2026年5月25日月曜日

宗珉とゴッホ

 
 
宗珉とゴッホ


 





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デンマンさん。。。、 今日は 宗珉とゴッホ のお話でござ〜ますかァ〜? それにしても妙な取り合わせですわねぇ〜。。。いったい、どういうわけで、この二人を取り上げたのでござ〜ますかァ〜?



実は、夕べ、YouTubeからダウンロードしておいた次の落語を聴いたのですよ。。。


 



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宗珉の滝


 



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二代目橫谷宗珉の若かりし時の話。
江戸時代腰元彫りの名人橫谷宗珉の弟子に宗三郎がいたが、破門されて仕方が無く各地を旅したが、3年後紀州に着いた。


旅籠岩佐屋に逗留したが、文無しで10日が過ぎて、宿の亭主に露見した
旅籠賃の代わりに、何か仕事をさせようと手を見ると居職で彫金でもやるだろうと見抜き、作品の小柄(こづか)の彫り物を見せてもらう。


誰が見ても誉める品だが亭主は小柄の虎を見て、なぜ死んだ虎を彫るんだと詰問。


死んだ虎と言ったのは師匠の宗珉とご亭主だけで、破門されたのも死んだこの虎を彫ったからで、ぜひ弟子にしてくれと嘆願した


素人の私だが見方が違うので、注意をしても怒らないで聞いてくれたら面倒を見よう。
下の六畳二間を貸すから、仕事場と寝る所に使えば良いとお許しが出た。


だんだんと亭主が気に入るような物が彫れるようになってきた。
800石を取る留守居役木村又兵衛が泊まって、このことを聞いた。
殿のご機嫌が良いときに紹介しよと言ってくれたが、宗三郎最近は精進が出来なく、酒浸りの生活に戻っていた。


殿様から直々に那智山の滝を彫るように依頼があった。
精進潔斎し、水垢離をして始めなさいとの意見を聞き入れず、前祝いだと酒を飲み始め、仕事に掛かった。
4日掛かって仕上げ、亭主も感嘆しているので、納まったら100両だという。
宿賃と授業料だから、全額亭主に差し上げるという。
まだもらっても居ないのに。


殿様それを見たが、沓脱ぎに投げ捨て、再度彫らせるようにと言付けであった。


宗三郎、再度酒を飲んで仕上げた。
前回より素晴らしかったが、殿様受け入れず、泉水に投げ込んでしまった。
そして、再度の要請。


宿に戻って、宗三郎に話すと、分かった、やるから酒を持ってきてくれと言ったので、ご亭主が怒り出した。
「俺を一人前にしてくれと言うから面倒を見ているのに、私の言うことも聞かず酒ばかり飲んでいるから納まらない。それは力量があるからではなく、酒を飲まなければ恐くて仕事が出来ないのだ」。


宗三郎は決心したように、本物を見なければならないと滝壺に下りて行き、三七21日断食するという。
滝から上がった宗三郎は死人のようであった。
身体をいたわるより、今すぐ仕事場で、身体に入っている滝を彫り上げたいと言い残し、七日七晩一生懸命に彫った。


仕上がって部屋から出て、もし、納まらなければ切腹すると言うし、宿の亭主は立派な物なので必ず納まるし、ダメだったら私も一緒に死ぬと約束した。
でも、仕上がりを見ると先の作品よりマズく見えた。やな事を約束したと後悔したが、仕方が無いので屋敷に持ち込んだ。


殿様、ジッと観ていたが、求めるという。
今回お求めで無いと2人の命が掛かっていたと伝えると、与のために命を賭して仕事をしてくれたか、明日お目通りを許す、との有り難いお言葉。
翌日面会をすると100石で宗三郎をお抱えになった。


岩佐屋には、腑に落ちないことがあった。
先の2点は自分が見ても出来も良かったが、最後の作品はそれほどでも無かった。
どうしてそれを求められたのか、木村様を通じて聞いてもらった。


殿様が観ているとじっとりと手が濡れてきた。
慌てて紙の上に置くと、紙に湿り気がきたという


すごいでしょう。
芸術家とはこの様にありたいですねぇ~。


それを江戸の橫谷宗珉に知らせると、宗珉は老齢で床に伏せっていた。


宗珉は二代目宗珉の名前を紀州に贈ってきた。
紀州家の先祖は南龍院と言ったので、龍の一字をとって、一龍斎橫谷宗珉として紀州にその名を留めた。
名人の一代話でした。



 



「宗珉の滝」とは、こういう噺なのですよ。。。



でも、このお話と画家のゴッホとは全く関係があるようには思えませんわァ〜。。。


じゃあ、ちょっとゴッホの話を読んでみてください。。。


 



フィンセント・ファン・ゴッホ


(Vincent van Gogh)


 



(1853年3月30日 - 1890年7月29日)


 


ゴッホは絵を描きはじめてから亡くなるまでの10年間に、およそ1600点もの絵を描いています。
そのうちの約200点を収蔵するのがアムステルダムにある、ゴッホに関しては世界最大のフィンセント・ファン・ゴッホ美術館です。


この美術館は1973年に開館され、現在の館長は、その名もフィンセント・ファン・ゴッホさん。
画家・フィンセント・ファン・ゴッホから数えて4代目、ゴッホの弟テオの曾孫に当たる人です。


フランス南部のアルルでのゴーギャンとの生活に失望し、自分の耳を切り落とすという事件を起こした後、ゴッホは、アルル近郊のサン・レミの精神病院に収容されます。


以前からゴッホの生活を支えていたテオがこの時次の手紙を書いています。


 



「愛する兄上様、まだ調子が良くないと聞いて、とても悲しい。


僕の方は、いよいよヨハンナと幸せな生活を始めます。


だから余計に兄さんが悲惨な生活を送っていると聞いて、心が痛みます。」



一年後、ヨハンナが次の手紙を書いています。



「親愛なる義兄上様、一大ニュースをお伝えします。


来年の冬、たぶん二月頃、子どもが、それも男の子が生まれます。


テオも私も男の子に違いないと思っています。


私たちはその子に、フィンセントという名を付けようと思っています。


きっと、男の子に違いありませんから・・・ 」



 


ゴッホは1600枚あまりの絵を描いていますが、しかし、生前に売れたのは、たったの一枚。
彼の生活と創作活動は、彼の無二の理解者であった弟テオの仕送りによって支えられていました。


しかし、ゴッホは自らにピストルを向け、命を絶ちます。 37歳でした。
弟テオは、その半年後、兄の後を追うように、病気で亡くなります。
ヨハンナにとってはショックでした。


画家としての成功を夢見た兄。
それを信じ、支え続けた弟。
ふたりの願いは、その死後に実現することになります。


遺志を継いだのは、テオの妻・ヨハンナでした。
ゴッホに書いた親しみのある手紙が残っていますが、
実は、ヨハンナとゴッホはあまり仲が良くなかったと言います。


それは想像がつきますよね。
自分の夫が一生懸命になってゴッホの生活を支えている。
ヨハンナにとっては面白いはずがないのです。
それで、ゴッホとは口論になった事もしばしばだったとか。


ゴッホがピストル自殺を遂げた事も、そのような訳でヨハンナには気になっていたのです。


夫の死後、兄弟の手紙を読むうち、ヨハンナは、ゴッホの生き様に魅せられていきます。
1914年、700通にも及ぶゴッホの手紙とテオの手紙をまとめ、書簡集を出版しました。


何度もゴッホの絵の展覧会を開きます。
そしてそれ以後、ゴッホの絵は評価を高めることになるのです



 



ヨハンナが居なかったらゴッホは現在これだけ有名になっていなかったと僕は思います。



そうでしょうか?


つまり、ゴッホの絵の素晴しさを、ヨハンナの感動を通して見ているのだと思います。要するに、ゴッホの絵は、ヨハンナの感動を通して見ない限り、味わいつくせないものがあると僕は思いますね。


そうでしょうか?


ゴッホの絵を見る限り、絵がそれ自体に価値があるようには思えない。やはりゴッホの生き様を見ない限りゴッホの絵の値打ちが僕には分からない。それと同じように、名人橫谷宗珉の弟子の宗三郎に もし旅籠岩佐屋の亭主との出会いがなかったら、宗三郎は、2代目橫谷宗珉には 成れなかったと思うのですよ。


言われてみれば そうかもしれませんわねぇ〜。。。無一文の宗三郎の面倒を見て、彼の作品の出来の良し悪しを見極めることができたのでござ〜ますゥ。。。


そうなのです。。。だからこそ、宗三郎は一生懸命に良い作品を作ろうと励むことができた。。。岩佐屋の亭主が居なかったら、 売れない彫金師のままで一生を旅ガラスで終わっていたのですよ。。。


それにしても、宗三郎が21日の間 滝に打たれて作った作品が 「殿様が観ているとじっとりと手が濡れてきた。慌てて紙の上に置くと、紙に湿り気がきたという」ということがあるで ございましょうかァ〜?


それほど素晴らしい作品を作ったということですよ。。。だから、その話は、あとで「尾ひれ」がついたのです。。。



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【卑弥子の独り言】



 


ですってぇ~。。。


あなたも、素晴らしい作品を作る時には、宗三郎のように滝壺に下りて行き、三七21日断食してから、仕事に取り掛かってくださいまし。。。


ええっ。。。「そんな事はどうでもいいから、もっと他に面白い話をしろ!」


あなたは、そのような強い口調で あたくしに御命令なさるのでござ~ますかァ~?


分かりましたわ。。。


デンマンさんが10年以上も前にアンケートを作りました。


 



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『拡大する』


『もう一度クリスマスのページ』


 


上のリンクをクリックすると、


左側のサイドコラムにたくさんの質問が出てきます。


ひとつひとつ見ながら ぜひアンケートに答えてみてください。


じゃあ、また。。。





ィ~ハァ~♪~!


メチャ面白い、


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こんにちは。ジューンです。


“本音と建前”


よく聞きますよね。


さて、英語で何と言うのでしょうか?


考えてみた事がありますか?


いろいろと言い方があると思います。


appearance and reality


見かけと実物そのまま


これも本音と建前と言い換えることができますよね。


form and substance


外観と実体


これも本音と建前と同じですよね。


one's real intention and


what one says on the surface


本音と建前を説明しているのですよね。


real motive and stated reason


これも間違いなく本音と建前ですよね。


what one says and what one means


本音と建前をこのように言うこともできますよね。


では、「本音と建前を使い分ける」を


英語でどのように言うのでしょうか?


ちょっと考えてみてください。



次のように言うことができます。

You should be tactful as to


when to tell real intention


and when to show form.


ところで、英語の面白いお話を集めました。


時間があったら覗いてみてくださいね。


■ 『あなたのための愉快で面白い英語』


では、今日も一日楽しく愉快に


ネットサーフィンしましょうね。


じゃあね。




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