2026年2月21日土曜日

アラン・チューリング


 


アラン・チューリング


 



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デンマンさん。。。今日は「コンピュータ科学の父」と呼ばれているチューリングさんのお話ですか?



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そうです。。。


どういうわけでチューリングさんを取り上げるのですか?


ユーチューブを見ていたら、たまたま次のクリップに出くわしたのですよ。。。


 



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アラン・チューリング


 



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(1912年6月23日 - 1954年6月7日)


 


アラン・マシスン・チューリング(Alan Mathison Turing)はイギリスの数学者、暗号研究者、計算機科学者、哲学者である。
日本語において、姓の Turing はテューリングとも表記される。


黎明期の電子計算機の研究に従事し、計算機械チューリングマシンとして計算を定式化し、その知性や思考に繋がりうる能力と限界の問題を議論するなど、情報処理の基礎的・原理的分野において大きく貢献した
また、偏微分方程式におけるパターン形成の研究などでも先駆的な業績を持つ。


人物


経歴・業績の基盤となる出発点は数学であったが、第二次世界大戦中の暗号解読業務に従事した。
また、黎明期の電子計算機の開発に携わったことから、コンピュータ・情報処理の基礎理論である計算可能性などに関する仕事をすることとなった。


第二次世界大戦の間、ブレッチリー・パークにあるイギリスの暗号解読センターの政府暗号学校にてドイツの暗号を解読するいくつかの手法を考案し、英国の海上補給線を脅かすドイツ海軍のUボートの暗号通信を解読する部門(Hut 8)の責任者となった。


ドイツが使用していた、エニグマ暗号機を利用した通信の暗文を解読する(その通信における暗号機の設定を見つける)ための機械「bombe」を開発した。


チューリングの業績を紹介する時、チャーチ=チューリングのテーゼと計算可能性理論への貢献がまず第一に挙げられる。
特にアルゴリズムを実行するマシンを形式的に記述したものの一つであるチューリングマシンにその名を残し、人によっては前述のテーゼを「チューリング=チャーチ」と呼称するべきであるとする者もいるほどである。


また、任意のチューリングマシンを模倣(エミュレート)できる「万能チューリングマシン」は、同分野の基本的な定理のひとつである停止性問題の決定不能性定理と関係する。
さらに、理論面だけではなく、実際面でもコンピュータの誕生に重要な役割を果たした。


「コンピュータ科学の父」および(チューリング・テストなど)からは「人工知能(AI)の父」とも言われる


がっしりした体形で、声は甲高く話好きで機知に富み、多少学者ぶったところがあったといわれている。
また、アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム障害・ASD)を示唆する特徴の多くを示しているとの指摘もある。


戦後はイギリス国立物理学研究所(NPL)に勤務し、プログラム内蔵式コンピュータの初期設計のひとつであるACE(Automatic Computing Engine)に携わった(ただし、チューリング自身はその完成を見ずに異動している)。


1947年、マンチェスター大学に移ると、初期のコンピュータである Manchester Mark I のソフトウェア開発に従事し、数理生物学に興味を持つようになる。


形態形成の化学的基礎についての論文を書き、1960年代に初めて観察されたベロウソフ・ジャボチンスキー反応のような発振する化学反応の存在を予言した。


1952年、同性愛の罪(風俗壊乱罪)で警察に逮捕されて保護観察の身となり、転向療法としてホルモン治療を受ける。
1954年に41歳で死去。
検死によると、青酸中毒による自殺と断定されたが、母や一部の友人は事故だと信じていた。


2009年9月10日、インターネットでのキャンペーンに続いて首相のゴードン・ブラウンが、戦後のイギリス政府によるチューリングへの扱いについて公式に謝罪した。


 


生い立ち


母エセル・チューリングは、イギリス領インド帝国オリッサ州チャトラプルにてアランを妊娠した。
父のジュリアス・チューリングは、当時インド高等文官であり、1911年にエセルの妊娠を知ると、イギリス本国での養育を考えてロンドンのメイダヴェールに戻った。
1912年6月23日、アランが誕生した。


ジュリアスの任期が続いており、両親はインドとイギリスのヘイスティングスを行き来する生活を送っていたため、アランと兄のジョン・チューリングはイギリスの友人に預けられる。
アランは文字を読むことを3週間で覚えたほか、数字に強くパズルが非常に得意だったという。


6歳でセント・マイケルズ学校に入学した。担任教師に続き、校長もすぐにアランの才能に気づく。


 


パブリックスクール時代


1926年、14歳でシャーボーン・スクールに入学。
登校初日がゼネラル・ストライキ予定日と重なったため、前日から100kmの距離を一人で自転車で行くことにして、途中で宿をとって登校。このできごとは地元紙に掲載された。


シャーボーンは有名なパブリックスクールであり、その校風は古典を重視するものだったが、チューリングは、主に数学と科学に才能を発揮した。


そのため、同校の校長は、アランの両親に「どっちつかずにならないと良いですが。パブリックスクールに留まるなら、教養を身に付けねばなりません。単に科学者になるのなら、パブリックスクールに通うのは、時間の無駄です」という手紙を書いた。


しかし、このようなことがあっても、アランは、学問に対する驚くべき能力を示し、初等微分積分学も習っていない1927年に、もっと難しい問題を解いていた。
1928年、アルベルト・アインシュタインの書いた文章に触れ、16歳でその内容を理解しただけでなく、そこには明記されていなかったニュートン力学について、アインシュタインの疑問を外挿したという。


同性の親友であるクリストファー・モルコムに恋をしたが、シャーボーンの最終学期中、感染牛のミルクを小さいころに飲んでいたため牛結核症を患って、モルコムは死去した(1930年2月13日)。


このことがきっかけとなり、チューリングは、無神論者になった。
また、脳の働きなどの現象についても、唯物論的に解釈するようになったが[23]、心のどこかで死後の生を信じていたという。


 


暗号解読


ブレッチリー・パーク内にあるこの建物で、チューリングは、1939年から1940年まで働き、その後 Hut 8 に移った。
第二次世界大戦中、チューリングは、ブレッチリー・パークでドイツの暗号を解読する仕事をしていた。
歴史家で自らも戦時中に暗号解読に従事していたエイザ・ブリッグズは次のように述べている。



類まれな才能が必要で、ブレッチリーで天才が必要とされていた。チューリングは、まさにその天才だった。


第二次世界大戦に先立つ1938年9月から、イギリスにおける暗号解読組織である政府暗号学校 (GCCS) でパートタイムで働き始める。
そこで、ディリー・ノックスと共にエニグマの解読に当たった。


第二次世界大戦勃発の5週間前の1939年7月25日、ポーランド軍参謀本部第2部暗号局とイギリスおよびフランスの関係者がワルシャワで会合し、ポーランドが解明したエニグマのローター回路についての情報を得ていた。


チューリングとノックスは、その情報を元に、問題にアプローチしようとしていた。
ポーランドの解読法は不安定なもので、ドイツ側がいつでも変更可能だった。
実際1940年5月に変更されている。


チューリングの方法はもっと汎用的でクリブ式暗号解読全般に使えるもので、最初の bombe(ボンブ)の機能仕様に盛り込まれていた。


1939年9月4日、イギリスがドイツに宣戦布告した翌日、GCCSの戦時中の基地となっていたブレッチリー・パークに出頭した。
bombe の仕様は戦時中の暗号解読でチューリングが成し遂げた5つの成果のうち最初の1つである。


他には、ドイツ海軍が使っていたインジケーター手続きの推測、Banburismus と名付けた bombe の効率を上げる統計的手法の開発、Turingeryと名付けた Lorenz SZ 40/42(Tunny) のホイール群のカム設定を明らかにする手続きの開発、そして終戦間近に開発した音声信号スクランブラー Delilah である。


1945年、戦時中の功績によりOBEを授与されたが、その後1970年代までその業績は秘密にされ、近しい友人すらそのことを知らなかった。
その功績の大きさにもかかわらず、暗号という重要な機密事項を扱う仕事柄ゆえに、ブレッチリー・パークから一歩外に出れば、チューリングの仕事を知る者は誰一人いなかった。


それは、家族すら例外ではなく、母親に一度だけ「軍関係の研究をしている」と話した際には、政府の仕事に携わっていながら身なりに気を払わない息子に対し、母はかえって落胆するばかりであったという。


戦後もブレッチリー・パークに関係する事柄は引き続き機密とされ、チューリングが同性愛者として罰せられてからは、その功績を知らない世間から、公然と辱めを受けることとなる。


 


同性愛の告発


Anthony Cave Brown の著書 "C": The Secret Life of Sir Stewart Menzies, Spymaster to Winston Churchill には次のような記述がある。



ミンギスは、チューリングをブレッチリーで雇用した直後から彼が長年の積極的な同性愛者だと知っていた。
しかし、ブレッチリーの同僚にちょっかいを出すこともなく、ミンギスの部下の中では唯一「不可欠」と呼べる男だったので、そのまま雇っていた…


1944年初め、ブレッチリーに程近い大きな工業都市ルートンの公立図書館で男子生徒が性暴力を受けるという事件があり、チューリングが犯人ではないかと疑われた。
全く記録には残っていないが、秩序と風紀を保つには彼を排除するしかないという決定がなされた。
しかし、それも彼が素晴らしい仕事を完了してからのことである。


1952年1月、チューリングはマンチェスターの映画館のそばでアーノルド・マレーと出会う。
ランチデートの後、週末を一緒に過ごそうとマレーを自宅に招いたが、マレーはその誘いを断わっている。次の月曜日、2人は再びマンチェスターで会い、今度はチューリングの自宅を訪問している。
数週間後、マレーは再びチューリング宅を訪れ、一夜を共にしたとみられている。


間もなく自宅に泥棒が入り、事件を警察に報告したが、捜査の過程で、泥棒の手引きをした19歳の青年(マレー)と同性愛関係にあったことが警察の知るところとなった。
同性愛は当時のイギリスでは違法であり、2人とも逮捕された。


チューリングは有罪となり、入獄か化学的去勢を条件とした保護観察かの選択を与えられ、入獄を避けるため、同性愛の性向を矯正するために、性欲を抑えると当時考えられていた女性ホルモン注射の投与を受け入れた。


結果としてセキュリティ・クリアランスを剥奪され、GCHQで暗号コンサルタントを続けることができなくなった。
当時、ケンブリッジ・ファイヴの最初の2名ガイ・バージェスとドナルド・マクリーンがKGBのスパイだと露見した事件があり、スパイについて大衆の不安が増大し、ソ連のエージェントが同性愛者を罠にかけるという噂があった。


スパイ活動で告発されたわけではないが、ブレッチリー・パークで働いていた全員と同様、戦時下の業績について論じることは禁止された。


 



1954年6月8日、家政婦がチューリングが自宅で死んでいるのを発見した。
検死の結果、死亡したのは前日で、青酸中毒による死であることが判明。
ベッドの脇には齧りかけのリンゴが落ちていた。
リンゴに青酸化合物が塗ってあったかの分析はなされなかったが、部屋には青酸の瓶が多数あった。


死因審問で自殺と断定され、1954年6月12日に火葬された。
母は、実験用化学物質を不注意に扱ったために起こった事故であると主張している。
あるいは、母に事故だと思わせるようにして自殺したという説もある。


同僚によれば、映画『白雪姫』を見た直後の彼が「魔法の秘薬にリンゴを浸けよう、永遠なる眠りがしみこむように」と言っていたのを耳にしており、白雪姫のワンシーンを真似てこのような死に方をしたのだという




出典: 「アラン・チューリング」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 



アラン・チューリングさんは「人工知能(AI)の父」とも言われているのですわねぇ~。。。



そうなのですよ。。。


どういうわけで「人工知能(AI)の父」と呼ばれるのですか?


チューリングさんは、1950年、有名な論文「計算する機械と知性(Computing Machinery and Intelligence)」を発表し、知能の基準として現在ではチューリング・テストと呼ばれているものを提案したのです。。。


 



チャットボット


 



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チャットボット(chatbot)は、もともとはチャッターボット(chatterbot)とよばれ、テキストや音声による対話を通じて人間的な会話の模倣を目的としたソフトウェアアプリケーションで、通常はオンラインで使用される。


最近、この分野はOpenAIのChatGPTの人気によって広く注目を集められるようになり、マイクロソフトのBing Chat(後のCopilot、OpenAIのGPT-4を利用)やGoogleのBard(後のGemini)、その他の競合商品が続いている。


このような例は、特定のタスクやアプリケーション(チャットボットの場合、人間の会話をシミュレートする)を対象とするようにファインチューニングされた、広範な基盤となる大規模言語モデルに基づいて構築される製品の最近の慣行を反映している。


チャットボットはまた、さらに特定の状況や特定の主題領域を対象とするように設計または制作することもできる。


チャットボットが長い間使用されてきた主な分野は、さまざまな種類の仮想アシスタントなど、顧客サービスやサポートの分野である。
最近では、さまざまな業界の企業が、最新の生成的人工知能技術を使用して、こうした分野でより高度な開発を推進し始めている。


 


背景


1950年、アラン・チューリングは有名な論文「計算する機械と知性(Computing Machinery and Intelligence)」を発表し、知能の基準として現在ではチューリング・テストと呼ばれているものを提案した


 



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このテストは、コンピュータ・プログラムが人間になりすまし、人間の判定者と文書を通じてリアルタイムで会話し、判定者が会話の内容だけでプログラムと本当の人間を確実に区別できないかどうかで判断するものである


チューリングの提案したテストが評判になったことで、1966年に発表されたジョセフ・ワイゼンバウムのプログラム「ELIZA(イライザ)」は、あたかも本当の人間と会話しているかのようにユーザーをだますことができると大きな関心を集めた


 



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しかし、ワイゼンバウム自身は、ELIZAが純粋に知的であるとは言っておらず、論文の序文ではむしろ見せかけを曝露するための練習課題として紹介している。



人工知能では ... 機械がすばらしい働きをするように作られており、経験豊富な判定者でさえ驚かせることがしばしばある。


しかし、ひとたび特定のプログラムの仮面が外され、その内部の仕組みが説明されると ... その魔法は崩壊し、単なる手続きの集合であることが明らかになる。


... 判定者は「これなら私にも書ける」と自分に語りかける。


そう考えた彼は、問題のプログラムを「知性」と記された棚から骨董品棚に移してしまう。


この論文の目的は、「説明」されようとしているプログラムに対して、まさにそのような再評価を促すことである。


これほどまでに必要なプログラムはないだろう。


 


ELIZAの主要な操作方法(その後のチャットボット設計者によって模倣された)では、入力された会話文から手がかりとなる単語やフレーズを認識し、それに対応するあらかじめ用意された、あるいはプログラムされた応答を出力することで、一見して有意義な形で会話を進めることができる


たとえば「MOTHER(お母さん)」という単語を含む入力に対して、「TELL ME MORE ABOUT YOUR FAMILY(あなたの家族についてもっと教えてください)」と応答する。
このようにして、表面的な処理しかしていなくても、理解したかのような錯覚が生じる。


ELIZAは、このような錯覚が驚くほど簡単に起こることを示した。
なぜなら、会話の応答が「知的」と解釈できる場合、人間はそれを好意的に判断しようとする傾向があるためである。


インタフェース設計者は、コンピュータの出力を純粋に会話として解釈しようとする人間の適応性を、有用な目的のために利用できると認識するようになった(たとえそれが実際にはかなり単純なパターンマッチに基づいていたとしても)。


多くの人は人間らしいプログラムとの対話をいとわない。
このため、ユーザーから情報を引き出す必要のある対話型システムで、その情報が比較的単純で予測可能なカテゴリに分類される限り、チャットボット型の技術が役に立つ可能性がある。


たとえば、オンラインヘルプシステムでは、ユーザーが必要とする情報の分野を特定するためにチャットボット技術を有効に利用して、形式的な検索やメニューシステムよりも「使いやすい」インタフェースを提供できる可能性がある。


このような使い方は、チャットボット技術をワイゼンバウムの「骨董品が並ぶ棚」から、「真に役立つ解法」と記された棚に移す可能性を秘めている。


 


日本のチャットボット


ELIZAを参考としたチャットボットは、日本でも独自の発展を遂げてきた。
そうした要因として、日本語は通常分かち書きされていない(単語同士がスペースで区切られていない)ため、どこまでが単語であるかを判断するのが困難であるという点が挙げられる


現在では、自然言語処理の研究の進展や、飛躍的に向上したコンピュータの記憶容量と処理速度により、形態素解析などの日本語解析の手法を用いることで、英語などの分かち書きを行う言語に近い土俵に立てるようになったと言える。


日本ではパソコン通信のサービスのひとつ「チャット」において一般化した。
当時は漢字入力ができないことが普通で、カタカナだけの会話であったため、読みやすくするために分かち書きにすることが一般的であった。


そのため構文解析の手間が少なく、エンジンの洗練化が進んだ。
日本国内における普及初期には現在のチャットボットに対する呼称およびその概念に相当するものとしては「人工無脳」(Artificial Idiocy)という語が主流であった。


「人工無脳」は、「人工知能」ないし「人工頭脳」をひねったネットスラングであり、脳に比肩するほどの高度な処理は行われていないという皮肉が込められている。


また、「無能」のネガティブなイメージもあり、「人工無脳」とする表記が古くからあり、好まれている。
出来の良い人工無脳は人間と区別がつきにくいため、人工無脳の発言にはマークがつく仕組みになっていることもあった。


有名な人工無脳として、「おんJBot」や「ゆいぼっと」、「Chararina(旧:ペルソナウェア)」「伺か」、「よみうさ」、「人工無能うずら」、「ししゃも」、「Lainan(ライナン)」「Apricot」がある


コンピュータによる合成音声の出力ができるものもあり、K仲川の「人工無脳ちかちゃん」(IBM ViaVoiceのエンジンを利用)や、佐野榮太郎のA.R.M.S(株式会社リコーの規則音声合成エンジンを利用)がある。


インターネットが普及して以降は、GoogleアシスタントやAmazonアレクサなどのバーチャルアシスタント、FacebookメッセンジャーやDiscord、微信などのメッセージアプリ等、個々のアプリやウェブページを介して利用される例も増加した。


コンピュータゲームに応用したものとして、古い作品にはEmmyがある。
SCEの開発したゲームソフトである『どこでもいっしょ』のキャラクター「トロ」をはじめとするポケットピープル(略称:ポケピ)やWindows Live メッセンジャーのアドバイザー「まいこ」なども人工無脳に類するキャラクターである。




出典: 「チャットボット」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 



チューリングさんが提案したテストが評判になったことで、ジョセフ・ワイゼンバウムさんが1966年に発表したプログラム「ELIZA」は、あたかも本当の人間と会話しているかのようにユーザーをだますことができると大きな関心を集めたのですよ。。。



そのELIZAが人工知能の先駆けになったのですか?


そういうことです。。。


 



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このELIZA(イライザ)が人工知能の Siri の祖先ということですか?



そういうことです。。。


 



Siri


 



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Siri(シリ) は、AppleのiOS、iPadOS、macOS、watchOS、tvOS、audioOS、visionOSにそれぞれ搭載されているバーチャルアシスタント。


ユーザが各デバイスを物理的に操作するか、音声コマンド「Hey Siri(ヘイシリ)」で起動させることができる。
macOS Sonoma, iOS 17, iPadOS 17から英語版でのみ "Siri" で起動させることができ、日本語版では「ねぇ、Siri」で起動できる。


2007年に創設されたSiri社によって開発が始まり、2010年にAppleに売却された。
SiriはiOSに組み込まれ、その翌年である2011年10月4日にiPhone 4Sに搭載されることが発表された。
現在に至るまでAppleが開発するオペレーティングシステムと共にアップデートされ、多くの機能が追加され続けている。


Siriは、ユーザーによる質問に対しインターネット上のウェブサイト、または各デバイスやアカウントにローカルに保存された情報を用いて回答し、ユーザーによる要望を各デバイスのアプリケーションを用いたり、またはその機能をバイパスしたりすることによって答える。


Siriは継続的に使用することによって、各ユーザーの使用状況に適応する。


また、SiriはSpeech Interpretation and Recognition Interface(日:発話解析及び認識インターフェース)の頭文字をとったもの


2017年6月、AppleはWorldwide Developers Conference(WWDC、日:世界開発者会議)で、Siriを搭載したスマートスピーカーであるHomePodを発表した。


2024年6月10日のWWDC 2024基調講演で、2024年秋よりApple IntelligenceとChatGPT(GPT-4o)による生成AIをSiriに搭載し始める予定であると発表され、12月11日からベータ版としてmacOS Sequoia 15.2, iOS 18.2, iPadOS 18.2に米国英語のみ対応のベータ版として実装された


 


歴史


Siriの開発・提供を行っていたSiri社は、2007年12月にDag Kittlaus(CEO)、Adam Cheyer(VP Engineering)、Tom Gruber(CTO・VP Design)、そしてSRIインターナショナルのベンチャー出身のNorman Winarskyらによって創設された。


元々はアメリカ国防高等研究計画局(DARPA/Defense Advanced Research Project Agency)により兵士を戦場でサポートするための人工知能開発プロジェクトとして開発が始まった


CALOプロジェクトは人類史上最大の人工知能研究プロジェクトとも言われ、2003年からスタートし巨額の資金が投じられ名だたる大学や研究機関から研究者が集められた。
そしてそのプロジェクトの一環としてDag Kittlausにより「Siri」は立ち上げられた


その後Siri社は2010年4月28日にAppleに売却された。
またSiriはBlackBerryとAndroid向けにも登場するとされていたが、iOS以外の製品向け研究成果はすべて取り消された。


Appleは2006年にiPodを音声操作する技術の特許を申請した。


またSiri開発者である、Dag KittlausとAdam Cheyerたちにより2016年5月に新会社で新しい音声アシスタントViv(ビブ)が開発が発表された。


2016年10月にSamsungがVivを買収し単独で展開すると発表されたが、2019年にBixbyへ統合され消滅し、Dag Kittlausは2019年に、Adam Cheyerは2020年に、Samsungを辞任した。


 


問題


Siriの使用によるデータの処理は、ほとんどがデバイス上でローカル処理されるとAppleは説明していたが、会話にプライバシーに関わる情報が含まれていた場合は個人を特定できると指摘されていた


また、英紙『ガーディアン』はAppleの委託業者がユーザとSiriとの会話を日常的に聴取していると報じた。
この報道を受けて、Appleは謝罪すると共に、会話の扱いに関するルールを改善すると表明した。


iOS 13.2より、Siriの使用履歴の消去や、使用状況をAppleに送信するかどうかが選べるようになっている。




出典: 「Siri」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 



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ジュンコさんもスマホでSiriを使ってみませんか?



便利になったものですわねぇ~。。。チューリングさんの論文「計算する機械と知性(Computing Machinery and Intelligence)」が、回り回って Siriが登場するようになったのですねぇ~。。。


チューリングさんが生きていたら、その発展にビックリするでしょう。。。




初出: 2025年6月19日



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【ジューンの独り言】



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ですってぇ~。。。


あなたも、Siriを使ってみませんか?


ええっ。。。「そんな事は どうでもいいから、何か他に面白い話でもしろ!」


あなたは、そのようなきつい口調で、わたしにご命令するのですかァ~?


分かりました。。。


では、次の未来のお話の動画を観てください。。。


 



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どうでしたか? 


ええっ。。。 「そんなことは どうでもいいから、他に何か もっと面白いことを話せ!」


あなたは、そのように わたしにご命令なさるのですかァ~?


分かりましたわ。。。


じゃあ、ホログラムを使った面白い動画をお見せしますわァ~。。。


 



 


「面白いけれど、それだけじゃつまらん。他に何か面白いことを話せ!」


貴方が 更に そう言うのでしたら、ワンワンちゃんの面白い動画をお目にかけますわ。。。


ワンワンちゃんが人間の言葉をしゃべります!


 



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ええっ。。。? 「そんな馬鹿バカしい動画など、どうでもいいから、何か他に面白い話をしろ!」


あなたなは、また そのような命令口調で わたしに強要するのですか?


わかりましたわァ。。。


では、たまには日本の歴史の話も読んでみてくださいなァ。


日本の古代史にも、興味深い不思議な、面白いお話がありますわァ。


次の記事から興味があるものをお読みくださいねぇ~。。。



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