2026年3月27日金曜日

自分の記事を改ざんする櫻井証


 


自分の記事を改ざんする櫻井証


 



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『当ブログが新聞社の取材を受けました』という櫻井証君のブログの記事に付いた高校の先生と櫻井証君のコメントのやり取りを次に書き出します。


 




239


 


>櫻井証さん


一番の問題は、完全にエロ小説になってしまっていることなんです


リベラルの特性と関係ないでしょう。


君が、「リベラルはおっちょこちょいで思い込みが激しい」と思っているなら、勘違いされた逸話でおしまいのはずです。
完全に誹謗中傷です。普段から下ネタに慣れすぎてしまって違和感を感じられないのでしょうが。普通の人は嫌悪感を感じます。


そもそも、君のブログは作り話なので、実際のリベラルの例を挙げているのではなく、自分の妄想のリベラルです。


いくら君がこれは実話だと言っても、園遊会で愛子様と談笑したとか。


アメリカで放火して、全くアメリカに行っている痕跡がないのにいきなり時効が成立したとか。


蕎麦屋で高市早苗と青山繁晴がいちゃついていて、君の小学生みたいな案に感動されたとか。


どう考えても嘘の内容ばかりで、この逸話だけ実話というのはありえません


間違いなく君の作り話。


つまり、リベラルを貶める為の創作。誹謗中傷だとみなされます。


yunnkji1789(高校の先生) 2026-03-17 20:27:49





240 Re:無題


 


>yunnkji1789(高校の先生)さん


≫そもそも、君のブログは作り話なので


いや、この時点で討論になりませんよ笑


実話だと言うのを嘘だと言い張るなら、そこから先の話は私が反論する価値がないでしょう。


先生が心のなかで思うのは勝手ですがね。


下ネタになれてるのはあるかもしれませんが、嫌悪感を承知で、事実を包み隠さずに書くと言うスタンスなんですよ。
それは伝わってると思いましたがね。


アメリカに行ってる痕跡がないって、ネットに残さなくったって別に不自然じゃないじゃないですか。


それと、ひとつだけ、何度も言った真理を、改めて心に刻んでください。


「事実は小説より奇なり」


これです。


事実の異常性をなめちゃダメですよ。


正常と紙一重の裏側にいつも異常はあるんですから。


櫻井証 2026-03-18 00:42:16




『当ブログが新聞社の取材を受けました』のコメント欄より
2026-03-07 04:20:31
(櫻井証君のブログ)


 



櫻井証君が必死になって抗弁しています。


しかし、櫻井証君のブログを覗くほとんどすべての人が、彼の書いた記事は嘘の記事、そうでなければ作り話だと信じています。
MoGa君だけが櫻井証君を弁護しています。


ところで、櫻井証君も名誉毀損で告訴されるのを嫌ったようで、自分の記事を改ざんしました。


 



櫻井証君が改ざんした文章


(現在の記事):


いやあ驚いたね。
ローカル新聞の女性記者から、アメブロのメッセージで連絡来た笑
「ブログについて取材させてほしい」って。



 



原文は次の通り:


いやあ驚いたね。
某東京ローカル新聞の、確か、望月とか言う有名な女性記者から、アメブロのメッセージで連絡来た笑
「ブログについて取材させてほしい」って。



 



この原文を読んだ 私の知る9中の9人が、この記者を望月衣塑子と特定しています。


伊藤浩士、ラム夫、 神武ダメ夫、デンマン、伊藤みどり、柳家尾玲様、YUSUKE、高校の先生、MURAGONNのTAKAHASHI


上の原文を読んで、「東京のローカル新聞 有名な記者 望月」と入れてYAHOO!で検査すれば、「望月衣塑子」がトップで出てきます


 




『拡大する』


『現時点での検索結果』


 



実は、それまで知らなかった私は上のように検索して、初めて「望月衣塑子」という名前を知ったのです。


櫻井証君も名誉毀損で告訴されると思ったのか、自分が書いた記事を改ざんしてしまいました。
もちろん、原文はすでにネットで拡散しています。


「望月衣塑子 櫻井証」と入れてYAHOO!検索すると、②番目に 名誉毀損する櫻井証 という記事が表示されます。


 




『拡大する』


『現時点での検索結果』


 



高校の先生が書いたコメントに対する櫻井証君の返信は、必死で事実を事実として書いた、と強弁していますが、誰も信じないでしょう!
彼自身、ヤバい!と思ったわけで、改ざんしたことが、それを物語っています。


妄想記事を書いて、それを事実だと信じようとする心理は、かなり異常ですが、今回の記事では、初めてヤバい!と思って記事を書き替えた唯一の事例です。


やはり、櫻井証君にも、妄想記事や作り話を書いていても、心のどこかに、ヤバい!事を書くと、刑務所に入らねばならないことになるかもしれない、という常識があるのですね。


これを機会に、反省して事実を事実として書くようになってほしいものです。
そういう日がやって来るでしょうか?



提示されているやり取りは、典型的な「事実主張の衝突」と「信頼性の崩壊」が同時に起きているケースとして分析できます。個別の真偽を断定するのではなく、言説構造と心理・社会的力学に分けて整理すると、状況がより明確になります。


 



1. 論争の構造:争点のすれ違い


高校教師のコメントは、主に次の3点に集約されます:


内容が現実性を欠く(具体例の列挙)


実話だという主張の信頼性がない


その結果として誹謗中傷に該当しうる


一方、櫻井氏の返信は:


「実話かどうか」を前提に据え、それを疑う相手とは議論しない


「事実は奇である」という一般論で正当化


証拠ではなく態度(スタンス)を強調


ここで重要なのは、議論の土台が一致していない点です。


教師側:検証可能性・整合性・社会的影響


櫻井側:主観的確信・例外性・語りの自由


このズレにより、議論は本質的に噛み合っていません。


2. 信頼性評価の観点


第三者が「嘘または創作」と判断しやすい理由は、以下の要素が重なっているためです:


(1) 検証可能性の欠如
海外渡航、著名人との接触など、通常は痕跡が残る事象に裏付けがない


「記録を残さなくても不自然ではない」という反論は、検証不能性を高めるだけ


→ これは**反証不能性( unfalsifiability )**の典型例です


(2) 複数エピソードの一貫した非現実性
一つの逸話ではなく、複数が同様に疑わしい


「この話だけは本当」という主張の説得力が低下


(3) 語りのスタイル
誇張・劇的展開・偶然の重なりが多い


一般的に「体験談」より「物語」に近い構造


3. 記事改変の意味


「望月」という記述の変更については、重要なシグナルです。


望月衣塑子


元の記述:


「東京ローカル新聞」


「有名な女性記者」


「望月」


この組み合わせは、文脈上かなり高い確率で特定の個人を想起させます。
そのため、


特定可能性がある状態 → 法的リスクが発生


曖昧化(改変) → リスク回避行動


と解釈できます。


これは心理的には:


「完全に虚構として書いている」場合よりも


現実との境界を意識している状態


を示唆します。


4. 櫻井氏の心理的パターン


返信内容から読み取れる特徴は以下です:


(1) 信念優先型(belief-first)
「実話である」という前提を固定


そこから逆算して説明を組み立てる


(2) 検証回避
「議論にならない」として前提の検証を拒否


(3) 正当化の抽象化
「事実は小説より奇なり」という一般命題で個別の疑問を回避


これは議論上よく見られるパターンで、
具体的反証に対して抽象命題で応じる構造になっています。


5. コミュニティ側の反応


「ほとんどの読者が信じていない」という状況は、次のように説明できます:


信頼性は「個々の主張」ではなく「累積的整合性」で評価される


一度信頼が崩れると、新しい主張も同様に疑われる(信用の連鎖崩壊)


一方で少数の支持者(例:MoGa氏)が存在するのは:


パーソナルな関係性


価値観の共有


あるいは「反主流」的立場の支持


などが要因として考えられます。


6. 「改ざん=自覚」の解釈について


あなたの提示している解釈:


危険性を感じて修正した → 自覚がある


これは一定の合理性がありますが、別の可能性も考慮する必要があります:


単なる炎上回避(社会的コストの最小化)


プラットフォーム規約への適応


第三者からの指摘による受動的修正


つまり、「自覚」だけでなく外的圧力による調整行動としても説明可能です。


7. 今後の変化可能性


行動が変わるかどうかは、主に以下に依存します:


外部からの継続的なフィードバック


法的・社会的リスクの現実化


本人の「語りの目的」(承認欲求か、主張か)


一般的には、


信念優先型の発信者は


批判によって変化するよりも、立場を強化する傾向


が見られます。


総合評価


このケースは、


検証可能性の低い体験談


強い自己確信


外部からの信頼崩壊


法的リスクへの部分的適応


が組み合わさった、典型的なオンライン言説の対立構造です。



 



もしさらに踏み込むなら、「虚構と現実の境界を本人がどう認識しているか」や「承認欲求・物語化欲求との関係」も分析できますが、そこまで検討しますか?



虚構と現実が櫻井君のオツムでは一つの世界になっているのではないですか?



その可能性を検討すること自体はできますが、「虚構と現実が完全に一体化している」と断定するのは、観察できる言動の範囲を超えた評価になります。より慎重に分解すると、いくつか異なる説明モデルが考えられます。


 



1. 完全に混同しているケース


  (可能性の一つ)


もし本当に本人がすべてを事実だと信じている場合、特徴は次のようになります:


反証(矛盾点)を提示されても修正しない


検証可能性を軽視する


物語的整合性を現実の証拠より優先する


この場合、「現実認識の歪み」と表現されることがありますが、これは医学的診断ではなく、あくまで行動パターンの記述に留めるべきです。


2. 意図的な“物語化”のケース


もう一つ有力なのは、現実と虚構を意図的に混ぜているタイプです。


特徴:


「実話」と主張しつつ、娯楽的・誇張的な構成


読者の反応(驚き・炎上)を引き出す設計


指摘されると「事実は奇なり」で押し切る


この場合、本人の中では「完全な嘘」ではなく「演出された真実」という認識になっていることがあります。


3. 防衛的な認知の固定


 (認知的不協和の処理)


批判を受けた際の反応を見ると、次のパターンも考えられます:


自分の語りが否定される
→ 自己評価が脅かされる
→ 「相手が理解していない」と再解釈


これは心理学でいう認知的不協和の解消に近い挙動です。


つまり、現実を誤認しているというより自分の語りを守るために認識を固定している可能性があります。


4. 行動上の重要な観察点


 (今回のケース)


今回の「記述の修正」は重要です。


もし完全に現実と虚構が混ざっているなら:


修正の動機が弱い(危機認識が乏しい)


しかし実際には:


特定可能性の高い表現を削除している


これは、(櫻井証君が)現実社会のルール(名誉毀損リスク)を理解している
ことを示します。


したがって、完全に区別がついていない状態よりも、区別はついているが、語りの中で意図的・半意図的に曖昧化していると見る方が整合的です。


5. 第三者から見たときの


 「違和感」の正体


多くの読者が「異常」に感じるのは、事実主張の形式を取りながら検証可能性を拒否するという組み合わせです。


これは通常のコミュニケーション規範(事実→証拠)から逸脱しているため、強い不信感を生みます。


結論


「一つの世界になっている」というよりは、現実と虚構の区別自体はある程度できている可能性が高い


しかしそれを語りの中で意図的・防衛的に混在させていると解釈する方が、提示された行動(特に記事修正)と整合的です。


この種のケースは、個人の問題というよりも、「ネット上での自己表現と現実責任の境界」が曖昧になる現象として広く見られます。



 



さらに踏み込んで、「なぜこうした語り方が一定の支持を得るのか」という側面も分析できますが、そこも検討しますか?



MoGa君だけが指示しているように見えますが、彼も内心では櫻井証君が作り話を書いていることは百も承知だと思います。つまり、誰も彼の言動を指示しているとは思えないのですが。



その見方には一定の合理性がありますが、「内心では嘘と分かっているのに支持している」と断定するには、観察可能なデータだけでは不足しています。


より慎重に整理すると、少数支持者の存在は必ずしも“信じている/いない”の二分では説明できません。


 



1. 少数支持が生まれる典型パターン


オンライン環境では、主流評価と乖離した支持が残ること自体は珍しくありません。主なパターンは次の通りです。


(1) 文字通り信じているケース
検証よりも語りの面白さ・一貫性を重視


「あり得ない」と判断する基準が緩い
→ この場合、支持は“素朴な受容”に近い


(2) 半信半疑だが支持するケース
完全には信じていない


しかし「面白い」「痛快」「反主流的」と感じて支持


これはいわば
事実性ではなく“物語としての価値”を評価している状態です。


(3) 関係性ベースの支持
個人的なつながり(交流・共感)


長期的なやり取りによる情緒的な結びつき


この場合、内容の真偽よりも「誰が言っているか」が優先されます。


(4) 逆張り・対立構造の中での支持
多数派が否定している対象をあえて支持する


コミュニティ内の対立構造におけるポジショニング


これは議論というより
社会的立場の選択に近い行動です。


2. 「内心では分かっているのでは」


  という推測について


この仮説は十分あり得ますが、注意点があります。


外から見えるのは「発言・行動」だけ内心(本当に信じているか)は直接検証できないしたがって分析上は、「信じていない可能性がある支持」ではなく、「信念以外の理由で成立している支持」として扱う方が妥当です。


3. なぜ“ほぼ支持されていない”状態


  でも継続するのか


重要なのはここです。


仮に支持が1人でも存在すると:


発信者にとって「完全否定ではない」状態が維持される


自己正当化が可能になる


発信の継続コストが下がる


つまり、少数支持は量的には小さくても、心理的には非常に大きな意味を持つことがあります。


4. 外部から見た印象とのズレ


あなたが感じている「誰も支持していないように見える」という印象は、検証基準(現実性・証拠)を重視する立場では自然です


一方で、支持側が別の基準(面白さ・関係性など)で動いている場合、評価軸が異なるためにズレが生じます。


結論


MoGa氏が「内心で嘘と理解しているか」は断定できない


しかし、支持が成立している理由は必ずしも“事実と信じているから”ではない可能性が高い


そして全体としては、


多数派:検証可能性ベースで不信


少数派:別の価値基準で支持


という構造になっていると考えるのが最も整合的です。



 



必要であれば、こうした「事実性が疑われる語りがなぜ一定の支持を得るのか」を、もう少し社会心理的に深く分析することもできます。



MoGa君は「友情」を壊したくないので作り話をするな!とは言えない、ということではないでしょうか?



その解釈は十分に成立し得る一つの仮説ですが、やはり単一の動機に還元するよりも、いくつかの要因が重なっている可能性として捉える方が妥当です。


特に「友情を壊したくない」という要因は、オンライン関係において比較的よく見られる行動動機の一つです。


 



1. 関係維持バイアス


(relationship maintenance


人は対立によって関係が損なわれるリスクを避ける傾向があります。


明確に否定すると関係が壊れる


指摘を控えれば関係は維持される


この状況では、「真偽の問題」より「関係の維持」が優先されるという選択が起こりやすいです。


2. 対立回避(conflict avoidance)


特に相手が強い確信を持っている場合:


反論しても受け入れられない可能性が高い


議論がエスカレートする


そのため、あえて踏み込まない


表面的な支持や中立を装うという行動が合理的選択になります。


3. 暗黙の了解(tacit understanding)


ご指摘のように、「本当は分かっているが、あえて言わない」という状態は、対人関係では珍しくありません。


この場合の特徴:


明示的な肯定はするが、強い根拠は示さない


問題の核心(真偽)には触れない


話題をずらす、または一般論で支える


これは一種の関係維持のための曖昧化戦略です。


4. 認知的不協和の共有的回避


もう一歩踏み込むと、相手の主張が疑わしいと感じる、しかしそれを否定すると関係や自分の立場に影響する


→ 不快な矛盾を避けるために「深く考えない/曖昧に受け入れる」という処理が行われることがあります。


5. 支持が“強い支持”とは限らない


重要なのは、外から見える「支持」が:


強い信念に基づく支持なのか? 関係維持のための消極的支持なのかは区別が難しい点です。


あなたの仮説は後者、つまり低強度・関係依存型の支持を指しており、十分現実的です。


結論


「友情を壊したくないために指摘しない」という説明は妥当な仮説の一つ


ただし実際には関係維持、対立回避、曖昧な認知処理などが組み合わさっている可能性が高い


この種のケースでは、当人同士の関係が続く限り、外部から見て不自然な「支持」が維持されやすい傾向があります。



 



さらに分析するなら、「こうした関係がどのタイミングで崩れるのか(臨界点)」も興味深いテーマになりますが、そこも検討しますか?



櫻井証君の記事が名誉毀損として法廷に持ち込まれた場合には、彼の作り話は、心理分析の材料というよりも明確な証拠になるのではありませんか?



結論から言うと、法廷に持ち込まれた場合、問題の文章は「心理分析の材料」ではなく、まず第一に証拠(表現行為そのもの)として扱われます。
ただし、その評価のされ方はもう少し段階的です。


 



1. 名誉毀損で問われる基本構造


日本法を前提にすると、典型的には次の3点が争点になります:


特定の個人・団体を指しているか(特定性)


社会的評価を低下させる内容か


事実の摘示か、単なる意見・論評か


今回のケースで重要なのは特に①です。


2. 記事は「直接的な証拠」になる


ブログ記事は、いつ、誰が、何を書いたか、が明確に残るため、→ 行為そのものの一次証拠(primary evidence)として扱われます。


したがって、「作り話かどうか」以前に、「何が書かれていたか」がまず問題になります。


3. 「作り話」であることの法的意味


ここが重要なポイントです。


仮に内容が虚偽(作り話)である場合:


被告側(櫻井氏)が「事実」と主張すれば→ 真実性の立証責任が生じる


しかし立証できなければ:


→ 虚偽の事実を述べたと評価される可能性が高い


つまり、「作り話」は心理的問題というより、違法性判断に直結する要素になります。


4. 心理分析が関係する場面


心理的側面が全く無関係かというと、そうではありません。


以下の場面で間接的に関係します:


(1) 故意・過失の判断
本人が虚偽と認識していたか


注意すれば虚偽と分かったか


(2) 悪質性の評価
繰り返し行為か


修正・削除の対応


表現の態様(誇張・扇動など)


この文脈で、記事の改変(表現の弱化)は→ リスク認識の存在を示す可能性があります


5. 今回のケースでの焦点


あなたが指摘している点に対応させると:


(1) 記述の具体性


「東京ローカル新聞」


「有名な女性記者」


「望月」


この組み合わせは、望月衣塑子のように、一定の特定可能性を持つと評価される
余地があります。


(2) 改変の意味
特定性を下げる方向の修正
→ 法的リスクを意識した行動と解釈されうる


(3) 「実話だ」という主張
法廷ではむしろ不利に働く場合がある
(=真実性の立証責任を自ら負うため)


6. まとめ


ブログ記事は心理分析の対象というより→ 直接的な証拠資料として扱われる


「作り話」であれば→ 違法性判断において決定的に重要な要素になる


心理分析は補助的に→ 故意・過失や悪質性の評価に関わる


補足的な視点


今回のケースの本質は、本人は「語り」として扱っている可能性がある


しかし外部(読者・法)は「事実主張」として受け取るという解釈枠のズレです。


このズレが、「表現の自由」と「名誉毀損リスク」の衝突を生みます。



 



必要であれば、実際にどのラインで「アウト」になりやすいのか(判例傾向)についても整理できます。



櫻井証君本人は事実を事実として書いていると主張しているので、明らかに名誉毀損の重要な証拠になるのではありませんか?



ご指摘のポイントは法的には重要ですが、「それだけで決定的に名誉毀損が成立する」とまでは言えず、もう少し構造的に整理する必要があります。


 



1. 「事実だと主張している」


  ことの意味


本人が「これは事実だ」と述べている場合、その発言は法的に次の意味を持ちます:


単なる感想や創作ではなく→ 「事実の摘示(fact assertion)」として扱われやすくなる


これは確かに重要で、名誉毀損の成立要件に一歩近づく要素です。


2. しかし、それ単体では不十分


名誉毀損が成立するには、通常以下がすべて検討されます:


(1) 特定性
誰のことか分かるか
(例:望月衣塑子 を想起させるか)


(2) 社会的評価の低下
内容が名誉を傷つける性質か


(3) 公然性
不特定多数に公開されているか(ブログは通常該当)


(4) 違法性の阻却(抗弁)
ここが重要です:


真実であるか、または真実と信じる相当な理由があるか


3. 「事実だと言い張る」ことの逆効果


一見すると強い主張ですが、法的にはむしろリスクを高めます。


なぜなら:


「これは事実です」と言う→ 真実性の立証責任を自ら引き受ける


しかし、客観的証拠がない、内容が非現実的な場合には、→ 虚偽の事実摘示と評価されやすくなる


4. 証拠としての位置づけ


したがって、この発言は:


「名誉毀損の重要な証拠になるか?」→ Yes(重要な構成要素の一部)


ただし正確には:


違法性を直接決める決定打ではなく、構成要件を補強する証拠です。


5. 裁判で実際に見られるポイント


実務的には、次のように評価されます:


記事内容(何を書いたか)


表現の具体性(誰を指すか)


本人の認識(本当に信じていたか)


証拠の有無(裏付け)


事後対応(修正・削除)


今回のような記事の修正(特定性を下げる変更)は、→ リスク認識や過失の判断に影響する可能性があります。


6. 結論


「事実だと主張していること」は→ 名誉毀損の判断において重要な証拠の一部になる


しかしそれ単体で→ 直ちに違法性を確定させる決定的証拠にはならない


むしろ→ 真実性を証明できなければ不利に働く要素になります。


補足


このケースの本質は、


本人:事実として語っているつもり


社会・法:その真偽を客観的に検証する


というギャップにあります。


このギャップが埋まらない限り、主張の強さ(「事実だ」)は、防御ではなくリスク増幅要因になりやすい、という点が重要です



 



真実性(口淫)が証明されたら、逆に名誉毀損にはならないのではありませんか? それは実際にあったことになるのだから。。。


無かったことをあったように書かれたから名誉毀損になるのではありませんか?



結論から言うと、「真実であれば必ず名誉毀損にならない」という理解は不正確です。


日本法では、真実性は重要な要素ですが、それだけで自動的に違法性が消えるわけではありません。


 



1. 基本構造の整理


名誉毀損は大きく2段階で判断されます:


第1段階:成立要件


特定の人物について社会的評価を低下させる事実を公然と摘示したか


→ ここまでは「真実でも成立し得る」


第2段階:違法性があるか(ここが重要)


違法性が否定される(=無罪・不法行為不成立)ためには、通常以下が必要です:


公共性(公共の利害に関する事実)


公益目的(公益を図る目的)


真実性(または真実相当性)


2. ご質問の核心:「真実ならOKか?」


仮にご指摘のような性的な内容が事実だったとしても、それが私人の私生活に関する内容で公益性がない場合


→ 違法性は否定されず、名誉毀損が成立する可能性が高い


3. なぜ真実でも違法になるのか


理由はシンプルで、名誉毀損は「虚偽かどうか」だけでなく「社会的評価を不当に下げるか」を問題にするためです。


特に:


性的な事実


私生活上の出来事は、たとえ真実でも公開されれば


→ 社会的評価を下げる情報と判断されやすい


4. 今回のケースに当てはめると


仮に:


特定可能な人物(例:望月衣塑子 を想起させる表現)


性的・不適切と受け取られる内容


が書かれていた場合、


● たとえ真実でも公益性が認められにくい
→ 違法性は維持されやすい


● しかも虚偽ならさらに不利(違法性が強くなる)


5. よくある誤解の整理


誤解:


嘘を書いたから名誉毀損になる


実際:


嘘 → もちろん問題


真実でも条件次第で違法になる


6. まとめ


「真実であれば名誉毀損にならない」は不正確


必要なのは


公共性


公益目的


真実性


特に今回のような→ 私生活・性的内容は、真実でも違法と判断されやすい


補足的視点


今回の論点は、本人は「事実かどうか」に集中している


しかし法は「社会的影響と公益性」を見るという認識のズレにあります。


このズレがある限り、「事実だから問題ない」という主張は、法的には通りにくい構造になっています。



 



原告の望月衣塑子さんにしてみれば、事実だとしたならば、告訴しないでしょう。櫻井証君が虚偽の事を書いたので告訴すると思うのです。この点は、どう解釈しますか?



ストリーミングが中断されました。完全なメッセージを待機しています...



ここで、残念ながらWI-FIが切れてしまったのです。。。今のところ、望月衣塑子さんは、櫻井証君を名誉毀損で告訴していません。。。もちろん、望月衣塑子さんが櫻井証君にフェラチオしたなんて絶対にありえません。。。もし、それが本当ならば、僕は逆立ちして地球を3周してみせます


 





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