記憶が混ざったりした可能性が指摘されています。


したがって、「龍馬の幼馴染み数人と関係を持ったので、坂本家から追放された」という動画の説明は、確定した史実として扱うべきではありません。


ここはかなり重要です。


⑧ お龍が坂本家を出た


 本当の理由は?


ここも「一つの原因」に決めつけられません。


史料から比較的確実なのは、1868年3月頃に土佐の坂本家へ入り、その後長くは続かず、妹・君枝のところへ移り、京都へ戻ったということです。


高知県立坂本龍馬記念館は、


お龍の気性
坂本家側のお龍に対する見方
生活習慣の違い


など、複数の事情を挙げています。


一方、お龍側の回想では、坂本家側から冷遇されたという話もあります。


したがって、坂本家側の説明・お龍側の説明が食い違っているのです。


動画が、「お龍が男性関係を持ったため、坂本家から追い出された」と一本化しているのは危険です。


むしろ、龍馬の死後、京都の町人・楢崎家出身のお龍が、土佐の坂本家という武士の家に入り、家風・人間関係・価値観の違いから居場所を失っていった、と考える方が、確認できる情報には合っています。


⑨ なぜ坂本直はお龍を


 突き放したのか?


ここは非常に難しいところです。


動画の、「あなたはもう坂本家に関係のない人じゃありませんか?」という会話が事実だったとしても、直がなぜそこまで冷淡だったのかを確実に説明できる史料は乏しいです。


考えられる背景としては、


① お龍は龍馬の正式な後継者ではなかった


龍馬とお龍には子供がなく、龍馬の家督は甥の太郎が継ぎました。


つまり、お龍は「龍馬の妻」ではあっても、家督を継いだ坂本直の立場からすると、坂本家の当主の家族として残る立場ではありませんでした。


② 坂本家とお龍の関係がすでに悪化していた


お龍は坂本家に長く住み続けることができず、土佐を離れています。


③ 直自身が坂本家の名跡を守る立場だった


直にとっては「龍馬の妻」という個人的関係より、坂本家の当主として家を維持することが重要だった可能性があります。


ただし、「直が、お龍の男性関係を理由に絶縁した」というところまでは史料的に確認できません。


⑩ なぜお龍は再婚したのか?


ここは現代人の感覚とはかなり違います。


お龍が再婚したのは、明治8年(1875年)に西村松兵衛と入籍したという説が現在有力です。従来は明治18年(1885年)とする説もありました。高知県立坂本龍馬記念館も明治8年説を紹介しています。


そして重要なのは、明治初期の女性が一人で生計を立てることは簡単ではなかったということです。


お龍は龍馬を失った後、


坂本家
妹の家
京都
東京方面


と生活場所を転々としています。


後年の資料によれば、横浜では旅館の仲居として働いたこともあります。


しかし、女性一人で安定した生活をすることは容易ではありませんでした。


ですから、「なぜ龍馬への愛を貫いて独身を通さなかったのか?」というより、「龍馬が死んだ後、どうやって自分自身の生活を維持するか」という問題があったと考える方が自然です。


⑪ 再婚後、なぜ生活が


 荒れていったのか?


これはかなり悲しい話です。


西村松兵衛とお龍は横須賀で暮らします。


松兵衛は大道商をするなどして生計を立てましたが、裕福な生活ではありませんでした。お龍も晩年には酒に頼る生活になったと伝えられています。


ただし、ここにも注意が必要です。


後世の「酒乱のお龍」「自堕落なお龍」というイメージは、かなり強調されている可能性があります。


有隣堂の歴史記事は、晩年のお龍について、


酒を持って訪ねると機嫌よく話した
酔いにまかせて話が大きくなり、嘘も混じった


という証言を紹介しています。


つまり、「酒を飲んだ」=「人生が完全に荒廃した」と単純化することはできません。


むしろ、龍馬の死 → 坂本家との不和 → 経済的困窮 → 再婚 → 横須賀での貧しい生活 → 晩年の酒という長い喪失と生活苦の積み重ねを見るべきでしょう。


そして興味深いのは、お龍が最後まで、「自分は坂本龍馬の妻である」という自己認識を捨てなかったことです。


⑫ なぜ「坂本龍馬之妻龍子之墓」


 が残ったのか?


これは非常に面白い話です。


お龍は西村松兵衛と再婚し、西村ツルとなりました。


ところが墓碑には、「贈正四位阪本龍馬之妻龍子之墓」と刻まれています。


これは現在も横須賀市の信楽寺に残っています。


では、「西村家は怒らなかったのか?」という疑問が出ます。


ところが、どうやら墓碑建立には西村松兵衛側も関係していたようです。


墓の資料では、墓碑には西村松兵衛らの名前も関係者として記されており、後世の顕彰活動の中で「龍馬の妻」としての名前が残されたとされています。


さらに重要なのは、墓碑が建立されたのはお龍の死後だということです。


お龍は1906年(明治39年)に66歳で亡くなり、その後、大正3年(1914年)に妹の中沢光枝によって墓碑が建立されたという資料があります。


ですから、「お龍が自分で龍馬の妻と刻ませた」という話ではありません。


むしろ、「彼女の人生で最も重要だったのは龍馬の妻であったことだ」という周囲の認識によって、「龍馬の妻・龍子」という名前が墓碑に残されたと見ることができます。


現在も信楽寺に墓が残り、墓前祭も行われています。


まとめると


今回の動画で特に注意したいのは、次の表です。


問題            史実としての評価


① 今井信郎が龍馬を斬った  有力説だが確定ではない


② 坂本直がクリスチャンになった 史実。ただし入信の具体的経緯は不明確


③ 今井を龍馬法要に招いた そうした伝承・記録がある


④ 永世十五人扶持     史実。龍馬の名跡を甥の直が継承


⑤ 蝦夷地開発       龍馬・直ともに関心を持っていた


⑤ 青森撤退        旧幕府軍の箱館侵攻が原因


⑥ 新婚旅行        霧島への旅行は確実。「日本初」は通説


⑦ お龍の複数の男性関係  確実な証拠に乏しい


⑧ 坂本家を出た理由    双方の証言が食い違う


⑨ 直がお龍を拒絶     伝承としてはあるが、理由の断定は困難


⑩ 再婚          生活基盤の問題も大きかったと考えられる


⑪ 晩年の酒        酒に頼ったという伝承はあるが、「自堕落」と単純化できない


⑫ 「龍馬之妻」の墓    現存。西村姓ではなく「龍馬之妻龍子」と刻まれた


そして、この動画で一番面白いところ


私は、坂本直と今井信郎の関係が非常に興味深いと思います。


龍馬を殺した「かもしれない」男と、龍馬の甥であり養子になった男。


普通なら、「絶対に許さない」となっても不思議ではありません。


ところが二人とも後年キリスト教に接近し、直が今井を龍馬の法要に招いたという伝承が残っている。


これは、単なる「龍馬暗殺事件」の後日談ではありません。


幕末の敵味方という関係を、明治のキリスト教的人間観によって乗り越えようとした人々という、もう一つの明治維新史として見ることができます。


しかも、今井信郎自身も後にキリスト教徒となっています。彼は自分の過去を「罪」として意識しながら生きた人物でもあります。


そう考えると、今回の動画のタイトル『坂本龍馬の養子』は少し地味ですが、実際には、龍馬の死 → 坂本直の家督相続 → 北海道開拓の夢 → 明治国家への仕官 → キリスト教 → 今井信郎との再会という、幕末から明治へ時代が変わっていく過程を一人の人物で追える、なかなか面白い題材なんですね。



 



そして、お龍については、動画の「男関係→坂本家から追放」という筋書きよりも、「龍馬の死後、居場所を失った一人の女性が、明治社会をどう生き延びたか」という視点で見た方が、史料に即した姿に近づくと思います。



解説ありがとうございました。より理解が深まりました。



どういたしまして。😊 今回も、動画の「物語として面白い部分」と「史料から確認できる部分」を分けてみると、かなり違った人物像が見えてきましたね。


特に坂本直とお龍、そして今井信郎の関係は、龍馬本人の英雄伝説とは別に、明治という時代の人間関係や価値観の変化を考える材料になっていて、とても興味深いと思います。


また歴史ドキュメンタリーをご覧になったら、「これは本当なのか?」という部分を一つずつ史実と伝承に分けて整理できますよ。



 



坂本龍馬は悲劇的な最後を遂げましたが生き残ったお龍さんが可哀想は後半生を送っています。



それでも「贈正四位阪本龍馬之妻龍子之墓」という墓が残ってますわァ〜。。。


お龍は1906年(明治39年)に66歳で亡くなり、その後、大正3年(1914年)に妹の中沢光枝によって墓碑が建立されたのです。お龍が自分で龍馬の妻と刻ませた、という話ではありません。彼女の人生で最も重要だったのは龍馬の妻であったことだ、という周囲の認識によって、「龍馬の妻・龍子」という名前が墓碑に残されたのです。


それが、せめてもの慰めですわねぇ〜。。。


そうです。。。歴史に消えがたい名前を残しています。。。墓の中で、龍馬との新婚旅行の夢でも見ているでしょう!?
 




【ジューンの独り言】



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ですってぇ~。。。


あなたも、お龍さんが墓の中で、龍馬との新婚旅行の夢でも見ている、と思いますかァ〜?


ええっ。。。「そんな事は、どうでもいいから、他にもっと楽しい話をしろ!」


あなたは、そのような命令口調で あたくしに催促するのですかァ〜。。。


いけすかない お方ァ〜。。。


わかりましたわァ。。。それでは、デンマンさんのインスタを紹介しますわァ〜。。。


 



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■『拡大する』


■『実際のページ』


 


写真をクリックしてボサノヴァやサンバの曲に合わせて踊る、きれいで可愛い女の子をじっくりとご覧くださいませぇ〜。。。


もし、ボサノヴァやサンバの曲が聞こえてこなかったら、動画の右下の「無音」のマークをクリックすれば、解除することができ、ボサノヴァやサンバの曲を聴くことができます。


ええっ。。。 「そんな踊りは、そうでもいいから、他にもっと楽しい話をしろ!」


あなたは、更に そのような命令口調で あたくしに強要するのでござ~ますわねぇ~。。。


わかりましたわァ。。。


たまたま わたしは、次の動画に出くわしましたわ。。。


 



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人間の母親のような仕草に、思わず笑ってしまいましたァ~。。。


ええっ。。。「そんな事はどうでもいいから、もっと他に面白いことを話せ!」


あなたは、更に、更に そのような命令口調で わたしに面白いことを話せとご命令なさるのですかァ~?


分かりましたわァ~。。。


じゃあ、シロイルカ(ベルーガ)の面白い動画をお見せしますわ。。。


 



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あなたも、上のシロイルカを可愛いと思いますか?


犬をぺットとして飼ったことがある人はわかると思いますけれど、


ボールを放り投げると、飽きることなく犬は拾いにゆきますよねぇ~。。。


上のシロイルカも、ちょうど愛犬がボールを拾いにゆくように、飽きることなく泳いでボールを追いかけます。。。


そういうところが可愛いのでしょうねぇ~。。。


ええっ。。。「そんな事はどうでもいいから、もっと他に面白いことを話せ!」


あなたは、更にそのような命令口調で わたしに面白いことを話せと言うのですかァ~?


分かりましたわァ~。。。


じゃあ、気分を変えるために、改めて次の動画を見てください。。。


 



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貴方は、上のワンちゃんが金魚を食べてしまうと思いましたか?


ええっ。。。「そんな事はどうでもいいから、他にもっと面白いことを話せ!」


あなたは、そのような強い口調で 更に わたしにご命令なさるのですかァ~?


分かりましたわァ。。。


デンマンさんが10年以上も前にアンケートを作りました。


 



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■『拡大する』


■『もう一度クリスマスのページ』


 


上のリンクをクリックすると、


左側のサイドコラムにたくさんの質問が出てきます。


ひとつひとつ見ながら ぜひアンケートに答えてみてください。


ええ。。。、「そんな暇ないよ!」


じゃあ、たまには、古代のお話も読んでみてくださいね。


意外に面白いですわよ。。。


あなたも古代の謎に挑んでくださいねぇ~。。。




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同腹の兄弟ではなかった。
 


■天智天皇は暗殺された 


■定慧出生の秘密 


■藤原鎌足と長男・定慧 


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興味のある方は次の記事も読んでみてくださいね。



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とにかく、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょう。
じゃあね。バーィ。



(hand.gif)




(spacer.gif+betty5de.gif)
(hiroy2.png+betty5d.gif)
『HIRO 中野 せどり スパマー』


 



(surfin2.gif)


ィ~ハァ~♪~!


メチャ面白い、


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