2012年11月21日水曜日

世界はあなたのもの

 

世界はあなたのもの
 
 





デンマンさん。。。 あんさんは、またけったいなタイトルを付けはりましたなァ。



あきまへんか?

「世界は自分のもの!」やと考えてはる人など一人もおりまへんがなァ。

そないなことはあらへん。

そやかて、わたしはそないに言うた人にお目にかかったことがありまへん。

それは、めれちゃんが狭い世界に閉じこもっておるからやでぇ~。。。

わたしが狭い世界に閉じこもっているという証拠でもおますのォ?

その証拠があるさかいに、わてはこうして記事を書く気になったのやがなァ。

前置きはええよってに、はようその証拠とやらを見せて欲しいねん。

めれちゃんがそないに言うなら、次の短歌を読んだらええやん。


思い激しく



2006.11.21 Tuesday 14:42
 
 
今よりも

明日の思いの

とめどなく

激しかれとも

憂いて迷う



Tomorrow should do

take me into raptures more than now

I am afraid of myself

Though captivated

I've been worrying and hesitating

I don't know how it's going...
 
 
by merange (めれんげ)



『思い激しく』より

『憂いて迷う』に掲載
(2008年1月24日)



この短歌がその証拠やと、あんさんは言わはるのォ~?



そうやァ。。。狭い世界に閉じこもっておるさかいに、めれちゃんは「憂いて迷う」ねん。

わたしは、そないに狭い世界に閉じこもっているつもりではおまへん。 これでも多少は国際化しているつもりですねん。

ん。。。? 国際化。。。?

そうですう。 そやさかいに、わたしは英訳して世界のネット市民の皆様にも読んで欲しいと思いましてん。

あのなァ~。。。めれちゃんが自分の短歌を英訳したからと言って、国際化して広い世界に身をおいていることにはならへん。 広い世界というのは心の問題やねん。

心の問題。。。?

そうやァ。。。めれちゃの心の持ち方が狭い世界に居るということやがなァ。

そのような抽象的なことを言ってもらってはかなわんわあァ~。。。もうちょっと、分かり易く言うてくれへん?

あのなァ~。。。めれちゃんの心が狭いよってに大切な『即興の詩』サイトをめれちゃんは閉鎖してしまいよった。 そやから、『思い激しく』をくりっくしてオリジナルの短歌を読もうとすると次のような画面が表れるねん。





これは、わたしの心の狭さとは関係あらへん。 あんさんがわたしのサイトをコメントで汚すさかいに閉鎖したまでやねん。



そやから、それが心が狭いということややがなァ。 わてがめれちゃんのサイトにたくさんのコメントを書くからといってサイトを閉鎖するというのは心が狭いことの何よりの証拠やんかァ。 めれちゃんは、かつて次のように書いていたのやでぇ~。。。



デンマンさん♪
ありがとうございます!

このブログも、けっこう長くなって
わたしにとっては、とても大切なものに
なりました。
応援してくださる方の存在は、
何よりの宝物。
これからも、よろしくお願いします!

by めれんげ

2008/08/21 7:13 AM



『即興の詩 めれんげ便り』のコメント欄より

『即興の詩バンザイ』に掲載
(2010年12月4日)



わては、コメントを書いてめれちゃんを応援していたのやがなァ! めれちゃんにとっても、こないに『即興の詩』サイトが大切なものになっていたのやがなァ!



そやから言いましたやんかァ! あんさんがよ~けいコメントを書いて、わたしのサイトを汚すようになったさかいに閉鎖しましたのや。

そのように受け止める心のあり方が狭い世界に住んでいると、わては言うてるねん。 更に、めれちゃんは次の詩も書いていたのやでぇ~。。。

存在を否定してくれ



みんなわたしを否定してくれ
わたしの存在を否定してくれ

自分ひとりじゃ間に合わないんだ
みんなでわたしを否定してくれ

石ころのように扱ってくれ
虫けらのように踏みつけてくれ

やりきれない喪失感
苛まれて生きるのはもうたくさんだ
自分のすべてを否定したいんだ
自分が存在することに吐き気がするんだ

命を断とうとしたさ
何度も何度も自分を破壊しようとしたさ
マヌケな命はそれでもこの世に
未練がましくのさばってるのさ

存在を消してしまいたい
誰からも見られたくない
 
 
めれんげ

August 28, 2009 15:19



『極私的詩集 存在を否定してくれ』より

『愛のコラボ (2009年9月29日)』に掲載



この手記を読むと、めれちゃんの世界が小さく小さくなって、ついに消滅してゆくように見えてくる。 つまり、自殺志向がはっきりと見て取れるねん。



わたしのように感じている人は、この日本にはたくさん居(お)ると思うねん。

確かに、そうかもしれへん。。。 日本ではこの10年の間に毎年自殺者が30,000人以上居るのやさかいに。。。 ざっくばらんに言うと、1日に100人が自殺しているのや。

広い世界で生きると自殺するようなことはないと、あんさんは言わはるのォ~?

そうやァ!

そいで、広い世界に住んでいるというのは、どないな人やねん?

夕べ『しあわせ節電』という本を読んでいたのや。 その本の中に次のように書いてあった。

地救原理で生きる

わたしのモットーの一つに「地球は私のものだ。 私は地救人だ」という考えがあります。
地救とは文字通り地球を救うという意味です。

これまでの私の節約・節電生活のすべてこの「地球を救う」ためのものだったのです。
自分の部屋のゴミを拾っている感覚で町の掃除をしているのですから、決して他人事ではありません。
まず何よりも自分自身が地球の主人だと思うことが大事です。
地球は私のものと考えるのです。

所有欲を制限するというのは、これは仏教とかの修行でも大変だけれど、所有欲けっこう、むしろそんなケチなことを言わないで、全世界が自分のものだと考えればいいのです。


(kuge90.jpg)

町を歩いている美しい女性も私の所有物です。
ニヤリと笑って、「おめえ、知るまいが、おれの女なんだぞ」というふうに思う。
「うちのカミさんだけで他までおれの手がまわらないから、やむなく泳がしているけれども、ほんとは」というふうに思っていると、たのしみが続々出てくるわけです。
しかも、お金がかからない。

近代社会のいいところは、心で何を思っても、行動に出さなければ罪にならないのです。
中世までは、心を裁くということがあったけれど、それはいけないということになり、今の法律というのは心の奥深くしまっていれば、どんなひどいことや、どんなことを考えてもかまわないのです。

ですから、世界はおれのものだという考えを頭の中に持ってもいい。
そうすると、自分のものだから、無駄はできない、かわいそうなことはできない、きれいにしておきたいとなるのです。
これこそ「地救原理」の生き方なのです。



赤字はデンマンが強調。
読み易いように改行を加えています。
写真とイラストはデンマン・ライブラリーより)



89-90ページ 『しあわせ節電』
編者: 鈴木孝夫
2011年6月10日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋
 


あんさん!。。。いい加減にしいやあああァ! 町を歩いている美しい女性すべてが、あんさんの所有物だと考えることは男の妄想と独断以外の何物でもあらへん。 そのような考え方をまるで人生訓のように書きはるのは気が狂っているとしか言いようがありまへん。



あのなァ~、めれちゃん。。。そないに解釈することを心の狭い解釈と言うのやでぇ~。。。鈴木さんは「自分のものだから、無駄はできない、かわいそうなことはできない、きれいにしておきたいとなるのです。これこそ『地救原理』の生き方なのです」と言うてるねん。 この考えが重要なのやがなァ!

【レンゲの独り言】



ですってぇ。。。
確かに、世界のネット市民の皆様が地球は自分のものだと考えれば、鈴木さんが言うように「自分のものだから、無駄はできない、かわいそうなことはできない、きれいにしておきたいとなるのです」となるでしょうね。
そうすれば、地球温暖化もなくなるし、世界から戦争もなくなるでしょう。
でも、「言うは易し行うは難し」という諺もあります。
なかなか簡単に言うようにはゆかないものです。

とにかく、次回も面白い話題が続きます。
あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。



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こんにちはジューンです。

かつてデンマンさんが小泉八雲を紹介していました。

八雲(ラフカディオ・ハーン)は

次のように言っていたのです。

日本女性を道徳的、宗教的信念を持った

愛らしい倫理的創造物である


明治時代の日本の女性は、

そうであったのかもしれません。

でも、最近になって日本の女性も変わったようですね。

一つの事件を取り上げて、そう言うのも

独断過ぎると思いますけれど、

「苫小牧子殺し事件」は象徴的な事件だったと

思いますわ。そして痛ましい事件でした。

北海道・苫小牧の何処かで、3歳の長男と

1歳の三男の兄弟が鍵の掛かったアパートに

閉じ込められ放置されのですわ。

長男は生米や冷蔵庫のマヨネーズやケチャップで

飢えをしのいだのです。

三男は飢餓と低体温症で亡くなってしまいました。

昼間に自動的に入る暖房で、餓死した弟が

無残に腐食する横で、お兄ちゃんは

必死で飢えを凌ぎ生き抜いて、

ママの帰りを待ち続けたというのです。

でも、ママは新しいボーイフレンドの部屋に住み着いて

1ヶ月以上、子供たちの養育を拒み、

ボーイフレンドと遊んで暮らしていたのです。

もう、死んでいるのではないかと思って、

アパートに戻ると、長男は生きていた。

「何で生きてるの?」

冷血女性のママは長男を見て

まず、そう感じたと言うのです。

人間は、それほどまでに非情に

冷血になれるものでしょうか?!

何度読んでみても、亡くなった子供のために

涙が流れてきますわ。(めそめそ。。。)

「苫小牧子殺し事件」のことは

次の記事の中で引用されています。



『愛の進化論』

ところで、卑弥子さんが面白いお話を集めて

楽しいサイトを作りました。

次のリンクをクリックして

ぜひ覗いてみてくださいね。

『あなたのための笑って幸せになれるサイト』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。バーィ





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