2026年9月5日土曜日

黒死病と天然痘


 


黒死病と天然痘


 





(pest50.gif)


 



動画が沢山貼り出してあるので全部の動画が表示されるまで時間がかかります。


もし、表示されない動画があったらブラウザのリフレッシュボタンをクリックしてください。





(pest51.gif)




(pest52.gif)




(pest53.gif)




(pest54.gif)




(pest55.gif)




(pest56.gif)




(sylvie702.jpg)



(lageribg.jpg+starsxx.gif)



 



(sylviex.jpg)


ケイトー。。。、今日は 黒死病と天然痘 の話をするのォ~?



(kato3.gif)


そうです。。。シルヴィーは興味なさそうだねぇ〜。。。


だってぇ、どちらの病気も 今は問題にならないじゃない。。。どうして、黒死病と天然痘 を取り上げるのォ〜?


実は、次の動画を観たのですよ。。。


 



(pest1348.jpg)



 



なるほどォ〜。。。大変なことだったのねぇ〜。。。



黒死病で当時のロンドンの人口の3分の1が亡くなってしまったのですよ。。。


3人に一人が亡くなったというわけねぇ〜。。。現在のロンドンの人口は、約700万人。。。3分に1が亡くなるということは 233万人が亡くなるということよねぇ〜。。。これは、すごいことだわァ〜。。。


現在は、癌で亡くなる人が多いけれど、英国全体でも癌で亡くなる人は1年で17万人程度なんですよ。。。


あらっ。。。そうなのォ〜。。。黒死病というのは、すごい伝染病だったのねぇ〜。。。


詳しいことが知りたかったので ChatGPT に尋ねてみました。


 




1348年に起きた、黒死病(Black Death London 1348)のドキュメンタリーを観ました。 


ロンドン市民の3分の1が亡くなったそうです。
当時のロンドン市民が8万人ですから 26、000人が亡くなったということです。
大変なことです。


鶴のくちばしを思わせるようなお面を被った医者が出てきますが、あのマスクはどういう意味なのですか?


昔は床屋が外科医を兼ねていたと言いますが、どういうわけですか?


映画の中に出てくる医者は、お面を被った医者ばかりではなく、フランスのモンペリエの大学で医学を修めた医者も出てきます。
当時のヨーロッパの大学で、医学部を設けている大学はどの程度あったのでしょうか?


つまり、当時のロンドンでは医者の免許制度がなかったようですね。どうなのですか?


とにかく、当時はバクテリアの知識がなかったので、黒死病をくい止めることはできなかったのでしょう。


黒死病の歴史を教えてください。


日本にまでは黒死病は伝染しなかったのですか?


14世紀の日本では、どのような医者がいたのでしょうか?



非常に興味深いテーマですね。


1348年頃のロンドンの人口は約7万~10万人と考えられており、黒死病でロンドンでは人口の約3~5割が死亡したと推定されています。ヨーロッパ全体では人口約7,500万人のうち2,500万~5,000万人が死亡したと考えられています。


黒いくちばしのマスクの意味


 



(pestmask01.jpg)



(pestmask02.jpg)



(pestmask03.jpg)


 


映画に出てきた「鳥のくちばし」のようなマスクは、現在では黒死病の象徴として有名です。


しかし実は、このマスクには少し誤解があります。


1348年当時には、このマスクはまだ存在していません。


有名な「ペスト医師(Plague Doctor)」の服装が登場するのは、17世紀(1600年代)です。


くちばしの中には、


ローズマリー


ラベンダー


ミント


クローブ


樟脳(しょうのう)


などの香草や香料が詰められていました


当時は、「病気は悪い空気(瘴気・ミアズマ)によって起こる」と考えられていたため、香りで悪い空気を浄化できると信じられていたのです


もちろん、現在ではペストはペスト菌(Yersinia pestis)によって起こることが分かっています。


 



なぜ床屋が外科医だったのか


 



(sergeon70.jpg)



(sergeon71.jpg)



(sergeon72.jpg)


 


これは中世ヨーロッパ医学の特徴です。


大学で教育を受けた医師は、


病気の診断


尿を見る


脈を測る


薬を処方する


ことが仕事でした。


一方、


傷の治療


骨折


抜歯


瀉血(しゃけつ)


手術


は「手仕事」と考えられ、職人が行っていました。


その代表が床屋外科医(Barber Surgeon)です。


床屋はもともと髪を切る、ひげを剃るために刃物を扱う職業だったので、その延長として外科も担当するようになりました。


床屋の赤白青の看板(バーバーポール)は、


赤=血液


白=包帯


青=静脈(あるいは王室との関係という説も)


を表すと言われています


モンペリエ大学は医学の名門


 



 


モンペリエ大学は中世ヨーロッパ最高峰の医学教育機関の一つでした。


当時有名だった医学部は、


ボローニャ大学


パドヴァ大学(後世に発展)


パリ大学


モンペリエ大学


オックスフォード大学


ケンブリッジ大学


などでした。


14世紀には大学そのものがまだ数十校しかなく、医学教育を本格的に行う大学は限られていました。


したがって、モンペリエで学んだ医師はかなり高度な教育を受けた人物とみなされていました。


医師免許制度はあったのか?


現代のような国家試験制度はありませんでした。


しかし、大学卒業、学位取得、都市や王の許可などを受けて診療する場合もありました。


一方で実際には、


修道士


民間療法師


薬草師


床屋外科医


呪術師


なども自由に治療を行っていました。


つまり、医療はかなり混在していたのです。


なぜ黒死病を止められなかったのか?


原因となる細菌、ノミ、ネズミの関係は誰も知りませんでした。


当時信じられていた原因は、神の罰、占星術、悪い空気、異教徒やユダヤ人による毒などでした。


そのため、都市によってはユダヤ人迫害などの悲劇も起こりました。


黒死病の歴史


 



 


黒死病は何度も世界で流行しています。


第1回


6世紀


ユスティニアヌスのペスト


東ローマ帝国で流行し、数千万人が死亡したと推定されます。


第2回(最も有名)


1347~1353年


中央アジアからシルクロードや船舶交易を通じてヨーロッパへ到達しました。


ヨーロッパ人口の約3分の1が死亡しました。


その後も数百年間、繰り返し流行しました。


第3回


19世紀末


中国雲南地方から香港を経由して世界へ広がりました。


この時代にようやく細菌学が発達し、1894年に北里柴三郎とアレクサンドル・イェルサンがペスト菌を発見しました。


日本には来なかったのか?


現在の研究では、14世紀の黒死病が日本へ到達したという確実な証拠はありません。


当時の日本は、元との交流が減っていたこと、ヨーロッパほど広域交易網につながっていなかったこと、島国であったことなどが理由として考えられています。


もちろん天然痘や麻疹などは流行しましたが、「黒死病が日本で大流行した」という記録は残っていません。


14世紀の日本の医者


鎌倉末期から南北朝時代にあたります。


医療は主に


僧医(寺院の医師)


宮廷医


武家の侍医


漢方医


民間の薬師


によって行われていました。


治療は中国医学(宋医学)の影響を強く受けており、漢方薬、鍼、灸、食事療法が中心でした。


ヨーロッパのような大学医学部はありませんでしたが、医術は師弟関係や医家の家系を通じて継承されていました。



 



興味深いことに、黒死病はヨーロッパ社会を大きく変えました。


人口が激減したため労働力が不足し、農民や職人の賃金が上昇して封建制度が揺らぎ、都市経済やルネサンスへの土壌づくりにもつながったと考えられています。


一方、日本は同時期にこのような人口激減を経験しなかったため、14~15世紀の社会変化は主に南北朝の争いや室町幕府の政治的変動によって進んでいきました。



日本では天然痘が猛威を振るった時期がありましたが、歴史への影響は?



日本の歴史において、天然痘は政治・社会・文化にまで大きな影響を与えた感染症でした。特に8世紀の大流行は、日本史の転換点の一つといえるほどです


 



 



1) 735~737年の天然痘大流行


奈良時代の735年頃、天然痘が九州から広がり、737年まで全国的に流行しました。


当時の日本の人口は約450万~600万人と推定されていますが、そのうち100万~150万人ほどが死亡したと考えられています。人口の2~3割近くに相当する可能性があり、黒死病に匹敵するほどの大災害でした。


2) 藤原四兄弟が全員死亡


この流行で最も歴史に影響したのは、当時権力の中枢にいた藤原武智麻呂、藤原房前、藤原宇合、藤原麻呂の四兄弟が、わずか数か月の間に全員天然痘で亡くなったことです。


これは現代でいえば、内閣の主要閣僚が一度に全員亡くなるような衝撃でした。


その結果、朝廷の権力構造は大きく変わり、一時的に藤原氏の勢力は弱まりました。


3) 聖武天皇の政治への影響


聖武天皇は、この未曾有の災厄を「国家の乱れに対する仏の警告」と受け止めたと考えられています。


そこで進められたのが、


国ごとに国分寺・国分尼寺を建てる


仏教によって国を守る(鎮護国家思想)


東大寺建立


大仏造立


といった大規模な国家事業です。


つまり、日本を代表する文化財である東大寺や奈良の大仏は、天然痘の大流行という危機とも深く結び付いています。


4) 経済への影響


農民が大量に亡くなったため、


耕作放棄地が増える


税収が減る


労働力不足になる


など、経済にも深刻な打撃を与えました。


政府は税制や土地制度を見直さざるを得なくなり、後の土地政策にも影響を与えました。


5) 医学への影響


当時はウイルスという概念はもちろんありませんでした。


そのため、


加持祈祷


漢方薬


食養生


神仏への祈願


などが治療の中心でした。


しかし天然痘は非常に感染力が強く、これらで流行を止めることはできませんでした。


6) 江戸時代にも天然痘は恐れられた


天然痘は奈良時代だけでなく、江戸時代まで何度も流行しました。


子どもがかかる病気として恐れられ、生き残っても顔に「あばた(痘痕)」が残ることが少なくありませんでした。


そのため天然痘を鎮める神として疱瘡神が信仰され、赤色には病魔を退ける力があると考えられて、赤い着物や赤い絵(疱瘡絵)が用いられました。


日本とヨーロッパの違い


興味深いことに、ヨーロッパでは黒死病(ペスト)が社会構造を大きく変えました。


日本では天然痘が繰り返し流行し、とりわけ奈良時代の大流行は政治や宗教政策に深い影響を与えました。


どちらも「人口が急減したことで社会や政治が大きく動いた」という点では共通していますが、原因となる病原体や歴史的な帰結は異なります。



 



さらに医学史の観点では、日本は19世紀後半に種痘(天然痘ワクチン)の普及が進み、20世紀には世界的な予防接種運動の一環として天然痘の撲滅に貢献しました。


そして1980年、世界保健機関は天然痘の世界根絶を宣言しました。


人類が完全に根絶した感染症は、現在でも天然痘が最初の例であり、医学史上最大級の成果の一つとされています。



解説ありがとうございました。当時の状況が理解できました。



どういたしまして。そう言っていただけて嬉しいです。


感染症は単なる医学の問題ではなく、歴史を動かす大きな要因であることがよく分かります。


例えば、日本では天然痘が奈良時代の政治や仏教政策に大きな影響を与え、東大寺や大仏建立の背景となりました。


ヨーロッパでは黒死病によって人口が激減し、労働力不足から封建制度が揺らぎ、やがてルネサンスや近代社会への変化を促したと考えられています。


アメリカ大陸では16世紀に天然痘が先住民社会に壊滅的な被害を与え、スペインによる征服を容易にした一因になったとされています。


つまり、感染症は時として戦争以上に国家や文明の行方を左右してきました。


また、今回ご覧になった黒死病のドキュメンタリーで描かれていたように、人々が病気の原因を理解できない時代には、「神の罰」「悪い空気」「特定の集団のせい」といった説明が広まりやすく、不安や混乱が差別や迫害につながることも少なくありませんでした。


この点も、歴史から学ぶべき重要な教訓だと思います。


今後も歴史ドキュメンタリーをご覧になって疑問が生じましたら、その時代の医学や社会背景も含めて一緒に考えていきましょう。



 



昔から比べると現在の医療はずいぶんと進歩したわよねぇ〜。。。



そうです。。。太平洋戦争前は、結核が死の病だったけれど、ストレプトマイシンという薬が出来て、今では結核で死ぬ人はなくなりました。。。


でも、やっぱリ、死の病というものはあるじゃない。。。


癌ですかァ。。。ガルソン療法で対処すると治るそうですよ。。。


抗癌剤じゃなくて。。。?


抗癌剤は、癌を退治することが出来る代わりに、副作用で人間自身の体力も弱めて、そのために死んでしまうことがありますよ。。。


ケイトーは腹膜に癌ができて、ガルソン療法で治ったのォ〜?


そうです。。。野菜と果物を食べて免疫力を高めて治したのです。



(laugh16.gif)



【ジューンの独り言】



(bare02b.gif)


ですってぇ~。。。


あなたは、どう思いますか?


黒死病にはかからないかも知れませんが、癌になることがあるますよねぇ〜。。。


もし癌になったら、あなたは放射線治療? 抗癌剤? それともガルソン療法?


どれにしますか?


ええっ。。。「そういう事は、どうでもいいから 他に面白い話をしろ!」


あなたは、そのような強い口調で わたしにご命令なさるのですかァ〜?


いけすかない おかたァ〜。。。


分かりましたわァ。


実は、デンマンさんはインスタで サンバやボサノヴァで踊る きれいで可愛い女の子たちを紹介しています。


ここに写真を貼り出すので 気に入った女の子の踊りを見てください。。。


 



(instahome26-05-15c.jpg)



『拡大する』


『実際のページ』


 


写真をクリックすれば踊りを鑑賞できます。。。


音声が出てない場合は、動画の右下の「無声」マークをクリックすれば、解除されてミュージックを聴くことができます。


ええっ。。。 「そんなことはどうでもいいから、他にもっと楽しい話をしろ!」


あなたは、そのような命令口調で 更に あたくしに強要するのですかァ〜。。。


分かりました。。。、シルヴィーさんが出てくる面白い記事は他にも たくさんあります。。。


次の記事の中から面白そうなものを選んで読んでください。



(sylvie500.jpg)



『サイバー戦争』


『エロくて、ごめんね』


『モバイル社会とガラケー』


『元老のアメリカ』


『ケネディ家の呪い』


『欧米を敵に回す』



(sunwind2.gif)


『ソフィアからこんにちわ』


『ドイツが原爆をロンドンに』


『いまだに謎』


『さらば大前研一』


『空飛ぶスパイ』


『愛情はふる星@ベトナム』


『ヒラリーと塩野七生』


『ケネディ夫人@インドネシア』


『究極の大前研一批判本』


『フェルメールと謎の女』


『ヒトラーを殺そうとした男』



(cleopara2.jpg)


『帝銀事件の謎?』


『ChatGPTも間違う』


『イラン戦争のウソの動画』


『人工知能エンティティ』


『クリミア・タタール人の悲劇』


『日輪の遺産とGHQ』


『Xから日論の遺産』


『自衛隊廃止?』


『9.11事件を事前にCIAは知っていた?』


『本能寺の変の真相は?』


『悪事を働くボット』


『ソ連収容所と瀬島龍三』



とにかく、今日も一日楽しく愉快に


ネットサーフィンしましょう。


じゃあね。 バーィ。



(hand.gif)



(surfin2.gif)


ィ~ハァ~♪~!


メチャ面白い、


ためになる関連記事



平成の紫式部、橘卑弥子でござ~ます
(himiko92.jpg)


■ めれんげさんの『即興の詩』


■ めれんげさんの『極私的詩集』


Jagel - Soft Japanese Bagel
(bagel702.jpg)



(linger65.gif)


『センスあるランジェリー』


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』


■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』



(beach02.jpg)


■ 『軽井沢タリアセン夫人 - 小百合物語』


■ 『今すぐに役立つホットな情報』




(rengfire.jpg)



(byebye.gif)

0 件のコメント:

コメントを投稿