2011年8月9日火曜日

地球の平和


 
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コメント / トラックバック1件 to “軍隊のない国”



sa-pekuの発言

2011年8月7日 2:30 AM | 返信
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「歎異抄」を検索していたら、このブログに来ました。
ブログ主は日本人ですか?
私は、典型的な日本人だと思っています。
日本人としての尺度を持っており、勿論、世界基準に変換可能と思っています。
基本『平和主義者』ですが、憲法9条は、日本国憲法だと思っています。

つまり、解釈、改憲、令外の官「自衛隊」を持つ羽目になったことも、自衛隊が変則的強大化するのも日本的と思います。
海外派兵も、NPO参加も自衛隊員を危険にさらしますが、欧米軍の派兵より自衛隊の方が任務の認識度が高く、派遣国のその後のためには良いと考えています。
たぶん、太平洋戦争初期の日本軍は、欧米軍よりジュネーブ協定に従っていたと信じるからです。
日本人の特性が、失われて居なかったらのことですが…。
その意味で、自虐史観と言われる「昭和の近代史」は、少し偏ったものであると見ています。





こう述べると、なんだか右翼的に見えるかもしれませんが、声の大きい左翼、拡声器を使う右翼、多くのサイレントマジョリティを考慮すれば、私は平均的な思想を持つ日本人と自己判断しているのです。

政党支持で言えば、「公明党」は受け入れることができません。
公明党の政治家がいかに人間的に優れて居ても受け入れてはいけないと考えています。
理由は、日本は宗教と政治を切り離すことができた文明を持っています。
これは、民主主義国家の中でも貴重の歴史の遺産です。
公明党が、創価学会との関係が切れればと切に願いいているのです。

宗旨が違うから、学会を嫌っているわけではありません。
私自身は、勝手に『歎異抄派』と思っています。
宗教は、自身の救済のためであって、他に及ぼすものであってはならないと自戒する考えから、教団そのものに馴染めません。
その意味で、宗教的規範をあまり意識しないで済む「歎異抄派」を勝手に自称しているだけですが…。(笑)

長くなりました。又コメントさせていただきます。






denman705の発言

2011年8月8日 8:39 AM | 返信
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真面目なコメントありがとう!
このブログにはコメントがめったにつかないのですよ。(苦笑)
それなので真面目なコメントを見ると嬉しくなってしまいます。
あなたのコメントを読んで、いろいろとインスピレーションをもらいました。
この事でまた記事が書けそうです。

あなたは「歎異抄派」ですか?!
うん、うん、うん。。。そういう人が増えると世の中は平和になるかもしれませんよね。
少なくとも親鸞上人は戦争賛成ではないですからね。(微笑)

また、暇があったら他の記事でも読んでコメントを書いてくれると嬉しいですよ。
じゃあね。



戦争の無い世界が実現するよう一緒に祈りましょう!
でも、もちろん政教分離ですよ。(微笑)




(注: 赤字はデンマンが強調
イラストと写真はデンマン・ライブラリーより
読み易く改行を加えてあります。)

『軍隊のない国』のコメント欄より
(2011年3月21日)




あらっ。。。ケイトー、珍しく記事に真面目なコメントがついたじゃないの?



そうなんだよ!。。。僕はマジでうれしくなってしまったよ。

それほどケイトーの記事にはコメントがつかないものなのォ~?

僕が6年ほど前にブログをやり始めた頃には、たくさんのコメントがついたのですよ。

それなのに、最近、どうしてコメントがつかなくなったの?

あのねぇ~、僕はかなり痛烈な反論を書くのですよ。 それを読むと相手はマジで感情的になったり、気分を害して、僕を馬鹿だ!とんまだ!気違いだ!間抜けだ!。。。もう、ありとあらゆる罵声を浴びせかけたりしたものですよ。

それは、ケイトーが初めに相手を馬鹿呼ばわりするからじゃないの?

確かに、そのような場合もあった。 とにかく、そういう訳で次第に僕の記事にコメントを書く人が少なくなったのですよ。

要するに、ケイトーの記事を読む人が、わざわざコメントを書いて気分を害したくないと思ったわけね?

多分、そうだと思うのですよ。

でも、上のコメントに対するケイトーの返信を読む限り、相手の気分を害するような事は書いてないじゃないの?

あのねぇ~、僕だって故意に相手の気分を害するために返信を書いていたわけじゃない。 むしろ理路整然と反論していると僕自身は思って書いたつもりだったのですよ。 ところが相手は個人攻撃だと受け取ってしまうことが多かった。

ケイトーは相手の気分も考えないで何でもズバズバと言い過ぎるのよ。

確かに、あまりズバリズバリと言い過ぎると日本では浮き上がってしまうのですよ。

そうなの。。。?

あのねぇ~、日本には細木数子という面白いおばさんがテレビタレントに居るのですよ。 このおばさんが、あまりズバリズバリと言うものだから、初めのうちは人気が出ていたけれど、そのうち視聴者がウザイと思い始めた。 スポンサーも、視聴者の反応を感じ取ったらしくて、これでは自分の会社のためにならないと細木数子を番組から降ろしてしまった。

要するに、ケイトーもズバリズバリと反論する嫌な奴と見られてしまったのね?

たぶん、そうだと思うのですよ。

ところで、上のコメントに“「歎異抄」を検索していたら、このブログに来ました”と書いてあるけれど、そのようなことがあるの?

あるのですよ。 確かめるために、僕もGOOGLEで検索してみたのだけれど、そのような事は十分に考えられるのですよ。 シルヴィーも次の検索結果を見れば分かりますよ。





sa-pekuさんは、おそらく「歎異抄」と入れて検索したのですよ。 その検索結果の中に次の記事が表示された。



『「歎異抄」と煩悩』

(愛と煩悩の中で)

2010年12月16日 (木曜日)




でも、sa-pekuさんが「歎異抄」と入れて検索した結果の中に、どうして『軍隊のない国』が表れるの?



Denman Blog の『軍隊のない国』ページに「歎異抄」が含まれているからですよ。 それで、『「歎異抄」と煩悩』を読んだあとで検索結果の中から『軍隊のない国』をクリックして読んだと思うのです。

実は、私も『軍隊のない国』を読んでみたのよ。 でも、記事の中には「歎異抄」は一つも出てなかったわ。

あのねぇ~、記事の中には「歎異抄」も、その事についても全く書かれてない。

それなのに上の検索結果には『軍隊のない国』の中に「歎異抄」が表示されてるじゃない!

記事の中には出てないのだけれど、『軍隊のない国』のページの右サイド・バーの中に『「歎異抄」と煩悩』が出てくる。





それで「歎異抄」を入れて検索するとGOOGLEの検索ロボットが『軍隊のない国』を検索結果に載せてしまうのですよ。



要するにGOOGLEの検索ミスね。

そうです。 検索ロボットが本文とサイドバーを区別できないのですよ。

でも、偶然だけれどsa-pekuさんが読みたい記事にぶち当たったわけね。

そういうことですよ。 それで記事を読んだらコメントが書きたくなったのでしょうね。

どの部分に感銘を受けたのかしら?

おそらく次の箇所だと思うのですよ。


1947年8月に文部省から出された『あたらしい憲法のはなし』では、第九条の非武装の理念について、生徒に向かってこう説明されている。




みなさんの中には、こんどの戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。 ごぶじにおかえりになったでしょうか。 それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。 また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。 いまやっと戦争はおわりました、 二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。



1945年3月の東京大空襲で

焼け野原になった江東区。


こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。 何もありません。 ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。

 (中略)

そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。 その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。 これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。 (中略) しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。 日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。 世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。

もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、自分の言い分をとおそうとしないということをきめたのです。 なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすようなはめになるからです。 また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。


ここでは、「日本はただしいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。 世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」と述べられている。 つまり、当時は、第九条をはじめとする日本国憲法は、「日本の誇り」とされていたといっていい。 戦争に負けて、科学力でも経済力でもアメリカに勝てない国だけど、憲法だけは自慢できる、というふうに。

たとえば1947年5月3日に日本国憲法が施行されたとき、各新聞の社説はこんなふうに述べている。
「敗戦後の現在にあって、われら国民が自信を持って内外に示しうるものが果たしていくつあるか。 新憲法こそややもすれば目標を見失いがちな国民にはっきりと行先を教え、世界に偽りもひけめも感じることなしに示し得る最大のものであろう」(日本経済新聞)、「(第九条は)決して単なる“敗戦の結果”ではなく、積極的な世界政治理想への先駆なのである」(読売新聞)、「これからの日本の国家綱領であり、同時に基本的な国民倫理である」(毎日新聞)。 ざっとこんなぐあいだ。




107 - 110ページ 『日本という国』
著者: 小熊英二
2006年3月30日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 理論社

デンマン注:写真とイラストはデンマンが貼り付けました。
強調のための赤字もデンマンが施(ほどこ)しました。




これを読むと僕などは当然のことじゃないか! と思うのですよ。 でもねぇ、最近では自分の国を武装して自分の国を守ろうとしない日本人を「自虐史観に縛られている国民」だと考える人が増えてきているらしい。





要するに「自虐史観」に陥(おちい)ると陸軍も海軍も空軍も捨ててしまう。 それではいけないと言って、武器を取ってみんなで日本の国を守るんだという考え方をする人が増えていると言う訳ですよ。





あらっ。。。こういうポスターまで作って日本を再軍備しようとする人たちが居るのね?



そうなのですよ。 しかも戦争中の苦しみを知っている作家の中にも戦争放棄を考えない人もかなり居る。 例えば僕が「戦争の箱庭作家」と呼ぶ塩野七生さんは次のように書いている。


二度と負け戦はしない



憲法では戦争をしないと宣言しています、なんてことも言って欲しくない。
一方的に宣言したくらいで実現するほど、世界は甘くないのである。
多くの国が集まって宣言しても実現にほど遠いのは、国連の実態を見ればわかる。 ここはもう、自国のことは自国で解決する、で行くしかない。 
また、多くの国が自国のことは自国で解決する気になれば、かえって国連の調整力もより良く発揮されるようになるだろう。

二度と負け戦はしない、という考えを実現に向かって進めるのは、思うほどは容易ではない。
もっとも容易なのは、戦争すると負けるかもしれないから初めからしない、という考え方だが、これもこちらがそう思っているだけで相手も同意してくれるとはかぎらないから有効度も低い。

また、自分で自分を守ろうとしないものを誰が助ける気になるか、という五百年昔のマキアヴェッリの言葉を思い出すまでもなく、日米安保条約に頼りきるのも不安である。

(注: 赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)




221 - 222ページ
『日本人へ (国家と歴史篇)』
著者: 塩野七生
2010年6月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋




塩野七生さんはマジで負け戦はしない、と考えているのかしら?



上の文章を読めば日本も軍備を万全にして二度と負け戦をしないという決意を新たにしているのが感じ取れますよ。

この女性作家はいくつぐらいの人なの?

1937年7月生まれですよ。 だから終戦時、満8歳です。

だったら日本の終戦時のつらい思いを知っているのでしょう?!

もちろんですよ。 でも、塩野七生さん自身は終戦時にトラウマに残るほどの悲惨な体験をしたことがないようですよ。

どうして、そのような事がケイトーに分かるの?

あのねぇ~、僕は戦後生まれだけれど、終戦時のつらい苦しみは家族や親類から嫌と言う程聞かされている。 僕の親父も宮古島でなく沖縄本島で戦っていたら、まず間違いなく戦死していたでしょう! 宮古島でカタツムリを食べていたので助かった。

マジで。。。?

このようなときにウソを言えませんよ。 もし塩野七生さん自身が次の女の子のような経験をしていたら、「戦争など2度と嫌だ! 軍備などもってのほか、絶対に戦争反対しなければならない」と思うはずですよ。


終戦時の悲話



アメリカの空襲を受けて、東京をはじめ都市部はどこも焼け野原。
おまけに政府は戦争を続けるために国債を大量に乱発していたので、敗戦直後はものすごいインフレになった。
物価は数十倍になって、戦前に貯めていた貯金や財産は無に等しくなった。
おまけに空襲で家をなくし、人びとは食糧不足で苦しんだ。



1945年3月の東京大空襲で

焼け野原になった江東区。


「約310万人が死んだ」とか簡単にいうけれど、一人の人間が死ぬことは、遺族や縁者に、大きな傷を残すことだった。
作家の夢野久作の長男だった杉山龍丸という人は、敗戦直後に復員事務の仕事に就いていたときのことを回想して、こう述べている。

「私達は、毎日毎日訪ねてくる留守家族の人々に、貴方の息子さんは、御主人は亡くなった、死んだ、死んだ、死んだと伝える苦しい仕事をしていた」。
「留守家族の多くの人は、ほとんどやせおとろえ、ボロに等しい服装が多かった」。
杉山はある日、小学校二年生の少女が、食糧難で病気になった祖父母の代理として、父親の消息を尋ねにきた場面に出会った経験を、こう書いている。


私は帳簿をめくって、氏名のところを見ると、比島(フィリピン)のルソンのバギオで、戦死になっていた。
「あなたのお父さんは---」
といいかけて、私は少女の顔を見た。 やせた、真っ黒な顔。
伸びたオカッパの下に切れの長い眼を、一杯に開いて、私のくちびるをみつめていた。
私は少女に答えねばならぬ。
答えねばならぬと体の中に走る戦慄を精一杯おさえて、どんな声で答えたかわからない。
「あなたのお父さんは、戦死しておられるのです。」
といって、声がつづかなくなった。
瞬間 少女は、一杯に開いた眼を更にパッと開き、そして、わっと、べそをかきそうになった。



…しかし、少女は、
「あたし、おじいちゃまからいわれて来たの。 おとうちゃまが、戦死していたら、係りのおじちゃまに、おとうちゃまが戦死したところと、戦死した、ぢょうきょう(状況)、ぢょうきょうですね、それを、かいて、もらっておいで、といわれたの。」

私はだまって、うなずいて……やっと、書き終わって、封筒に入れ、少女に渡すと、小さい手で、ポケットに大切にしまいこんで、腕で押さえて、うなだれた。
涙一滴、落さず、一声も声をあげなかった。
肩に手をやって、何か言おうと思い、顔をのぞき込むと、下くちびるを血が出るようにかみしめて、カッと眼を開いて肩で息をしていた。
私は、声を呑んで、しばらくして、
「おひとりで、帰れるの。」と聞いた。

少女は、私の顔をみつめて、
「あたし、おじいちゃまに、いわれたの、泣いては、いけないって。おじいちゃまから、おばあちゃまから電車賃をもらって、電車を教えてもらったの。 だから、行けるね、となんども、なんども、いわれたの。」
…と、あらためて、じぶんにいいきかせるように、こっくりと、私にうなずいてみせた。
私は、体中が熱くなってしまった。 帰る途中で私に話した。
「あたし、いもうとが二人いるのよ。 おかあさんも、しんだの。 だから、あたしが、しっかりしなくては、ならないんだって。 あたしは、泣いてはいけないんだって。」
…と、小さな手をひく私の手に、何度も何度も、いう言葉だけが、私の頭の中をぐるぐる廻っていた。
どうなるのであろうか、私は一体なんなのか、何が出来るのか?


(注: 写真とイラストはデンマンライブラリーから貼り付けました)




84 - 88ページ 『日本という国』
著者: 小熊英二
2006年3月3日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 理論社




『漫画家の壁』に掲載
(2011年3月10日)




そうよねぇ~、もし塩野七生さんが、この女の子のような体験を持っていたら「軍隊のない国」を実現しようと夢見るでしょうね。



シルヴィーも、そう思うでしょう? 

“歴史を学ばない者は

過ちを繰り返す”


実は塩野七生さん自身は「歴史を書いて40年になる」と本の中で明言している。 でも、塩野さんの本を読んで感じるのは「戦争の箱庭」を書いている作家だと思う。 要するに「戦争の箱庭」で想像をたくましくして書いている作家。 僕にはそんな作家としか感じられない。

つまり、歴史を学んでいるけれど、戦争は決してなくならないと思い込んでいるのね?

その通りですよ。 でもねぇ~、歴史をもっと広く眺めれば、戦争を1500年もやらなかったミノア文明もあった。 だから戦争の無い時代がやって来ることも十分に考えられる。 その証拠が「軍隊のない国」が増えている。


軍隊のない27の国々

アンドラはフランスとスペインの間のピレネー山中にあり、1278年以来一度も軍隊を持ったことがなく、1992年憲法には「700年の平和の旅」とある。 世界一古くから軍隊を持たない国家である。



アンドラの国旗

サンマリノは世界最古の共和国であり、16世紀頃から軍隊を持っていない。 ティターノ山頂に城塞都市を築いて、外敵とは国民一丸となって戦ってきた。 



サンマリノの国旗

モナコは1740年頃から軍隊を持っていない。



モナコの国旗

ルクセンブルクは1867年に非武装中立となたが、二度の大戦に際して占領された経験を持つ。 現在はNATOに加盟しているが国軍はない。



ルクセンブルクの国旗

アイスランドは1918年に独立した際に非武装永世中立国になった。 その後、永世中立を放棄したが、今日にいたるまで非武装である。



アイスランドの国旗

ヴァチカンは1929年に独立国家となった時から軍隊を持っていない。



ヴァチカン市国の国旗

第二に、軍隊が国民を殺害したために廃止した国がある。 コスタリカは、1948年の内戦のため国民同士が殺しあう悲劇を体験したので、1949年憲法で常備軍を廃止した。



コスタリカの国旗

ドミニカ国は、1981年に軍隊の一部と連携した反政府勢力がクーデタ未遂を起こし、国民を殺害した。 政府は軍隊廃止法案を議会に提出し、これが採択されて軍隊が廃止された。



ドミニカの国旗

本書では割愛したが、ハイチは悲惨な内戦に国連が介入して武装解除される中、国軍が廃止された。



ハイチの国旗

軍隊が市民を守るというのは、もともと幻想にすぎない。 近現代史を振り返れば、市民を守らなかった軍隊や、市民を殺害した軍隊は枚挙に暇がない。 沖縄の日本軍を想起すればいい。 市民に被害を与えなかった軍隊、市民を守った軍隊は果たしてどれだけあるだろう。 軍隊の幻想に気づいたコスタリカやドミニカ国は、軍隊を廃止した。

 (中略)

国家に軍隊は不可欠か

軍隊のない国家といっても、小国が多く、経済力がないうえ、地政学的に見ても必要性がないので軍隊を保有していないだけであって、他の諸国にとって参考にならないのではないか。 とりわけ日本にとって参考にならないのではないか、という見解がある。
しかし、問いの立て方そのものが間違っている。
第一に、国連加盟国192カ国のうち25カ国が軍隊を持たないという事実そのものに大きな意味がある。
「国家は軍隊を持つのが当たり前」という通念がまったく誤りであることを明白に実証したからである。
これまで、軍隊を持たない国家といえばコスタリカしか知られていなかった。 コスタリカ1国だけなら、例外という議論もありうるだろう。 しかし、議論の前提となる基礎知識が誤っていたのだ。 個別の諸国が参考になるか否かではなく、これだけまとまった数が存在していることに意味がある。 憲法第九条に関する議論の中で、「国家は軍隊を持つのが当たり前である」とか、「軍隊がなければ国家とは言えない」といった乱暴な主張が飛び交っているが、こうした言説には根拠がない。
軍隊がなくても国家は維持・存続できる。
 問題は、どのように平和外交を駆使して地域の安全保障を確立するかである。

軍隊のない国家が増えてきた

このように軍隊のない国家は徐々にではあるが増えてきた。 現在いくつあるかよりも、増えてきたことが重要である。 軍隊の問題に関しても世界は普遍ではなく、変わりうるのだ。

第九条の「輸出」

第四に、「軍隊のない国家に学ぶ」という側面だけを問題にするのはいかにも不十分である。 憲法第九条があるのだから、本来、日本は諸外国に学ぶ立場ではないはずだ。 諸外国が憲法九条に学んできたかどうかが問題である。

逆に言えば、日本政府が憲法第九条を守ろうとせず、骨抜きにしてきた歴史、そして「憲法第九条を世界に輸出してこなかった不作為」を反省する必要がある。 というのも、軍隊のない国家は、憲法第九条と何の関係もないからである。 それぞれの歴史の中で軍隊のない状態になってきたのである。 「憲法に軍隊を持たないと書いてあるのに軍隊を持っている世界で唯一の国」という恥ずべき状態を作り出してきた責任を考えるべきである。

 (中略)

憲法改悪をもくろむ強引な政治が続いているが、憲法第九条こそが現代平和主義の柱石である。 国内における平和運動・護憲運動をいっそう活性化させ、憲法第九条の輝きを世界に発信していくことが重要である。

(注: 国旗はデンマン・ライブラリーから貼り付けました。
赤字はデンマンが強調のため施しました。)




244 - 251ページ 『軍隊のない国家』
著者: 前田朗
2008年9月10日 第1版第4刷発行
発行所: 株式会社 日本評論社

『軍隊のない国』に掲載
(2011年3月21日)




でも「軍隊のない国」ってぇ、机上の空論だと信じている人も居るでしょう?



机上の空論ではないでしょう! 現実に軍隊のない国が27もあるんだから。。。

でも、第九条の「輸出」なんてぇ、絵に描いた餅だと信じている人も多いと思うわ。

いや、決して絵に描いた餅じゃありませんよ! ちゃんと現実の餅を食べている人たちも居るのですよ。 (微笑)


(市民が)軍隊のない地域を(作れ!)

日本政府が憲法第九条を守らないのであれば、市民は第九条をどのように活用すればいいだろうか。
一つには、地域で第九条を活用することである。
無防備地域宣言運動はその好例である。

無防備地域宣言は、国際慣習法として認められてきた無防備地域の設定であり、1977年のジュネーヴ諸条約第一追加議定書59条にも根拠規定がある。
武力紛争から民間住民を守るために、国際人道法の軍民分離原則を具体化した規定の一つである。
要するに軍隊のない地域であり、無防備地域を攻撃すると戦争犯罪とみなされる。

無防備地域宣言運動は1980年代に林茂夫によって提唱されたが、日本政府がジュネーヴ諸条約第一追加議定書を批准していなかったので、広がらなかった。
日本政府が第一追加議定書を批准し、効力を生じたのは2005年2月である。 そこで再び運動が始まった。
自治体住民が無防備平和条例案を作成して、条例制定を要求する直接請求運動を展開した。
有権者の50分の1の署名を集めて提出すると、その審議のために議会が開かれる。

2004年の大阪市を皮切りに、札幌市から竹富町(沖縄県)まで、全国20箇所を越える自治体住民がチャレンジしてきた。
無防備平和条例の制定に賛成意見を付した首長は、国立(くにたち)市長と箕面(みのお)市長である。




大学通りの銀杏並木 (東京都国立市)



箕面の滝 (大阪府箕面市)


軍隊のない世界へ

世界には軍隊のない国家がたくさんある。 軍隊なしで安全保障を追及する知恵と創造性のある外交こそ重要である。 第九条は、60年も前に、そうした思想を世界に指し示した。 憲法第九条は、単に戦争放棄や軍備放棄だけではなく、人類社会のあり方そのものの変革を課題として打ち出している。 その第九条を世界がえらび始めた。

(注: 赤字はデンマンが強調)




253 - 255ページ 『軍隊のない国家』
著者: 前田朗
2008年9月10日 第1版第4刷発行
発行所: 株式会社 日本評論社




でも、塩野七生さんに言わせれば「こんな事をしたって無駄よ」と、言うでしょうね!?



あのねぇ~、歴史の流れを見てください。 マハトマ・ガンジー、マーチン・ルター・キング牧師、ダライラマ14世、それにアウンサン・スーチー女史、。。。非暴力を掲(かか)げて市民運動を繰り広げた人、また現在も活躍している人たちが居るのですよ。

つまり、軍備を増強して「二度と負け戦をしない」という愚行よりも無防備地域宣言をする方が世界の平和のため、人類の幸福のためによっぽど意義あると言うことなのォ~?

その通りですよ!


【卑弥子の独り言】



ですってぇ~。。。
確かに軍隊があるから戦争を起こすのでござ~♪~ますわ。
世界中から軍隊がなくなれが平和になるはずですよね。
でも、“言うは易し行うは難し”なのですわ。

世界中で何億という軍人がいます。
軍隊を無くしたら失業者が溢れてしまいます。
そう簡単には軍隊はなくならないと思いのでござ~♪~ますわ。

しかも、軍需産業があります。
飛行機を作っていることで有名なボーイング社だとか、
電気製品などを作っているので有名なGE(ゼネラルエレクトリック社)だとか。。。
でも、実は、大量の兵器も作っているのですわ。

アメリカの兵器産業・軍需産業は重要な産業です。
兵器造りを止めたら失業者がたくさん出るばかりではなく
アメリカのGNPが半分ぐらいになってしまうかもしれません。

ところで、シルヴィーさんのことをもっと知りたかったら次の記事を読んでくださいまし。



『シルヴィー物語(2011年4月27日)』

『波乱の半生(2011年4月29日)』

『シルヴィーとネット革命(2011年5月6日)』

『シルヴィーとデヴィ夫人(2011年5月30日)』

『シルヴィーとケネディ夫人(2011年6月15日)』

『バンクーバー暴動と平和(2011年6月25日)』

『ビルマからの手紙(2011年7月3日)』

『ブッシュの戦争(2011年7月7日)』

『国際的愚か者(2011年7月11日)』

『あばたもえくぼ(2011年7月14日)』

『あなたも国際市民(2011年7月18日)』

『リビエラ夫人のハンバーグ(2011年7月22日)』

『芸術とブルックリン(2011年7月26日)』

『思い出のパリ(2011年7月30日)』

『海外志向とおばさんパンツ(2011年8月5日)』


とにかく次回も面白くなりそうですわ。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。






ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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下着・ランジェリーを見つけませんか?』


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『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『士風と「葉隠」(2011年3月23日)』





こんにちは。ジューンです。

第41代および第43代米国大統領を生み出した

ブッシュ家は、軍産複合体を生業としてきました。

第43代米大統領の曽祖父のサミュエル・ブッシュは

オハイオ州で兵器を製造していた

バッキー・スティール・キャスティング社を

経営していました。

祖父のプレスコット・ブッシュは東京大空襲で

大量に使用された焼夷弾である

集束焼夷弾E46の製造を

行なっていたドレッサー・インダストリーズ社に

関与していたのです。

第41代ブッシュ大統領は

このド社の石油部門で働いていたのです。

その後、第41代ブッシュ大統領はCIA長官、

副大統領、大統領時代において、

海外との兵器貿易を押し進めており、

副大統領時代には

イラン・コントラ事件が起きています。

この事実だけを見ても、

「軍産複合体」の動きが見えてきますよね。

では、ここで面白いジョークをひとつ。


その大統領は誰?

アメリカのある高官が、イラク戦争についてのラジオ番組に出演した際に、こう語った。

「大量破壊兵器を使用した歴史を持つ恐怖の独裁国家は、国際社会から排除しなければならない。 あの強欲で無能な大統領を拘束することに成功した今、全世界はより安全で幸せになった」

番組終了後、ラジオ局には次のような問い合わせが殺到した。



「いつブッシュが捕まったんだ!?」




『バカの固定観念』より
(2011年5月26日)




ところで、卑弥子さんにもちょっと信じがたいような

恋物語がありますわ。

関心があったらぜひ次のリンクをクリックして

じっくりと読んでみてくださいね。

『平助さんが卑弥子さんに

恋をしたのがウンのつき』


では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





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