漫画家の壁(PART 2)
"It's not what you do,
it's the way that you do it."
200 page "The Real James Herriot"
by his son, Jim Wight
published in 1999
by McClelland & Stewart Inc.
つまり、何を成し遂げるかも重要なのだけれど、もっと重要なことがある。 それは、どのように成し遂げるかだ、と言うのだよ。
要するに、日本の平和、ひいては世界の平和を達成するために大東亜戦争をしたことは間違っていたとデンマンさんは主張するのですか?
そうだよ!
大東亜戦争が間違っているという根拠は。。。?
次のエピソードの中の悲惨な少女の姿を思い浮かべてみろよ!
アメリカの空襲を受けて、東京をはじめ都市部はどこも焼け野原。
おまけに政府は戦争を続けるために国債を大量に乱発していたので、敗戦直後はものすごいインフレになった。
物価は数十倍になって、戦前に貯めていた貯金や財産は無に等しくなった。
おまけに空襲で家をなくし、人びとは食糧不足で苦しんだ。
1945年3月の東京大空襲で
焼け野原になった江東区。
「約310万人が死んだ」とか簡単にいうけれど、一人の人間が死ぬことは、遺族や縁者に、大きな傷を残すことだった。
作家の夢野久作の長男だった杉山龍丸という人は、敗戦直後に復員事務の仕事に就いていたときのことを回想して、こう述べている。
「私達は、毎日毎日訪ねてくる留守家族の人々に、貴方の息子さんは、御主人は亡くなった、死んだ、死んだ、死んだと伝える苦しい仕事をしていた」。
「留守家族の多くの人は、ほとんどやせおとろえ、ボロに等しい服装が多かった」。
杉山はある日、小学校二年生の少女が、食糧難で病気になった祖父母の代理として、父親の消息を尋ねにきた場面に出会った経験を、こう書いている。
私は帳簿をめくって、氏名のところを見ると、比島(フィリピン)のルソンのバギオで、戦死になっていた。
「あなたのお父さんは---」
といいかけて、私は少女の顔を見た。 やせた、真っ黒な顔。
伸びたオカッパの下に切れの長い眼を、一杯に開いて、私のくちびるをみつめていた。
私は少女に答えねばならぬ。
答えねばならぬと体の中に走る戦慄を精一杯おさえて、どんな声で答えたかわからない。
「あなたのお父さんは、戦死しておられるのです。」
といって、声がつづかなくなった。
瞬間 少女は、一杯に開いた眼を更にパッと開き、そして、わっと、べそをかきそうになった。
…しかし、少女は、
「あたし、おじいちゃまからいわれて来たの。 おとうちゃまが、戦死していたら、係りのおじちゃまに、おとうちゃまが戦死したところと、戦死した、ぢょうきょう(状況)、ぢょうきょうですね、それを、かいて、もらっておいで、といわれたの。」
私はだまって、うなずいて……やっと、書き終わって、封筒に入れ、少女に渡すと、小さい手で、ポケットに大切にしまいこんで、腕で押さえて、うなだれた。
涙一滴、落さず、一声も声をあげなかった。
肩に手をやって、何か言おうと思い、顔をのぞき込むと、下くちびるを血が出るようにかみしめて、カッと眼を開いて肩で息をしていた。
私は、声を呑んで、しばらくして、
「おひとりで、帰れるの。」と聞いた。 少女は、私の顔をみつめて、
「あたし、おじいちゃまに、いわれたの、泣いては、いけないって。おじいちゃまから、おばあちゃまから電車賃をもらって、電車を教えてもらったの。 だから、行けるね、となんども、なんども、いわれたの。」
…と、あらためて、じぶんにいいきかせるように、こっくりと、私にうなずいてみせた。
私は、体中が熱くなってしまった。 帰る途中で私に話した。
「あたし、いもうとが二人いるのよ。 おかあさんも、しんだの。 だから、あたしが、しっかりしなくては、ならないんだって。 あたしは、泣いてはいけないんだって。」
…と、小さな手をひく私の手に、何度も何度も、いう言葉だけが、私の頭の中をぐるぐる廻っていた。
どうなるのであろうか、私は一体なんなのか、何が出来るのか?
(注: 写真とイラストはデンマンライブラリーから貼り付けました)
84 - 88ページ 『日本という国』
著者: 小熊英二
2006年3月3日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 理論社
『漫画家と平和』に掲載
(2011年3月6日)
小学校2年生の少女をこのような悲惨な状況に追い込んだから大東亜戦争は間違いだとデンマンさんは主張するのですか?
そうだよ。
でも、それ以外に方法は無かったのですよ。
あったじゃないか! 日本は一億玉砕に向かって竹槍だけでも米軍と戦おうとした。 建前(たてまえ)では天皇と皇統を守るために一億玉砕しようとした。 しかし、昭和天皇は一億玉砕をする愚に気づいた。
天皇陛下はどうなさっているのかという国民の声なき声がある、一億玉砕を叫び立て、本土決戦をおこなうことになり、多数の非戦闘員がころされることになれば、陛下にたいする怨みは噴出すると、二人(高木八尺と南原繁)は言うのだ。
自分にたいする怨みの感情が国民のあいだに起きるという、初めて聞く話に、天皇は当惑し、混乱しはしたものの、理解できたにちがいない。
(中略)
林のあいだの小道を歩きながら、天皇は南原と高木が説いたとおりだと重ねて思ったにちがいない。
戦争を早くやめなければ「皇室護持」の(元駐日大使)グルーの力は弱まり「皇室抹殺」派の力が強まる。
(中略)
そのときから13日、昭和20年6月22日、天皇は6人の政府、統帥部の首脳に向かって、戦争終結の決意を述べた。
(注: 写真はデンマンライブラリーから貼り付けました)
149 - 150ページ
『原爆を投下するまで日本を降伏させるな』
著者: 鳥居民
2005年6月7日 第1刷発行
発行所: 株式会社 草思社
『漫画家と平和』に掲載
(2011年3月6日)
でも、大東亜戦争を始めたからこそ天皇の上の英断があったのですよ。
何を愚かな事を言ってるんだよ! その英断を太平洋戦争開戦する前にすべきだったのだよ! 310万人が死んだ後で天皇は大東亜戦争、太平洋戦争の愚に気づいた。
やってみなければ分からなかったのですよ!
あのなァ、日本とアメリカの物量の違いを計算して日本がアメリカと戦争をすると負けますと戦前の経済企画庁のような役所のお偉いさんが分析していたのだよ! でもなァ、陸軍の愚か者が日本は神の国であるから絶対に勝つといって合理的な分析結果など「屁のツッパリにもならない!」と嘲笑しただけだった! 冷静に、合理的に考える人にとって太平洋戦争は負けることが分かっていた。 負けることが分かっていた戦争をあえて断行したのは、オマエの言う「士風」のためだったのだよ!
でも、オイラはあえて言います! 日本民族にとって「士風」は大切です。
オマエが書いた次の愚論を僕もじっくりと読んだよ。
福沢(諭吉)は『瘠我慢(やせがまん)の説』で三河武士の士風の美を讃え、幕府のために戦って死ななかった勝海舟や、一度は箱根に籠城したのに、負けた後、新政府で出世してしまった榎本武揚(たけあき)を批判しているんだ。
それは徹底的に忠君愛国の武士道の「瘠我慢」を支持しているんだからね。
冒頭、出てくる「立国は私なり、公に非ざるなり」というのは、単なる「自分のことしか考えない私を寄り集めたら国ができる」なんて話じゃないからね。
世界大で見れば、立国は徹底した自己本位の私情を貫くことに他ならない。
他国の利益を考えてやるような公共心は世界大では通用しないという、恐るべきナショナリズムのことなんだよ。
これを戦後の文学者も批評家もすべて読み誤っている。
福沢はまず一般的な人の持つ疑問を並べ立ててみせるんだよ。
人と人はなんで国境を決めて争うんだろう、君主を立てるんだろう。
こんなものはすべて、人間の私情から生じたものなのに、と。
そして現実論を言い始める。
そうは言っても、現実は開国以来、世界中を見てみれば、各種の人民相別れて一群を成し、国や政府を作って忠君愛国が最上の美徳となっている。
忠君愛国は世界大の哲学からみれば人類の私情なんだが、やはり今日までの厳しい世界事情の中では美徳であり、「立国の公道」と言わざるを得ない。
…そういうふうに話は逆転してくるんだ。
そして、ついに福沢は、こう言い始める。
「自国の衰退に際し、敵に対して固(デンマンは【個】だと思いますが…)より勝負なき場合にても、千辛万苦、力のあらん限りを尽くし、いよいよ勝負の極に至りて、始めて和を講ずるか、若しくわ死を決するは、立国の公道にして、国民が国に報ずるの義務と称す可きものなり」
これが福沢の言う「瘠我慢の説」だよ。
つまり合理主義を排している。
負ける戦争と分かってるものをするな、という司馬遼太郎や、最近の保守主義者が言ってるような生ぬるい感覚じゃないんだ。
「士風こそを後世に伝えよ」と言っとるんだ。
まさに大東亜戦争にわしが共鳴するゆえんのところを福沢はすでに、この時点で言ってくれてるんだからね。
これこそが、わしが『戦争論』を描いたモチーフになっとる。
だから最初にわしは『戦争論』の中で、すもう大会のエピソードを描いたんだ。
負けるとわかっているのに、すもう大会に出ていって大恥をかく。
その非合理の中にしか倫理は生まれないだろうって。
あのエピソードと、大東亜戦争の重なりの意味を、誰も見抜けない。
それは戦後の文学者、批評家が福沢諭吉すら、ちゃんと読み解く能力がなかったからに他ならない。
(注: 写真とイラストはデンマンライブラリーから貼り付けました
赤字はデンマンが強調のために施しました)
369 - 370ページ 『「個と公」論』
著者: 小林よしのり
2000年5月10日 第2刷発行
発行所: 株式会社 幻冬舎
『漫画家と平和』に掲載
(2011年3月6日)
オマエは、まだ分からないの? その非合理な「士風」によって大東亜戦争そのものが日本に不幸をもたらしたのだよ! 第3次世界大戦でオマエが戦って戦死したら、オマエの子供は上の小学校2年生の女の子のような悲惨な体験をしなければならない!
でも、日本民族にとって「士風」は大切です!
歴史を学ばない者は
失敗を繰り返す
大東亜戦争を肯定するものは、明らかに歴史を学んでないと言う事なのだよ!
【レンゲの独り言】
ですってぇ~。。。
デンマンさんは言いたい放題のことを言ってますよね。
ところで、あなたは小林よしのりさんが書いた『戦争論』を読みましたか?
デンマンさんが取り上げた『「個と公」論』も読みましたか?
『戦争論』は65万部売れたのですって。。。
出版されたのは、もう10年以上も前のことですから、現在までにはもっと売れているもしれません。
かなり話題になりましたよね。
あなたは大東亜戦争を肯定しますか?
戦争が正義か?
平和が正義か?
考えてみたことがありますか?
とにかく、また、あさってが面白くなりそうです。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。
ィ~ハァ~♪~!
メチャ面白い、
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こんにちは。ジューンです。
わたしもデンマンさんに薦められて
『「個と公」論』を読んでみましたわ。
インタビュー形式で対談のようになっています。
マンガは全く描いてありません。
言葉を惜しみなく駆使した実験だそうです。
インタビュアーが「時浦兼」という人物なんですね。
同書の403ページに書いてあります。
でも、「時浦兼」という人物が実在したとしても
二人の会話がそのまま活字になったのではないと
わたしは思います。
2ちゃんねる流に言えば「自作自演」ですよね。
良くてインタビューに見せかけた「創作」だと思います。
デンマンさんのこれまでの記事を読めば
分かると思いますけれど、
上の記事はデンマンさんの「自作自演」です。
マンガ家の「オマエ」と「僕」はデンマンさんが
一人で二役を演じています。
つまり、「創作」です。
ただし、記事で引用した本の内容は
小林よしのりさんが書いたそのものを引用しています。
誤解がないように老婆心から申し上げました。
ところで、卑弥子さんが面白い記事をまとめました。
寒さを笑って吹き飛ばすために
ぜひ読んでみてくださいね。
■ 『笑って幸せな気分になれるサイト』
では、今日も一日楽しく愉快に
ネットサーフィンしましょうね。
じゃあね。
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