ギロチンで処刑

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デンマンさん。。。、ギロチンで処刑 というのは大昔の刑罰ではありませんかァ〜?

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確かに、ギロチンの処刑はフランス革命の時に しばしば行われたものです。。。

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そんな昔の処刑をどういうわけで取り上げるのですか?

あのねぇ〜、ギロチンは昔のものだと思うかも知れないけれど、つい最近までギロチンが使われていたのですよ。。。
マジで。。。?
次の動画を観てください。。。

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実は、1939年までギロチンが使われていたのですよ。。。この動画は1939年の最期の処刑の場面です。
この処刑された人はどのような犯罪を犯したのですか?
オイゲン・ヴァイトマン

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(1908年2月5日 - 1939年6月17日)
オイゲン・ヴァイトマン(Eugen Weidmann)は、ドイツ生まれの連続殺人者。
フランス本国における史上最後の公開処刑で、ギロチンにかけられた。ベルベットの目をした殺人者と呼ばれていた。
1908年2月5日に、ドイツのフランクフルトに生まれる。子供の時より、盗癖があった。
20歳のとき、強盗罪で5年の刑に服し、ザールブリュッケンの刑務所に収監される。
その刑務所で、後の連続強盗殺人の仲間であるロジェ・ミヨンとジャン・ブランと会う。
連続殺人
出所後、仲間のロジェ・ミヨンとジャン・ブランと共に、フランスに移り、フランスを訪れる富裕層の旅行者を監禁し金を奪うことを狙い、部屋を借りる。
最初の犯行が行われるが、被害者男性はなんとか逃れる。
1937年7月に、22歳のニューヨーク在住の女性を殺して、奪った430ドルの旅行者用小切手を、ミヨンの情婦に現金化させ、300フラン得て山分けとなる。
その女性のおばのところに500ドルを要求する脅迫状を出す。
1937年9月1日、タクシー運転手を射殺し、車と現金2500フランを奪う。
9月3日には、看護婦を射殺し、1400フランとダイヤモンドリングを奪った。
10月16日、劇場支配人を射殺し、財布から5000フランを奪う。
10月27日、不動産業者を射殺し、5000フランを手に入れる。
12月8日、ヴァイトマンは逮捕される。逮捕の際、銃撃戦となった。
裁判・処刑
逮捕後、ヴァイトマンは、取調べに素直に応じ全て自供したとされる。
1939年5月より、裁判が行われ、5月31日に、オイゲン・ヴァイトマンとロジェ・ミヨンに死刑判決が下る。
ジャン・ブランは、20ヶ月の懲役の比較的軽い刑が下される。
なお、ロジェ・ミヨンに下された死刑判決は、6月16日に終身刑に減刑される。
1939年6月17日の早朝、ベルサイユのサンピエール刑務所のすぐ外で、手足を縛られた状態で、死刑執行人ジュール・アンリ・デフォルノーと助手により、公開でギロチンによる処刑が行われた。
これは、フランス最後の公開処刑である。
処刑前後の刑場での多くの写真が残されているほか、処刑直前から処刑に至るまでの一連の20秒ほどの白黒動画が隠し撮りされ、インターネット上で見ることができる。
出典: 「オイゲン・ヴァイトマン」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
連続殺人犯だったのですわねぇ〜。。。。

そうです。。。フランス最後の公開ギロチン処刑だったのですよ。。。
ギロチンが使われる前には何を使っていたのですか?
連続殺人事件のような犯罪を犯した者には車輪が使われていたのですよ。。。

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車裂きの刑
車裂きの刑(仏: roue)は死刑の執行方法の一種である。
中国においては車裂・車折・五馬分屍などと呼ばれる引き裂き刑の一種であった。
日本語の「車裂き」はこの漢語表記に由来している。
中世ヨーロッパでは、被処刑者の四肢の骨を砕いて梟示・処刑する方法があった。
車輪に固定して四肢を粉砕するもの、車輪を用いて粉砕するもの、粉砕後に車輪にくくりつけるものなど、地域や時代によって過程に異なるところがあるが、粉砕された被処刑者の肉体(死体)が車輪にくくりつけられて梟示されるのは共通である。
車輪を用いるのは、古代に太陽神に供物を捧げる神聖なイメージがあったためとされる。
日本においては、中世ヨーロッパのこの刑を車裂きの刑と訳することが定着している。
引き裂き刑と区別するために車輪刑とも呼ばれることもある。
本項では、中世ヨーロッパの車裂き刑(車輪刑)を詳述する。
フランス
フランスの車裂きの刑は、親殺しなどに対して行われていた。
手順は、まず死刑囚の腕、足、腰を鉄の棒で打ち砕く。
次に処刑台上に据え付けた車輪の上に仰向けの状態で固定し放置、死刑囚死亡後、車輪から降ろし死体を火炙りの刑と同様に焼く。
最後に、死後の埋葬を禁ずるため残った灰を撒き散らす(風で吹き飛ばすとも)ことで刑は完了する。
フランス革命以前の1788年8月3日、ヴェルサイユの広場でジャン=ルイ・ルシャールが車裂きの刑を執行される際に、民衆が処刑台を破壊、彼を救い出すという事件が起きた。
後に、ジャン=ルイ・ルシャールはルイ16世により恩赦となり放免された。
この事件は民意が国家の残酷な刑罰を否定した事例としてフランス革命に関する一件として引き合いに出されることも多い。
これがフランスで残酷な刑罰と拷問の廃止の原因となったと言われている。
実際、この事件以降八つ裂きの刑や車裂きの刑の判決は全く出されておらず、また、同年中にルイ16世は拷問廃止の勅令を発している。
しかしフランス革命の進行中に車裂きの刑は復活をみた。
当時フランス領であったハイチにおいて、奴隷廃止を掲げて反乱を起こしたヴァンサン・オジェに対して1791年2月6日に執行されたのである。
ドイツ
ドイツでは18世紀まで行われたが、処刑のみが目的であって、一定期間晒された後は、受刑者が存命なら解放された。
生還したものも多いという。
手足を砕く際にも車輪が使われた。
出典: 「車裂きの刑」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
これは残酷な処刑ですわねぇ〜。。。

そうです。。。現在では信じられない処刑方法ですよ。。。
それにしても、ドイツでは生還した者も多いというのは、どういうことですか? それと、女性でも車裂きの刑を受けた者がいたのですか?
僕も疑問に思ったので ChatGPT に尋ねてみました。

「車裂きの刑」はドイツでは18世紀まで行われたが、処刑のみが目的であって、一定期間晒された後は、受刑者が存命なら解放された。
手足を砕く際にも車輪が使われたが、生還した者も多いという。
ウィキペディアでは、このように説明されているのですが、フランスでは、ほとんどの受刑者が命を落とすのにドイツでは生還した者がいたというのは、どういうことですか?
女性で「車裂きの刑」を受けた者は居たのですか?

結論から言うと、「ドイツでは生還者が多かった」という理解はやや誤解を含んでいます。
実態はもっと制度的・地域的にばらつきがあり、処刑の“運用方法”の違いが大きいです。
① 同じ「車裂き」でも
実は別物に近い
一般に「車裂きの刑(breaking on the wheel)」と呼ばれる刑罰は、地域ごとに大きく2タイプに分かれます。
■ フランス型(致死前提)
代表例:ロベール=フランソワ・ダミアン(1757年)
手足を徹底的に砕く → 苦痛を長時間与える → 最終的に殺す
しばしば「恩赦」として首を折って早く絶命させることもあった
基本目的:確実な死刑+見せしめ
👉 結果:ほぼ全員死亡
■ ドイツ(神聖ローマ帝国)型(段階的運用)
「車輪刑(Radbrechen)」として知られる
判決によって細かく方法が指定される
主なバリエーション:
下から砕く(von unten)
→ 手足から順に砕く(苦痛が長く続く)
上から砕く(von oben)
→ 胸部・首を先に砕く(比較的早く死亡)
打撃回数が規定される
→ 例:8回で終えるなど
さらに重要なのは:
👉 必ずしも即死させるとは限らない
四肢を砕いた後、車輪に縛り付けて晒す(公開刑)
そのまま数時間〜数日放置
状況によっては途中で絞首や首折りで止めを刺す
あるいは自然死を待つ
② 「生還者がいた」の意味
ここが誤解の核心です。
■ 実際には「正式に解放された」例は極めて稀
ただし以下のケースが存在:
① 打撃が軽かった
判決で打撃回数が少ない
処刑人の技量不足や意図的な手加減
② 途中で恩赦
権力者が「十分苦しんだ」と判断
絞首・斬首で早期終了(これは“救済”)
③ 記録上の「生存」
車輪に縛られたまま数時間〜数日生きていた
→ これを「生還」と誤解するケース
👉 つまり「生き延びた人もいた」=長時間死なずに苦しんだ、という意味合いが強い
③ なぜフランスの方が致死的なのか
構造的な違いは3つです。
1. 刑罰思想の違い
フランス:王権の威信を示す「劇場型処刑」
ドイツ:法典に基づく「手続き型刑罰」
2. 判決の細分化
神聖ローマ帝国では刑罰がかなり細かく規定
「何回打つか」まで明記
3. 処刑人の裁量
ドイツでは処刑人がある程度調整可能
フランスでは見世物として徹底されやすい
④ 女性の「車裂きの刑」
結論:存在はするが、非常に少ない
理由:
女性には「より“穏当”とされた刑罰」が選ばれやすい
火刑(魔女裁判など)
斬首
絞首
しかし例外として:
■ 有名な女性例
カトリーヌ・デ・メディシスの時代などでは反逆や重罪の女性に対して重刑が科されることはあった
ただし注意点:
実際に「車裂き」まで行く前に首を落とす、絞首するなどで“配慮”されるケースが多い
👉 つまり女性に対しては同じ判決でも実施方法が緩和されることが多かった
⑤ まとめ(構造的理解)
「車裂き」は単一の刑ではなく地域ごとに運用が異なる刑罰群
ドイツ:
手続き的・段階的
即死しないケースあり(=生存記録)
フランス:
見せしめ重視
確実に死亡させる設計
女性:
原則対象外に近いが例外あり
実施時は軽減されることが多い

もし興味があれば、「なぜ近代ヨーロッパでこうした公開処刑が消えていったのか(啓蒙思想との関係)」もかなり重要なテーマなので、そこも掘り下げて解説できます。

なぜ公開処刑が消えていったのですか?

公開処刑が消えていった理由は、単に「残酷だからやめた」というより、社会の統治の仕組みそのものが変わった結果です。
いくつかの要因が重なって起きています。
① 啓蒙思想による
「刑罰観の転換」
18世紀になると、チェーザレ・ベッカリーアなどが登場し、従来の刑罰を強く批判しました。
彼の主張の核心は:
刑罰は「復讐」ではなく犯罪抑止のための合理的手段
無意味に残酷な刑は効果がない
苦痛の大きさより確実性と迅速性が重要
👉 この思想は各国に広まり、「見せしめとして苦しめる刑」は正当性を失っていきます。
② 国家権力の“見せ方”の変化
中世〜近世初期の公開処刑は、王権の力を民衆に見せつける「劇場」でした。
しかし18〜19世紀になると:
国家は「理性的で秩序ある存在」として振る舞う必要が出てくる
残酷な見世物はむしろ野蛮さの証拠と見なされる
👉 権力の演出が「恐怖」→「法と制度の正当性」へ移行
③ 公開処刑が“逆効果”だった
実は公開処刑は必ずしも秩序維持に役立ちませんでした。
よく起きていた現象:
群衆が祭りのように騒ぐ
犯罪者に同情が集まる
処刑人や権力者に対する暴動
特に有名なのが、ダミアン事件の公開処刑
→ あまりの残虐さに観衆が動揺し、「国家の正義」ではなく「残酷な権力」に見えてしまった
👉 結果: 見せしめのはずが、逆に権力の正当性を傷つける
④ 刑罰の「非公開化」と監獄の発達
近代になると刑罰の中心は大きく変わります。
■ 旧来
身体刑(苦痛・見せしめ)
■ 近代
自由刑(刑務所に閉じ込める)
この変化のポイント:
処罰は「身体」ではなく生活・時間を奪う形へ
公衆の前ではなく、制度の内部で執行
👉 これにより処刑は「見せるもの」から「管理するもの」へ
⑤ 技術的・制度的な合理化
例えばフランスではギロチンが導入されます。
特徴:
一瞬で死亡
苦痛が少ない(と当時考えられた)
身分に関係なく同じ方法
👉 これは
残酷さの削減
平等性の強調
処刑の「効率化」
を象徴しています。
ただし重要なのは:
→ ギロチンも最初は公開処刑でした
→ しかし最終的には処刑そのものが非公開化されていく
⑥ 社会の「感受性」の変化
長期的にはこれが最も大きい要因です。
人間の苦痛に対する感受性が高まる
観衆として楽しむ文化が衰退
「残酷なものを見せるのは不適切」という規範が形成
👉 つまり社会全体の“何が許されるか”の基準が変わった
まとめ(構造的理解)
公開処刑が消えた理由は次の転換に集約できます:
①旧社会:恐怖による支配 近代社会:法と制度による支配
②旧社会:見せしめ(公開) 近代社会:管理(非公開)
③旧社会:身体への苦痛 近代社会:自由の剥奪
④旧社会:感情的・宗教的 近代社会:合理的・法的
本質的な一言
公開処刑が消えたのは、人間が優しくなったからだけではなく、国家が「見せる暴力」より「見えない統治」を選んだからです。

この流れをさらに突き詰めると、「現代の刑務所は本当に“人道的”なのか?」という別の問いにもつながります。

これまでの説明で納得できました。ありがとうございました。

どういたしまして。
こうしたテーマは「残酷さの歴史」というより、社会や国家の仕組みの変化が見えるので興味深いですよね。
また気になる点や関連テーマ(例えば拷問の廃止や刑務所制度の成立など)があれば、いつでもどうぞ。
ジューンさんも納得できましたか?

ええ、よく分かりました。。。それにしても、ChatGPT は親切に、いろいろと解説してくれるのですわねぇ〜。。。
そうです。。。人間では、こうはいきませんよ。。。とにかく、どんな質問でも5秒以内に即答してくれます。。。

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【卑弥子の独り言】
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ですってぇ~。。。
あなたも、質問があったら、ChatGPT に尋ねてみてください。。。
信じられないくらいの速さで回答してくれます。
ええっ。。。 「そんなことはどうでもいいから、他にもっと楽しい話をしろ!」
あなたは、そのような命令口調で あたくしに強要するのでござ~ますわねぇ~。。。
分かりましたわぁ。。。 では、ちょっと次のクリップを見てくださいなァ。。。
思わず笑ってしまいますわ。。。

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ええっ。。。? 「犬や猫のことは どうでもいいから他のもっと面白い話をしろ!」
あなたは、更に あたくしに そのような強い口調でご命令なさるのでござ~ますかァ~?
分かりましたわァ~。。。
あなたが、そうおっしゃるのならば、あたくしの個人的なお話しをいたしますわァ。
実は、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”が殿方の注目を集めているのでござァ~ますわよう。
うふふふふふふふ。。。
ええっ。。。 信じられないのでござ~ますかァ?
じゃあ、ちょっと次の検索結果を見てくださいまし。。。
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「卑弥子 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。
つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわァ~。。。
うふふふふふふ。。。
あなたも、ビックリするでしょう?
ジムで汗を流して “ヴィーナスのえくぼ”をゲットいたしました。。。
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スタイルもよくなったのでござ~ますわァ~。。。
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いかがでござ~ますか?
でも。。。、でも。。。、“天は二物を与えず”と申します。。。
これほどスタイルが良くなったというのに、あたくしは未だに独身でござ~ますのォ。。。
世の中は、なかなか思うようにゆかないものですわァ~。。。
ところで、あなたは『万夜一夜物語』を読んだことがござ~ますかァ~?
“千夜一夜物語”ではなくてぇ、“万夜一夜物語”ですわ。
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デンマンさんが書いたのでござ~ますわよう。
ええっ。。。 10,001の話が書かれているのかってぇ~。。。?
とにかく、上のリンクをクリックして読んでみてくださいませぇ~。。。
あなたも、絶対にビックリするようなお話が出てきますわァ。
『万夜一夜物語』だけでは、物足りないのでしたら、
ジューンさんが登場する面白いお話もたくさんあります。
興味のある方は、どうか次のリンクをクリックして読んでくださいましねぇ~。。。
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■『慫慂』

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とにかく、次回も興味深い記事が続きますわ。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
じゃあ、また。。。

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(chiwawa5.gif)
こんにちは。ジューンです。
スパムメールが相変わらず多いですわよね。
あなたのメールボックスにも、
ジャンクメールがいっぱい入っているでしょう!?
スパムメールを飛ばしているのは
いったい、どういう人たちなのでしょうか?
出会い系サイトのオーナーたちが多いそうですわ。
彼らは会員を集めるためにスパムメールをばら撒きます。
そのためにメールアドレスのリストを購入しています。
では、そのようなリストを販売している人は
どうやってメールアドレスを集めているのでしょうか?
ロボット(自動巡回プログラム)によって
自動収集させているのです。
ところで、サーチエンジンの自動巡回ロボットは
毎日世界中のサイトを訪問し、
その内容をデータベースに書き込んでいます。
同じように、このメールアドレス収集巡回ロボットも、
HTMLソースを分析し、
メールアドレスらしきものをどんどん記録してゆきます。
でも、使っていないメールアドレスが
たくさんあるのですよね。
あなたの使っているメールアドレスのことを
考えてください。
あなたはメールアドレスをいくつ持っていますか?
一つだけではないでしょう?
10以上持っているのではありませんか?
多分、ほとんどのメールアドレスは使ってないでしょう?
そのために、現在実際に使っている
メールアドレスを集めるために、
怪しい人物が使用度の高いメールアドレスを
集めているのですわよ。
だから、あなたもむやみに信用できない人に対して
返信しないようにしてくださいね。
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